追いかけっこ






ハァッ…ハァッ…ハァ…!
くそ! 一体何なんだよこのゲームは…! なんで俺がこんな場所にいるんだ…!
俺はいつもどおり小学校にいて、あいつらの子供じみた話を聞きながら昔と変わらない授業を受け、
学校が終わったらおっちゃんの事務所に帰って、おせっかいな蘭に世話を焼かれながら一日が終わるはずだったんだ。
そんな生活を繰り返しているといつの間にか事件が起き、おっちゃんを眠らせて難解な事件を解きながら
ジン達の情報を探していた…。
それなのに…気がつけば化け物たちがいる建物に集められ、いつの間にかこんなところに放り出されて…
わからねえ…今何が起きているのかさっぱりわからねえ!
それに、さっきから俺を追いかけてくる奴は一体誰なんだ! なんで俺を追ってくるんだ!
職業柄、いろんな殺気を味わってきたけど、これは…そのどれもとも比較にならねえ!
…人間じゃねえ。

……止まれば…殺られる!


ククク、いいねえ〜。
やっぱり食うならガキと女に限る。
見ろよ、あんな必死になって俺から逃げてるあのガキをよ。小さな手足を死ぬほど振り回して。
おー、痛々しくて見てらんねえな。まるで陸に揚げられた魚のようだぜ。
さっきの女は旨かったが…今度のガキはどうだろうなぁ〜
あんな引き攣った顔して、必死に走って…さぞ引き締まって旨いだろうなぁ。

ちっちぇえ手足だな…一口で食えそうだぜ…

嗚呼…

…喰いたくてたまらねええ!!!



まだ薄暗い朝焼けの中を駆ける二つの影。一人は子供。一人は人外の者。
追うは人外の者。追われるは子供。
子供を腹の中に収めようとしている人外の者、その者の名は紅煉。
白面の者を憎む獣の槍を振るい、そして槍に魂を吸われ獣に成り果てた字伏の一人。

化け物の魔の手から抗がおうと逃げる子供、工藤新一。またの名を名探偵コナン。
ひょんなことから薬を盛られ、謎の新薬の効果で身体が高校生から小学生へ逆行してしまった彼。
だが、体は子供でも頭脳は大人。彼は影から様々な事件を解決してきたのだ。

コナンは走る。紅煉から逃れるために。
だが、悲しいかな。頭脳は大人でも身体能力は子供。とても逃げ切れるものではない。
現に紅煉との距離が少しづつ、少しづつ、縮まってきている。
しかし、距離が縮むだけで紅煉は何も仕掛けてこない。もとより紅煉なら一瞬でコナンを捕まえることすら可能なのに
それをしようとしない。それは何故か。
コナンには分かっているのだ。紅煉が自分の命で遊んでいるのを。
自身の恐怖に包まれている顔を見るのを何より楽しんでいることを。

追いかけっこは長い間続いた。
コナンは限界に達しながらも必死に足を動かして紅煉から逃れようとし、
紅煉もコナンの足が衰えるのを感じると自身もスピードを落とし、追いかけっこを引き伸ばしていた。

「お〜い、もうおしめえかよ?」
「ハァッ!ハァッ!ハァ…ぐ…」
「…つまんねえなぁ…」

コナンの体が急激に左右にぶれ出し、最早走っているとはいえないほどに速度が衰え始めた。
なんとかしてコナンとの追いかけっこを続けようとしてた紅煉もこれ以上は流石に無理だと判断したようだ。
一瞬でコナンを追い越し、その前に姿を現す紅煉。大層不機嫌そうな顔をしながら。
しかし瞬く間にその顔は歪んだ笑顔に変わる。これから行うことを想像すると涎も止まらないといった感じだろう。



「ハァハァ…お前一体何者なんだよ…なん

ブチ

「…え?」

己の体から不愉快な音が発せられ、その方向に顔を向けると、そこにあるはずのものが無かった。
腕が無い。腕の代わりに鮮血が迸る。まるで赤い腕が生えているかのような錯覚を覚えてしまう。

