紅麗と個性的な老人達
赤子が母親の表情を読む時は、その大部分を瞳に頼っていると言う。
ある実験で母親の目を隠し赤子に見せたところ、赤子は泣き出したそうだ。
目は、それ程に表情の主要部分を担っていると言っていい。
だからこそ、異形の瞳を持つ者達は化け物として遥か昔から恐れられている。
ここにいるのは、仮面の男。
仮面には耳まで裂けた口、無機質な灰色の肌がある。
だが、それ以上に目立つのは、右頬にある三つの瞳。
本来の瞳の下にあるそれらが、仮面の不気味さと神秘さを強調する。
そんな紅麗を見ながら、ドクター・カオスは思う。
(全く、不気味な仮面をつけおって。この島で殺し合いが行われていると言うのに、
あんな面を付けていたら、心象が悪くなるじゃろうが)
紅麗とカオスの目的は、使える人間の勧誘と使えない人間の排除である。
勧誘の立場から見れば、見た目は重要な位置を占める訳だが、紅麗はその事に無頓着だった。
「なぁ紅麗。その仮面は外さんか、なんか不気味じゃぞ」
「私の素顔はとても見られたものではないので、仮面で隠すしかないのですよ」
それにしたって、もう少し趣味のいい仮面を選べばいいものを。
これが紅麗の美的センスなのか。カオスには全く理解できない。
そんな会話をしながら二人が歩くのは、神塚山の麓を通る道。
赤土の上に、丸い飛び石が均等に配置された登山道である。
周囲を背の高い木々に囲まれ、僅かに陽の光がこもれ出るこの場所。
ここは、数百年前から変わらぬ面影を残しているように見える。
「懐かしい。つい、火影にいた頃を思い出してしまいますね」
紅麗は幼少期に過ごした、戦国日本の村に思いをはせる。
「なんじゃ、若造。こんな田舎に住んでた事があるのか。
最近の若いのにしては、珍しいのう。ここは過疎が進んでいって廃村になった島じゃろうに」
「ふっ、こんな島よりももっと田舎でしたよ」
紅麗が住んでいた村は忍びが住む隠れ里。
戦国という、20世紀の5分の1程の人口しかなかった時代に、存在した忍の里、火影。
そこに住んでいた住人は百人にも満たず、今考えられている過疎の村等とは比べ物にならない。
「まぁ、感傷に浸っている場合じゃないですがね」
紅麗が空を見上げると、木の葉の間から太陽が顔をのぞかせる。
四百年前から今日まで、その姿は変わらない。
時空流離の力に乗ってやってきても、太陽だけは変わらない景色。
「こら紅麗、何をボォーッとしとるか。鷹野神社が見えてきたぞ」
鷹野神社。
紅麗達が立っているところからは、かろうじて鳥居が見える程度。
石畳の階段が100メートルほど続き、その上に建立されているようだ。
「ドクター、誰か使える者がいるかも知れません。行ってみましょう」
紅麗は、カオスの返事を待たずして階段を上り始める。
「待たんか、紅麗。建物と言うところは人が集まりやすいのじゃ。
だから、神社のような所に行くときにはキチンと準備をしてだなぁ……」
無視。準備などする必要はない。
神社に誰がいようと、紅麗には島中の人間で最強クラスの戦闘力がある。
一体何を警戒して、何を準備するというのか。
大体、支援物資のない現状では準備といっても出来る事は、知れている。
カオスを無視して、神社へと進む紅麗。
後ろから追いかけるカオス。しかし、カオスが追いついた時には、既に紅麗は神社に着いていた。
「全く、無茶しおって。無用心ほど命取りになるものはないぞ」
「ドクター、お静かに」
紅麗の仮面の下から、明らかな緊張感が伝わってくる。
神社の境内の中。目立つものは一つしかない。
僧侶たちの居なくなり、世話をする者がいなくなった石庭。
長い間、雨風に晒され苔の生えた狛犬。
何かしらの衝撃を受け、壁の一部が倒壊した社。
だが、これらは決して目立つものではない。目立つのは、一体の人形。
