与えられた自由、真実の自由
神楽がこのゲームに巻き込まれた後、すぐに見つけた少年がいる。
彼女にとって、その少年は自由を獲得するための生贄だった。
百に一つ、いや、万に一つも無いかも知れぬ自由への道。
渇望する『風になるための道』をあの少年を殺す事によって得る。
自分は妖怪、相手は人間。
自分には勝つための力と武器がある。自分だけが相手の存在に気づいている。
今ならば殺れる。 それも確実にだ。
風使いの神楽にとって最高の武器ともいえる風神の剣を手に、彼女は思う。
殺るか?
あぁ、確実に殺ってやる、と。
〜・〜・〜・〜・〜・〜
何かが流れ着いているかも知れないと考えて、海岸まで歩いてきた清麿。
海岸を観察してみても、目立ったものは何一つ無い。
「手がかり無しか……」
気持ちいいぐらい何も無かった。
何か流れ着いているかと思ったのだが、本当に何もない。
「ペットボトルぐらい落ちてるかと思ったんだが」
ペットボトルのラベルを読めば、この島の近くにどこの国があるかが分かる。
氷川村や鎌石村などの名前から、この島は日本かも知れないが、それとて確証はない。
外界からの漂流物があれば、島や地図上にある証拠よりもさらに確かな形で
この島の位置を分析する事ができる。
そう考えていたのだが、まるで無いのなら位置は分析できない。
「仕方ない、何か生き物でも探すか……」
熱帯魚のようなものが見当たれば、この島の緯度が推測できる。
そう思って、海岸の砂浜や岩場などを捜索してみる。 すると、奇妙な事に気づいた。
「何もいない……馬鹿な」
岩についているはずの苔もフジツボも、岩場には多く生息しているはずの貝も、
海の中を泳いでいるはずの魚も、何一つ見当たらない。なぜだ。
清麿が海岸のどこを探しても、生き物は何一つ見当たらない。
「ある意味、やっと手にした手掛かりってことか……」
生き物がいない。それとも、単に少ないだけか。どちらにしてもこれは奇妙な事実だ。
そして、この事実は沖木島のおかしな実態を表している。
けれど、ここから何か結論を出すという事は今の清麿にはできない。
しばらく、海岸を捜索した後。
「これ以上探しても何もなさそうだな」
清麿は海岸から離れる事にした。
「この近くの村は平瀬村か、今度は何かあるといいんだが……」
針路を北にとり、清麿は平瀬村へと向かう事にした。
〜・〜・〜・〜・〜・〜
海岸での清麿の様子を窺っていた神楽は思う。
「隙だらけだな」
殺そうと思えば、何度もその機会があった。
躊躇ったわけではない。少年が海岸で何をするのか、興味があって覗いていただけだ。
けれど、結局少年は何もない海岸で座ったり、立ち上がったり、周りを見回したり。
行動と呼べる行動は、何一つ取らなかった。
神楽には理解できない、恐らく海岸で何かを探していたのだろうが、
こんな島の海沿いに何があると言うのか。
神楽は念のために、少年を殺す前に、彼が探していたモノを確認しておこうと思った。
清麿ほどの思考力はないが、彼女とて、やはりこの島での情報は欲しいのだ。
神楽は風神剣を帯の間に挟み、清麿との接触を図ろうとする。
(っち、あたしがこれだけ近づいても、まだ気づかないのかい)
彼が何を探していたのか、この情報にさえ興味がなければとっくに殺している。
少年を殺す事で自由へと一歩近づけるのだから、それは当たり前の事だった。だからこそ、もどかしい。
道を歩く清麿の背後。近づいていく神楽。
風神剣を一振りすれば、確実に殺せるだろうが、現状を把握する事が先だ。
彼が海岸で探していたもの、彼が一体どういう状況でこの島にたどり着いたのか、
それぐらい聞いてから殺しても遅くはない。
「ちょいと、そこのお兄さん。何かお探しかい?」
不意に背後から声をかけられ、驚く清麿。
振り向くとそこには、和服姿の女が一人立っていた。
短い髪を後頭部でまとめ、耳には大きなイアリングのようなものが付いている。
そして、帯をみると一本の剣が抜き身のまま挟まっていた。
「驚かなくてもいいじゃないか。一体海辺で何を探していたんだい」
清麿の名前にも、出身にも興味がないと言った風にストレートな質問をする神楽。
