Devil&man
―――悪い夢……いや、いい夢だった……
飛ばされた会場で、木の幹にもたれかかり、空を見上げる男が一人。
つい先ほど、自分が最期に呟いた言葉が、頭の中でリフレインする。
「いい夢か……そうだったんだな……」
もう誰にも負けない力を手に入れたはずだった。
もう二度と誰にも負けないはずだった。
そう信じていたし、信じられるだけ力を求め、そして手に入れてきた。
「くそっ、いい夢を見てたって言うのに……起こしやがって」
悲しそうとも憎々しくとも皮肉るようにとも嬉しそうとも取れる、
万感のこもった笑みを小さく作る青年が、そこにいた。
彼の肩は、震えていた。
悔しさと恐ろしさで震える体で必死に虚勢を張り、足に力を込め彼は立つ。
――……た……助けてくれ。誰か助けてくれ。
かつて自分が、ただ一人悪魔が闊歩する世界に飛ばされた時に呟いた言葉だ。
喉までせり上がるその言葉を歯を食いしばり、飲み込む。
彼は、弱かった。だから、力が欲しかった。
一言で表せる、とてもとてもシンプルな理屈。
だけど、それが彼のすべてだった。
他人に踏みつけにされても決して屈せず、それゆえにさらに踏みつけにされた。
別に、彼が不屈の勇者だったわけではない。内心恐れ、怯え、それでも彼は屈しなかった。
力さえあれば。力さえあれば。
自分は誰にも負けないし、虐げられることはない。
弱い心をその想いで必死にねじ伏せ、走った。
彼の求める力は、権力ではない。ただ純粋な、自分という存在の行使できる破壊力。
目に見えて誰もが畏怖する力だった。
悪魔とだって合体した。
どんな手段を使ってでも力を手に入れてきた。
力を手に入れるため、走った。走った。走り続けた。荒廃した世界を駆け抜けた。
誰にも負けないと信じられる力を手に入れたはずだったんだ。
手に入れた――夢を見ていたんだ。
けど、夢は夢だ。いつかは覚めてしまう。
必死に力を追い求めても、それでも勝てない奴がいたんだ。
それは、親友だった。
一緒に笑い、泣き、苦楽を共に大破壊が起こり崩壊した世界を走った、たった二人の親友だった。
そして、親友と戦い、負け、命を失う直前、やっと気付いた。
力だけを求めていた自分が破れたことは、悪い夢ではない。
力だけを求めていた自分が、力を手に入れられたと思えたことはきっと、いい夢だったんだろう。
「畜生……怖えよ……」
あの時、自分も白い戒めを破ろうとした。しかし、破れなかった。
破れなかった自分よりあの戒めを破ったアスラ王のほうが、自分より強い。だというのに、あのざまだ。
親友に破れ、ここに来た。そして、その次は自分の目の前に現れた、自分より強い多くの存在。
そして突然命じられた殺し合いという現実。
きっと、夢から覚める前の彼なら即座に殺し合いに乗ったろう。
自分が負けるはずがない。だから、勝ち残るに決まっている。
もちろん、この殺し合いを開いた連中も皆殺しだ。
そう、思っていただろう。
だけど、一二時の鐘は鳴り、魔法は解け、夢の時間は終わった。
自分は弱い。昔のままだ。なにもかわっちゃいない。
あの、一人震えて泣き言を言って、人の前じゃ虚勢を張ってる馬鹿なガキのまま。
「本当に……いい夢だったんだな」
木の根元に座り込み、膝に顔をうずめ、彼は声を押し殺して泣いていた。
ガサリ
「ッ!?」
自分の脇から聞こえた物音に気付き、彼は弾かれたように立ち上がり、物音のしたほうに手をかざす。
「誰だ!? 誰かそこにいるのか!?」
声が思わず上ずっていることに気付き、自分に嫌悪を感じるが、そんなことを気にしている場合ではない。
もし、参加者ならどうするか。戦うか、それとも逃げるか―――くそっ、俺は何を考えてるんだ!?
