軍人と執事






 古ぼけたアスファルトは、その漆黒の輝きを失い、所々白ずみ砂が溜まっている。
 整備されていない道路には亀裂が入り赤茶けた土や雑草が顔を覗かせる。
 この道を車で走るとさぞや走りにくかろう。1人の青年がそんな場違いな事を考えながら歩いている。

 ここは殺し合いの島。
 ある意味で、自分の存在意義を遺憾なく出し切れるであろう島だ。
 けれど、キース・シルバーはあまり浮かれた気分になれない。
 なぜだろう。
 恐らく、殺し合いと言うものは強制されてやるものではないと考えているからではないだろうか。
 この島における闘いは、若干だが、確実に自分が考える闘争とズレている。
 だからだろうか、あの少女を殺さなかったのは。

「せっかく、素晴らしい所に来たというのに……」

 虚しい。
 この心の渇きを癒すのは、高槻涼との戦い以外にない。
 彼との戦いだけは強制されたものではない。
 彼との戦いには何の理由も要らない。
 本能と言う理性とは正反対の概念が認める最高の相手、ジャバウォックの高槻涼。
 彼と闘う時だけは、この精神に強いられた忌まわしい枷からも解放され純粋な闘いができるだろう。

〜・〜・〜・〜

 二億円という金額はこの際考えない事にしよう。
 綾崎ハヤテは別に任侠の世界に生きる人間ではないが、それでも人並みの恩義は感じる人間である。
 だから、お世話になったお嬢さま相手に、借金だけ返済して「はい、さよなら」等と言える性格ではない。
 親が残した1億5千万という膨大な借金の返済に加え、白皇学園への入学手続きなど、三千院ナギへの恩は計り知れない。
 それに何より、今の自分は三千院家の執事。彼女を守ることにお金は関係ない。
 だから少年は、何より三千院ナギの安全を確保する事を優先する。
 だが、ここに来て少年はさらに新たな事を閃いた。

「思うんですけど、これはチャンスかも知れませんね。あのお嬢さまも、ここでは引き篭もれません」

 執事としての一流を目指すハヤテは、主人を正しき道へ導く事も仕事の一つだと心得ている。
 とすれば、あのナギが相手である場合、やはり引き篭もりからの解放が必要となってくるだろう。
 見方を考えれば、これはチャンスなのである。
 殺し合いの舞台とはいえ、ここは三千院家から遠く離れた無人島。
 末はニートかネトゲ廃人というナギを更正するにはうってつけの場所である。

「どちらにしても、お嬢さまを見つけないといけません」

 自分と一緒にいればナギは安全だと言う自信がある。
 なぜなら、自分にはホワイトタイガーを一撃で倒す攻撃力と、ママチャリで時速80kmオーバーを叩き出す脚力、
そして支給品のジュラルミンケースがあるから。並みの化け物には負けないはずだ。

 こんな事を考えて、ハヤテは達成困難な茨の道を選択した。
 もちろん、本人にその意識は無い。自分自身が持つ強さゆえか、
それとも、今までに緊張感のある戦いに巻き込まれた事が無いからか。
 どちらにしてもハヤテは、自分がいればお嬢さまの身の安全を確実に守れると言う自負がある。
 それがどれ程の誤りか、本人は全く知らなくともハヤテはナギを守り、同時に更正させるという道を選択した。
 その道は、既に達成不可能であると言うのに。
 ハヤテがナギを捜し歩いてから、数十分が経過した頃。
 彼は自身の目で信じられない物を目撃する。

 目の前を歩いてくる軍服姿の白人男性。
 引き締まった体と端正な顔つきは、男のハヤテから見ても十二分に映える姿である。
 規則正しく踏みしめる軍靴は、まるでメトロノームのように単調で、それでいて軍人の力強さを明白に醸し出す。

「怖い」

 ヤクザと対等に渡り合うハヤテでさえ、一瞬そう感じる事を禁じえない堂々たる姿。
 軍人は見た目が大事。歩き姿一つとっても、その威容を保つため彼らは鍛錬を積むという。

 だが、ハヤテが『怖い』と感じたのはそんな常識的なものに対してではなかった。
 軍人の左手。
 均整の取れた全身には、全く不釣合いな左手。
 およそ人間の形をしていないそれを見て、ハヤテは少しばかりの恐怖を感じたのだった。
 その姿をここにナギがいれば、このように表現しただろう。