「う〜ん、可愛いお手手だぜ…涎がでらあ。…もう我慢できねえ」

まるで軽食のようにひょいと軽く口に運び、一口でコナンの腕を食べる。

「…ゲェェェェ!まじぃいいいい!!!」

コナンの腕を一飲みにして食した紅煉だが、食べた直後、先程までとは打って変わって不味いと絶叫する。
それもそのはず。前述のようにコナンこと工藤新一の体は謎の新薬によって変調をきたし、小学生の体格にまで縮んだのだ。
その体が薬物によって汚染されていても不思議ではない。
妖怪は人間の金属や香水などの化粧も極端に嫌う。その妖怪なら薬物に汚染された人間を食しても不味いと思うのは当たり前だろう。

「…ち、こんな不味いのは喰ってられねえ。さっさと次のを探すか」

 ガッ

「…何しやがるクソガキ?」

片腕を食した紅煉は、先程まで執拗に追いかけていた子供に興味を失くし、次なる獲物を探そうとその場を去ろうとした。
そのとき、片腕を失い、意識すら朦朧としているコナンから攻撃を受けたのだ。
攻撃とは程遠い、力無い攻撃。彼がいつも犯人にしてきたように、その場に落ちていた石ころを蹴り上げただけの攻撃である。
それもそのはず。彼は心臓に近い左腕を根こそぎ引きちぎられたのだ。出血は酷く、止血すら出来ていない。
もう彼の死は確実であった。そんな状態からの反撃。
相手を倒すというより。自分の誇りを守るために行った攻撃であった。
「…バーロォ、誰がやられたままで終われるかよ…」
「そうかい死に損ない。だったら殺してやるよ」

 ドカッ

「この野郎!その子供から離れろ!」
「ウゲッ!……痛てえなぁ…今度はなんだよ…」

自我ある生物のように流形し、小型の砲台のように変形した右手を持つ青年が少年を助け出そうと
紅煉に立ち向かう。その青年の名は高槻涼。
アリスから生まれし破壊の権化、魔獣ジャバウォックをその身に宿している青年である。
最もその魔獣とは、ニューヨークでのエグリゴリとの決戦で再び高槻涼に対する誓いを立て、
今では暴走することも無く高槻涼のために力を振るっている。

決戦後、ARMSは休止していたが、このゲームに放り投げだされた途端再び始動していた。。
高槻涼がその事実に困惑していたとき、この追いかけっこを目撃し、追われる少年を助けようとしていたのだ。
事の次第も分からず、青年はただ助けようと。

「お前なにをやっているんだ! 相手は子供だぞ!」
「なんだてめえ…そんなに喰われてえか?」

高槻涼は紅煉の挑発に耳を貸す暇も無く、右手の銃身を大型の鉄甲に覆われたAMRS殺しの爪に戻し、
少年の命を救うべく目の前の化け物を倒そうと我が身を省みずに飛び掛る。

先程までは右腕だけが金属のように変形していたが、今は違う。
体のいたるどころで皮膚が金属化しており、更に目の周りにはジャバウォックと同じ
模様が浮かび上がっていた。この形態になれば最早人間の身体能力を凌駕しており、通常の人間では太刀打ちできない。

「とりあえず…てめえは焼肉になりな」

ドゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

紅煉の口から人一人は軽くハンバーグに出来そうな熱量の炎が吐き出される。
最も紅煉が本気を出せばハンバーグどころか消し炭になるのだが。
恐らくこの青年を殺した後食べようとしたのだろう。そのために手加減したのだ。

