英雄
「さて……どうしましょうか」
白い法衣を纏った、白い髪と肌の幼女が、外見に似合わぬ落ち着いた声色で呟いた。
彼女こそが、ロウ・エターナルでも屈指の力を持つエターナル、法皇テムオリンその人だ。
彼女は、ファンタズマゴリアと呼ばれる世界で、世界を滅ぼす最中だった。
「まったく、何周期かぶりのエターナル同士の激突だったというのに……無粋なことをしてくれますわ」
テムオリンは、お気に入りの服に泥をかけられた子供のような調子で不満を漏らす。
その声色に、殺すか殺されるかの殺し合いに放り込まれたことに対する怒りや焦りといったものは一切ない。
理由は二つ。
一つは、超高位のエターナルである自分が、負けるわけがないということ。
エターナルは、その世界のマナ――かみ砕いて言えば魔力――の総量で力を左右される。
しかし、それは世界を超えるマナを持つエターナルが、
無秩序に世界を破壊してしまわないように上限いっぱいで済ませるという意味合いが強い。
つまり、時空の狭間においてエターナルは無敵の存在であると同時、
特定世界に入れば常にその世界で最高峰の力を持つ存在となる。
ありていに言って、相当のことがあるか、エターナル同士の戦いでもない限り、負けることはあり得ないのだ。
もう一つは、仮に死んだら死んだでやり直せること。
先ほど言ったが、エターナルは自分のマナをすべて世界に持ち込むことはできない。
いつもいつも、マナを全部抱えて世界を移動しても持ち込めないのだから無駄になる。
だから、エターナルは自分の永遠神剣の本体と分体を分け、分体をもって世界に入るのだ。
仮に、世界の中で敗れ倒れることとなっても、それは力の一部を固めた分体が倒れるだけ。
永遠神剣の本体にて、また記憶などを引き継いで再生される。
ここにいる彼女が死んでも、本体の永遠神剣は痛くもかゆくもない。またあっさりと別世界で復活できるのだ。
負けるはずがない――負けても死なない。
これで、真剣になれるものがいるか逆に聞いてみたいくらいだ。
とりあえず、渡されたものでも調べてみようかと鞄に手を入れる。
あの気に入らない存在を殺す方向でいこうかと漠然と方向性だけ決定し、欠伸を噛み殺すテムオリン。
しかし、その余裕は一瞬後まとめて消えさることになる。
自分に渡されたものに、テムオリンは目を剥いた。
そこにあったのは、まぎれもなく、一本の杖。自分がよく知る、自分の――『秩序』。
秩序に結び付けられた紙をテムオリンは解く。そこに書かれた文字に……ただ、絶句。
『死してなお生きること叶わず。
汝が本体はそこにあり。潰えれば全ては消えるとゆめゆめ忘れぬこと。
故に汝には汝の武器を渡す。代償は、それ以外の武具を与えぬこと』
意味することは一つ。
自分が隠していた秩序の本体を探し当て、ここに持ち込んだ上で自分に渡した。
ここで死んで、また再生した上でこの主催者や力を探られないように。
まさか、あれらは自分の……引いてはエターナルを超えた力を持っている?
そんな馬鹿な、とテムオリンは頭を振る。
数多くの時間樹を滅ぼして回ってきた自分が、それほどの存在を一切知らなかったとは思えない。
では、あれはいったい……
「そこの人。でてきなさいな」
考え事をしばし中断。
テムオリンが、何気ない視線を背の高い草原に向ける。
誰かが、いる。エターナルとしての人間を超えた感覚が、正確にそう告げていた。
ほんの僅かに時間をおいて、がさがさと草むらから一人の青年が姿を見せた。
髪が長いわけでも短いわけでもない。顔も際立つ美醜があるわけでもない。
どこにでもいるような顔立ちの青年だった。服装も、随分と軽装だ。
鎧か何かをその上につけていたのかもしれない。貧相な印象すら受けた。
特徴といえば、背中にある巨大な十字架だろうか。
腕には、奇妙な銃と、金色の剣を持っているが、使いこなせるようには到底見えない。
テムオリンは僅かに目を細める。その青年を随分とマナが薄いことを見て、失笑をこぼした。
「あら、小虫が何の御用ですこと?」
対して、青年は無言。静かに、剣を構えて、テムオリンを凝視している。
ただの人間風情が自分と勝負する気のように、その姿は見えた。
笑うはなかったが、あまりの滑稽さにテムオリンは噴き出してしまった。
