自覚無き変質者?






白一色で統一された小さな個室に、一人の少年が呆然と立ち尽くしている。
ずいぶんと着込んだ感じのするTシャツの上に、ヨレヨレのGジャンを羽織り、
同じ位にヨレヨレのGパンに、草臥れたスニーカーを履いている。
頭には赤いバンダナを巻いており、それが彼のトレードマークらしい。
容姿自体は悪くないのだが、その格好のせいか貧乏臭く、さえない感じが全体から
滲み出している。

「はっ!?……ここ、いったいどこだ…?」
暫くして、その少年横島忠夫は我に返り、辺りを見回しながら声を上げた。
「ん!…便所かぁ!?……でも、何でこんなとこにいるんだ俺?」
さっと周りを確認して分かった事だが、自分はどうやら公衆便所の個室にいるらしい。
記憶の通りなら、自分は確かにアパート帰って寝たはずだ。

(そーいや変な夢見たしなぁ――ひょっとて夢遊病か何んかか?)
あまり深く考える性格でない横島は、取り敢えず此処から出ようとして、
文珠を握っている事に気付く。
「何で文珠なんて握って……」
そこまで言いかけて、慌てて何かを探し始める。
その姿は、悪さが美神に見つかり、折檻される直前の様に取り乱していて余裕が無い。
探し物は直ぐに見つり、横島は顔面蒼白のまま力無く便座に座り込んだ。

横島が、見つからなければ良いと思っていた探し物『デイパック』は、彼の立ち位置から
死角となる所に、無造作に置かれていた。
「これが在るって事は、夢じゃなかったんだよな………あの娘、やっぱり死んじまった
 んだろうな……」
と力無く呟く横島。その体は僅かに震えているようだ。

横島が最初に呼ばれた場所は、柳の近くだった。その為、彼女と白面の使いのやり取りも
確り見えていた。しかし、横島は柳の上半身が婢妖によって切断され、それが床の上に転がる
所を見ても、全く動くことが出来なかった。事態の展開に付いて行けなかったのもあるが、
本当の所は、白面の使いが発する妖気に完全に飲まれていたからだ。何度か死線を掻い潜って来た、
GSである横島だからこそ、一目見た瞬間に悟った『アレは絶対にヤバイ』。妖気の強さではなく、
その質から感じる恐怖に、自分の霊感が最大限に警鐘を鳴らす『今動けば確実に死ぬ』。
横島忠夫は、金縛りに遭ったように指一本動かせなかった。

事態が進み、横島の硬直を解いたのは、不意に鳴った場違いなクラッカーの音。
すぐさま、彼女を助ける為に、ストックしていた文珠を呼び出そうとするが手応えは無い。
『復』『元』の使用を諦め、即座に新しい文珠を造る。『戻』の文字で、可能な限り
怪我をする前の状態に「戻そう」と文珠を握りしめた時に、殺人ゲームの開始が告げられた。

『では、始めましょう………死の宴を』
その声を聞いた途端に、横島の意識は遠のいていった。
横島は回想を終え、後悔に囚われそうになる思考を切り替える。
「くそっ!何時までも落ち込んどってもしゃーないっ! 現状把握でもしとこう……」
声に出して吹っ切ったのが良かったのだろう、その表情は幾分冷静さを取り戻し、
思考はGSとしてのそれに替わって行く。

――GSとして冷静に対処する為に現状を正確に把握する――
(何故かは知らんけど……俺達はあの幽霊みたいなねーちゃん集められて、たぶんこの
 異界空間で、殺し合いさせられてるんだよな――)
(――しかも、ルール破ったら体に憑いてる何かよーわからんモンに殺される……)

「ちょっと待てっ!こんな状況なら、殺し合いに参加しとる危ないヤツも、
 居るかもしれんやないかっ!」

――自分の霊能に掛かる制限を確認し最善の行動が取れるようにする――
「お、落ち着け俺……霊能力が普通に使えれば、逃げる事ぐらいは出来るだろう。
 とりあえず、今のうちに確認しとこ――」

(――ソーサー・・・――栄光の手・・・ここら辺は大丈夫みたいだな――
 そんで・・・文珠はやっぱり無理か…まあ、さっき造ったばっかりだし――)
(はっ!とゆーことは…文珠はこの一個だけ!? あの感じだと、新しいのは当分
 造れそうに無いぞ!!)
文珠は、横島の霊能の切り札である。そう何回も使える能力ではないが、今の状況を
考えると、一個しか無いのはかなり心細い。
そして、追い討ちを掛ける様に、忘れていれば幸せだった記憶が思い起こされる。
「そーいえば…あのねーちゃん、特殊な能力に対応できるアイテムを配ったとか
 ゆーとらんかったか…?」
「それに…いきなり雷出して襲い掛かるような妖怪も参加しとったよーな気が………」
「…………」
「…………」

暫しの沈黙の後、何かを確信したように、真剣な表情で横島は顔を上げた。
そして――
「こんな状況、俺なんかに如何にか出来るかーーッ!! あかん…俺は死ぬっ!
 絶対に死んでしまうーー! 死ぬのイヤーーッ!!」
――絶叫した。涙と鼻水を噴き出しながら大声で泣き叫ぶさまは、横島の置かれている
状況を差し引いても十分に情けない。


『落ち着け!これしきの事で直ぐにパニクるな!!』
放って置けば、何時までも叫んでいそうな横島を見るに見かねたとゆうように、デイパックの中から
声がした。
「えっ!?」
聞き覚えのある懐かしい声に、我に返る横島。
『このやり取りも二度目だな――』
横島の注意が自分に向いたことに気付き、声の主は懐かしそうに続ける。
『――全く……おぬしとゆーヤツは……私と会った時からあまり成長とらぬよーだな』
投げかけられた言葉とは裏腹に、その声にはどこか嬉しそうな響きが感じられる。

「お、お前、まさか……GS試験の時の……」
『うむ、確かに私は、おぬしの知っておる心眼だ』
横島の霊能力の最初の師匠は、驚きの為上手く話せない彼に、彼が尋ねたかった言葉を続けた。
【C-4/鎌石村・郵便局横の公園にあるトイレの個室(女性用)/早朝】
【横島忠夫@GS美神極楽大作戦!!】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:荷物一式(食料&水:2日分)、心眼のバンダナ@GS美神極楽大作戦!!
    文珠(1個)@GS美神極楽大作戦!!
[思考]:1.死にたくない
    2.取り敢えずゲームに参加する気は無い
[備考]:横島の叫び声は外までしっかり聞こえました。
    横島は自分の居る場所が、女性用トイレだとは気付いていません。



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