が、それは相手は普通の人間の話だ。

         シュッ

燃え盛る炎から人影が飛び出す。その体はところどころ焦げているがその青年の目は生気に満ちており
その目はひたすらに紅煉を睨みつけていた。
彼の体はどんな傷も瞬時に修復する、ARMSの超再生能力によって炎を諸共しない。
その上、高槻涼にに支給された物、ある符術師の力が籠もった符によって紅煉の火は軽減されていたのだ。
高槻涼は知らないが、この符は紅煉に妻子を殺されて、15年間もの間ひたすら追い続けていたヒョウのもの。
何の因果か、紅煉に殺されようとした青年をヒョウが助けた形となったのだ。

「人間はさっさと俺に食われてりゃいいんだよ」
「人間は…!ARMSにも…お前みたいな化け物にだって負けはしない!」

炎から抜け出した高槻涼の目の前に移るのは無防備な紅煉。
チャンスとばかりに全身全霊を持って紅煉に一撃を加えようとする。

「そうかよ」

決まると思われた瞬間、無防備だった紅煉の顔から、性格には犬のような口から三本の刃が伸び、
炎から飛び出して空中で身動きが取れない高槻涼に飛び掛り、その首目掛けてを切り掛かる。
高槻涼も攻撃をかわせないが分かっていたのか、瞬時に相手の狙いに気付き、
左手を持って自らの首をガードする。右手には劣るかもしれないがこの左手は
エグリゴリが生み出したサイボーグの完成形、ネクストの腕をもぎ取るほどのパワーと硬度を秘めている。
もっとも、この形態では全身にARMSが行き渡っており、全ての部位が左腕程に強化されていると言ってもいいだろう。

「く、くっそおぉ!」

紅煉の攻撃を防ぐことは出来たが、飛び掛ってくる紅煉の勢いは殺すことが出来ず、そのまま後方に飛ばされる高槻涼。
打ち付けられた衝撃に苦しみながらも紅煉の次なる攻撃に備えて咄嗟に身構える…が。

「てめえの体から金気がぷんぷんすらぁ…不味そうなことこの上ねえぜ」

紅煉はそのまま次の攻撃に移らず、高槻涼の横を素通りしてその場を去ろうとする。

「待て! どこへ行く気だ!
「不味そうな人間の相手なんざしてられねえぜ…さっさと旨そうな人間を見つけて口直しと行くか」

「貴様…まだ他の人を襲う気なのか!」
「さっきのガキが不味かったんでな…俺を追いたけりゃ勝手に追ってきな。
 …最も、あのガキはもうすぐ死にそうだけどな」

高槻涼は自分の後ろに振り返り、名も知らぬ少年の安否を気遣う。
紅煉の言ったとおり、少年の息は絶え絶えで、出血も止まっておらず、黒い鮮血が絶え間なく噴出している。
紅煉は放っておく訳にはいかない、だが…少年を見殺しにすることは出来ない。
たとえ助かる見込みはなくとも。

「あばよ人間…かーっかっかっかっか!」

青年が見せた苦渋の顔見て、紅煉は高笑いを浮かべながらまだ暗さが残る朝焼けと深い霧の中に消えていった―――――

なんだが意識がぼーっとする。前にもこんなことがあったっけ…
あれは…確か蘭と遊園地に遊びに行ったときだな…。事件を解決したとき、黒服の男達についていって
犯罪の現場を見つけたのはいいが、逆に見つかって頭部を殴られた…。
あんときも死ぬかと思ったなぁ…結局助かったのはいいが、何故か子供の体になっていて驚いたっけ。
けど…今回はたすからねえだろうな。なにせ…左腕が無くなっちまったもんな…。

―――い、おい、しっかりしろ!意識を保つんだ!

…こいつは確か俺を助けてくれたんだよな…あの化け物から。
お礼を言いたいけど…そんな気力ねーや…ははは情けねえ…。
本当に助かったぜ…あんな化けモンに喰われるのはごめんだったからな…。

―――傷は止血した!今、医者を連れてくるからな!江戸川コナン!しっかりしろ!大丈夫、お前は助かるぞ!

