霹靂







 ……今、銃声がした。
 少し離れた方角からだし、此方へはまず来ないだろうが、殺し合いはどうやら刻一刻と進行しているようだった。
 今一度それを再確認しながら、大太刀・蛍丸は頭の後ろで両手を組む。

 「ちぇっ。面倒なことになったなー」

 間延びした声で呟く少年の姿に、緊張感というものは存在しなかった。
 とはいえ今何が起こっているのか、そして自分達が何を望まれているかも理解できないほど、彼は阿呆ではない。
 

 ――明石とか呼ばれていた女曰く、どうやら俺達はこれから殺し合いをしなければならないらしい。
 しかもそんなふざけたことを考えた連中の中心には、俺達の本丸の審神者もいるときた。
 
 「殺し合いなんてする気はないけど。ほんと、面倒としか言い様がないや」

 しかし審神者のねーちゃんも、どうして急にそんなこと考えたんだろう。
 もしかして俺達に日頃から不満を抱えていて、一向に改善されないから遂に怒っちゃったとか?
 ……いやいやいや。あの人に限って、そういう女々しいことはあり得ないでしょ。
 蛍丸は、苦笑しながらかぶりを振った。
 
 それにしても、本当になんだってこんな真似をしたのだろうか。
 驚かすつもりの悪戯にしちゃ手が込みすぎているし、新手の演練なら最初からそう説明すればいい。
 刀剣だって心を持っている。もし鵜呑みにしてしまえば、本当に殺し合いを勝ち抜こうと考えてしまう輩だっているかもしれない。幸い、自分にそういう重たい事情はなかったが。
 ともかく、これは少しばかりまずい状況だった。
 どうにかして殺し合いを止めないと、最悪本当に犠牲者が出てしまいかねない。
 見たところだと、あの場には部外者も居たようだし。――刀剣男士の力を何の力も持たない一般人、それも女子供に振るおうものならどうなるかは言うまでもない。間違いなく、大惨事になる。

 「この趣味悪い首輪外すのには難儀しそうだけど、それ以外はどうとでもなりそうだしね。
  ――ぱぱっと面倒事片付けて、審神者のねーちゃんとっちめちゃいますか」

 とんでもないことをしてくれたものだとは思うが、元凶の一人である自らの審神者を討とうという気は蛍丸にはなかった。彼は彼女が意味もなくこんなことをする人物ではないと知っているし、信用もしている。
 人を喰ったような性格で、時には苛ついたこともあった。
 ……しかし、それでも。自分達の本丸を率いることが出来るのは、きっと彼女だけなのだ。
 他の皆もきっと同じ考えに違いない。全部終わらせたら、貸し一つ、ということで許してやろう。

 使い慣れた、自分の写身である大太刀の柄に手を添える。
 いつも通りの感覚だ。今日も蛍丸の刃に曇りはない。
 けれど、この刃は仲間に向けるものじゃなく、歴史の修正を目論む馬鹿共に向けるものだ。
 こういうのはどうも慣れないが――やるしかないだろう。

 「……さてと。――ところで、いつまで隠れてんのさ。それとも、俺が殺し合いに乗ってるとでも思った?」

 
 呆れたような声色でそう言うと、蛍丸は背後へ振り返った。
 視線の先にあるのは茂みだ。背丈の高い雑草のせいでそこに誰かがいるのかどうかは到底判別できないが、それでも蛍丸の目は誤魔化せない。いや、普通ならば兎も角、この人物に対してだけは例外だった。

 「かくれんぼでも、鬼ごっこでも。ああ、国行に追いかけられてる時もそうだったっけ。
  隠れてる時、何秒かおきに小さく鼻を鳴らすクセ。まだ治ってなかったんだね――国俊!」

 「……へへっ、バレちまったか。そういうとこはホント流石だぜ――蛍!」

 茂みの中から姿を現したのは、蛍丸と同じく幼い風貌をした少年だった。
 鼻に貼り付けた絆創膏はやんちゃ坊主の証だが、衣服にでかでかと描かれた愛染明王は圧巻の一言に尽きよう。
 彼の名は愛染国俊。元が蛍丸と同じ来派の短刀であったこともあり、昔はよく二人で野山を駆け回ったものだった。
 尤も、最近でも時偶一緒に外で遊んだりはするのだが。――とにかく、蛍丸と浅からぬ間柄にある相手だ。

