陽に焼け果てたトラックで
「命があったらまたやり合おうね、鬼さん」
かすれていく意識に覆い被さる不敵な声は遠くなっていく。
拭えない屈辱へと沈み込みながら、鬼丸は気を失った。
どこか古くくすんだ光景。海からの風が吹き抜ける小さな学校の校庭で佇むその相手を見つけたのは自分のほうだった。
人だったときの名は鬼丸猛――自ら称して魔王・鬼丸。
このサバイバルの島で彼が見出した目的は己の腕で頂点を掴み取る事。
始まりの部屋で見た眼光鋭き者達全員を打ち倒し、最強を示すこと。
そして幸運とも言うべきか、転送された先で早くも目を付けた一人、表情に余裕を漂わせる男を見つけたのだ。
「喜ぶがいい。貴様は我が覇道の最初の標となるのだ」
勇んで校庭の端、金網の向こうの海を眺める男の背にいきなり言い放つ。
ボク?と言う感じで振り向いた表情には慌てた様子はなく、
それが底知れない、不敵な印象をさらに補強していた。
「名前くらいは記憶に留めてやろう。名乗れ!」
「その角…キミはもしかして別世界の鬼さん? ……うん、面白いな、ここは。
ああ、ごめん。ボクはアノン。地獄の守人の一族、ってこれはわからないかなあ」
「ハハハ、地獄の番人か! オレは魔王・鬼丸、いずれ世界を制する者だ。
ではいざ………いくぞッ!」
言い放つと同時に暴力性を顕わにした鬼は、乾いた校庭の砂を蹴って無手の拳で挑みかかる。
笑みを浮かべたままのアノンはその突撃をふわりとかわすが、鬼の勢いは止まらない。
日光により熱を帯び始めた砂の上で、片や両手、両足から繰り出されるラッシュ。
片や余裕を崩さぬままの的確なガード、激しい攻防が展開されていた。
ほぼ互角に見える接触の結末は防御の合間から一瞬に伸びる腕がカウンターで鬼を吹き飛ばす。
砂の上に二本の軌跡が残された。
「いいね、李崩君とどっちが上かなぁ。
ホント面白いや、ここは。キミみたいのが他にも沢山いそうだし。
楽しみだなあ」
「戯言を! 敗れゆく者が何を言うか!」
校庭の隅にまばらに配置された樹から鬼丸は枝をもぎ取り、構える。
剣とも、棒ともいえない細枝。しかし紛れなき武器は鬼がまとう気配を一段鋭く変えた。
気合とともに発した先程よりさらに速い踏み込み、さらなる速さで伸びる鬼の一撃。
変貌にわずか戸惑ったか、その一撃はアノンの反応速度を上回り、その肩を打った。
振りほどくように後退するその表情は驚き、そしてぞくぞくするような鋭い視線を一瞬垣間見せ、再び笑みへ戻る。
「武器の方が得意なんだね? いいなあ、まだ奥がある。楽しみだなあ」
「黙れ! その余裕の笑みがいつまで続く―――?…ッ!」
「快刀乱麻(ランマ)!」
対峙していた相手、アノンの右腕が突如巨大な刃物へ変化する。
強者が持つ勘…鬼丸の中で入った警報のスイッチが回避運動を促すが一歩遅い。
高速の一突きは手にした枝を呆気なくへし折り、遅れた分だけ鬼丸の腕を容赦なく切り裂く。
態勢を崩しつつもぎりぎりに倒れず踏みとどまった鬼丸であったが、その眼が次に相手を見たのは仰角30度、見上げる青の中。
「百鬼夜行(ピック)!」
上方より、アノンの左腕がその形を変え巨大な突きとなって近づいてくる。
巨大な刃にこれは伸びる拳。
身体を武器に変貌させる、そういう力に不意を突かれたことを言い訳にしたくは無いが既に鬼丸は後手にはまり込んでいた。
避けられない。
何とかそれを受けようとした反応は見事であるとはいえ、いかんせん厳しい。
おどろおどろしい鬼面の鎧の一部を打ち砕くほどの重く、迅い衝撃にしたたかに打ち抜かれてぐらつく。
「両腕を武器に、これが貴様の力……!? この鬼丸が……ガァッ!!」
反撃、いや態勢を立て直す程の猶予さえ与えられなかった。
容赦ない追撃、更なる別の力か頭部を薙ぎ払う鞭のような攻撃が動きの止まった鬼丸へと襲い掛かる。
既に受けることはできず、しかし避ける動きはなおのことできない。
防具のない頭部への強打、視界が揺れる。
棒立ちとなった鬼に対してアノンが行使する鞭、波花は大きく振り回されて再び同一箇所を打つ。
直撃を浴び、転がるように吹き飛ぶ鬼の身体は天を眺めたまま大の字で倒れて止まった。
「命があったらまたやり合おうね、鬼さん」
背中の地面の感触、惨めな砂の臭い、頭蓋の震動、言い知れない屈辱。認められない敗北。
