食べてもいいの?






「なんで突然襲いかかって来るんだよ」
 チェスの兵隊(こま)、ナイトにまで上り詰めたイアンだがARMがない状態で化け物に襲われた経験はない。
 数分前、イアンは一匹の化け物と出会った。
 メル・ヘヴンでは見たことがない生物だが、人語を理解し、ちゃんとしたコミュニケーションが取れる普通の生き物だった。
 その生き物とイアンは最初単なる雑談をしていた。
 話をしてイアンが感じたのは、この化け物には特に危険はないというものだった。
 が、それも数分だけの話である。
 互いの紹介が終わったあとは、軽い雑談。その雑談の中に、化け物の気に入らない言葉でも入っていたのだろうか。
 突然、化け物はイアンに襲い掛かってきた。

「なんでオレっちが攻撃されなきゃなんねーんだよ」
「わしの勝手だろ」

 化け物とらは鋭い爪を使って、イアンに襲い掛かってくる。
 そのスピードは、ARMをもたないイアンにかわせるものではなかった。
 けれど、とらはイアンがぎりぎり避けられる程度の攻撃を繰り返し行っている。

「なぶり殺すつもりか」
「たまには、はんばーがーより人間が食いたいからな」
 なんで、突然襲われなければならない。最初は普通に話が出来たじゃないか。
一体、話の内容の何がいけなかったというのだ。
 ARMを持たないイアンは一般人となんら変わらない。とらのような実力派の妖怪を相手にするには力が完全に不足している。
 けれど、不幸な事にイアンはプライドだけは一流であった。
 まっすぐに逃げれば、あるいは逃げ切れたかもしれない。だがイアンのプライドは敵の攻撃を避ける事は認めても、敵から逃亡する事は認めなかった。

「オレっちもギドのために死ねねーんだよ」
 イアンはニューナンブ式38口径の拳銃を取り出し、とらに向けて発砲する。
 放たれた銃弾は、とらの横を通り過ぎどこかへ飛んでいってしまった。

「おい、おめぇ。その武器使うのはじめてか?」
「バーカ、そんな訳ねーだろ」
 そう言って、イアンは二発目を撃つがまたも見当違いの方向に弾が飛んでいく。
銃の精度が悪いのではなく、純粋にイアンの腕が悪い。元々メル・ヘヴンに拳銃という武器がないからだ。
「なぁ、おめぇ。やっぱ獣の槍はじめて使うんじゃねぇの?」
 とらはわざと、拳銃の事を獣の槍と偽ってイアンに問いかける。
「オレっちは獣の槍の名手だよ」
 イアンは何の疑問も持たずに、その固有名詞を使う。
 決定的だった。イアンは間違いなく拳銃を知らない。そして自分が使い慣れた武器を持っていない。
「くっくく。おめぇ、それは獣の槍じゃねぇよ」
「え?」
 イアンの手が止まる。不味かった。知らない武器の名前を相手の誘導で答えてしまったのだ。
 だが、それがどうした?
 この武器の詳細は分からなくとも、引き金を引けば勢い良く何かが飛び出る武器である事に変わりはない。
 そして、その何かに当たれば化け物もただでは済まないだろう。

「偉そうな事言ってんじゃねーよ、バーカ」
 三度、銃を構えとらに向けて発砲の構えを取るイアン。だが、そのイアンに突如電撃が襲い掛かった。
「お前、雷まで撃てるのか……」
「まーな」
 得意げに語るとらだが、内心穏やかではない。白面のせいだろうか、いつもより電撃が弱い。
イアンを一撃で仕留めるどころか、意識すら断つことが出来ない。
 でもそれで十分だろう。イアンは持っていた拳銃を落とし、その場に跪いてしまった。

「これで落ち着いて喰えるな」
 イアンは近づいてくるとらを見て、死を直感した。多分、自分はこの化け物に勝てない。
いや、多分どころか絶対に勝てない。でも……

「オレっちはギドに会うまで死ねねーんだよ!」
 再び、同じことを口にする。愛するギドが待っている。自分には生き残る義務がある。
落とした武器にチラと目をやり、すぐにとらを見据えなおす。もう使えない武器に頼るつもりはない。

「オレっちは必ず生き残る!」

 プライドをかけ、自らの体術のみで特攻をしかけるイアン。
 だが、とらには通用するはずもなく二発目の電撃を喰らって、イアンは意識を失ってしまった。

「はーはっはっは、やった。ついにわしも人間が食えるぞ」
 500年間磔にされ、封印をとかれた後もうしおに小突かれ続けて、一人も人間を食べられなかった。
けれど、そんなひもじい日々もこれで終わりである。

「一応、周りを確認しないとな」
 いつまた、うしおが襲い掛かってくるとも限らない。理不尽な槍の力で食事を邪魔されるのはゴメンだ。
 この男が使い慣れた武器を持ってないという事から、多分うしおも獣の槍を持ってないのだろうが用心に越した事はない。
「どこをみてもうしおはいないな、槍もない」
 右良し、左良し、獣の槍なし。よし、500年ぶりの人間だ。
「ふははは、久しぶりの喰いもんだぁ。いただきまー……って、おい!」
 とらはイアンの耳にぶら下がるアクセサリに気づく。
 イアンは、自分でも知らない内に妖怪の嫌いな金属で身を守っていたのだ。

「まぁ、無理したら喰えなくもないけど」
 今になって気づいた防具品に勢いを止められたとら。再び周りを気にし始める。

「よく考えたら、ここって白面が用意した場所なんだよな?」
 イアンの体についている金属は左耳のイアリングのみである。だから、我慢すれば食べられる。
けれど、白面の用意した所と言うことは、獣の槍もあるんじゃないか?
 確証はないし、仮に獣の槍があったところで持ち主のうしおが持ってなければ怖くない。
それに、ここは使い慣れた武器が取り上げられる空間だ、獣の槍は高い確率で他の人間が持っている筈。
 安心材料はたくさんある。でも、一度ついた不信感は中々取り除けなかった。

「上から降ってきたりせんよな?」
 上空を見上げるとら、不審なものは何一つない。喰っても大丈夫かなぁ。
 湧き上がる不信感、嫌いな物で防護された食べ物(イアン)。
 結局、とらは躊躇してしまいイアンを食べられなくなってしまった。

「ま、今すぐ喰わんでも死にはせんよな」
 念のための用心だ、食事は支給されたもので済ませることも出来るし、槍があったらやっぱり怖い。
とらは気絶したイアンを放って置き、そのまま歩き始めた。
【G-4/早朝】
【とら@うしおととら】
[状態]健康
[装備]なし
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)、支給品不明(本人未確認)
[思考]1.獣の槍の確認
    2.とりあえず食事は支給食で済ませる。


【イアン@メル】
[状態]気絶中、全身に軽度の裂傷
[装備]ニューナンブ式38口径の拳銃(残弾3/5)
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.生き残ってギドに会う。


[備考]とらがどこへ向かったかは次の書き手さんに任せます。



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