笑顔で綴るラブ・レター
ピエロ・ボルネーゼの墓を作った九能とヒナギクは、手を合わせながら彼の冥福を祈る。
「ピエロ・ボルネーゼ、見事な死に様であった。この九能帯刀、しかと胸に刻みつけたぞ」
「ピエロさん、安らかに眠ってください。私はもう長くないかも知れないけれど、
貴方にもらったこの命を最期まで大切にします」
ヒナギクの表情は笑顔である。
ピエロ・ボルネーゼが生前、最期まで失わなかった表情を引き継ごうと考えているのだ。
彼女の右足からは今も血が流れており、苦痛は想像に難くない。
それでも、ヒナギクは九能に支えられつつ、自分の足でピエロの墓前に立つ。
そして、別れの言葉を続けていく。
「ハヤテ君は今、大変な状態に立たされています。彼の主人が亡くなってしまって……
だから、私が彼の支えになりたいんです。私が貴方に助けてもらった時のように、笑顔で彼を支えます」
最後に九能とヒナギクは二人で声を合わせ、挨拶をした。
「貴方のご冥福をお祈りしています」
ピエロ・ボルネーゼに別れの挨拶を済ませた彼らは、ヒナギク治療のため鎌石村へと向かった。
今現在、彼女の右足は袴の帯で止血されており、出血は僅かながら勢いを弱めている。
けれど『僅か』である。
命が危ない事に依然変わりはなく、根本的解決策が求められている。
何としても、医療知識を持つ人間を探し出し、この出血を止めなければならない。
「桂ヒナギクよ、もうすぐ鎌石村に着くぞ」
九能はヒナギクと刀三本、荷物3人分、ピエロの遺品全て背負い歩いている。
ヒナギクの体重は45kg。
決して重過ぎるわけではないが、かと言って多くの荷物と一緒に抱え込むのは苦痛だ。
けれど、不思議な事に九能は全く不平を垂れない。
「鎌石村についたら、すぐにでも医者を探してやる。それまで堪えるのだぞ桂ヒナギクよ」
島にいる者、総勢68名。その中に医療知識を持っているものがどれ程いるだろうか。
非常に少ない事が予想される。いや、全くいない事も考えられる。
九能とて、変態ではあるが高校生である。
その程度の事、頭に浮かばなかった訳ではないだろう。
いや、彼の場合浮かばなかったかもしれないが、ここでは便宜上頭に浮かんだとしておこう。
だとすると、彼が医者を探すといっているのは嘘だ。
ヒナギクを元気付けるための嘘だ。
ヒナギクの吐息は、徐々に弱々しくなっている。
九能とて分かっているのだ、ヒナギクの命が後僅かである事ぐらい。
ピエロの墓から、30分ほど歩くと鎌石村役場が見えてきた。
背負われているとは言え、これ以上の移動はヒナギクの負担となる。
九能は役場に入り、そこでヒナギクを休ませる事にした。
鎌石村役場は木造平屋建て、瓦屋根と言う古めかしい建築物。
中に入れば、非常に小さな待合室と、役人たちがいたであろう事務所があった。
九能は待合室のベンチにヒナギクを寝かせる。
「僕はこれから医者を探してくる。しばしの辛抱だ」
「ううん……医者はいいわ…………ここにいて」
ヒナギクの否定。密室で二人きりになる事の要求。
これはもしや……
いや、疑うまでもない。
「交際だーー!」
み し!
「誰が交際を申し込んでますか!」
ヒナギクのフォワイト・●ァングが九能を襲った。
「痛いではないか、桂ヒナギク」
ヒナギクは、吐息交じりの苦しそうな声で話を続ける。
「いい九能君、聞いて。貴方が今後歩むべき道を説明するわ」
「天道あかね、桂ヒナギクと三人で、島のアダムとイブになるのだな」
ど げ し!
「誰がなりますか!」
ハート・ブ●イクショットが九能に炸裂。
蛇足だが、両技はたまたま偶然炸裂しただけである。
ヒナギクがはじ●の一歩全巻制覇している事を保証している訳ではない。
「痛いではないか……」
胸を押さえながら、苦しむ九能。
そんな九能を無視して、ヒナギクは話を進めていく。
「いい、九能君。貴方のこれからの行動方針を説明するわ。
1、天道あかねさんとの合流。
2、綾崎ハヤテ君との合流。
3、鉄砕牙の謎解明。
4、ゲームからの脱出」
「5、桂ヒナギクとの熱い口づけ」
ば っ こ ん!