自動車ほどの大きさを持ち、足の変わりにキャタピラがついた形状のそれは、道化人形の形をしている。
明らかに、神社の境内には不似合いな物。
それを見て、紅麗もカオスも一気に緊張感を高めた。
「なぁ、紅麗。なんか、動きそうな気がせんか? あの人形の両腕から、ミサイルがちゅどぉおーんって」
「何を馬鹿なことを。漫画の読みすぎですよドクター」
「何を言うか、紅麗。実際にワシがなぁ…… 「静かに!」
紅麗がカオスを制する。その視線の先には、破壊された社。
「ドクター、私は腕から重火器を出すような人形は聞いたことありませんが、動く人形なら知っています。
ですが、今はそれよりも、あそこを見てください」
半壊した社から、初老の男が出てくる。
軍服姿にベレー帽、引き締まった体とシャンと伸びた背筋。
年は取っているが、明らかにベテラン軍人としての風格を備えている。
「初めまして、仮面の小年と初老の人よ」
「こちらこそ初めまして、メイジャー(少佐)」
自己紹介をかわす二人。その距離およそ30メートル。
紅麗とカオスは、目を合わせながら、あの男は使えるか、使えないかを判断しようとしている。
「軍人のようじゃな、かなり使えると見たが、あやつは勧誘せんのか?」
「あの人は必要ありません。年のため既に退役しているようですし、あの年齢で少佐と言うのは昇進も遅すぎです。
肉体的にも、知能的にも役に立たないでしょう、この場で殺します」
紅麗は首に下げたアクセサリを外す。
アクセサリを右手に握りこむと、それは剣に変形する。
ネックレスブレードという名の武器。
使用者の意思によって、ネックレスから剣へと自在に姿を変える能力を持つ。
紅麗はそれを八双に構え、男に突撃する。
「メイジャー、初めて会ったばかりで申し訳ありませんが死んでください」
「せっかちな、若者だな」
少佐が構える。こちらは丸腰。
容赦なく紅麗は、ネックレスブレードを持って切りかかる。
しかし──
「紅麗、後ろじゃ!」
──背後から襲い掛かるもう一人の男に、弾き飛ばされる紅麗。
背後から現れたのは少佐の分身体、いや、正確に言うとこちらが本体。
分身体を社に配置し、本体は物陰に隠れて様子を伺う。
また、人が持つ"気配"と言うものを少佐は本体から分身体へ移し変えている。
これが、ボーマン少佐の能力『ドッペルゲンガー』。ドイツ語で双子を意味する超能力だ。
「これは驚きました。人は見かけによらないと言いますが、その年齢にしては中々の能力です。
加えて、突然襲い掛かってきた暴漢への対応も完璧と言ってよいでしょう。流石は軍人と言ったところですか」
社に激突した紅麗は、何事もなかったかのように起き上がる。
「しかし、分身能力は非常に見事なものでしたが、私たちの仲間には既に似たような能力者がいます。
やはり、貴方に死んでいただく事は変わりませんね」
そう言いながら、紅麗はネックレスブレードをボーマンの足元へと放り投げる。
「突然、死ねと言われても気の毒でしょう。その剣をお使いください。
切れ味は保証できませんが、首輪から剣へ自在に変化できる能力を持っています。
上手く使えば不意をつく事が出来るかもしれません。また、そこにいるドクターを人質にとっても構いません。
彼は私の大切な仲間ですから、人質としての価値は保証しますよ」
先手を喰らいながらも、自分が格上と言う自信は失っていない。
それどころか、ボーマンの攻撃力を測った紅麗は自信以上の確信を持っている。
この老人相手に自分が負けるはずないと言う絶対の確信を。
「余裕のつもりかね、年寄りを甘く見ると大変な目にあうぞ」
そう言いながらもボーマンは、ネックレスブレードをあさっての方向へ蹴り飛ばす。
こちらも、武器を使うつもりは無いようだ。
再び睨み合う両者。互いの距離は先ほどより僅かに縮んでいる。
「こら紅麗。お前、仲間を探しておるんじゃないのか?