 「おおっと! 一応言っとくけどよ、ビビってたわけじゃねえんだぜ。俺なりの戦略ってやつよ」
 「ま、何を考えてたかは大体分かるけどね。
  相手が俺じゃなくても、殺し合いに乗るようなら飛び出てきて喧嘩吹っかけようって魂胆だったんでしょ?」
 
 先手を打って殺しにかかるのではなく、あくまでも国俊が挑むのは喧嘩だ。
 わざわざ聞くまでもない。
 彼が仲間殺しを良しとするなんて、それこそ天地がひっくり返りでもしない限りは有り得ないと言っていい。

 「あんなの、ちょっと練度の高い刀なら誰でも気付けるよ。それこそ、俺じゃなくたって」
 「う! ……ま、まあ確かに。三日月のじーさんや国行なんかにはバレバレだろうけど」
 「もし殺し合いに乗ってないやつでも、あんな隠れ方してたら普通疑われるでしょ」
 「ぐうう……」
 「先手必勝! とか考えなかったところは評価するけど、少し考えが足りなかったね」

 くすっと笑ってからかう蛍丸。その心には、確かな充足感があった。
 殺し合いに動揺してはいないつもりだったが、こうして見ると成程、存外に気心の知れた相手が傍にいるというのは安堵を覚えさせてくれる。日頃の戦場ならまだしも、個人個人で生き抜かねばならない状況だから尚更だ。
 こんな悪い夢みたいな一日は、とにかくとっとと終わらせるに限る。
 背中を預けられる仲間も得た。後の問題はそれこそ本当に、首輪をどう外すか程度のものだろう。歴史修正主義者はおろか検非違使との交戦経験すら豊富で練度の高い自分と、遠征が主とはいえ小回りがきき、何より時折誰も予想できないようなことを考え出す愛染国俊。今なら、どんな敵が現れても遅れを取らない自信がある。

 「あ。そういや蛍、お前はどう考えてるんだ?」
 「ん、何を?」
 「ねーちゃん……審神者のことだよ」

 複雑そうな顔で言う国俊。
 蛍丸達の審神者である女は、彼と波長の合う人物だった。
 今思うと、あれはあれでバカだったのかもしれない。
 スパルタで変なところが頑固。しかし意外と向こう見ずで負けず嫌い。
 そんな性格の持ち主だったからか、必然的にいたずら者の国俊とはよく戯れていたのを思い出す。
 
 「俺、こんな状況だけどさ……やっぱり、俺達の審神者はねーちゃん以外にはいねえと思うんだよな」
 「そうだね。俺も同感。――だから、殺したり追放したりするつもりはないよ、俺も」

 あの人には、あの人なりの考えがあるんだろうし。
 そう続ける蛍丸に、「俺もそう思う」と国俊が静かに頷いた。

 「そりゃ怒るし、一発ぶっ飛ばしてやりたい気持ちもあるけど。
  けど、なんつーかな……なんか、理由があるはずなんだよ。分かるだろ、お前も」
 「うん」
 「バカなのか頭いいのか分からないような奴だったけど、でも」
 「ああ。無意味に俺達を殺し合わせて喜んだり、誰が一番優れているか決めたりするような人じゃない」
 「そう! そうなんだよ!」

 平常運転かと思われた国俊だったが、彼もまた、内心では複雑な感情を抱えていたようだ。
 吐き出せてすっきりしたのか、大きく溜息をついて彼は適当な木へ凭れかかった。

 「勿論一番悪いのはねーちゃんだけど、俺はやっぱり理由を知りてえ。
  何も分からないまま終わらせちゃならねえことだと思うんだよ。
  ……俺達、今はあいつの刀なんだから」

 「…………国俊」

 蛍丸も、真面目な顔で彼を見つめる。
 数秒の時間が空いた。
 なんだよ、と国俊が急かす。
 ……やがて、蛍丸は厳かに口を開いた。


 「お前……あのねーちゃんに惚れてたの?」
 「…………は?」


 沈黙。
 
 
 「――――って、いやいやいやいや! なんで今の話からそうなるんだ、お前ぇ!?」
 「らしくないこと言うもんだから、つい」
 「俺が真面目な話しちゃ駄目だってのか!?」
 「駄目じゃないけど、正直背中が痒くなるものがあるな」
 「お前ちょっとひどくないか?!」

 すっかり真面目ムードを壊されてしまい、コミカルな反応を返し続ける国俊と、それを受け流し続ける蛍丸。
 実に二人の性格が垣間見えるやり取りであった。
 ひとしきりそんな漫才めいた掛け合いを交わした後、蛍丸はくすっと笑う。