「誰がしますか!」
ヒナギクのギャラクティ●・マグナムが炸裂。
蛇足だが、(以下略)
「少しは人の話を聞きなさい」
「わかったよ、桂ヒナギク」
本当に分かったのだろうか、不安どころじゃない。
多分5秒で忘れるだろうとヒナギクは思っている。
けれど、ヒナギクに残された時間は後僅かしかない、だから今はこの男に託す他ないのだ。
「5番目の行動指針は、今から書く手紙を綾崎ハヤテ君に渡す事」
「……」
自分で渡せばよいではないか。
と言い出すべきかどうか、流石の九能も迷った。
医者を探すなと言ってみたり、今後の行動方針を指示してみたり、手紙を書いてみたり。
これらの事が何を意味するか分からないほど、九能も馬鹿ではない。
「手紙を書くから、九能君は外に出てて。10分したら、また入ってきてね」
ヒナギクの右足には、九能の袴から切り取った帯が巻いたある。
出血は完全に止まりきらず、今もなお彼女の命は削られ続けている。
けれども、ヒナギクは痛いや辛いと言った表情を少しも見せていない。
生徒会長としての意地もあるのだろう。
生来の負けず嫌いもあるのだろう。
だが、彼女が辛い表情を見せないのはそれだけが理由ではない。
先ほど亡くなったピエロ・ボルネーゼ。
彼の死に様が、ヒナギクに大きく影響を与えている事は間違いない。
「分かった。では10分後にまた入るぞ、桂ヒナギクよ」
九能はヒナギクが手紙を書きやすいようにと、デイパックの中から紙と鉛筆を取り出す。
そして、そのまま鎌石村役場を出て行った。
残されたのはヒナギクただ一人。
ヒナギクが書いた手紙の内容は、自分の事、ハヤテの事、ナギの事である。
五分ほどで手紙は書きあがった。
その後彼女はベンチに横になり、この島で起きた出来事、白皇学院ですごした学園生活を思い出す。
「九能君、馬鹿だけど面白い人だったわ。最初に出会えたのが彼だったのは良かったのかもね」
ヒナギクは死を目前にして、いつもよりさらにポジティブな考えを持てるようになった。
九能帯刀の馬鹿さ加減や、自己中心的な性格もネタと考えれば面白い人になる。
「でも、ハヤテ君やナギに出会えなかったのは辛いかな……あ、ナギにはもうすぐ会えるか。
ナギ。向うに行ったら、私がマリアさんの代わりにメイドをやってあげるからね」
生徒会長として、全校生徒の憧れの的として。
自分にはナギを守る義務があるとさえ感じていた。
その義務感は、執事であるハヤテ程ではないにしろ、かなり強いものだった。
そして今、良し悪しはともかくとして、ヒナギクはもうすぐナギの下へと逝ける。
「お姉ちゃん、貸してたお金は、そのままあげるわね。でも、お酒は程々にするのよ」
既にお金は酒に変わっている。教育上良くないことだが、今さら彼女が生活態度を変えるとも思えない。
あの姉にはなんだか散々な目に遭わされた気もするが、お金より大事なものを教えてくれた尊敬できる姉だ。
「そして……ハヤテ君……私は貴方に一番会いたかった」
三月三日、ヒナギクの誕生日。
いつもいる時計台の上で、彼と一緒に見た夜景が忘れられない。
もちろん、夜景だけでなく、隣にいた彼の表情、自分を抱いてくれた彼の温もり等。
あの日の事は全て覚えている。
「もう一度、見たかったな……」
きっと綾崎ハヤテは、何度でも夜景を見せてくれるだろう。
彼の胸に埋まりながら一緒に居ても、何も言わないで支えてくれるだろう。
「もう…………会えないんだ」
自分の体のことはよく分かる。
自分はあと一時間と持つまい。その間に傷を治し、ハヤテを探す事など絶望的だ。
ヒナギクは元々負けず嫌いな性格である。
だから、大抵の事ならば、『負けてなるものか』と気合いを入れて頑張る人間だ。
絶望的、なんて言葉で彼女が諦める事は通常あり得ない。
だが、今おかれた状態は並大抵の事ではない。
自分に残された道は死を待つ事だけなのだ。
「あれ……涙?」
気がつけば泣いている。
笑顔でハヤテを支えたい。そう思っていたのに泣いている。
「駄目だよ、ピエロさんは死ぬまで笑顔だったじゃない」
けれど、涙は止まる事がない。
「やっぱり、私。死ぬのが怖いんだ……」
当たり前の事である。どことも知れない島で、好きな男にも会えず死んで行くのである。
それが怖くなくて、何が怖くなるのか。
「死にたくない、死にたくない、死にたくないよ。ハヤテ君に会いたいよ。
