Big eye






そこには、巨大な『瞳』があった。
2mほどの赤黒い球体から見える血走った瞳。
申し訳程度に緒か手か指が分からぬものが球体の下部から生えている。
どうにか、頭部に毛髪に似たものがあり、金色の王冠を乗せている。
だが、それ以外は何もない。
色合いもあってか、むき出しの筋肉にもみえるそれは、
引いては人体から摘出した目とその周辺の筋肉にも見える。
この生命体の名は、『業火のントゥシトラ』。
多元なる宇宙において、永劫を生きる者たちの一柱。

彼は、怒っていた。
このような場所に突然呼び出され、殺し合えなどと命じられたことに。
しかし、逆らうことはできない。
人をはるかに凌駕する知能を持つ彼でも、刻印が何かとは即座に分からなかった。
仕方ない――殺そう。
殺すことに嫌悪感を覚えず、戦うことに拒否感を覚えず、ントゥシトラはそう考える。
永劫者たる自分に勝る生命体などいない。
全ての生命体は自分より下位にある存在であり、取るに足らない存在なのだ。

故に、目の前にいる人間を彼は狩りたてる。


―   ―    ―


光差し込まぬ暗い暗い森。
木の葉が積もり、木が生い茂り暗闇の中にさらに暗い闇を浮かびあがらせている。
その闇の中、姿を隠すようにうずくまる少女が一人。
明るいはずの髪の色も、今は闇にまぎれて分からない。
ちらりと、木の蔭から顔を出し、周囲を見る。
彼女の目に映っているのは、深紅の肉の球体――業火のントゥシトラ。
ギョロリと感情の移さない単眼で周囲を見ては、
魔力球を一息に何十発と生み出し、周囲にばらまくそれを見て彼女は歯噛みする。
ントゥシトラが使う攻撃は、彼女の攻撃とよく似ていた。
つまり――クロスファイアシュートと。
もう、彼女が誰か分かっただろう。彼女の名はティアナ・ランスター。
機動六課ではスターズ分隊所属のセンターガードであり、射撃や幻術魔法での支援を担当している。
故に、魔法弾による射撃は本来彼女の領域なのだが……

「クルルルルゥゥゥゥアアアアアゥゥアアッァ!!」

ントゥシトラが目を見開くたび、何十発と魔法弾が生まれ、射出、装填していく。
一発一発も、森の木々を燃やす前にえぐり飛ばすほどの火力。
彼女の射撃とは、威力が違う。数が違う。
あの目玉がデバイスを使えるかすら知らないが、
ともかく何の支援もなしの単独で異様な数、異様な威力の魔法弾、そして、異様な装填の速さ。
ばらまいたそばから即座に補給し、次々と森を焼き尽くさんと撃ち続けている。

(どうにかして振り切らないと……!)

頭の中で必死に策を巡らせるティアナ。
ここにきてから、ろくにものを考えることもでないうちに襲来した怪異な驚異。
ほぼ同系統の戦法をとっている身として、直感的に分かる。
おそらく、正面からぶつかり合えば、仮にクロスミラージュがあったとしても勝てないと。
事実、直感を裏付けるように、様々な要素がそれを認識させる。

散弾の如く、まき散らされる魔法弾が、ティアナの潜む茂みをかする。
木切れすら残さずけし飛んだ木を思い出す。一撃でも当たれば、その瞬間終わるだろう。
砲撃の僅かな間に茂みから駆けだすティアナ。
それを追撃して、ントゥシトラの魔法で作られた炎弾が殺到する。
炎弾は、ティアナを貫通。
しかし、

「ゥゥゥゥゥアアア?」

あたりはしたが、肉が飛び散ることもない。
少しの時間とともに薄れて消えていくティアナの姿。
ティアナの、射撃とともに得意とする魔法――幻影である。
本物のティアナは、幻影に一瞬遅れて移動をはじめ、別の茂みにすでに移動している。
キョロキョロとコミカルとも言える動きで周囲に目を向けるントゥシトラを見て、
ティアナは息を必死に整える。
幻影では、残念だが相手を振り切るまで走りきれない。
かといって、数を作って散らばらせても、あれだけの魔法弾をばらまかれては一網打尽。
どうにか、幻影に加えてそれ以外でもう一手用意しなければならない。
考えるのは、攻撃で相手をひるませる……というものだが、かなり難しい。
昔試験の時、デバイスなしで三発分スフィアを展開し、クロスファイアシュートを発射した。
しかし、あればスフィアを生成する時間があった上に、幻影なしだ。
幻影も合わせての速撃ち、しかも場所も狙うというのなら、今の自分でもできるのは一発、二発。
ントゥシトラの足元に展開された魔方陣が、夜の森を照らすおかげで、
結果としては向こうの動きはこっちに筒抜けだ。場所だけはいつも正確に把握している。
今もばらまき続ける炎弾によって生まれる光も、
ントゥシトラの足元に展開した魔法陣の光量に比べれば、微々たるものだ。
どこを狙うか。
あの球体の下にある手? 頭に乗った王冠? それとも、あの巨大な目?
おそらく、狙うなら的も大きい目だろう。
それに、魔法弾を生成する時に、目を見開く以上、目は何かの役割を持っていると思う。
だが、これは賭けになる。