この人優しい人だな…俺を安心させるためにいるはずもない医者なんて…。
だけど誰だろう…江戸川コナンって…あぁ、俺のことか。なんで知ってるんだろうか。
名簿でも見たのだろうか…。
そういやこの名前って俺が蘭にバレないように咄嗟に付いた偽名だっけ…ずいぶん長い間世話になったよな…この名前にも。
蘭にも…もう会えないんだな。昔みたいに…馬鹿やって…遊んで…何より本当の姿に戻って蘭と会いたかった。
…せめて本当の名を蘭には伝えたかった。

「江戸川コナン!生きるんだ!死ぬんじゃない!」
「ち…がう…俺……は…工藤…しん…い……ち」
「分かった!分かったからもう喋るな!」
「蘭…に………」

少年は高槻涼の腕の中で静かに目を閉じ、その波乱の生涯を閉じた。
壮絶な傷を負いながらも、その死に顔は穏やかなもの。
対照的に高槻涼の顔は無念の思いで顔が歪み、その目からは懺悔の涙が流れ出し、頬と濡らしていた。

「俺は…また…救えなかった…こんな子供の命さえも」

彼の脳裏に浮かぶのは鐙沢村と、グランドキャニオンでの惨劇。
ARMSという絶大な力を持ってしても守れなかったたくさんの人々の命。
エグリゴリを倒して望んでいたいつもの平和な現実に戻ったはずなのに、再び目の前で命が消えていった非情な現実。
それらが全てが錯綜し、高槻涼は心が悲しみと怒りで締め付けられるような錯覚に陥る。

考えなければならないことはたくさんある。ARMSが復活した理由、キースシルバーが参加していること、
何故こんなゲームに参加させられたか。考えなくてはいけないことが山ほどあるが、しかし今はこの少年のために涙を流そう。
この少年はもう何も考えられないし、何も出来ない。
…会いたい人にも会えない。そんな少年のために出来るただ一つのことをしてやろう。
それが彼に出来る少年への精一杯の懺悔だった。

―――――力が欲しいか?

悲哀が心を包み込んでいる最中、恐ろしく、凶暴でいて、どこか懐かしくすら感じられる声が高槻涼の体に木霊する。

―――――力が欲しいなら―――――くれてやる

「ジャバウォック…もういらないと思ってたけど…今は力が欲しい…」

「…だけどそれはあんな化け物を倒す力じゃない…この子を守るための力が欲しかったんだ…」

高槻涼の体は今も尚、ナノマシンが活動し、戦いで負った傷を癒している。
だが、左手に負った三本の刃の傷だけは治らない。いや、高槻涼自身が拒否しているのだ。
かつてドラッケン部隊のヨハン・ホルストと本気で戦ったときのように左腕だけ再生能力を抑え込んでいる。
せめて傷跡だけは残るように。

癒えていく傷跡を見つめながら、高槻涼は少年に一つの誓いを立てる。
かつてジャバウォックが自身に誓ったように。深い霧と暗い朝焼けの中に消えていった化け物を倒すと。
化け物の容姿は霧と朝焼けのせいではっきりしない。だが、必ず探し出すと。
この傷跡はいわば誓いの証。
【D/5 草原 /早朝】

【高槻涼@ARMS】
[状態]:一部に軽度の火傷(ナノマシンによる完全治癒中) 左腕に三本の傷
[装備]:ヒョウの対火対雷の符@うしおととら
[道具]:荷物一式 アイテム(不明)(コナンの分を取得)
[思考]:1.仲間の捜索
    2.毛利蘭の捜索
    3.化け物を倒す

【D/5 高槻涼から離れた場所 /早朝】

【紅煉@うしおととら】
[状態]:頭部打撲 不機嫌 
[装備]:なし
[道具]:荷物一式(食料&水:4日分) アイテム(不明)
[思考]:1.とにかく殺しまくる(旨いやつ優先)
    2.ゲームに優勝する

【江戸川コナン@名探偵コナン】 死亡確認
【残り65人】




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