 「でも、やっぱりお前はそういう顔してる方が合ってるよ。うん、しっくりくる」
 「褒めてんのかバカにしてんのか分かんねえ奴だな……」

 それに、いい具合に緊張も解れただろう?
 その言葉は口には出さなかったが、答えは聞くまでもないようだった。
 国俊との付き合いは長い。
 何かと蛍丸を贔屓し世話を焼いている明石国行という刀が彼を庇って重傷で帰城した日も、こんなだった。
 だから、さっきみたいな時の愛染国俊を相手にどうすればいいかはある程度承知している。
 そういう意味で。蛍丸は、愛染国俊にとって友人であり、頭の上がらない相手でもあるのだ。

 「ま、あんまり心配しないでも大丈夫でしょ。どうにかなるって」
 「……前々から思ってたけど、お前ってお気楽なやつだよなあ」
 「俺と国俊が揃ってるのに、何を心配しろっていうのさ?」
 「――ま、そりゃそうだけどよ!」

 そうと決まれば、そろそろ動き出そう。
 こんな森の中に長居したって仕方がない。
 アテがなくたって、歩き回っていればその内他の参加者と出会う筈だ。
 
 そう合意し、いざ行かんと進み出そうとした、丁度その時だった。


 「……ん……? おい蛍、あれ見ろ」

 国俊が、不意に北西の方向を指差したのだ。
 彼に示された方向へ目を向けた蛍丸も、すぐに彼の言いたいことを理解する。
 
 「? どうし――、
  おっと。こりゃ珍しい。ねーちゃん以外の女は暫く見てなかったなあ」

 木々の向こうから、歩いてくる人影がある。
 その人物は、蛍丸達の審神者とはまた違った雰囲気を持った女性だった。
 年齢的にはまだ少女と呼ぶのが正しいであろうそれ。
 切り揃えた黒髪の美しさはまさに見事と呼ぶしかなく、思わず一瞬見惚れてしまう。

 そうしていると、少女の方も蛍丸たちへ気付いたようだった。

 「……お、こっち来るぜ。しっかし、すげえべっぴんさんだなあ」
 
 たたた、と小走りで寄ってくる少女。
 その姿が近付いてくるにつれ、彼女がなんとも仰々しい装備をしていることに気付く。
 蛍丸の知るものとは随分違った装いだったが、銃らしき装備を装着しているのだ。
 仰々しさと少女の清楚な外見が上手く折衷しており、不思議な魅力を醸し出してもいる。
 
 少女は蛍丸のそんな視線に気付いたのか、慌てて両手を掲げ、交戦する気はないという意思表示を行った。
 

 「あの……いきなりで申し訳ありません。お二人も、"参加者"ってことで合っていますか?」
 「おう、合ってるぜ」
 「ついでに言うなら、殺し合いに乗ってもないよ」

 補足する蛍丸に、少女は安堵した様子を見せた。
 大人びた雰囲気をどことなく感じる娘だが、やはり自分以外の全てを疑ってかからねばならない極限状況の中では落ち着く暇などなかったのだろう。胸を撫で下ろす姿に、自然と口元が緩む。
 
 「申し遅れました。私、防空駆逐艦の秋月と申します」
 「ぼう――くう……? なんだって?」

 疑問符を浮かべる国俊。
 そしてそれは、蛍丸も同じであった。
 防空駆逐艦。その単語は、言わずもがな彼ら刀剣の時代には存在しなかったものである。
 
 「……俺は蛍丸。こっちは愛染国俊。
  んーと、秋月。俺達はその"防空ナントカ"ってのをよく知らないんだけどさ。
  ――もしかして、秋月も……何か"敵"と戦ってたりした?」
 「――はい……そう、なりますね」

 やっぱりか。
 顎に手を添え、一人納得する。
 最初から疑問に思ってはいたのだ。
 刀剣男士と単なる女子供では戦いになどならない、それはさっきも述べた。
 だが……こんな質の悪いゲームに、そんな重大すぎる欠陥を果たして残しておくだろうか?
 