彼女は、目の前の少年がめぼしい情報を持ってない場合、すぐにでも殺すつもりでいた。
一方の清麿は、島ではじめて出会った女性から新たな情報が引き出せないかを考えていた。
「すまない、いきなり声を掛けられて驚いてしまった」
「そうかい、それはすまなかったね」
ファースト・コンタクトでは特に問題のない言葉を交わす二人。
しかし、この時点で神楽は大切なものを一つ失ってしまっている事に気づいていない。
「俺の名前は高峰清麿、さっきは海岸でこのゲームや、島についての情報を探っていたところだ」
「あたしの名前は神楽。島の情報って何か面白い事でもわかったのかい」
(情報を探っていたか。つまり、今は何も分かってないって事かい。役立たずだね)
「あぁ、たった一つだが手掛かりを見つけた」
突然声を掛けてきた不審な女に対し、不用意に情報を晒すわけにはいかない。
でも、手掛かりを一つ見つけた、という程度なら漏らしても構わないだろう。
「へぇ、凄いじゃないか。で、どんな事が分かったんだい」
「たいした事じゃないさ」
(ストレートな聞き方をする女だな)
普段の清麿なら、神楽の質問に答えていたかも知れない。
けれど、殺し合いの島の中。はじめて出会った人間を無条件で信用するわけにはいかない。
それに、上手く言えないが、この女からはやばい気配がする。
その事が、清麿に回答を踏みとどまらせる事になった。
「つれない答えだね、何を探っていたのかぐらい教えてくれてもいいじゃないか」
「いや、本当に大したものは見つからなかったんだ」
半分嘘で半分本当。海岸では『大した物は何もないという情報』を見つけた。
そして、その情報は大した物だと清麿自信は考えている。
「へぇ、そうかい」
(結局、さっき言った手掛かりについては教えないつもりかねぇ……)
清麿と神楽はお互いに、目の前の相手を値踏みする。
ゲームからの脱出を考えている清麿、ゲームに乗り自由を求める神楽。
考えている事は逆だが、二人とも殺し合いの空間の中で普段以上の緊張感と警戒心を持っている。
(たいした情報がないなら、さっさと殺してしまうかねぇ……)
(見たところ、特に危険はなさそうに見えるが、なんだか嫌な予感のする女だ。
それに、和服には不釣合いの剣が気になる)
「情報の出し惜しみは止めてくれよ、お互いこの島に放り出された被害者じゃないか」
「いや、本当に大した事じゃないんだ。(アンタが剣を持ってなければ教えてるかもな)」
これ以上聞いても、清麿は口を割らない。
神楽はそう判断して、次の質問をする。
「ふうん。言いたくなければ、黙っていればいいさ。
ところで話は変わるけど、あんた人間かい?」
この問いにイエスと答えれば清麿を殺す。
神楽にとって人間とは(一部を除いて)弱者に他ならない。
腰に挿した風神剣を握る。役に立つ情報を教えないのなら、さっさと死んでしまえ。
(明らかに殺気立ってきたな……)
「人間だと答えれば、どうするつもりだ」
腰の剣を抜き取り、振りながら答える神楽。
「こうするつもりだよ。 風刃の舞」
振るわれた剣から届くのは、斬撃ではなく真空の刃。
突然上がった戦いの合図、清麿は驚きつつも体を半歩右にずらして真空の刃をかわす。
「次は当てるよ、覚悟しな(へぇ、上手く避けるじゃないか)」
「次はって、今のも当てるつもりだったんだろ?」
「っち、生意気だね」
再び、風刃の舞を撃つ神楽。けれど、二度目の攻撃も、清麿のすぐ横を掠めて通り過ぎるだけだった。
これは、慣れない武器を使っているせいか。それとも、この島での制限が原因か。
「あんたには最期の舞を舞わせてあげるよ」
一撃ずつの攻撃が当たらないのなら、連撃。
神楽は風神剣を縦横に振り続ける。多くの刃が清麿の周囲から襲い掛かってくる。
けれど……
右、左、前、後ろ。
清麿はその場からほとんど動かずに、神楽の攻撃をかわし続ける。
(嘘だろ。なんで人間があたしの攻撃を避けられるんだい)
神楽には信じられない。ただの人間だと思っていた少年が、自分の技を避けている。
そう、実は彼女が清麿に話しかけた瞬間。彼女は大切なものを失ってしまった。
その大切なものとは、清麿を殺すチャンスである。
