安全地帯
魔女と呼ばれた少女がいる。
ARMを用いた戦闘に長け、敗北を知らないその少女の名はドロシー。
誰よりも強く、そして美しいARM使い。
「………」
C-05。小さな村の船着き場に魔女はいた。
船着き場といっても“内陸”への定期船が一日に数本出るだけの小さなもので、そのうえ定期船は現在停泊していないのだが、この世界のことを知らないため陸地を目指そうなどと考えていないドロシーにとってはたいした問題ではなかった。
勿論立派な船にこしたこしたことはないのだが、今は目の前にあるボロ船があるだけでも恩の字なのだ。贅沢は言えない。
「………ビンゴ」
支給品である望遠鏡越しに見える光景に、つい冷たい笑みを浮かべてしまう。
望遠鏡越しに見た海には、ヒヨウだかキヨウだかという名の変な生物(激レアガーディアンARMだろうか?少なくとも私は見たことがない)が確かにいたのだ。それも一匹ではなく何匹も。
そう、監視係の役割を果たすあの不細工なガーディアン(仮)が、船でも使わないと行けないところに存在していたのだ。
何故?
海に入った瞬間死刑にするなら、陸地の不細工なガーディアン(仮)がそれを見た瞬間処刑すればいいのだ。わざわざ海の上に浮かべる必要はない。
なら、答えはひとつだ。
海の上は、別に禁止エリアではない。
ついでに言うと、北の方が東の方より不細工なガーディアン(仮)の数が少ないように見える。
というより、北の方はある場所から不細工なガーディアン(仮)が全くと言っていいほど居ない。東より北の方が早く不細工なガーディアン(仮)の群れが途切れている、とも言える。
そして、現在自分のいる位置は支給された地図で言うとC-05……北には2マスあるが、東には5マスしかないのだ。
おそらく不細工なガーディアン(仮)達は地図に描かれた場所にのみ配置されているのだろう。
つまり、
「地図に描かれた範囲から出たのをアンタのお仲間に見られたら処刑されるんだったっけ?まぁ、言ってなかったとしてもそのくらいするだろうけど」
あの少女も、うるさいという理由であっさりと殺されたのだ。地図の外に出ようとした者の末路は死あるのみだろう。
「逆を正せばアンタのお仲間がいるエリア……地図に描かれた範囲ならどこに行ったっていいのよね?」
不細工なガーディアン(仮)を通して、主催者の女に「理論的に考えたらこうなったんだから船に乗り込んだ瞬間死刑にしたりとかするんじゃないわよ」というようなニュアンスのことを伝えようと、空を仰ぎ自分の上空を飛び回る不細工なガーディアン(仮)に声をかける。
生存率を少しでも上げるためのセコイ行動。ガラではないが、ディアナを殺す前に死ぬわけにはいかないのだ。
(生きて帰って、クイーンを……ディアナを殺すためなら、感情もプライドも押し殺す……)
一度深呼吸をすると、ゆっくりとオンボロな船に片足をかける。
木製のオンボロ船がギシッと軋んだ。
「あーあ、ARMさえあればギンタンとさっさと合流して、ついでに一応スノウも連れて脱出するんだけどなぁ」
ARMの移動に慣れてるドロシーにとって木製のオンボロ船などできることなら一生乗りたくなかった代物だが、使い方のわからないモーターエンジンで動くものばかりで、手漕ぎのものがこれしかなかったのだ。
他の海に出た参加者との戦闘になったら頼りにならないが、その分を自身の能力でカバーをする自信がある。
ARMは無くともウォーゲームで培った能力があるし、支給されたのが望遠鏡でも鈍器にはなる。
「海の上は、一番の安全地帯」
自分に言い聞かせるようにゆっくりと呟く。
民間人に死人が出るのはいい気はしないが、そういう世界なら仕方がない。自分は死ねないのだ。
海の上から望遠鏡で地上を見、ギンタやスノウが居たら陸地まで戻る(着いたころには見失ってるだろうが、何かから逃げてるわけじゃない限りそこまで遠くには行かないだろう)
そうじゃなければ陸地にいるのが手負いの優勝者だけになるまでここにいればいい。
手負いの奴相手なら望遠鏡だけで勝つ自信がある。仮にそいつが協力なガーディアンARMを持っていたとしても、心身共に疲労し切っていてはまともに扱えはしないだろう。
(……ごめんね、ギンタン)
そうなったら、ギンタとの約束を破り人(にはとても見えない奴もいたが)を殺すだろう。
更に言えば望遠鏡に映らない限りはギンタを見殺しにするということにもなるのだが、ギンタが死ぬとは思えなかった(だからと言って最後の一人になるとも思えなかったが)。
まぁ、どうにもならないことをとやかく考えても仕方がない。本当はARMを探したいところだが、ウォーゲームと違いろくに休み時間が取れない以上、あまり役には立たないだろう。やはり生存者が一人になるまで待つ方がARM探しの面から見ても得策だろう。
最後にもう一度だけギンタの顔を脳裏に浮かべながら船に乗り込み、オールを手にしようとしたところで、
何者かが数十メートル先で掌をこちらに向けていることに気が付いた。
(まずい……ッ!)