分身の術を使える人間などそうおらん。そのジジィに仲間になってもらえ」
カオスが横から口出しするが、返答したのは紅麗ではなく、ボーマン。
「ご老人。私とて、いきなり襲い掛かってくるような輩の仲間になるのは御免だよ。
降り掛かる火の粉は払わせてもらう。紅麗と言ったな、初めて会ったばかりで申し訳ないが、君にこそ死んでもらおう」
ボーマンの態度を見て、カオスは勧誘を諦めた。
(全く、紅麗のせいで大切な人材が一人失われてしまうわい。アヤツは本当に仲間集めをするつもりがあるのか)
カオスは元々、好戦的な性格ではない。
必要があれば戦うし、戦う事も多いが、基本的に避けられる戦闘はしない人間である。
だからこそ、紅麗の態度も、ボーマンの態度も、カオスには理解できない。
(戦うなら止めはせんが、ワシを巻き込まんでくれよ)
既にカオスは、二人の戦闘を止める事を諦めている。もう、どうにでもなれ。
一方の紅麗は既に戦闘モード。ボーマンの自信たっぷりな言葉に対して呆れ返っているようだ。
「全く、そんな自信はどこから出てくるのか……。
別魅の術が使える年寄りなら、私も部下にいます。その程度で勝てると思わないで頂きたい」
そして、紅麗は自分にも別魅の術は使えると言う事を示すため、6体に分身する。
「公平を期すために、私にも別魅が使えると言うことを教えてあげましょう。
しかし、格下の貴方相手に同じ術は使わないのでご安心ください。この術は使用しないで貴方を殺します」
言い終わると、紅麗の分身たちは消え、本体だけが残された。
「全く、お前ら。どう止めても戦うつもりじゃな。なら、勝手に戦っとれ。
じゃが、くれぐれもワシを巻き込むなよ。人質など言語道断じゃからな!」
ブツクサ文句を言いながら、カオスは紅麗とボーマンの中間に立つ。
そして、両者を目で制しながら、右手を振り上げる。
「戦闘、開始じゃ!!」
合図とともに、紅麗が襲い掛かる。生身だが、そのスピードはボーマンの弟子・御神苗優に匹敵する。
20メートルの距離を一瞬にして縮め、右拳を振るう。
しかし、直撃寸前という所で、ボーマンは消え、紅麗の背後から本体が一撃を食らわした。
「どうした、珍しい術じゃないと言っておっただろうが」
今度はボーマンの挑発。仮面の下にある紅麗の表情は読めない。
再度、紅麗が特攻する。しかし、ボーマンの余裕は崩れない。
「何度やっても同じ事だ。私に君の攻撃は当たらない」
先ほどと同じように、攻撃をかわされた紅麗は死角からの一撃を受けてしまう。
(なるほど、メイジャーの自信も頷ける。どうやら、別魅とは若干違う種類の術らしいな)
紅麗が使う別魅は、分身体に気配を持たせる事が出来ない。
何体に分身しても、気配は本物の肉体だけが持っている。
それに対して、ボーマンが使うドッペルゲンガーは本体の持つ気配をそっくり分身体に移し変えるものだ。
そのため、ボーマンは常に気配を持たない体で死角から敵に攻撃をする事が出来る。
(だが、その程度の些事。勝負に影響は無い)
三度、紅麗が特攻する。この構図は先ほどと何ら変わらず、結果も同じものであった。
「こら紅麗。お前、真面目にやらんか。紅はどうした? あの天使を出せば、お主の勝ちに決まっとろうが!」
「ドクター、同じ事を何度も言わせないでください。格下の人間相手に、私が本気を出すわけにはいかないでしょう。
紅は私にとって最高の術です。それをこの程度の相手に出したとなれば、沽券にかかわります」
「アホ、実際に負けとるだろうが。さっさと片付けんとワシが怖いんじゃ!」
カオスは紅麗の連れである。ボーマンが勝利した場合、カオスの命は保証できない。
だからこそ、カオスも必死になる。と言うより、この場で一番必死なのは傍観しているカオスかもしれない。
「ご心配なさらず。この術はいずれ破って見せますよ」
紅麗が四度目の突撃をする。
その姿は、闘牛場の牛のように馬鹿正直で何の工夫も無い。
「アホーー! 少しは工夫せんか!」
「全く、馬鹿の一つ覚えとはよく言ったもんだ」