能力が制限されたこの島で、"答えを出す者"の能力を持つ清麿を殺す事など
神楽には不可能であった。
しかし、彼女自身はその事に気づかない。
不運にも、風神剣という武器を手にした彼女は、その特性と風使いとしての自分の能力が
よく一致している事に気づいてしまった。
風神剣は風を操る事ができる。風神剣は人間のように弱い者の意思を喰って操ってしまうが、
自分のような妖怪までは操る事ができない。
だから、風神剣を手にした自分はこの島の中でも強い部類に入る。
そんな哀れな勘違いをしてしまった神楽。
目の前の少年が自分の技を器用に避け続ける事を見ていれば、相手の強さや、
島での能力制限などにも気づけそうなものだが、今の彼女はそのどちらも頭には入らない。
「避けてばかりいないで、攻撃してきたらどうだい」
清麿は致命傷こそ避けているものの、小さな裂傷は受けている。
「俺にはアンタを攻撃する理由がない」
清麿はこう言って、神楽の申し出を断った。
「妙な事を言うね。ここは殺し合いの島じゃないか」
ゲームに乗り、殺し合いをすると決めた神楽にとって攻撃する理由など必要ない。
「つまりアンタはあの女の言いなりになるって事か」
「そうさ、癪に障るけどね」
神楽が風神剣を大上段に構える。
「魔導具、無名。門構え」
清麿が両手にはめた一対の魔導具を組み合わせる。
「出でよ、門」
清麿の正面に大きな門が現れる。
「それで身を守るつもりかい、今度の技は門ごと破壊するよ」
「竜蛇の舞」 「開け」
神楽が振り下ろす剣から、幾筋もの竜巻が発生する。
「あたしは風使い。竜巻よ、門を砕きな」
だが、清麿を襲い掛かる竜巻はその全てが門の中に消え去った。
切り札を止められた神楽が恐怖する。
「馬鹿な……あんた一体何者なんだい」
「高峰清麿、ただの中学生だ」
「訳の分からん事を」
中学生などという言葉は知らない、神楽にとって清麿は得体の知れない人間だった。
神楽が剣を手に、清麿に襲い掛かる。
風が通用しないのなら、接近戦しかない。
「あたしは自由になるために、この戦いを勝ち残るのさ」
「自由になる為だったら、何故あの女の言いなりになる」
清麿に接近し、剣を振るう神楽。
けれど、やはり当たらない。ある時はかわされ、ある時は手甲に防がれる。
「人間のあんたには分からないだろうさ。このあたしの辛さはね」
奈落に握られた心臓を解放して、自由を手にするためには、あの恐ろしい女に
助けてもらうしかない。そして、あの女に助けてもらうためには、この殺し合いで
勝ち残る必要がある。
「あぁ、オレにはアンタの辛さは分からない。だが、アンタが自由になろうとしてないのは分かる」
「知った風な口を利くな」
「魔導具、門、音。 闇」
清麿が再び、対の魔導具を合わせたとき、あたりが闇に包まれる。
何一つ見えない暗闇。だが2人の動きが止まる事はない。
「暗闇にして逃げ切れるつもりかい、条件は同じだよ」
「あぁ、そうだろうな」
神楽は、先程まで清麿がいた空間を中心に剣を振り回す。
ガン。
何かに当たった。清麿の手甲だ。
「アンタの事情を話してくれないか、オレならアンタを自由にできるかも知れない」
「人間に何ができるって言うんだい」
神楽の中では、人間は弱い者という思い込みがある。
清麿ごときに話したところで、何が解決するというのか。
奈落に握られた自分の心臓も、あの妖怪女に閉じ込められた現状も。
ひ弱な人間にはどうしようもない現実ではないか。
「暗闇にも慣れてきたよ」
神楽は目の前にいる清麿に対し、確実に剣を当ててくる。
もちろん、それらが清麿に致命傷を与える事はなかったが、彼女が闇を見抜いている事は事実らしい。
これは恐らく、神楽の目が慣れてきた事と、魔導具にも制限が効いている事の二つが原因だろう。
「人間だからと言って、無力とは限らないだろう」
「無理だね。大体、あんたはあの妖怪女をどうにかできるっていうのかい」
「何とかしてみせる」
「どうするんだよ」
暗闇の中、両者は明かりの下と変わらぬ戦いを繰り広げる。
「目が慣れてきた、もう逃げられないよ」
「逃げるつもりはない」
清麿が魔導具を合わせる。
「門、人。 閃」
暗闇になれた神楽の目に、一転して強い光が襲い掛かる。