 「この機銃を装備できる、というのを見てもらえば分かると思いますが、私は"艦娘"です。
  海域を深海棲艦から奪い返す為に日夜――、って、あれ? ……もしかして、ご存知ありませんでした……?」
 「ああ、さっぱりだぜ」
 「同じく。……んー、こりゃ予想以上にめんどくさいことになってるのかも」

 刀剣男士は基本、出撃以外で本丸からは出ない。
 故に、所謂人間社会で何が起こっているかなどは審神者の気紛れで聞かされる程度でしか知る術はないのだが。
 彼女の言い方から察するに、その"艦娘"とやらは知っていて当然、というくらいには一般的な存在らしい。
 
 「秋月は、"刀剣男士"って知ってる? 一応俺らの主からは有名なものだって聞いてたけど」
 「……いえ、存じ上げませんね……」
 「ふうむ」

 まだはっきりとは分からないが、彼女と自分達は違う場所から連れて来られたのかもしれない。
 ――そして、そういう概念を、特に自分達はよく知っている。

 「国俊、どう思う?」
 「……どうって、そりゃあな。やっぱり考えちまう」
 「だよね。……時代を超えてる……のかな」

 時代を超える。
 秋月はあからさまに不思議そうな顔をしていたが、無理もないだろう。
 審神者によれば、刀剣男士もそれなりの知名度はあるという。
 時々ではあるが本丸にも政府の人間とやらが訪れるし、全くの認知度零ではないはずだ。
 ここまで互いの認識に――特に秋月の認識がこちらの常識と外れている以上、考えられるのはそれしかない。

 「そうなると、いよいよ訳が分からなくなってくるけどね。
  ――俺らは歴史修正を止める側だってのに、違う時代の住人と俺らを引き合わせるなんてした日には、とんでもないことになるはずだよ。……あの人、本当に何考えてるんだろうなあ」
 「ええと……」
 「あ、いや、こっちの話。秋月にもいずれ関係してくる話かもしんないけど、とりあえず今はいいや」

 これ以上彼女を混乱させてもどうにもならない。
 今はとにかく、目の前の問題に対処しなくては。
 殺し合いの打破という、目下最大の難関に。

 「わかりました。それで、……蛍丸さん、でしたよね?」
 「うん。どうしたの?」
 「実は私、此処に来る前に一度襲われているんです」

 言う彼女の身体を見ると、暗がりで分かりにくかったが、確かに所々泥で汚れている。
 目立った傷こそないようだが、この様子ではそれなりに逃げ切るのに難儀したようだ。
 
 「怪我はないのですが、相手は私の持っているような機銃と……もう一つ、連装砲で武装していました。
  暗い中での不意打ちだったこともあり、応戦もろくに出来ず……」
 「……無理もねえな。もしかすると今も近くにいるかもしれないってワケか」
 「はい」
 「秋月の持ってるみたいな銃に、砲で武装してる……ってことは、つまり」
 「――はい。恐らく、相手は艦娘でした。顔を隠していたので人相までは判別が付きませんでしたが、長い髪も見えたのでまず間違いなく女性で合っていると思います」

 ここで蛍丸は、国俊と出会うよりも前に自分が銃声を耳にしたことを思い出す。
 考え込む様子を見せている所を見るに、彼もまたあれを聞いていたのだろう。
 夜陰の中で、自分達が知るものより遥かに技術の進んだ銃器を用いてくる相手。
 ――厄介どころでは済まされない。もし隙を少しでも見せようものならそれで終わりだ。
 
 「銃兵みたいな遠戦要員の刀装を持ってれば、こっちも少しは応戦できるんだけどね」
 
 ぼやく蛍丸に、国俊は事も無げに言う。

 「ん? 弓兵の刀装なら、俺持ってるぜ」
 「…………、本当?」

 ちょっと待ってろよ。
 そう言って彼がデイパックから取り出したのは、黄金の玉だ。
 間違いない。これは弓兵の刀装――しかも特上の品である。
 
 「ええと、それは……?」
 「あ、秋月は知らないんだったね。
  俺達刀剣男士は、"刀装"っていう防御手段をそれぞれ持ってるのさ。
  もっとも、公正な殺し合いでもさせたいのか知らないけど、今は外されてる。
  だから期待してなかったんだけども――そっか。これがあるなら、ちょっとだけ話が違ってくるな」
 「お、そういうことか! 遠戦さえ出来るなら、卑怯な銃使いにも応戦できるな!」

 一概に卑怯と決めつけてしまうのはどうかと思ったが、殺し合いに乗っている相手なら遠慮もいらないだろう。
 生憎と此処は森の中。視界は悪く、抜け出すまでにもまだ距離がある。
 その道中で秋月を襲った相手と遭遇しない保証はどこにもないのだ。
 