「どうしました? 永遠神剣も持たずマナも僅かなあなたが『エターナル』の私に勝てるとでも?」
それでも、青年は無言。どこまでも静かに、感情すらも写さぬ瞳をテムオリンに向けるばかり。
気負いも、怯えもまるで感じられない。絶対者であるエターナルを前にした人間の反応とはかけ離れている。
ただいるだけでも、その存在感から人はおののき、あがめられるエターナル。
それをまるで理解しない途方もない愚者。
テムオリンにとって、その姿は酷く不快だった。
「その目、気にいりませんわ」
不快な小虫を潰す。それだけ。
小さくテムオリンが『秩序』を振る。シャラン、と錫杖の装飾具が鈴に似た音を奏で―――
―――殺到。
虚空の彼方より呼び出された大剣が/軍刀が/日本刀が/ツインブレードが/槍が/双剣が/短刀が、
一斉に青年のいた場所に降り注いだ。爆発に似た轟音をとどろかせ、大地に乱立する刃の森が形成される。
テムオリンが個人的に収集した何万という永遠神剣の中から必要な分だけ剣を呼び出し、射出する。
それがテムオリンの基本戦闘スタイル。
青年の無様な遺体でも見て少しでも気を晴らそうかと、土煙が収まるのを彼女は待つ。
しかし、そこにあったのは昆虫標本のように串刺しになった青年でもなく、ずたずたの肉片に化した青年でもなく。
剣の森の僅か数cm後ろに平然と立つ、青年の姿だった。
テムオリンの顔がさらに不快に歪む。
「まさか、私の攻撃を読んで紙一重にかわした、とでも?」
さらに、『秩序』をテムオリンが振る。即応して、大量の武器がまたも降り注いだ。
しかしそれが青年に到達するよりも速く、青年は走りだした。
「はやいっ!?」
撃ち出す剣が到達するまでの数瞬もない間に、テムオリンの側面20m付近に青年は走り込んでいた。
テムオリンとて人外たるもの。それに合わせて『秩序』を振りかざす。
マナを結晶化させて、障壁を即座に形成した。その直後、銃から放たれた弾丸が障壁を叩く。
障壁は、どんなものであろうと銃器程度では揺るがない。
しかし、それを見て、青年は呟く。
「ギリメカラのような物理反射じゃない……。テトラカーンとも違う、ラクカジャを板のような壁に……?」
初めて開いた青年の口から放たれる言葉。それは、理解できぬ言葉混じりでも分かる。
冷静に戦況を分析するための、それ。つまり、青年はこの法皇テムオリンを前に、戦力を冷静に練っていると?
「随分と舐めてくれますね……あなたは弱者。すぐに証明は終わりますわ」
マナはほとんど感じない。永遠神剣はもっていない。だというのに、ただの虫けら(人間)とは思えないほど。
だがそれでもテムオリンは揺るがない。
だがどんな相手か知らないが、ロウ・エターナル陣営において高位の立場を持ち、
第二位永遠神剣を持つ自分を超える人間など存在などするはずがない。
その絶対の自信を崩すほどではない。
今の自分は死ねば終わり。ここで逃げるという選択もある。
だが、それはテムオリンのプライドが絶対に許さない。
テムオリンの足元に形成される魔法陣。
全力で相手と戦うのではない。全力で相手をたたきつぶす。全力で相手を蹂躙する。
そのための、力の発露。
相も変わらず、不快な目を向けたまま剣を構える青年。
「死になさい」
今までのように、適当に一点から射出するのではない。
青年を取り囲むように、ドーム状に空間から剣をすりださせる。
全方位。回避のすべはない。タイミングすらもずらしたその一撃を――発射。
これで死ぬならそれまでの相手。これで死なぬなら、どうやって生き伸びるのか。
その手の内を今度はそちらに見せてもらおう。そういうつもりで、テムオリンは撃ち出した。
だが、青年の行った行動はシンプルなものだった。
コンマ1秒をはるかに下回る時間で、一刀目が青年の顔面に迫る。
青年の行動――銃を腰におさめ顔に迫る剣の柄をつかむ。顔に向けて迫る剣の勢いがそれで停止。
金色の剣と永遠神剣の二刀を持つ。両の剣を振って前方の永遠神剣を撃ち落とす。
腰を僅かに落とす。それだけで青年は後ろから迫る永遠神剣を一本かわす。
背中の十字架を同時に盾にし、その他をさばく。
後ろの二本目が来るより速く、回転する要領で一気に剣を振り、それらを弾く。
全方向に目がついているかのごとく、最小の動きで剣をかわし、撃ち落とす。