そう、清麿が闇を使ったのは、逃げるためでも隠れるためでもない。
この一瞬にかけて、攻撃に転じるため。
閃光を浴び、目がくらんだ神楽を力任せに押し倒す。
そして、強引に風神剣を奪い取り、そのまま馬乗りの体勢へと移行する。
「アンタは本当に、あの女の言いなりになって自由になれると思っているのか」
「フン、あたしの負けだね。今すぐ殺しな」
「オレは殺しなんかしない。質問に答えろ」
「あの女の怖さが分からない人間に言っても無駄さ。
あんたは感じなかったのかい、あいつの禍々しい妖気を」
「あいつの恐ろしさは感じた。だが、だからと言って、
オレはあいつの言いなりにはならない」
神楽の上に馬乗りになり、清麿は叫び続ける。
「ふざけるな、あの女に閉じ込められた時点であたし達には
殺すか、殺されるかの二択しかないんだよ」
「違う、そうじゃない」
「どう違うのさ」
清麿は神楽の体から離れる。
神楽はそのまま立ち上がる。
「本当の自由は、与えられた選択肢からもらう物じゃない。
自分で新たな選択肢を作り出す事だ。アンタはあの女の言いなりになる事で、
自由から逃げ出している」
「何を言ってるのさ。はっきり言うけど、あの妖怪の力は人間なんかが及ぶものじゃないよ」
「あぁ、そうだろうな」
立ち上がり、話し合う二人。
もはや神楽にも、闘う気はないようだ。
「言ってる事が滅茶苦茶じゃないか。実際、あたし達はあの妖怪に逆らえない。
だったら、この島で殺しあうしかないだろう。殺すか、殺されるか。今のところあたし達に
許された自由はこの二つだけなんだよ」
「違う。その選択は間違ってる」
清麿が叫ぶ。
「甘えるな、あたし達はこの二つしか選べないんだよ」
「いいや、この選択にはまだ時間がある。残り一日という時間がある」
殺し合いのルールでは、24時間以内に一人も死亡者が出ない場合、
全ての者達を殺すという。言い換えれば、24時間の猶予が与えられているのだ。
「たった一日で何ができるのさ」
「一日もあれば、オレはあの女の事を調べ上げてみせる。
アンタも自由にしてやれる。初めて会ったばかりで言うのも変だが、
オレを信じてくれ、必ずこの島から脱出してみせる」
全く、この少年の自信はどこから出てくるのか。
奈落や主催者の妖気を感じる事ができる神楽には信じる事ができない。
だからと言って、今この少年に攻撃を仕掛けても倒す事ができないのは事実。
今は言う事を聞くしかないのか……。
「たった一日で、あの女の目を掻い潜り、自由を手にする事がどれだけ
難しいか、本当に分かってるんだろうね」
分かっているはずが無い、神楽はそう思って質問している。
「あぁ、分かっている。だが、あの女がどれだけ強力でも、
最期の一瞬まで諦めない。それがオレの自由だ」
神楽は放り投げられた風神剣を拾う。
「ふん。仕方ないね、あんたの事を信じたわけじゃないけど、
闘っても敵わないからね。とりあえずは、賭けてみる事にしてみるさ」
神楽は非力な人間の清麿を信じてはいない。
けれど、清麿が得体の知れない力を持っている事も事実。
今は付いて行くしかない、そう判断して清麿の言う事に賭けてみた。
「だけど、あんたが無力だと分かったら、すぐにあたしはあんたを殺すよ」
「構わない。必ず脱出するからな」
【H-3 中央/朝】
【高峰清磨@金色のガッシュ!!】
[状態]全身に軽度の裂傷
[装備]魔導具「門構」+「無名」@烈火の炎
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.色々と調べる
2.平瀬村へ向かう。
3.情報を集め、ゲームを中止させる。
4.主催者の女について調べる。
5.神楽を自由にする。
【神楽@犬夜叉】
[状態]健康、軽度の疲労
[装備]風神剣@YAIBA
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.とりあえず、清麿は殺さない。
2.清麿を信じてないが、一応は自由になるために賭けてみる。
3.いつかは自由になる。
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