 「……なるほど。
  艦娘の武装を刀剣男士さん達は装備できない代わりに、そちらはその刀装を装備できるんですね」
 「ま、こんなくそったれた催しのことだぜ。
  どうせ真っ当な硬さ重視の"軽歩兵"とか"軽騎兵"の刀装なんかは支給されちゃいないだろ。
  あくまで殺すことに応用の利く銃兵、弓兵……後は投石兵くらいってとこか? 正直ありがてえけど、複雑だな」
 
 なるほど。
 初めて見る刀剣男士の刀装に興味津々な様子の秋月。
 真面目そうだが、意外と好奇心は強い方なのかもしれない。
 と、そんなやり取りを交わしている最中のことだった。



 
 ――――がさっ。何かが動いたような、そんな音が結構な音量で響いたのである。


 
 「……今の、聞こえたか?」
 「うん。……結構近かったね」

 声を潜めて、言葉を交わし合う。
 音の感じからして、何かが草木にぶつかった音だろう。
 自然に鳴った音と片付けることもできるが、それにしては随分と大きめな音だった。
 
 おまけに。
 音の聞こえた方向は、秋月がやって来た方向と同じだ。
 つまり、彼女を追ってきた他の参加者――殺し合いに乗った艦娘である可能性も十分に考えられる。

 「……一応、ちょっと見てくる」
 「蛍! 一人じゃ危ねえって!!」
 「大きい声を出すなよ。……深追いはしないし、敵だったらすぐに戻ってくる。
  ここで国俊までついて来たら秋月が一人になっちゃうし、全員で行ったら本末転倒。
  多分俺、この中でなら一番練度が高いだろうからね。偵察役には打ってつけってわけ」
 
 ぐう。
 何か言いたげにしていたが、結局国俊に反論はないようだった。
 
 「んー……ホントは行かせたくねえけど、多分止めても無駄だろうな」
 
 呆れたように言う。
 長い付き合いの相手だ。
 この蛍丸というやつは楽観的だが、ここぞという時には結構頑固者なことを国俊は知っていた。

 「あの、蛍丸さん。本当に気をつけてくださいね、私は駆逐艦ですが、戦艦娘ともなれば力はとても高くなります」
 「そうだぞ! お前……無茶だけはすんなよな! 国行に何言われるか分かったもんじゃねえっ」
 「分かったっての。すぐ戻ってくるから、心配いらないよ」

 大太刀は弓兵の刀装を装備できない。
 つまり丸腰状態だ、二人の心配も頷ける。
 不意討ちの一発など貰えばそれだけで中傷、重傷……最悪、一撃で刀剣破壊もあり得る。
 
 十分に気を引き締めなくては。
 こんなところで死んでやるつもりなんて、自分には毛頭ないのだから。
 万全の注意を周囲へ及ばせながら、蛍丸は一人、夜闇の中を進んでいった。

 ■


 歩くこと、三十秒程だろうか。
 結論から言えば、蛍丸の偵察は途方に終わっていた。
 
 「……もう遠くに行っちゃったのかな」

 気配はない。
 誰かが襲ってくる様子もない。
 未だ見ぬ殺人者に殺められた、不憫な犠牲者の姿もなしだ。
 ただ夜の静寂と虫の声、風の音だけが響いている。
 
 自分の離脱を見計らって国俊達の所へ向かった可能性もあるが、彼らとて無力ではない。
 国俊は所謂遠征組だが、しかしあれは規則無用の喧嘩ならばかなり厄介な相手だ。
 それに、秋月もいる。彼女は機銃で武装しており、一撃で仕留められでもしない限りは応戦の音が聞こえるはず。
 やはり、諦めて別な方向へ進んでいったのか?
 ……それとも気を張りすぎていただけで、本当はあの音も自然の営みの中で偶然生じただけに過ぎないのか。
 蛍丸の胸中を、次第にそんな想いが占めるようになっていった。

 「戻るか」

 これ以上進んでも、正直成果は得られなそうだ。
 元々目的は偵察なのだし、深入りしては本末転倒だろう。
 二人の元へ戻り、後は早急に森を抜け出してしまえば、当分の間の脅威は退けたことになる。
 
 踵を返して、元来た道を辿り直す。
 歩き始めてすぐ、彼の目に一本の木が止まった。
 クヌギの木だ。夏になると樹液にカブトムシやクワガタが群がることは子供でも知っている。
 なかなか見事に育ったそれだが、彼が見ているのは樹液の有無や、ましてその育ちっぷりでもない。