飽き飽きした様子で、ボーマンは紅麗の攻撃を捌く。
分身体を残し、気配の無い本体で死角からの攻撃。やる事はいつもと変わらない。
しかし──
「メイジャー、馬鹿の一つ覚えは貴方の方ですよ」
──紅麗は分身ボーマンに殴りかかった後、背後を振り返り、しっかり本体のほうを睨みつけていた。
四度目の突撃も、ボーマンの勝ち。
ボーマンは紅麗の攻撃をかわし、きっちりと一撃を浴びせた。
しかし、今回だけは三度目までと違う。今回の攻撃で、紅麗は本体の位置を見破っていた。
「貴方の別魅がどれ程素晴らしくとも、何度も見せられれば仕組みが分かります。
貴方は、常に私の死角に本体を置き、そこから攻撃をしてくる。右拳を振るって殴る私の死角は、私の右側だ。
だから、貴方はいつもそこにいる。もう、別魅の術は通用しない、次こそ覚悟して頂こう」
紅麗が五度目の突撃をする。
今度の突撃は、今までとは違い、紅麗が完全にドッペルゲンガーを見切っている。
「いいぞ、紅麗。勝てる、確実に勝てるぞ、やってしまえ!」
一転、カオスの表情が明るくなる。よっしゃ勝てる、自分はあの老人に虐められないで済む。
一方のボーマンには焦りが浮かぶ。
もう、ドッペルゲンガーは通用しない。一体どんな手で紅麗を迎え撃つべきか。
紅麗の突撃速度、筋肉の付き方から見て、彼の攻撃力はA・Mスーツなしの自分を遥かに上回る。
まともに受けてはいけない。 どうする?
五度目の攻撃を、今までと同じようにドッペルゲンガーでかわすボーマン。
気配を残した分身体を紅麗の前に置き、本体は紅麗の左後ろに回る。
「メイジャー、右と言ったら左などという小細工で私の目は誤魔化せません!」
そこは死角ではない。
紅麗は振り返っており、ボーマンの本体は真正面に位置する。
「終わりだ」
紅麗の前蹴り。ただの軍服しか着ていないボーマンの鳩尾に強烈な一撃を送り込む。
ボーマンは十数メートル弾けとび、障害物に当たって停止した。
障害物の上、ボーマンはよろめきながら動いている。
その姿を見て、紅麗は勝利を確信した。
「メイジャー、目は口ほどにものを言うと言う諺をご存知か。
貴方が本体を死角に隠す直前、貴方の目は、その死角の方角を向いている。
先ほど言ったのは唯のブラフ。本当は、貴方の目を見て、術を破ったまで」
ボーマンは、ふらつく足を抑えながら立っている。
たった一撃で、彼のあばらは折れ、内臓にまでダメージを負ってしまった。
A・Mスーツがないとは言え、この身体能力の差は予想していない。
だが、これでいい。
これでこそ、勝てる。 ボーマンは、勝利を確信した。
「メイジャー、もう貴方に攻撃をかわす力は残ってないはずだ。次こそトドメ」
紅麗が最後の攻撃を仕掛ける。
彼の目には、頭には、勝利の二文字しか浮かんでこない。
だから、彼はボーマンを受け止めた障害物が何なのか、考えていなかった。
その障害物が目に入っていても、頭に入っていなかった。
紅麗が、あと一歩と言うところでボーマンに一撃を加える瞬間。
その障害物、グリモルディは動き出す。両足につけたキャタピラを全開にして。
突然動き出したグリモルディに対して、紅麗は咄嗟に両腕を伸ばし対応する。
押し切ろうとするグリモルディと、両腕を突っ張って耐える紅麗。
しかし、キャタピラ駆動のグリモルディと、紅麗は生身。両者の力の差は歴然。
「複雑な動きは不可能だが、前進後退と、片手の操作なら出来るようになった」
ボーマン少佐が、繰り糸を動かすとグリモルディは傍らにあった狛犬を持ち上げる。
「勝負は私の勝ちだ!」
腕を横に振るうだけの単純な攻撃。
しかし、両手がふさがった紅麗には対応不可能、狛犬が紅麗のこめかみに激突する。
そのまま吹き飛ばされ、社に激突する紅麗。
「石像で殴られたら、流石にあの男も生きていないだろう」
念のために数秒間、社を見るが紅麗は全く動かず。
「どうやら、決着はついたようだね」
今度はカオスのほうを向く。
「次はあなたの番だ、ご老人」
「全く紅麗の奴め、油断しすぎじゃぞ……あぁ、そうじゃ。お互いジジィ同士、仲良くせんか?