目を狙える位置……というのは逆を言えば、自分は相手の視界に入っていることになる。
それでも、彼女は目を選んだ。
それ以外の場所を下手に打っても、今自分のいる場所を教えるだけで、意味がない恐れがある。
今の今も、吐き出され続ける魔法弾。このまま、恐れていてはそのうちやられるだけだ。
ならば、あえてもっとも効率のよい部分を狙う。
冷静になれ、と彼女は自分に言い聞かせる。
どんなの時でも、冷静に戦況を分析し、判断するのが自分の役目なのだ。
今、ントゥシトラは明後日の方向を向いている。
しかし、物音をたてれば、すぐにこっちに向きなおすだろう。
待つのは、相手が何気なくゆっくりこっちを振り返ったとき。つまり向こうに隙がある時だ。
ドクン、と高鳴る胸を押さえ、呼吸音すら忍び、その時を待つ。
そして――

「今!」

まだ、少し横を向いているが、十分狙えるだけの目の面積がティアナの前にさらされる。
ントゥシトラが、目を剥くが、遅い。正確に目を彼女の魔弾は討つ。
結果を見るよりも早く、ティアナも同時にかけ出す。

が、

「―――え」

ティアナの前に、突然現れた魔法弾。
走る勢いは殺しきれない。咄嗟に顔の前で手を組むが、つんのめるように腕は魔法弾と接触する。
痛みで小さく叫びをあげるティアナ。

彼女には、二つ誤算があった。
一つは、ントゥシトラが、自分と同じ遠方からの狙撃タイプと思ったことだ。
ントゥシトラの戦闘法は、遠距離から大量の火力による砲撃ではない。
指定した空間の周囲に大量の魔法弾を設置し、対象を全方位から爆撃し燃やしつくす。
それが、本来のントゥシトラなのだ。
魔法弾をばらまいていたのは、ティアナの場所が分からなかったからでしかない。
そして、もう一つの誤算はントゥシトラという存在に関しての認識。
ントゥシトラは、圧倒的な魔力風吹き荒れ、
硫酸の雨と硫黄、吹き上がるプラズマが支配する世界の王。
生半可な熱や魔法は、彼からすればどこにどう受けようが大差ない。
常にさらされていた環境にも劣る攻撃など、
目に攻撃されてもせいぜい目薬をさされた程度にしか感じないのは当然だろう。

走った勢いを急に落としたため転倒したティアナの周りを、ントゥシトラの魔法弾が取り囲む。
やけどで痛む左腕を押さえたまま、絶望的な目でティアナは周囲を見る。
文字通り、三百六十度、半円状に形成された魔法弾の燐光がティアナを照らす。

「ギューキュー、クルルルルゥゥ!!」

ントゥシトラが、声を上げる。
それとともに、魔法弾が揺れ―――






「そこまでです!」



蒼い三日月形の衝撃波が、ントゥシトラの魔法弾とぶつかり、爆発を起こす。
その輝きに目を焼かれるティアナ。自分が何か大きな力に首を掴まれている――と思った直後に浮遊感。
所謂お姫様だっこの状態で、誰かに抱かれている。

「このまま、走りますよ!」

視力が戻らないが、風を切る感覚と、上下の揺れからティアナは誰かが自分を抱えて走っているのは分かった。
乱入者は最後にントゥシトラに魔法弾を飛ばすと、そのままその場から常人離れした早さで走り去る。
場に残されたのは、ントゥシトラだけだった。

【現在位置:C-2森 深夜】
【ロウヒーロー】
【所持品:不明支給品0〜3 基本セット一式】
【状態 健康】
【ティアナ・ランスター】
【所持品:不明支給品0〜3 基本セット一式】
【状態 左腕火傷(重度)】

【現在位置:B-2森 深夜】
【『業火』のントゥシトラ】
【所持品: 基本セット一式 第三位永遠神剣『炎帝』】
【状態 健康】



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