 「……?」

 蔓が、木の枝から不気味に垂れ下がっていた。
 やがてそれは蛍丸の目の前で、夜風に吹かれて茂みに落ちる。
 ……何の気なしに落ちた蔓を拾い上げてみると、どうも奇妙だ。

 「これ、この木に生えてたやつじゃないよな。
  ……折れ目がついてる。何か結びつけでもして――――、」

 そこで。
 ふと、嫌な予感がした。

 しゃがみ込み、茂みの中に手を入れる。
 森の中でそんな行動に出れば、毒虫や蛇に噛まれてしまうかもしれない。
 だが、今はそのようなことは眼中になかった。
 もしも。もしも自分の予測が正しければ……。

 そして、彼の予測通りに、茂みの中からはあるものが出てきた。
 中身をいっぱいに満たした透明な水筒――彼の知らない単語だが、"ペットボトル"というやつである。
 名前は知らなかったが、この見た目には覚えがあった。
 
 
 「これ、支給品の……」

 
 そこまで思い至って、蛍丸は全てを理解した。
 ――脱兎の如く、走る。
 まずい。
 まずい、まずいまずいまずいまずい……!!

 「裏目だったって、わけかッ……!!」

 幸い、蛍丸は大太刀の中でも機動力の高い方だ。
 忍ぶことを放棄すれば、それなりの速さは出せる。
 こうまでして彼が帰途を急ぐ理由など、最早一つしかない。

 頼む。
 頼むから、どうか無事で居てくれ。
 まだ望みはある。
 "あいつ"が悠長に事を構えてくれていれば、間に合う可能性は十分にあるはず。
 だから走る。らしくもなく息を切らし、全力で駆ける。
 彼の奮闘の甲斐あって、行きよりも遥かに早く、国俊達を残してきた場所へと舞い戻ることが出来た。







 「国俊ッ――」


 そして。
 彼の想いを裏切るように、――帰り着いた先で、愛染国俊が死んでいた。

 ■


 蛍丸さえ引き離せば、愛染国俊を殺すのは簡単だった。
 
 去る彼を見送り、その姿が木々に隠れて見えなくなった頃だ。
 彼は、"元々は仲間だった殺人者に襲われ、気が動揺している"秋月を元気付けようと笑顔で振り返った。
 その時、視界に写っていたものを、果たして一秒にも満たない僅かな時間で、彼は理解できたのだろうか。
 それは、鈍く輝く鋼の軍刀を無表情で構えている秋月の姿。
 
 愛染国俊は、驚きの声すらあげることはなかった。
 その前に刃は振るわれ、国俊の首筋へ吸い込まれ――やがて、彼の胴体と頭とを泣き別れにした。
 地面に、少年の頭がどさりと落ちる。真っ赤な血溜まりがどくどくと広がっては土に吸い込まれていく。
 自分を最期まで信用したまま、友の帰りを待ち続けたままで死んでいった彼。
 事を理解する間もなく、冷たい刃によって首を断たれた彼。
 彼は最期まで、秋月が敵……殺し合いに乗った者であったことさえ理解できなかったろう。
 ましてや、彼女の口にした襲撃者の存在がでっち上げであるということなど、気付ける訳もない。

 まず、最初の過程からして嘘八百だ。
 蛍丸が聞いたという銃声は、彼女が他の参加者に襲われた時のものなんかじゃない。
 全ては自作自演。自分の機銃で銃声を鳴らし、這々の体で逃げ切ったように泥を付着させ演出する。
 後は参加者を探して森の中を歩き回るだけ。
 ――幸い、蛍丸と国俊の話し声を察知出来たから、小細工を弄する暇もあった。

 支給品のペットボトルと、適当な木の蔓を用意する。
 後はそれを、程々に高さがある枝へ結びつけるのだ。なるべくキツ目に。
 次に水を適度に、しかし少なくなり過ぎないように捨てたペットボトルを蔓で結ぶ。
 後は手を離して宙吊り状態にするだけ。当然ある程度の時間が経てば結び目は解け、ペットボトルは落下してしまう。水が入って重みのある物体がそれなりの高さから落下すれば、当然音が鳴る。
 蛍丸が提案しなければ、自分が偵察を志願していた。
 そうすれば二人の内どちらかは自分が行くと進言するか、同行を求めてくるだろう。後は適宜行動を変えるだけ。誰かが代わりに請け負ってくれたなら残った方を殺し、同行を求められたなら進んだ先で殺してしまえばいい。
 ――もちろん上手く行かない可能性もあったが、その時はその時だった。
 すっかり信じ切っている二人を殺す機会など、黙っていれば幾らでも巡って来るのだから。
 