ワシを殺しても何にもならんぞ、お互い助け合って生きようじゃないか」
「断る」
グリモルディでの攻撃。
脅威の反射神経でギリギリかわすカオスだが、スピードと破壊力が桁違いだ。
「ぎゃーー、止めんか。殺すな、ワシを誰だと思っておる。ヨーロッパの魔王、天才錬金術師ドクター・カオスだぞ」
無視。
ボーマンの攻撃は、なおも続──
──かなかった。
ボーマンの背後に、そこにいるはずのない青年が一人。
ボーマンの首筋に、そこにあるはずのない西洋刀が一振り。
突然、首筋に冷たいものを当てられ冷や汗をかくボーマン。
「まさか、ありえる筈がない」
グリモルディ越しとはいえ、攻撃の手ごたえは完璧だった。
実体のない分身体を殴ったのではない。実体のある本体を殴ったはずだった。
硬い石で頭を殴った攻撃だ。助かるはずがない、ここに奴がいる筈ない。
だが、ボーマンがそう思っていても、いるはずのない男は確かにいるのだ。
ボーマンの背後に、剣を持ち、立っているのだ。
紅 麗 が!
背後から、喉に剣を突きつけられたボーマン。
実戦ならば、この時点で勝負ありとみていいだろう。敗者はボーマンだ。
「メイジャー、素晴らしい戦いぶりでした。別魅を破られた後、貴方は焦りながらも打開策を模索していた。
そして、見つけたのが人形の利用だ。貴方は敢えて私に吹き飛ばされ、人形の位置まで自然な形で移動した。
その後は、ヨタヨタした足取りで人形の繰り糸を掴み、操り始めた。
ヨタヨタした足取りの貴方は、私から見れば格好の獲物。実際そう見えましたよ。ですが、それは私を誘い込む罠だった。
そのおかげで、私はトドメしか頭に入らなくなり、注意力不足のまま突撃した。結果、その人形にしてやられた訳ですか」
「そのはずだ。なぜ、生きている? 私のグリモルディは確実に"何か"を殴ったはずだ。
まさか、これが別魅の術なのか、分身体にまで感触を与える事が出来るのか?」
「いいえ、別魅はあくまで幻術。感触はありません。あなたの人形が殴ったのは、別魅の中に隠した、紅」
刹那、社が炎を上げる。
壁面全体が熱によって軋みだし、障子戸からは火炎が噴出す。
そして、社はまるで火でできた卵のように割れ、中から天使が飛び出てきた。
「ご紹介します。彼女の名は紅、私の最高のパートナーです」
燃え盛る炎は、既に建物を飲み込むほどに巨大化している。
もし、あれで攻撃されたら一たまりもあるまい。
「まさか、そんな隠し玉があったとはね。私の負けだ、殺せ!」
観念したボーマンに抵抗の様子はない。
だが、驚いた事に、紅麗までもがネックレスブレードを下げた。
「この勝負、貴方の勝ちですよメイジャー。私は使わないと決めた武器、別魅、紅の全てを使ってしまったのですから」
紅は社を完全に燃やし尽くした後、紅麗の下へ戻ってくる。
そして、カオスも紅麗に寄ってくる。
「信じておったぞ、紅麗。よくぞ勝ってくれた!」
「全く、ドクターも態度を変えすぎですよ。年寄り同士で仲良くするんじゃなかったんですか」
「いや、そのぉ、あれはだな……アハハッ」
シドロモドロするカオスを放っておいて、紅麗はボーマンに話しかける。
「メイジャー。貴方の格闘能力、特殊能力、判断力、どれを取っても素晴らしいものでした。
もしよろしければ、私の下で共に働いていただけないでしょうか?」
「私を殺すのではなかったのか?」
「貴方の能力を失うのが怖いのですよ。有能な人間は、誰もが欲しがるものです。
協力して、あの不遜な女狐に一泡吹かせようじゃないですか」
突然の勧誘。
この青年は、突然襲い掛かってきて、突然戦いを止めて、突然勧誘してきた。
ボーマンは戸惑いながらも答える。
「不遜なのは君の方だろう。私が断れば、命を落としてしまうではないか……」
正直な話、素顔すら晒さない暴漢の仲間になるつもりはない。
だが、この男の戦闘能力は自分を遥かに上回っている。
ここで断れば、間違いなく殺される。今現在できうる最良の手は、この男の仲間になる手だけだ。
「分かった。君の仲間になろうじゃないか」
やむを得ない判断。