そんな思考も薄れていく。
「神器で疲れるってヘンな感じ。エネルギーの消耗……? 主催者さんの力かな、まあいいや。
そういうのも面白いかもしれないね。んー、それにしてもわくわくするなあ。
変わったことを考える人って結構いるんだなあ」
動かなくなった鬼に一度だけニコリと微笑み、それから背を向けて離れつつ一人呟く。
相変わらずその表情に余裕を湛えたままでアノンはさらなる「楽しみ」を求め、散策を開始した。
鈴子・ジェラードは能力者である。…が、その点に現在どれほどの意味があるだろう。
ノービーズ、ノーアビリティ。残るのはいくらか戦闘経験のある中学生。
見せ付けられた惨劇と能力さえ使えない自分のギャップはネガティブへのスパイラルをもたらす。
こうして転送された先の保健室と思しき部屋で膝を抱えるところから彼女の戦いはスタートした。
もし仮に孤独であったなら――島にいる仲間の存在がなければ、彼女が立ち上がったのはいつになったか分からない。
けれども、そうじゃない。
不安を何とかなだめて、勇気を奮い立てて、支給品へと手をのばす。
出て来るのは包帯、消毒液、注射器、輸血パック、そしてピンクのナースキャップと制服。
現れた「なりきりナース医療セット」の説明書を読みつつ鈴子は頭痛…ではなく目の前に光を見出していた。
「怪我している人を助けなさい、ってことですの?」
保健室、医療セット。二つの偶然は自分の価値を見失いつつあった彼女への天啓となった。
この島で、できることを見つけたのだ。
窓の外、日に照らされた校庭の異変に気がついたのは少々手間取りながらナースキャップをつけた後。
(アノン!)
地獄人、アノン。強大な力を持つ彼が、そこで誰かを襲っていた。
能力さえ使えない自分が一人で何とかできる相手ではない。
もたげた迷いに束縛されている間に窓の向こうの戦いは終わり、アノンはどこかへと立ち去っていった。
ようやく圧力から解放され大急ぎで倒れている残された人影へと近づく。
頭の角、微妙なセンスの格好は気になったが今はそれどころではない。
気絶しているものの呼吸があることには安堵する。
とはいえ、切り裂かれている右腕からは血が流れ、砂を赤茶けた焼けた色へ変え続けているのだ。
願わくばどうにかして保健室のベッドまで運びたかったが相手は大柄な男、
女子中学生の腕力では少し無理がありすぎるように思えた。
仕方がないのでそのまま動かさず校庭で簡易処置を行うことにする。
ぎこちなく、でも丁寧に手持ちの水と支給された道具で消毒〜包帯巻きの作業をこなす。
それから水道を求めてひととおり校舎周りの探索を恐る恐る開始。
残念ながら水の出る水道はなかったけれど、一周して戻ってきた鈴子を迎えたのは目覚めた彼の視線だった。
「あ、気が付きましたの? 右手の怪我の方は大丈夫……」
「…ここは?」
予想以上に早い回復を喜ぶ屈託の無い笑顔はその目の光の強さに圧されて消える。
いつか陽に焼け果てた砂の上にはかすかな緊張が流れていた。
【D-6 鎌石小中学校校庭/ゲーム開始より1時間経過】
【鬼丸猛@YAIBA】
[状態]右腕軽傷(処置済み)
[装備]不明(本人は確認済み)
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.鉄刃他、目をつけた強敵を打ち倒し覇道を制す
2.刀剣を手に入れ、アノンへの屈辱を返す
【鈴子・ジェラード@うえきの法則】
[状態]健康
[装備]ナースキャップ
[荷物]荷物一式(食料二日分&水一日半分)、
なりきりナース医療セット(包帯、消毒液、注射器数本、輸血パック、ナースの制服)
[思考]1.怪我している人を治療する
2.植木と合流する
【D-7 道路/ゲーム開始より1時間経過】
【アノン@うえきの法則】
[状態]健康
[装備]不明(本人未確認)
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.戦闘を楽しみつつ島内を散策する
2.強敵とは全力で、面白そうな相手はそれなりに、底が見える雑魚は無視
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