 「…………」

 秋月は表情を宿さずに彼のデイパックの中身を地面へ出すと。
 一本使ってしまった水入りペットボトルを補充し、残りは使えないと見て放置する。
 それから、金色に輝く弓兵の刀装に向けて刃を振り上げ……刀身を落とした。
 小気味の良い音と共に弾ける刀装。――貴重なものだろうが、自分に装備できないなら意味は無い。持っておくことでいずれ敵の刀剣男士の手に回ろうものならば、それこそ自分の首を絞める結果になる。
 当初の予定にはなかった流れだが、刀装という概念について知れたのは幸運だった。
 
 ――尤も。刀剣男士という存在についての知識は、人並み程度には持っていたのだったが。


 防空駆逐艦・秋月は、正規の参加者ではない。
 彼女がこの殺し合い――バトル・ロワイアル作戦について知ったのは、今から一ヶ月ほど前になる。


 ある日の出撃の事だった。
 その頃の舞鶴鎮守府は、第十一号作戦の攻略に追われていた。
 とはいえ、最早海域制覇は目前。
 ステビア海に跋扈する深海棲艦の討伐さえ果たせば、晴れて第十一号作戦は終結する。そういう状況であった。

 決して慢心していたわけではない。
 秋月はいつだって任務に真摯に向き合っていたし、練度も鎮守府内で五本の指には入るほどに高かった。
 が。進撃の命に従い進行しようとした時、不意に彼女の足下で爆発が起こったのである。
 全く予想だにしない不意の一撃。いや……そもそもそれが攻撃であったのかすら、秋月には分からなかった。

 仲間たちの悲鳴を聞きながら、ゆっくりと水底へ沈んでいく。
 沈んだ後は、どうなるのだろうか。
 轟沈した艦娘が深海棲艦になるという噂が他の鎮守府では誠しやかに囁かれているらしいが、そうだったら嫌だな。
 そんなことを思いつつ意識を手放した、秋月。
 次に彼女が目を覚ましたのは、見慣れない無機質な空間だった。


 そこにいたのは、四人。
 金髪の、どうやら外国人らしい翠の目をした女性。
 秋月もよくお世話になった工作艦娘・明石。
 秋月の寝かされているベッドの隣で未だ目を覚まさない、黒髪の少女。
 ――そして、提督。秋月が目を覚ましたのを確認すると、提督は今までに聞いたこともないような声色で、言った。


 おまえには、仲間を殺してもらう。
 舞鶴の艦娘では、おまえにしか出来ないんだ。
 おまえに、二枚目のジョーカーになってほしい。


 当然、拒否した。
 そんなことは出来ませんと言い、考え直すようにも求めた。
 明石さんも何とか言ってください。彼女にも同意を求めたが、明石は何も答えなかった。
 動揺する彼女に、されど提督は落ち着くよう促す。
 彼曰く。――これは、理由なき殺戮ではない。

 今は話すことは出来ないが、この殺し合いには明確な意義がある。
 しなければならない、理由がある。
 然り。提督の台詞に頷いたのは、異人の女だった。

 おまえが断るならば、当然おまえを生きて帰すわけにはいかなくなる。
 しかしそうなったなら、また別な艦娘を代替として雇うことになるだろう。
 女の台詞は、つまり遅かれ早かれ、殺し合いは必ず起こると断じていた。

 ここで自分が断れば、防空駆逐艦・秋月はこのまま轟沈した扱いとなり、闇へ葬り去られる。
 が、それは決して名誉の犠牲などではない。
 単に一人候補が減っただけ。また別の艦娘を立てようとし、その娘が断ったならまた消しての繰り返しだ。
 ――そして、殺し合いは必ず起こる。答えがどうあれ、いずれ舞鶴鎮守府は狂気の世界に放り込まれるのだ。

 けれど。
 けれど、それでも納得なんて出来るわけがない。
 考え直してくださいと、提督に懇願した。
 
 すると提督は、初めて表情を変える。
 その表情も、今までに見たこともないものだった。
 どこか哀しげで、しかし絶対に揺らぐことのない意志の篭った顔。
 怒りではない。泣き顔でもない。なのに、もう秋月は何も言うことが出来なくなってしまった。
 そんな顔は――そんな顔は、見たくなかった。
 そんな顔をされてしまったら、断ることなんて自分には出来ないのに。
 