死にたくない。そして、生きて帰るには最後の一人にならなければいけないのだ。
できれば、強くない……いや、何をくだらないことを考えてるんだ、俺は。
どんなに相手が強くても、だが……
彼の懊悩など、関係なく、事体は進む。
物音のする茂みから現れたのは―――
「…………は?」
金髪長い髪を端のほうで結ぶ、背丈もカオスヒーローの胸元までしかない小さな女の子だった。
いや、その独特の雰囲気は悪魔のそれなので多分、女性悪魔ということになるだろうが。
彼とて、一応は世紀末の世界を生き抜いてきた存在だ。相手の力量は、大体測れる。
どうみても、低級の、さらにその中でも下から数えたほうが早いくらいのレベル。
青い瞳をしたが、突然大声を出されたせいか大きく広がっている。
「なんだ、悪魔か……驚かせやがって」
大した相手ではないことを悟り、背中に浮かぶ汗の不快さから服の前を何度か引き、胸元に空気を入れる彼。
だが、それとは対照的に、悪魔のほうはポカンと口を開け、
「え、えええ!? なんで私が悪魔ってわかるんですか!?」
「ばっ……!」
思わず、少女の口を押さえる。
「(馬鹿野郎! 突然叫ぶ奴がいるか、周りにだれがいるか分からないんだぞ!)」
慌ててそう小声で言うと、コクコクと首を動かす少女。
ひとまず、この場を離れないとまずい。一刻を争う状況だ。
相手から場所を特定されるが、こちらからは分からないと言った状況にすらなりうる。
肩にかけた荷物の口が閉まっていて、走っても中が漏れないこと確認し、そのまま走る。
「ふう……ったく、いきなりなんだ……!」
どうにか、1kmくらい走ったところで、改めて腰を下ろす。
悪魔と合体した体は、普通の人間とは比べようがないくらい強靭だ。
数km走る程度では息一つ上がらない。
「と、突然何するんですかー!?」
と、その時、自分の手の中から声がした。
少女を抱えたままだったと改めて気付いて、その場に下ろした。
その場に置いておくと、誰かに襲われた時自分がどっちに行ったか口を割る恐れがある。
可能な限り襲撃の危険を落とすなら、情報を一つ残らず移動させたほうがいい。
「馬鹿か、あのままいたら襲われるぞ」
「それは……でも、もうちょっと、どうにかしてください! それに何で分かったんですか!?」
どうにも怒っている少女を横に、ひとまず襲撃されるのは避けられると安堵の息をもらす。
正直、まずあの場に離れることに成功出来たせいか、この少女の相手をするのが面倒だ。
さっさとあしらってしまおう。
「さっきの質問には答えてやるよ。俺がさんざん悪魔を見てるからだ。
それに俺自身悪魔の混じりものだしな。人間と悪魔足して割ったようなもんだ」
「え……それって……」
急に、少女の顔に苦いものが混じる。だが、彼にはたいして気にも留めなかった。
妙に元気なのに挙動不審というか……まあ、この状況では鉄火場慣れしてなければ、
挙動不審になって仕方ないのかもしれないが。
「……お前も、参加者か?」
「は、はい! その……ルークや、セシリーさん、シャーロットさんを見ませんでしたか!?」
その言葉に、彼は眉をひそめる。
「いいや、見てないな。そもそも、こっちに来て初めて会ったのがお前だ。
……しかし、あそこでよく分かりを見てたな」
彼は、アスラ王の姿に目を取られ、怯え、戒めを解こうと足掻いていた。
周囲など、ろくに見ていない。知り合いを、それも三名も見ていたこの少女、意外と肝が据わっているのか。
だが、彼のそんな想像は的外れなものだったとすぐに理解させられる。
「え、いや……このバックの中の、名簿を見たんです。そうしたら、名前が載ってたからなんですが……」
「……名簿?」
そう言えば、道具袋を開けていなかった。
ごそごそと道具袋を開けて、中のものを見る。
すると、たしかに薄い紙切れが出てきた。そこには、三十の名前が刻まれている。
そこには―――
「なん……だと?」
そこには、二人の親友の名があった。
何度確認しても間違いない。ここには、間違いなく、彼等がいる。
自分が最後まで勝てなかったあいつがいる。
それだけで、体が高揚する。
――そうか! あいつらがいる!
メシア教にもガイア教にも屈しなかったあの大馬鹿野郎は、きっとこの殺し合いにも反逆するに違いない。
天使の言うことをはいはいと聞くタマじゃない。
メシア教に入っちまったあの馬鹿も、こんな殺し合いに好き好んで乗るような奴じゃない――じゃなかった。
今はどうなのか、知らないが、少なくとも自分がよく知るあいつなら、大丈夫だ。
全く根拠のない自信だった。
けれど、それは何よりも彼の芯となって心を燃えたぎらせる。
三人揃えば、どんな苦境も打ち破ってきた。
この世界は、世界の命運をかけて殺し合う場じゃない。お互い手を組むのを阻むものなんてない。
この殺し合いだって――打ち破れるんじゃないか。
「あ、あのー?」
名簿を見たまま固まった彼を見て、不自然に思ったのか、少女はこっちに声をかけてくる。
「知り合いを探すんでな。……座り込んでもいられなくなった」
バッグの中から自分の支給品を引きずりだす。
でてきたのは――かつての自分が愛用した灰色を基調とした迷彩服。防刃、防弾、防火のすぐれものだ。
今、自分は防具として付けていた甲冑を没収された。
だから、かわりにこれを身につける。
まるで、あの頃のようだ。
悪魔になって、あいつらと別れて捨てたはずのものが手元にある。
不思議と、嬉しくなってくる。
「あ、あの、私もです。その……」
「知り合いを探すから一緒に来てほしい、か? ……勝手にしろ。名前は?」
「リサ、です」
今の自分は――珍しく気分がいい。
どこぞのロッポンギで出会ったガキのように怒鳴り散らす気にはならなかった。
「悪い名前じゃないじゃねぇか。ついてくるのは好きにしろ。ただし、自分の身は自分で守るんだな!」
今、再び青年が夢の中を歩きだす。
今度の夢は、いい夢か、それとも悪い夢か……まだ、わからない。
【現在位置:A-4森 深夜】
【カオスヒーロー】
【所持品:不明支給品0〜2 基本セット一式 カオスヒーローのコート】
【状態 健康】
【リサ】
【所持品:不明支給品0〜3 基本セット一式】
【状態 左腕火傷(重度)】
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