 ハリウ●ド式、実写版寄●獣

 と。
「あれが噂のレフティですか……」

 アニメオタクのナギがいれば、さぞ喜んだであろう。
 泉●一役として軍人が適切かどうかに疑念の余地が残るが、左手の特殊メイクはアメリカ版のミ●ーそのもの。

 ハヤテは、そのメイクのあまりの出来栄え一瞬妙な考えを浮かべてしまう。

「ひょっとして、これって三千院家のイベントですか?」

 三千院家がこのような事をする体質でない事ぐらい執事であるハヤテは十分知っている。
 けれど、最初に起きた人殺しを何らかのトリック、今回のミ●ーもナギが望んだものであると
考えれば、不思議と合点がいくではないか。
 それに、ひょっとしたら、この沖木島とは三千院家の別荘なのかも知れないし……
 等と、見当外れ極まりない推理をして、すぐさま否定する。

「いくらなんでも妄想がすぎますね」




 とりあえず、あの軍服白人はハヤテにとってはじめて出会った島の人間だ。
 左手が少しおかしいけれど、春先に多い頭のアレな人と考えるには手が込みすぎている。
 大丈夫、怖がる必要は無い。ハヤテは自らにそう言い聞かせて白人男性に近づいていった。
「すいません。僕は綾崎ハヤテって言うんですけど。今この島で人を探していまして……」
 ハヤテは両手を頭に当てながらジェスチャーでツインテールの髪型を表現しつつ、
「こんな感じの髪型の女の子見ませんでした? 年は13歳の子供なんですが」
 と聞く。

 けれど、


    返事がない、ただの白人のようだ。




(あれ? 答え返ってきませんけど、やっぱり春先に多いアレな人なんですか)

「えくすきゅーずみ。こんな所に連れて来られて混乱してるのかも知れませんが、
こんな感じのツインテールの女の子を見かけませんでしたか」

 『すいません』の部分だけを英訳し、再度同じ質問を繰り返す。

 だがやはり、結果は同じ。

    返事がない、ただの白人のようだ。
(えーっと、これはどうしたら良いんでしょうか?)
 春先の人なのか。それとも白人ゆえに言葉が通じないだけなのか。
 どちらにせよ、ハヤテは対応に困ってしまう。

 寄●獣ネタに続くドラ●エネタ。
 ここにナギがいたら、どうなっていた事か。

 だが、しばしの沈黙の後。そんなハヤテの悩みは吹き飛んでしまう。


「その少女は見ていない。オレが会ったのは20歳前後の長髪の女だ」
(良かったァ。言葉は通じたんですね)

「ありがとうご  「やはり、どう考えてもオレの中の真実は一つしかない」

 お礼を言おうとするハヤテを遮り、シルバーは話を続ける。

「兄キース・ブラックと母アリスによって与えられた運命であっても、
あの女に強制された運命であっても、闘争こそがオレの真実」

(え? トウソウ)

 逃走、痘瘡、党争、闘争。この場合正しいのは言うまでもあるまい。

(逃走じゃないですよね)

「戦いの場へ、やはりそれこそがオレの真実だ」
 言い終わるよりも早く、シルバーの足が厚底の軍靴と共にハヤテの股間に襲い掛かる。
 瞬間、ハヤテは最高レベルの運動能力を駆使してかわす。

(えーー! ひょっとして、本当に頭のおかしい人だったんですか)
(この少年できるな)

 ARMSと化していないからだろうか。
 見た目普通の少年に、あっさりと攻撃をかわされてしまった。

 ならばと、シルバーはARMSである左手で攻撃を仕掛ける。

 大振りの、
 だが、人間の速度を超えた一撃。
 この攻撃は、一台の車を易々と大破させる威力を持つ。

 だが、その攻撃でさえハヤテはジュラルミンケースで防ぎ、同時に衝撃を逃がすために後ろにステップしてかわす。

「なんなんだ、お前は」

 高槻涼以外にも、こんな人間がいたのか。
 並の人間にしては、戦闘能力は決して低くない。
「『なんなんだ』は、こっちの台詞ですよ。いきなり襲い掛かってくるなんて」
 やはり、頭のおかしい人なのか。
 それとも、このゲーム自体がそんなものなのか。
 ハヤテにはどちらが正しいのか分からないが、それでも、この白人男性が危険な人間だと言う事は理解できた。