 秋月は、提督を慕っていた。
 上司部下の関係としてだけではない。
 彼のことを、一人の男性としてさえ見ていた。
 でも彼は、艦娘に追加改造――所謂"ケッコンカッコカリ"を施そうとはしなかった。
 理由は誰にも分からない。ただそんな彼だから、一人の女として接することに意味はないのだと秋月は早々に諦めていたのだが。……結局、彼女は決断することになる。

 殺し合いの歯車となることを。
 共に歩み育ち、笑い合ってきた仲間を手にかけてでも、彼の望んだ結果を持ち帰ることを。
 帰りには、そのままの足で海域へ向かった。
 そして、深海棲艦と戦った。さして難度の高くない海域だ、援護など必要ない。
 殺して。
 殺して。
 殺して。
 殺して。
 また殺して。
 最後の一体が水底に消えた頃、血のように真っ赤な夕日が海を染め上げていた。

 その日、鎮守府へ帰った自分を仲間は泣きながら迎えてくれたが。
 そんな彼女達に自分がうまく笑えているか――秋月には分からなかった。

 そうして、今に至る。
 人を殺したのはこれが初めてだが、別段深い感慨はない。
 自分は、これほどまでに冷たい娘であったのかと驚きすら覚えていた。
 支給品の確認を終えた秋月は、最後に一度だけ国俊の死体を一瞥すると、蛍丸の帰りを待たずに歩き出した。
 
 蛍丸との激突は避けたかった。
 彼が練度の高い刀剣であることは、事前情報として知っている。
 ……そこまで教えておきながら、刀装のことは教えないあの審神者なる女も相当性格が悪いと思えたが。
 ジョーカーという特異な役割であれど、やることは変わらない。
 命ぜられたまま殺し、生き残ればいいのだ。――そのためには頭も使う。練度の高い艦娘・刀剣はなるだけ無視し、油断しているところか消耗している所を見て討つ。蛍丸はその典型例だ。
 自分に求められたのは殺し合いを加速化させること。つまり、長々猫は被れない。
 国俊の死体を敢えて見させて釈明し、それで信じるようなお人好しならそこへ付け込むのも吝かではなかったが……さすがにそんな手の通じる相手ではないと、僅かな時間のやり取りでも理解できた。

 後は退散するだけ。
 そう思って、また別な参加者を探しに向かう秋月であったが。

 
 「どこへ行くつもりだよ、秋月」
 「…………」

 
 背後からの一閃。
 それを、振り返りざまに軍刀で受け止め後退する。
 そこに居たのは蛍丸だった。
 顔に憚ることなく怒りの形相を浮かべ、無力化などではない、確固とした殺意を持って秋月を睨み付けている。
 ……予定より戻ってくるのが速かったのか。面倒だが、こうなっては仕方ない。

 「……一つだけ答えてよ」
 「…………」
 「何で、国俊を殺したのさ」

 一触即発。
 恐らくこれに対する答えを返したその瞬間が、火蓋の落ちる時だろう。
 ふう。そんな溜息をついて、秋月は答えた。

 「そういうルールだからです」
 
 返す言葉の代わりに飛ぶ剣戟。
 それを受け止め、機銃の掃射で反撃する。

 「……俺は、お前を許さない……! 国俊の仇、ここで取らせてもらうッ」
 
 大太刀と駆逐艦。 
 時代すらも超えた殺陣が、此処に幕を開けた。

 
 【愛染国俊@刀剣乱舞  刀剣破壊】
 【残り58人】



【E-8 森/一日目/深夜】

【蛍丸@刀剣乱舞】
[状態:健康、激しい怒り]
[装備:大太刀『蛍丸』@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:?????
1:秋月を殺す。
2:国俊、俺は……――
[備考]
※艦娘という存在について知りました。


【秋月@艦隊これくしょん】
[状態:健康、返り血(小)]
[装備:軍刀、25mm連装機銃@艦隊これくしょん]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×3]
[思考・行動]
基本:「ジョーカー」としての使命を果たす。
1:蛍丸を殺す。
[備考]
※バトル・ロワイアル作戦にあたって主催が用意した「ジョーカー」です。
 彼女は予め参加者各位の練度についての知識を持っており、支給品の内容にも優遇措置を受けています。
※刀剣男士の「刀装」についての知識を得ました。


 ※愛染国俊の死体、デイパック、砕かれた刀装が放置されています。
 ※秋月がトラップに使用したペットボトルは水の入ったままでE-8のどこかに放置されています。



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