特殊な異能は、一切見られない。純粋に、力で、早さで、永遠神剣を撃ち落とし続けていた。
「時深さんのように身体を加速させているわけでもない……ただの人間にそんなこと……!?」
射出の一旦終了。
青年は、静かに背を伸ばすと、折れてしまった永遠神剣を放ると、剣を正眼に、テムオリンへ構える。
そして―――
「っ!?」
テムオリンは、常人とは及び付かない感覚を持っている。
そして、その感覚を戦闘のため総動員して青年に集中させていた。
一瞬たりとも目を切っていない。
なのに。
青年は、テムオリンのすぐ横で、剣を振っていた。
何かの影が自分の横へ移動したとしか理解できず、コマ落ちした映像の如き動き。
エーテルジャンプなど、マナの粒子化を使った瞬間転位ではない。
時深さんとの戦いで何度となく経験した時間の跳躍や加速でもない。
認識の阻害による幻影などとも違う。
ただ純粋に――速い。
テムオリンは、即座に空間転移で距離をとる。
とりながらも、正確に元いた場所を認識し、観測する。
既に青年は元いた場所にはおらず。すでに空間転移したテムオリンの横に。
再度の空間転移。先ほどの3倍以上の距離をとる。
そこで、やっと青年は一息に攻撃できないと考えたのか、テムオリンに追いすがるのをやめた。
静かに剣を青年は下ろす。いったいなんのつもりかと青年の様子をうかがうテムオリンに、
青年は、感情がさらに消えた顔で言葉を放つ。
「きみの……夢や、願いは?」
青年の突然の問いかけに僅かに虚を突かれるテムオリン。
なにか意味があるのかと思ったが、詠唱とも何とも違う。
神剣魔法と関係のない言葉であること確認し、答えを返す。
「さあ? 私の願いは全てを手にすること。そしてそれをなすだけの力も持っているつもりですわ」
その言葉を受け、青年はさらに言葉を紡ぐ。
「神のようの……か。それでどうなるんだ」
「ええ。私は文字通り神。虫けらがどうなるかなど知ったことではありません。そんなものに何の意味があって?」
テムオリンが逆に問いかけるが、青年は何も言わなかった。
剣を構え、息を吐く。それに合わせて、テムオリンも再度力を収束させる。
「……それじゃ、駄目だ。無理なんだ」
疲れた顔で青年が呟いた言葉は、テムオリンに――あらゆる意味で届かなかった。
呟きが虚空に消えるのをきっかけとして、砲撃が始まる。
青年もまた、神速を持って駆ける。
青年を追って射出した剣が、少年にかすることもなく地面に刺さっていく。
剣が異空から青年に届くより速く、青年は進む。青年の走った後には、大量の刀剣だけが残されていた。
認めよう。人間離れした力を持っていることを。
力をある程度抑えられているとは言え、エターナルとここまで戦える存在がいたとは彼女も思わなかった。
だが、その快進撃もそこまで。
彼女もまた、青年に関しての戦闘能力をすでに頭に叩き込んでいる。
撃ち出される刀剣の弾幕が、じわじわと青年の肉体へと迫る。
それと同時に、青年の走る先すら確実に狭めていた。
青年の前髪がついに刀剣に捕まり、僅かに切り裂かれる。
しかし、そこは、すでに青年が一息に踏み込める場所。
大地がくぼみ、姿が完全に消失する。踏み込みのトップスピードに入った証だろう。
それを受けて、テムオリンの行動。
「確かに、素晴らしい力と速度です。けれど、手の内を見せてしまったらおしまいですわ」
大地から吹き上がる、刀剣の滝。
そう、テムオリンはもう青年の剣の有効射程範囲、そしてその移動と踏み込みの速度を見ている。
先ほど、かわさせたのは進軍させるためであり、逃げ場をなくし相手が自分の定めた領域に踏み込ませるため。
相手が最後の一撃を決めようとしたとき、どこをいつ通るかを正確に計算して、機雷のように設置したのだ。
どうにか剣が刺さるのは、銃と剣で防いだのだろう。咄嗟に対したものである。
だが剣で空に浮き上がり、無防備な姿を晒した以上、もう終わり。
「まさか、これが必要になるとは思いませんでした。誇ってもいいと思います。
私が最期に送るもの。それは絶対的な破壊だけですわ。……覚悟なさい」
『秩序』を横になぐ。発動の詠唱。
第二位永遠神剣『秩序』の契約者法皇テムオリン、最大最強の神剣魔法。