 シルバーにしてみれば、嬉しい誤算だった。
 高槻涼に会わずとも、そこそこに強い人間が現れた。
 もちろん、まだこの少年には試していない事がある。本気のARMS、その力に少年がどれ程対抗しうるか。
 それをまだ、シルバーは試していない。
 ARMSに耐えられるのならば、この少年と本気で戦ってもいいかもな。

「お前に見せてやろう。我が力『ブリューナクの槍』を」

 シルバーの左手中心に光が集中する。
 その光、アニメでよく見た、

「メガ●子砲」

によく似ている。
 シルバーはその光を左手で掴み取るように持ち、セ●戦の孫●飯よろしく片手かめ●め波の姿勢をとる。
 そして、左手を突き出すと、集積された光はビームとなってハヤテの左頬を掠め通り過ぎていった。

「ビーム出すのか……」
 反射的に避けられた。
 だが、ハヤテにとって、喋る虎や、人間のように動くロボットを見た時以上の驚き。

(落ち着け、落ち着くんだハヤテ。そんな馬鹿な事があるものか。本物のビームなわけがない、本物なわけが……
きっとS●NYが出した新型ア●ボだ。いやぁ、S●NYの技術はスゲーなぁー)

 驚き、見当違いの事を考えているハヤテを見てシルバーは誇らしげに語る。

「これが我が力『ブリューナクの槍』だ」

 珪素系生命アザゼルを元に生み出された最強の兵器ARMS。
 そのARMSの能力を最大限に活かし、ビーム兵器にまで昇華したのがこの『ブリューナクの槍』だ。

「一体、どうなってるんですか……」
 疑問、と言うよりは溜息のような発言。

「不思議か? ならば説明してやろう」

 ほとんど反射的に出た質問に対し、シルバーは答える。
 それは、バトルモノのキャラにおける宿命。新しい能力は必ず説明しなければいけないという枷を彼も背負ってしまった。

「オレ達、キースシリーズの体には珪素系生命ARMSが寄生している。
そのARMSの力を最大限に引き出せるARMS適正因子を持つ人間ならば、
彼らの力を使って、このようなビームを撃つ事もできるのだ」

(つまり、まんま寄●獣ってわけですね)
「そんな著作権を無視するような真似して、大丈夫なんですかハリウ●ド!」
「何を言ってるんだ?」

 微妙に会話が噛み合わなくなって来た。
 日常的に多くのパロディーネタに遭遇するハヤテと、シリアス一辺倒の軍隊育ちなシルバーとでは、
若干会話にズレが生じるのも仕方ないと言える。

「ジャバウォック戦の肩慣らしだ、お前には本気を出してやろう」

 ブリューナクの槍を避けるほどの身体能力を持つ少年。
 この少年ならば、高槻涼との前哨戦に相応しいかも知れない。

「このARMSはまだ第一形態だ、本当の姿はこんなものではない」

 シルバーはさらに、凄い能力を隠しているらしい。 つまり、

「では、さらにとんでもない変身を!」

という事になる。
 ハヤテの言葉どおり、シルバーは変身する。
 右手が、左手と同じように変形していく。
 爪が伸び、指一本一本の節が強調され、昆虫のような関節が浮き上がる。
 さらに、全身も大きく形を変え、キースの顔が胴体に移動する。
 そして、別の顔が首の上に姿を現す。

 完全に変身したその姿は、まるで映画のエイ●アンのように見えなくも無い。

「こ、これ。本当に洒落になってなくないですか?」

 シルバーの変身は、本当に色んな意味で洒落になってない。
 どこを間違えたんだろう。
 単にお嬢さまの場所を聞こうとしただけだったのに……。

 ハヤテは言いようも無い後悔の念に駆られてきた。

 そんな2人の闘いが始まる。
【I-6 路上/朝】
【綾崎ハヤテ@ハヤテのごとく】
[状態]健康
[装備]1億円入りジュラルミンケース
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)一億円入りジュラルミンケース(重量約13s)
[思考]1.探索しながら移動
   2.ナギ・ヒナギクの安全を確保
   3.目の前の化け物に対処。あまり戦闘するつもりは無い。

【キース・シルバー@ARMS】
[状態]全身ダメージ(自己修復中)、変身中
[装備]不明(本人は確認済み)
[荷物]荷物一式
[思考]1.高槻涼を探す。
   2.高槻涼と戦う。
   3.目の前の少年(ハヤテ)相手に肩慣らしをする。



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