「それで、私は何をすればいいのかな? 上官殿」
紅麗も、ボーマンも、既に戦闘態勢を解いている。
「メイジャー、貴方にお願いしたいのは、役に立たない人間の排除と役立つ人間の勧誘です。
このゲームからの脱出、あの女狐に対する報復、この二つを目的とした準備ですよ」
早い話、先ほど紅麗がやったように戦闘をしろ、と言うことだ。
「弱い者、知能の低い者、あの女に関する情報を持たない者。
とにかく、脱出やあの女との戦闘に役立たないと思われるものは全て殺してください。
逆に使えると判断したものであれば、仲間にするようお願いします。
役立つ、役立たないの判断はご自身でして下さい」
言葉は丁寧に、けれど態度はあくまで威圧的。
慇懃無礼を絵に描いたような紅麗の態度は、見るものに決して好感を与えない。
だが、これに逆らえば命がない。
「OK、分かった」
「では。ドクター、メイジャー。二人ともこれからは単独で行動し、それぞれの任務を遂行してください。
午後8時に再びこの神社に集合します。神社が禁止エリアになった場合は、G-5の神社へ続く三叉路に集合しましょう。
その時には、素晴らしい成果を期待していますよ」
「ちょっと待て紅麗。ワシ一人でゲームの解析をやるんかい!」
「当然ですよドクター。我々に与えられた時間は少ない、有効に利用するには散開するより他はないでしょう」
戦闘力に自信のないカオスは、かなり不安になってくる。
まぁ、錫杖もあるし、苦手とはいえ陰陽術も使えるのだから、大きな心配は要らないのだけれど……
「とにかく、事は最速をもって良しとします。今すぐ散会し、ドクターはゲームの解析。
メイジャーは役立つ人間の抽出に向かってください」
紅麗の指示に従いボーマンが早速動き始める。
数秒たって、カオスが嫌々ながら移動を開始。正直、戦闘したくないなぁ……と強く思っている。
紅麗一人、神社に残る。
手入れをする者がいなくなった神社は、古びた物になり、昔いた火影を思い出させる。
「母上、紅麗は必ず生きて戻ります。どうかそれまで、ご無事でいて下さい」
冷酷な仮面の下には母親への愛情が隠れている。
ボーマンを殺さなかったのも、ある意味、この男が持つ愛情ゆえかも知れない。
冷酷さと愛情が混沌の中で同居する男、紅麗。
紅麗もゆっくりと、神社を後にした。
【G-6 鷹野神社/開始から5時間】
【紅麗@烈火の炎】
[状態]全身に軽度の打撲。先頭に支障なし
[装備]ネックレスブレード@MAR
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1、カオスにこのゲームの解析をさせる。
2、ボーマンにゲームに役立たない人間の排除、役立つ人間の勧誘をさせる。
3、有能な参加者を配下に、従わないものは殺す。
4、主催者を倒し、その力を我が物に。
5、午後8時に鷹野神社へ
【ドクター・カオス@GS美神極楽大作戦!】
[状態]健康
[装備]錫杖@うしおととら
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.紅麗に協力
2.ゲームの解明
3.いずれ紅麗の肉体を奪う
4.ちょっと戦闘が不安
5.午後8時に鷹野神社へ
[備考]紅麗とカオスはボーマンの名前を聞いていません。
【ボーマン教官@スプリガン】
[状態]あばらが折れている。戦闘に若干支障あり。
[装備]なし
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)、グリモルディ@からくりサーカス
[思考]1.紅麗に協力
2.ゲーム脱出に役立つ人間の勧誘、役立たない人間の排除
3.御神苗優との合流
4.ゲームからの生還
5.人形繰りをより確実なものにする。
6.午後8時に鷹野神社へ
[備考]グリモルディの操作は前進後退、右腕の操作程度なら可能です。
旋回や両腕の操作には、まだ時間がかかります。
[備考]鷹野神社の社は全焼しました。
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