その者が人間ではない━━どちらかというとガーディアンに近い存在だったせいか、はたまた大量の不細工なガーディアン(仮)の異質な気配が強すぎるせいか、とにかくドロシーはその者の気配に即座に気付くことができなかった。
相手の顔を見た時には既に空気の弾丸は発射されており、その弾丸はドロシーの額を目指し飛来してきている。
だが、ウォーゲーム無敗は伊達ではない。
ドロシーは弾丸が到達するより早く、船から離脱し難を逃れた。
船底に穴が空き沈んでいく船を横目で見、相手が見えない攻撃を仕掛けること理解する。
ならば、次が来る前に叩き潰す。
「ウエポンAR
いつものくせで相手に向けて腕を掲げてようやく気付いた。
今、自分はARMを所持していない。
最強の魔女も、ARMを失えばただの美人でキュートでそのうえセクシーなだけの美少女だ。
つまり、今の姿は強盗相手に強がって反抗する普通の少女のようなものなわけで。
当然のごとく、次に感じた感覚は激痛だった。
「うぐ……ぁ……」
痛い。こんなにまともにもらったのはいつぶりだろう。
痛い。お腹がどうなったか確かめる気力もない。
痛い。体が全く動かない。
「………女」
攻撃を仕掛けてきた老人が、穴の空いた掌を向けながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
「海は安全、と言っていたが、それは誠だろうな」
痛い。このクソジジイ、わざと即死しないよう攻撃しやがったな。
痛い。畜生、誰がアンタなんかに言うもんか。
「……ギンタンに殺されちゃえ、バーカ」
ドン、という衝撃を再び腹に受け、カッと目を見開く。
痛い。今度こそ本当にダメみたいだ。
「言え、何故安全なのだ!言えば楽に殺してやるぞ」
痛い。痛いけど、コイツには絶対教えてやんない。
痛い。こんな酷い痛みを、ディアナは多くの人間に与えてたのかな。
痛い。結局何にもできなかった。ディアナを殺すことができなかった。
痛い。体よりも、心が。ウォーゲーム負け無しだなんて言っても、結局大切なものは何ひとつ守り通せなかった。
痛い。ごめんねギンタン。私、もう会えないや。
痛くない。もう、痛みすら感じない━━━
魔女の瞳から光を失ったことを確認すると、深緑の弾丸で魔女の東部を砕き、パンタローネは敬愛するフランシーヌ様の元へ再び目指すことにした。
南西から真っ直ぐ走ってきたが誰とも遭遇しなかった。行くとしたら海沿いに北か南か……
できるだけ急がねばならない。サハラで己をくだした鳴海がいるというのに、自分は造物主に蘇生していただいた時に旧式ボディにされたままだ。
せっかくフランシーヌ様がこちらにいらっしゃることをスタート地点で確認できたのだ。ここでお仕え出来ずして何が最古の四人だ。
フェイスレス様のおっしゃっていた“エレオノールのお世話”はここに来ていないアルレッキーのとコロンビーヌに任せ、自分はフランシーヌ様のご生存のため全力を尽くそう。
「ふん、まぁいい……船に乗ったということは本当に海は安全なのだろう」
だとしたら簡単な話だ。
フランシーヌ様には海上遊覧を楽しんでいただき、その間に自分が他の参加者を排除する。
そして最後に自分が機能を停止すれば万々歳だ。
優勝とやらは嬉しいことだと聞くし、もしかしたらお笑いになって下さるかもしれない……
パンタローネはこんな状況下でもフランシーヌの道化だった。ただただフランシーヌに笑ってほしいがためにその手を汚し、そして彼女を守るためだけに歩き出した。彼の思考に、“自分だけが生き残る”というものはなかった。
ドロシーは最期まで最強のARM使いだった。驚異の反射神経で不意打ちの深緑の弾丸をかわし、そして瞬時に魔力をしっかり練り込めなくとも見た目にも派手で相手に隙を作れそうなトトを使うことを考え実行に移そうとした。
だが、結局はARMを使った戦いが染み付いていたためにドロシーは死んだ。とっさのことに、ついいつもの戦い方をしようとしてしまったがために。
要するに、チェスのコマのナンバー2ですら倒せなかった最強の魔女を倒す方法とは、ARMを取り上げるという実に単純なものだったのだ。
【C-05 鎌石村の船着き場/早朝】
【パンタローネ@からくりサーカス】
状態/健康。本物のフランシーヌ(エレオノール)が島のどこかにいることに狂喜。加藤鳴海が島のどこかにいることに焦燥。
[装備]不明
[持ち物]中身未確認の荷物一式
[思考]1.鳴海より早くフランシーヌ(エレオノール)に会い、適当な船で海上に逃がす
2.とりあえず海沿いに北か南へ
3.邪魔をする者は殺すが、フランシーヌが見付かるまでは深追いはしない
4.鳴海との戦闘はフランシーヌを海上に逃がすまでは極力避ける
[備考]ドロシーの望遠鏡にパンタローネは手をつけていません。ドロシーの死体の側にあるか、船と共に沈んだかは次の方にお任せします
【ドロシー@MAR 死亡確認】
【残り63人】
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