当方に敗走の用意あり
『うむ、確かに私はおぬしの知っておる心眼だ。久しぶりだな、試験の日以来か』
自らを霊能力に目覚めさせた師匠が目の前、ではなく目の上にいる。先ほどまで少しパニクってしまったが、
安心材料の1つが見つかった。
「お前、死んだんじゃなかったのか」
『さて……そう思っておったのだが?』
「?っておい、分からんのか」
仮にも神属の手により力を与えられた道具であると言うのになんと無責任な。
GSとして、今は何より情報がほしい横島にとってこれは何よりの痛手だった。
『まぁ、私が生き返った話は置いておくとしてだな。おぬしはここがどこだか分かっているのか』
「話しそらすなコラ」
『落ち着け、周りを見てみろ』
バンダナは横島の言葉を無視して自分の話を続ける。
『なにかが変な場所だと思わないか』
「何って……ただのトイレじゃねーか」
四方を白い壁面で囲まれた閉所。壁面のそれよりもさらに白い便器。紛れもなくトイレである。
「男用の厠にはあんなもの無いだろ」
バンダナは視線をトイレ個室の隅に向けて言う。
「見た事無いな」
『では、ここはどこだ。おぬしには分からんか』
「ま・さ・か」
横島の煩悩パワーが僅かながら上昇する。
『そう、ここは女子トイレだ』
男として、今は何よりエロスがほしい横島にとってこれは何よりの朗報だった。
バンダナは横島の煩悩パワーを上昇させるべく、さらに話を続ける。
『あッ、外からねーちゃんの足音が』 「何!!」
すかさず、床にへばりつき壁の下から外を覗く横島。
「ねーちゃん、ねーちゃんどこ?」
『耳を澄ましてみろ、足音が聞こえるはずだ(こやつ、全然変わっとらんな)』
横島が耳を澄ますと、実のところは全く何も聞こえないのだが、煩悩により何かが聞こえてる気がする。
早い話が幻聴なのだが……
「うぉお、裸のねーちゃんが歩いとる」
『スタイルのいい女だな(そこまでは言っとらん)』
「こっちにくるぞ」
『……(妄想もここまで来ると哀れだな……。それより、煩悩パワーの溜まり方が遅い。これでは間に合わんかも知れん)』
心眼のバンダナは横島のパワーがいつもより劣っている事に今初めて気付いた。
これは一体何を意味すると言うのか。
「来るぞ、裸のねーちゃんがドーンと!」
ラ ド ム
小さな声で発せられた呪文の後に、ドーンと轟音が響く。
横島の体を含むトイレの個室内には、轟音によるものと思われる微弱な振動が走った。
「なに〜〜、本当に裸のねーちゃんが出てきた!」
『出とらんわ!』
バンダナは横島の煩悩パワーに見切りをつけ、次の指示を出す。
『横島、今すぐトイレから脱出しろ』
(パワーがまだ足りないが、密室に閉じ込められるのは不味い。今は逃げなければ)
いつも的確な指示を出すバンダナの言葉に反応し、横島はトイレの個室から飛び出す。
トイレから出てくると、あたりには僅かに煙たくなっている。恐らくどこかで小火が出ているのだろう。
ラ ド ム
建物の入り口付近から、再び呪文が聞こえてくる。それとともに爆音も。
間違いなく、何かがいて横島に近づいてきている。横島とバンダナの二人(?)は共にそれを肌で感じた。
「裸のねーちゃんか?」
『違うわ! んなこと、言っとる場合か。逃げるぞ横島』
入り口から、正体不明の何かが近づいてきているのに逃げる?
「どうやって」
『知らん、自分で考えろ』
「うわぁーー、やだ殺される。死にたくない。せめて美神さん一発だけでも!」
『(情けない、こやつは試験のときから全く成長しとらんのか)』
横島の叫び声は空しくあたりに響くのみ。煙はトイレの入り口から入り込み、既に辺りを覆いつくしている。
『(うまい具合に視界が閉ざされてきたな)』
『横島、壁を破壊して逃げろ。今のおぬしにならできる』
入り口から誰かが煙と共に迫ってきている。ならば、トイレの壁を破壊して直接逃げれば確実に逃げ切れると言うもの。
僅かな煩悩パワーでも、その程度の事なら確実にできる。
「え、どうやって壁壊すの?」
『おぬしはGSだろうが!』
「そうだった、サイキック・ソーサー!」 「ラドム」
バンダナの指示により、何とか冷静に必殺技を壁に繰り出す横島。同時に、先ほどと同じ呪文が三度放たれる。
トイレ入り口の視界はさらに悪くなり、もはや10センチ先さえ見えない状態だ。
『よし、いいぞ。逃げろ横島』
「うわぁ、トイレの入り口から誰か来る!」
『さっさと逃げんか!』
バンダナに急かされ、逃げる横島。そんな彼が、トイレの入り口に見た人影は……
「婦警のコスプレねーちゃん」
もとい、本物の婦警だった。
〜・〜・〜・〜
「おっかしーなぁ。確かに声が聞こえたと思ったんだけど」
横島の叫び声を聞き、本の魔物ゾフィスと共にやってきた泉野明。
声を頼りにトイレまで来たのはいいけれど、そこは既に誰もいない。
「恐らく、聞き間違いだったのでしょう」
ゾフィスは野明に嘘をついた。
トイレの壁に、自分の呪文とは違う穴が開いている。
叫び声の主はそこから逃げたに違いない。
相手が弱い人間ならば、追って殺す事もできる。けれど、あの短時間に壁を破壊して
トイレから逃げ出す能力を持つ者は弱いとは考えられない。
認めたくないが、現時点での破壊力は相手が上。ならば、深追いはすべきでない。
「ゲームはまだ始まったばかりです。焦らずに楽しみましょう」
「うん、そうだね」
無邪気な笑いを浮かべて答える野明。彼女の精神はゾフィスに支配されていた。
【B-4 鎌石村道路/早朝】
【横島忠夫@GS美神極楽大作戦!!】
[状態]健康
[装備]心眼のバンダナ
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)、文殊(1個)
[思考]1.死にたくない
2.取り敢えずゲームに参加する気は無い
【C-4 鎌石村郵便局横の公園にあるトイレ跡地/早朝】
【泉野明@機動警察パトレイバー】
[状態]健康、ゾフィスに操られている
[装備]魔物の本(ゾフィス)@金色のガッシュ
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.ゾフィスと共にゲームを楽しむ
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