すれ違いの山頂
ここは山頂近くの草原。
森林限界を超えたこの場所に樹木はなく、ただ草だけが密に茂っている。
そんな草原の中を一匹の虎と一人の男が進む。彼らは山頂を目指していた。
そして、その彼らを見つめる少年がいる。
山道の周辺を囲む草むらに器用に身を隠して、2人(一人と一匹)を見つめる彼の名は上杉和也だ。
山小屋を出て、暫く山道を歩いた後偶然に2人を見つけた和也は素早く周囲の草むらへと姿を隠したのだ。
そして、2人の会話を聞き、彼は冷静に状況を分析している。あの2人を殺すための状況分析だ。
今までの会話の内容から、男は警察官らしい。そして虎は、喋ってはいるが間違いなく虎であるようだ。
その虎をどういう訳か警察官が手懐けている。いや、どちらかと言うと虎が警察官を手懐けているのか。
どちらにしても……
「あの2人は、今すぐには殺せないな」
と和也は思う。
一度人殺しをした彼は、既に人の心を失い、殺せるか殺せないかの物差しで状況を測っている。
手元にある武器は青酸カリと闘鬼神という名の刀。虎退治には不向き極まりない。
刀は論外として、青酸カリならば虎を殺せるが、それでも量が問題だった。
少女一人を殺すのに使ったのが全体の四分の一。体重の事を考えれば、虎殺しには残りの四分の三全てを使いたい。
それでも、確実に殺せるかどうか怪しいところだ。こんな状況では彼らを殺せない。
「重火器が欲しいな」
現在、重火器は和也の手元にない。けれど、あの2人なら持っている可能性がある。
その事を考えて、上杉和也はここで様子を窺っているのだ。
「一体何が正解かな」
何食わぬ顔で話しかけて、2人と合流してしまうか。
それとも、この場から退散して2人とは係わりを持たないか。
後者の場合特に何もメリット、デメリットはないが、前者は違う。
明白にメリット、デメリットが存在している。
2人と合流して得られる一番のメリットは虎を殺す機会が得られるという事。
相手が虎であっても、四六時中付きまとっていれば殺せるかも知れない。
また、虎と行動を共にすれば、一人よりもはるかに安全といえる。
このように2人と合流する事は確かにメリットがあるのだ。
しかし、その事とは対照的にデメリットも存在する。まず一つ、青酸カリ。
青酸カリは白い粉。白い粉といえば、日常的には砂糖や塩などをよく目にする。
けれど、同じ白い粉であっても、青酸カリは塩よりは粒子が細かく、砂糖よりは粘り気が少ない。
先ほど使用した時に初めて気付いた事だが、青酸カリは見る人が見れば、一目でそれと見抜くかも知れない。
そんな青酸カリを持って警察官と合流するのは大きなデメリットである。
それに警察官と行動を共にすれば、様々な面で自分の行動が限定される。
当然のことながら、彼の前で大っぴらに殺しをするわけにはいかない訳で、このデメリットは決して無視できないと言えよう。
上杉和也は十分に考えてから行動を起こそうと決めていた。
しばらく、ここで考え込んでいても別に問題がある訳ではない。
そんな彼の悩みは続く。
〜・〜・〜・〜・〜
「もうすぐ山頂に着くな」
「山頂に行って、どうするつもりだよ」
「島の全域を見下ろそうと思ってな」
山頂に展望台のような場所があれば、周囲を一望する事が出来るかも知れない。
そこに双眼鏡のようなものが置いてあれば、島の状況を詳細に確認できるかも知れない。
ここが観光地になっている登山道ならば、展望台も双眼鏡も決して珍しくないだろう。
「トラ公、あそこを見てみろ」
そう言って、太田は遠くにある一筋の煙を指差す。
「どこかで火事があったのだろうな」
太田は山頂の展望台から、火事の状況を確認するつもりでいた。
「火事があったのなら、我々警察官はそこに赴かねばならん」
「止めとけよ、危ないだろうが」
「そうも言ってられん」
そんな話し合いをしているうちに、開けたところが見えてきた。恐らく山頂だろう。
山頂付近では、周囲の草が綺麗に刈り取られ、島の周囲を一望する事が出来た。
けれど、運悪く望遠鏡のようなものは置いてなかった。
「結局、何もわからねーじゃん」
タマの言うとおり、島北部で起きた不審火については何も分からなかった。
「なら、直接確認しに行くか」
それが早い、そう判断した太田は北へと続く山道を降りようとする。
「待てよオッサン。あの火事がどうして起きたのか考えてるか」
「それを今から調べるんだろうが」
ここからでは分からない。太田の回答はごく当然のものだった。
「あのさオッサン。俺たちが集められたところに、明らかに変な奴らがいたろ。人間じゃない化け物みたいな奴らがさぁ」
「それがどうかしたのか」
「あの火事はそいつらが起こしたって思えねーか」
タマの推測は尤もなものだった。太田たち参加者には火気の類は支給されていない。
普通に考えれば、島北部から火事など起こるわけがなかった。
けれど、もし人語を解する虎のように、発火能力を持つ化け物みたいなのが参加していたとしたら、
北の村に発生した火事も納得できる。
「しかし、だったらなおさら放っておけんだろう」
火事を起こすような危険生物が北部にいるという可能性をタマは指摘した。
ならば、警察官として必ず行くべきである。
「いやオッサン。よく考えろよ、あの煙を起こしたのがそんな化け物なら、
アンタその棒切れでそいつらと戦う羽目になるかも知れないんだぜ」
太田は今丸腰に近い状況だ。