お姉ちゃんにも会いたい、みんなに会いたい。白皇学院に戻りたいよ」
叶わぬ願いと分かっている。
けれど、ヒナギクは叫んでいた。泣き叫んでいた。
大切な人たちに出会いたい、たったそれだけの小さな願いを叫んでいた。
この島では、そんな些細な願いさえ叶わないのだ。
ヒナギクは先ほど書いた手紙を読み返してみる。
『綾崎 颯 君へ
桂 雛菊です。
貴方がこの手紙を読んでいる時には、私はもう天国に行っています。
天国では、凪のためにメイドさんやってるでしょう。
颯君は絶対こっちに来ない人だから、凪が心配でしょうけど、安心してください。
凪の面倒は私が責任を持って見ます。決して引き篭もりにはさせません。
颯君とは知り合って、3ヶ月ぐらいの仲だったけど、
私にとって、貴方はかけがえのない人です。
誕生日に一緒に見た、時計台からの夜景が忘れられません。
あの時の貴方のぬくもりが忘れられません。
私はあの時初めて、自分の気持ちに気付きました。
貴方が好きです。大好きです。
死んでしまう事より、貴方に会えない事の方が悲しいです。
けれど、貴方はこっちに来ないでくださいね。
もし来たら、凪と二人で追い返しますよ。
それでは、最後になりますが、
貴方がこの島で生き残れる事を祈っています。
私は笑顔で貴方の生還を望んでいます。
』
手紙には『私は笑顔で……』と書いてある。
そうだ、ピエロとの約束があった。
笑顔でハヤテを支えるんだ。
「でも、私はピエロさんみたいに強くないよ……」
あふれる涙は止めようがなく、いつまでもヒナギクは泣き続けている。
と、その時だ。
「桂ヒナギクよ、手紙は書き終わったか?」
み し!
「ノックぐらい、しろ!」
ヒナギクのウイニング・●・レインボーが炸裂。
「いい、九能君。ノックは人類最大の発明なのよ。今度忘れたら本気で殴るからね」
全く、この男はいつまでも自己中心的なんだから……
と思って、ヒナギクは自分の体の変化に気付いた。
涙が止まっている。
先程まで、どうしても止められなかった涙が今は止まっている。
(まさか、九能君。わざとやったんじゃ……)
真相は定かではない。
だが、九能の変態に助けられたのは事実だ。
ヒナギクは涙を拭き、九能に最後のお願いをする。
「この手紙を綾崎ハヤテ君に渡して欲しいの」
「……分かった」
九能は手紙をデイパックの中へと仕舞い込む。
「それと、これはハヤテ君にあったら伝えて欲しい事なんだけど。
桂ヒナギクは死ぬまで笑顔だったって、言って欲しいの」
「…………」
「お願いね」
「断る! 伝えたい言葉があるのなら、自分の口で言えばよいではないか、桂ヒナギクよ。
僕はそのためなら何でもするぞ。君一人背負って、島中歩き回るぐらい簡単だ」
「もう……苦しくて、ほとんど動けないのよ」
ヒナギクの寝ているベンチの下は、血の海と化している。
ヒナギク程の体重を持つ人間の場合、約2リットルの出血で死んでしまう。
彼女の命は残念ながら、もう持たない。
「ここにいて。私が死ぬまで……」
「あぁ、分かったぞ。桂ヒナギク」
ヒナギクはベンチの上で横になり、目を閉じる。
その表情は微笑んでいるかのように見えた。
「私は、笑顔でハヤテ君を支えています。ハヤテ君も頑張ってください」
こうして、白皇学院生徒会長・桂雛菊は死んだ。
「桂ヒナギクよ。お前の死に様もまた、見事であった」
その表情は、まるで菊の花のように輝いていたという。
【C-3 鎌石村役場 / 放送から1時間】
【九能帯刀@らんま1/2】
[状態]健康、パンツ一枚
[装備]磁双刀(N刀)@烈火の炎
[荷物]荷物一式(食料&水六日分)、トランプ銃@名探偵コナン
ガードレール製ナイフ、補充用トランプ1セット
磁双刀(S刀)@烈火の炎、鉄砕牙@犬夜叉
[思考]1.天道あかねとの合流
2.ゲームを脱出
3.鉄砕牙の力についての検討
4.ゾフィス、野明を警戒
5.綾崎ハヤテの捜索。手紙をハヤテに渡す。ヒナギクが死ぬまで笑顔だった事を伝える。
[備考]止血のために袴の帯を切ったため、現在はパンツ一枚になっています。
【桂ヒナギク@ハヤテのごとく】 死亡確認
【残り58人】
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