物理的な攻撃ならタキオスがいる。絡め手ならミトセマール。指定した相手を100%殺すことにならメダリオも。
その配下の三人のエターナル、その誰にも不可能な、テムオリンだけに可能な究極の魔法。
大地に刻まれる超巨大な魔方陣。
世界と等価の存在エターナルの放つ極技。
全てを抹消し粉砕する力。
『神々の怒り』
天より迫る光の柱が何本も大地へと突き刺さり、弾け、光を生み出す。
それが何重にも重なり合うことで膨れ上がり、大地を嘗めつくす、巨大な閃光が大地を覆いつくした。
視界全てを焼き尽くす無情な絶対神の光。
――光が、全てを焼きつくす。
「これで、さよならですわ」
テムオリンが、静かに告げる。錫杖を振って、剣の射出をやめる。
神々の怒りを受けたのだ。おそらく、あの青年は塵も残っていまい。
永遠神剣を持たずしてあれなのだ。もしも永遠神剣を握らせ自分側に転ばせればいい人材になっただろうに。
少々もったいなかったとテムオリンは手に入れ損ねた玩具を渋り、
――テムオリンの体に十字架がそびえたつ。
「……え?」
少女の体にそぐわない、巨大な墓標。十字架がテムオリンに深く突き刺さり、地面に縫いとめる。
「駄目だ。メギドラオンじゃ倒せない」
スタンと、静かに大地に青年が降り立つ。
「別に、食らってもよかった。……多分、きかなかったから」
その手にあるのは、地面から射出した――永遠神剣。
テムオリンもそれで察する。
「まさ、か……あの刹那、立ち上る永遠神剣に身を任せて……っ!?」
青年は、首肯。
あの空へ弾かれた瞬間、青年は次なる一手が来ることを察していたのだろう。
故に、あえてテムオリンの放つ永遠神剣を握った。
その勢いに身を任せることで空へと駆けのぼり、地上の惨禍をやり過ごしたのだ。
もし、相手にマナが感じられればテムオリンは気付いただろう。
僅かなマナでも正確に彼女は位置を掴み、再度戦法を組みなおすことができた。
だが、目の前の青年に一切マナは感じない。故に、この結末があった。
しかし、それならこの結末はあり得ない。
マナを持たないというのは………一切の超状の力を持たないということ。
だというのに、自分が何故。
「この……神である私が……何故人間に……っ」
苦悶混じりの声に、青年はぽつりと。
「違うよ。……神だから……そして人間だからこそだよ」
青年の手の銃が、ゼロ距離で静かに引き絞られる。
この殺し合い、初期の脱落者はまさか――
ただの人間に殺された、世界の『秩序』を司る神だった。
【法皇テムオリン 死亡確認 残り26名】
荒い息を吐き出しながら、青年は天を仰ぐ。
現実に 憑かれ/疲れ 摩耗した青年がいた。
未来のため、戦い続けた、たった一人の擦り切れた青年がいた。
彼は、人間だった。
神の力を持たず、 悪魔の力をその身に宿すことなく、 超状の者たちの助けを受けず。
それでなお、神を切り、悪魔を切り、超状たる存在となった友を切り続けた。
ただ、生きるための戦いだった。戦わなければ生き残れなかった。だから、戦った。
その中で、大きな時代のうねりの中に、飛び込んでいく親友たちがいた。彼らの後を追い、生き残って旅を続けた。
そしてたどり着いたのが、世界を決める大戦の原因全てを切って、最初からやり直すという選択だった。
自分の殺戮の向こうに人々の真道があると信じたからこそ、戦った。
風と剣技を司る、剣を持つ熾天使ウリエルを切った。
大地と雷を司る、剣を持つ熾天使ラファエルを切った。
水を司る、百合と剣を携えた熾天使ガブリエルを切った。
火を司る、天軍の剣を持ち最高位の熾天使として君臨するミカエルすらも――切った。
神にささげられた魂として、神の傀儡となり黄泉返った、たった二人のかけがえのない親友も殺した。
世界を焼き滅ぼす大いなる巨人の王である魔王スルトを切った。
ソロモン72柱の1柱、40の悪霊の軍勢を持つ魔王アスタロトを切った。
猛々しい獅子とも呼ばれ、失楽園より来たる堕天した魔王アリオクを切った。
古来より大日如来としてあがめられ、最大級の戦神である阿修羅王すらも――切った。
力を求める乾いた魂であり、悪魔と合体してまで力を追い求めた、たった二人のかけがえのない親友も殺した。
ラドンも、エキドナも、ビシャモンテンも、ヴィシュヌも、インドラジットも、ラーヴァナも、
