刃の心、折れた心






 また佐古下柳を守る事が出来なかった花菱烈火は沈んでいた。自分の無力さと情けなさを
噛み締め、切腹・自刃すら考えた。だが忍者に自害は似合わない。忍者として、男として
無駄と解っていても仇を討つしかないだろう。そう自分に言い聞かせるのだが気が乗らない。
もはや何をするのも面倒だ。何をやっても柳は帰らないのだから。
「・・・・・・」
 烈火はノロノロとデイパックの中身を広げ、荷物を確認する。周囲の警戒など全くしていない。
まるで『殺すなら殺してくれ』と言わんばかりの態度だ。
 荷物は食料に水、それとノートサイズのモバイルだった。
「こんなもんで、どう戦えってんだよ」
 でもどうでもいいか、と投げやり呟くと付属した説明書をパラパラとめくる。表紙には
『最新型モバイル天界仕様』と煽り文句が打たれているが、全く意味不明だ。
 流し読みした結果、このモバイルは地図と現在地の表示が可能な上に、参加者全員の名前と
顔写真が登録いるらしい。試しに霧沢風子を検索すると、何故かカメラ目線でVサインをしていた。
「要するに写真付きの名簿かよ」
 便利と言えば便利だろうし、無意味と言えば無意味な品物だ。そして烈火は後者と判断した。
判断しようとした。
「柳!!」
 参加者一覧に見つけてしまった。赤文字で書かれた『佐古下柳』の名前。詳細データには
屈託のない笑顔の写真、そしてそれに大きな『死亡』の二文字が被さっていた。
烈火は何が胸から込み上げ、叫びそうになった。モバイルを地面に叩きつけなかったのが
不思議なくらいだ。それを堪えさせたのは説明書から零れ落ちた一枚のメモだった。

『ゲームの勝者には、元の世界へ戻る権利と望む褒美を与える』

(柳がいないのに褒美なんて、何の価値もねぇ・・・だけどよ)
 烈火はメモを恐る恐る拾い上げた。手触りからして写真。手元から舞い落ちる瞬間、彼には
ハッキリと見えていた。これが佐古下柳の写真だという事を。写真の柳はやはり屈託のない笑顔を
浮かべていた。

「・・・・・・」
 烈火は柳の笑顔と裏側の一文を交互に何度も何度も見直した。見直す度に彼の表情が曇り、
歪んで行く。彼は何かに気付き、何かを誤魔化そうとして口を押さえ躊躇うが、耐えられない。
「勝てば・・・勝てば柳が・・・生き返えらせられる・・・?」
 烈火は遂に口に出した。蘇生など一般的に信じる事のできない事だ。だが現実問題として
佐古下柳は一度死に、そして蘇っている。それを知る烈火にとって蘇生は絶大な餌となりえた。
わざわざ白面が柳を殺した意味。ご丁寧に彼女の写真を入れた意味。写真入りの名簿。
白面が彼に何をさせようとしているのか、おおよその想像は出来る。だがそれに乗るしかない。
佐古下柳を助ける方法は勝者になるしかないのだと、烈火は無理矢理に自分に言い聞かせる。


 ピコン!

  「???!!!」
 唐突に鳴った電子音に烈火は心臓が張り裂けんばかりに驚いた。すぐにモバイルの電子音だと
気付き、安堵の溜息と共に滝のような冷や汗が流れる。まるで自分の決意を読み取られたかのような
タイミングの音だったからだ。
 モバイルを確認すると参加者一覧の『三千院ナギ』と書かれた部分が赤文字に変わっていた。
急いでデータを呼び出すと、ベレー帽を被りGペンを構えた小学生くらいの少女の写真に『死亡』と
大きな赤文字で書かれていた。
「死んだ・・・死んだのかよ・・・こんなガキンチョまで」
 烈火は息を呑む。一度は決めた決意が揺らいだのだ。今まで何人かの死に面した事がある。
結果的に死んでしまった相手もいる。だがそれは皆、戦士であり、殺し殺される覚悟を持った者
達だった。こんな子供まで巻き込んでいいのだろうか?


「ごめんな。助けらんなくて」
 烈火は写真の少女に向かって謝った。そうなのだ。自分は少女どころか最愛の相手さえも
守れなかったのだ。どうして皆を守るなど偉そうな事をいえるのだろうか。
「ごめんな母ちゃん、親父。ごめんな柳。俺、情けないほど弱ぇや」
 烈火は乾いた笑みを浮かべ、ここにいない者たちに謝った。その眼は狂気に似た輝きを放っている。
彼は全てを裏切る事を決意した。たった一人を助ける為に、その者も自分さえも裏切る決意をしたのだ。

 そして烈火は荷物をまとめると獲物を見つけるために移動を開始した。
決意が鈍らぬうちに早く誰かを殺して楽になりたかった。仲間に顔向けできない卑劣漢として
自分を引き返せなくするために。

「もう、柳の笑顔は見れないだろうな・・・それでも、俺は・・・」

【E-8@トンネル付近/早朝】
【花菱烈火@烈火の炎】
[状態]健康
[装備]なし
[荷物]荷物一式(食料&水二日分、天界式モバイル。柳の写真)
[思考]1.ゲームに勝利する。
   2.非情に徹する。
   3.柳を蘇生してもらう。



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