推測が当たり、火事を起こすような化け物が北部にいた場合、彼には何も出来ないだろう。
「しかし、そうは言ってもだなぁ」
今すぐにでも駆けつけたい気持ちを抑えられないと言った感じの太田。
駆けつけたいが、駆けつけても何も出来ない可能性がある。
そんな矛盾に彼の心は板ばさみ状態。
その時、彼の目に、白い何かが飛び込んできた。
「おいトラ公。あれを見てみろ」
慌てたように、太田が大声を出す。
あれは何だ、雑木林の中に隠れてハッキリとは見えないが。
その白い機体は職場でいつも見慣れたアレそのものの形をしている。
「オッサン、うるさいって」
「いいから見ろ」
太田が指差す先には山麓の雑木林がある。
雑木林の中には白い何かが隠れているようだが、タマにはそれが何か分からない。
太田は目を凝らして、その白い物体を見つめる。
林の中に隠してあっても、流線形を持つ白い巨体はその特徴を失っていない。
間違いない、あれは……
「あの白い機体こそ、我らが警視庁の誇るレイバー。イングラムだ」
太田は断言した。98式アドヴァンシスト・ビーグル、通称『イングラム』
その機体が、雑木林の隙間から覗いている。
「イングラムって何だよオッサン」
「そうだなぁ、一言で言うとガンダムみたいな奴だ」
テレビアニメに出てくる人型ロボット、イングラムや他のレイバーたちを説明するにはその言葉ほど適切なものはない。
もちろん、彼らのように空を飛ぶ事は出来ないし、ビームサーベルのようなものは持ってないわけだが、
それでも、巨大な人型ロボットの一種であり、地上で戦闘するには十分な力を持っている。
「ガンダムってオッサン、頭おかしくなったのか」
んなもん、あるわけねーだろ。と思っているタマにとっては太田がおかしくなったように感じられる。
「大体、仮にそんなもんがあってもだなぁ、アンタ免許持ってんのか」
「持ってるに決まってるだろ、俺はレイバー乗りだぞ」
グリフォンに対した時の野明みたいな真似は出来ないが、それでも太田は警視庁特車二課第二小隊が誇るレイバー隊員の一人である。
「レイバーがあれば百人力、いくぞトラ公。イングラムの奪取だ」
太田は子供のように無邪気な顔を見せる。彼にとってレイバーとは力の象徴そのものである。
「いや、お、おい。オッサン」
太田はレイバーと称する物体に向けて走り出す。
何がなんだか訳が分からないと言った感じでとりあえずついて行くタマ。
2人(一人と一頭)は頂上から南へと降りる山道を選び、白い機体のある場所へと走っていった。
〜・〜・〜・〜・〜
結局、話しかけるタイミングを取れなかった。
それに、会話を聞いていても虎の支給品については一切情報をもらえなかった。
まぁ、この島にいる全ての参加者たちを殺すと考えているのだから、虎は無視して正解だったかもしれない。
そう言えば、気になる事を言ってたな。
「ガンダムみたいな奴か……」
スノウの話もある。常識という物差しで測っても、この島の実情はつかめない。
和也にとってガンダムは空想上のロボットであって実在するものではない。
けれど、そう考えているだけでは喋る虎にも説明がつかないし、スノウの話も意味が分からない。
この島はそういう島なのだと割り切ってしまわない事には話が進まない。
「乗ってみたいな」
操縦できるかどうかは不安だが、もし本当にガンダムのようなロボットなら、間違いなく戦力になる。
それに、先ほど重火器が欲しいと思っていたところだ。ロボットなら重火器の代わりになるだろうか。
見てみなければ分からないが、警察官の張り切り具合から見て、相当な武器なのだろう。
太田の立っていた場所に移動し、南側の山麓を確認する。
確かにそこには白い何かが横たわっていた。それがイングラムと言われる機体なのかどうか和也には判断できないが……
「先回りしてみるか」
と、イングラムの場所まで行く事を決めた。
体力には自信がある。山道を行く太田やタマはつい先ほど出発したばかりだ。
自分はジグザグの山道ではなく、山林の中を直線に進もう。そうすれば確実にイングラムに先回りする事が出来る。
こうして、太田功、タマ、上杉和也の三人がイングラムを巡って競走を始めた。
【F-5@山頂から南へ下る道/ゲーム開始から3時間経過】
【太田功@機動警察パトレイバー】
[状態]健康
[装備]神通棍@GS美神極楽大作戦
[荷物]荷物一式(食料・水二日分)
[思考]1. 知人および他参加者の安全確保
2.ゲームからの脱出 および主催者の逮捕
3.イングラムの奪取、奪取後は鎌石村へ向かう。
【タマ@ハヤテのごとく】
[状態]健康
[装備]なし
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)、アイテム不明
[思考]1.ナギ達との合流
2.ナギ達と共にゲームを脱出
3.イングラムって何?、意味が分からないけどとりあえず太田についていく。
【F-5@山頂/ゲーム開始から3時間経過】
【上杉和也@タッチ】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】荷物一式(食料&水二日分)×2、青酸カリ入りの水、青酸カリ(半分消費)、闘鬼神@犬夜叉
【思考】1、南以外の参加者殺害
2、兄・達也は自分の手で殺す
3、イングラムへ先回りする。
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