ベリアルも、仁王も、閻魔大王も、カズフェルも、ハニエルも、ベルゼブブも、コウモクテンも。
あらゆる神と天使、悪魔と魔王を切り捨てた。
切って、切って、切って、切って、切って、切り続けた。
勝って、勝って、勝って、勝って、勝って、勝ち続けた。
敗北とはすなわち死。故に一度たりとも負けは許されなかった。
神魔すら死に絶えていく中、彼は戦い続け切り続け勝ち続けた。
あらゆる犠牲を払い勝利し続けた。
だが、彼が得たものは何一つとしてなかった。
神でも悪魔でもない彼は、人の生き方を導くことなどできなかった。
彼は敵を殺すことしかできない、一本の剣に過ぎなかった。
ただ、我武者羅に、一心不乱に、全てを賭けて戦い続けた彼が求めた、人間の手による平穏。
ICBMが降り注ぎ、世界が荒廃する前の――神も悪魔もなく、平和な世界を彼は望んだ。
しかし、荒廃した世界ですがるもの頼るものなく生きられるほど人は皆強くなかった。
人々はまたも神をすがるようになっていく。戦うことしかできない彼に、できることはなかった。
神がいるなら撃ち滅ぼせばいい。悪魔がいるなら撃ち滅ぼせばいい。
敵を倒してすむ問題ならば、よかった。けれど違ったのだ。
そして、人々の神への祈りは届き――再び世に四大熾天使は生誕し舞い降りる。
彼の祈りは無駄だった。どんな神にも通じず、どんな人にも伝わらなかった。
彼の戦いは無為だった。地上に悪魔は溢れ、誰もが神を呼び、人間は己の力を信じようとはしなかった。
彼は、敗北者でしかなかった。
それでも、彼は讃えられた。
個人でありながら、最強の天使達と魔王達を冠する組織を全て斬り伏せ、偉大な戦いを鎮めた英雄として。
神でも悪魔でもなく、人としても生きられない。理想は遠く、夢は崩れた。
父は幼い日に事故で死に。母は悪魔に食い殺され。故郷はICBMで焼かれ。
自分を知る者は30年の残酷な時のずれが奪い去った。親友はこの手は殺した。
もはや、彼の名は失われて長く。
その力のみを讃えられ、故に人々からはこう呼ばれた。
英雄〈ザ・ヒーロー〉と。
「違う……こんな名前……欲しくもなかった……!」
二十歳そこそこの青年が、若いが故に味わう挫折を受けたような顔でもあり、
還暦を迎え人生に疲れた老人が、自分の歩んだ人生の後悔を振り返るような顔でもあった。
英雄だなんて言葉。ザ・ヒーローなんて称号欲しくはなかった。
ほんの数年前。高校に入学し、桜の中を歩いたことが、今は遠い。
戦いの中、親友と笑い合った日々が遠い。
切ってきたもの全てのため、諦めるわけにはいかない。
積み上げ続けた親友すらも含む屍に目を背けられるほど、彼は強くなかった。
自分の道の先を信じていたからこそ、切り捨ててしまった大切な存在たち。
悪い夢……いやいい夢だった……
そうか……僕は……神にささげられた……
耳を打つ、いつか聞いた声。言葉。
他人の夢を踏み抜いてまで築いてきた道を、変えることなどできようか。
今更、忘れられるはずがない。いまさら捨てられるわけがない。
夢は呪いと同じ。途中で挫折した者はずっと呪われ続ける。
解く術は二つに一つ。夢をかなえるか……――夢の半ばで朽ちるか。
もうとっくに終わってしまった夢と知っていても。幻想だと分かっていても。
壊れた夢を握りしめて、今でも血を吐く。
背負ったものに応えるため、自分は戦わなければならない。
いつか、自分が他人の力と意思と覚悟に破れ、その者の屍の山となるまで。
「どこにある……どこにあるんだ……」
自分のユメはどこにある。
自分の夢をかなえるモノはどこにある。
自分の夢を背負ってまで進めるユメはどこにある。
自分を超えるモノは――人間はどこにある。
一天多界に敵はなく。
永遠に勝利を積み重ね続け敗北する。
人を導くことはできない人の身。
故に全てを砕く力を持つ、一本の剣にしかなれず。
神を凌駕し、
魔王を超越した、
ただの無力な青年が、コワレた幻想を抱えて歩きだす。
コロシアムのチャンピオン ザ・ヒーローの像は涙を流し、泣き続けている………
【ザ・ヒーロー】
【所持品:基本セット一式×2 パニッシャー ナイトファウル 天帝の剣】
【状態 健康】
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