少女A
「何かと言うと『勝負』、二言目には『殺す』。どーして中華系の変態って、こーロクでも
ない事しかしないかしらね?」
そんな風にブツクサ文句を言いながら天道あかねは荷物の確認をしていた。彼女の日常風景は
許婚である早乙女乱馬と出会ってからというもの騒動の無い日の方が珍しいくらい騒がしかった。
そんなこんなで訳の解らない状況に巻き込まれる事に慣れてしまっているのか、見知らぬ土地に
一人で放り出された不安を隠しつつも冷静に現状を把握する余裕は持ち合わせている。
天道あかねにとって今回のゲームは『また新しい中華系の変態が傍迷惑な事を始めた』くらいの
認識でり、彼女の脳裏に思い浮かべられた中華猫娘やアヒル男など傍迷惑な変人奇人達の
同類として白面の者が新たに加えられている。一応、キツネ女と言えなくも無いので完全な
的外れでもないのだろうか。
「殺し合いをしろとか言ってた割りに、こんなんでどうしろって言うのよ」
ズシリと手応えのあるデイパックをひっくり返すと、出てきたのは水と食料、それに手榴弾が6個。
その生々しい殺傷兵器の説明書には可愛らしいイラスト入りで『ピンを抜く→投げる→爆発』と
描かれている。そんな事は見れば解ると、あかねは心底呆れたという顔で溜息を付いた。
実は手榴弾を投げられた事も、投げ返した事も一度や二度ではない。
「支給品はランダムって言ってたっけ。ハズレを引いたみたいね。こんなんじゃ九能先輩を気絶
させるのもやっとこさじゃない」
そう呟く彼女の脳裏に浮かんだのは、頭から椰子の木を生やしアロハシャツを着た校長の姿と
その背後で手榴弾の爆発に吹き飛ばされる剣道部主将。2、3発では九能すら倒せないイメージが
あるが、実際には手榴弾一発で数人の兵士を死傷させる威力がある。
「ま、いっか。これでも驚かすくらいは出来そうだし」
かなり恐ろしい事をサラリと言って、意外と重量のある手榴弾をデイパックに放り込み、軽々と
担ぐ。彼女も色々な意味で常人ではないかもしれない。
「さーて。早いとこ乱馬と良牙君を捜して、あの変態を懲らしめてもらわないと」
あかねは許婚と友人を捜しに道なりに歩き始めた。どうやら九能は当てにされていないらしい。
「殺しあって、生き延びた奴が一番。化け物のくせに分かり易くていいネェ。まあ、俺様は
金さえ手に入れば他の奴がどうなろうと関係ないしな」
あまり大きくも無い建物の一室で、安っぽいスーツに身を包んだ金髪の白人中年が誰も
いないのにオーバーリアクションで呟いた。
彼の名はトニー・ベネット。超能力の一種である発火能力が自慢の元CIAだ。殺人を楽しむ
彼にとって、このゲームは弱いものイジメの舞台でしかない。もちろん彼がイジメっ子だ。
もっと強いイジメっ子からは上手く逃げながら、弱い子をイジメようと企んでいた。
残忍かつ狡猾ではあるが色々な意味で非常に解りやすい性格をしているといえる。
「おおっと、最初の獲物はあのジャパニーズガールか」
二階の窓から外を見下ろせば、日本人学生であろう少女がキョロキョロと辺りを見回しながら
歩いているのが見えた。それが天道あかねという少女だとは知らないし、知る気も無かった。
「ヘイ、お嬢ちゃん。運が良いな。天国へ一番乗り決定だぜ。ひゃっひゃっひゃ」
ベネットは二階の窓から路上に降り立つと、天道あかねに高らかと宣言する。やってる事は
無意味だが、相手に絶望を与えて精神的にも痛めつけたいという彼の願望だった。
当然、あかねを戦闘力など無い小娘と侮っての行為である。確かにあかねの戦闘力など大した
事はない。だが外見で実力を判断するは彼の驕りと甘さであろう。
「な、なに言ってんのよ! どーせあんたも変態連中の仲間でしょ。近寄らないでよ!」
突然十m弱の場所に現れたベネットに驚いたあかねは、必要以上に大きな声で怒鳴り返して
身構えた。これでも無差別格闘天道流の師範代である。もっとも師範である父・天道早雲以外は
自分だけの流派なのだが。
「そんなに身構えるなって。俺はガキの色気の無い身体には興味ネェーんだからよ」
「誰がペチャパイで寸胴で色気が無いですって!」
「そこまで言ってネーし、気にスンナって。すぐに黒焦げのガリガリになるんだからよ」
「はんっ!、ダイエットなら間に合ってるわよ! オジサンこそビール腹を何とかしたら?」
あかねは軽口を叩きながらも少しづつ間合いを離している。ベネットの下品な笑いを生理的に
受け付けないせいもあるが、妙な余裕が気に掛かった。変な特技や支給品を持たれている
可能性も考えれば、とりあえず『お前を殺す』と宣言している相手から離れるのは当然だろう。
ちなみにベネットは英語で、あかねは日本語だが何故か会話は成立している。細かい事は
気にしてはいけない。きっと二人とも語学力に長けているのだろう。
「まあ、そういうなよ。タップリ脂肪を燃焼さてやるからよ!!!」
ボォンッ!
ベネットの掛け声と共にあかねの目の前に背の丈ほどある火柱が立った。ベネットの発火能力だ。
「こ、こんなもんで驚いてたら無差別格闘なんて出来ないわよ!」
あかねは気丈に怒鳴り返すが、その目は半分涙目になっている。火柱など見慣れているだろうが、
やはり目の前に出されると本能的に恐怖を感じてしまうようだ。普通の少女なら悲鳴を上げて腰を
抜かしても可笑しくない。
「その割りにゃ、今にも泣き出しそうだぜ。可愛い悲鳴で恋人でも呼んでみるかい?」
(チッ、発火地点が手前にズレやがった。火勢も弱ぇ。変な気配が邪魔してやがる)
一箇所に念を集中すれば人体も一瞬で炭化させる威力を持が、多少条件が異なるようだ。
目の前の生意気な小娘を火達磨にするつもりが、どうも白面の者の妖気でベネットの発火能力が
弱まっているらしく、的を外したようだ。
「こ、恋人なんかじゃないわよ、あんな奴!!」
ボォンッ!
そうベネットを殴ろうと前に出た瞬間、一瞬前まであかねのいた場所で炎が巻き起こった。
本来、あかね程度の格闘家が回避できる攻撃では無く、ベネットが弱まった発火能力に
戸惑っている御蔭で偶然回避できたに過ぎない。
「ちょこまかすんじゃねぇ!!!」
ボォンッ! ボォンッ! ボォンッ! ボォンッ!
ベネットが凄い形相で睨み付けると、周囲に複数の炎が同時に巻き起こった。下手な鉄砲も
数撃ちゃ……という事らしい。続けて炎を撒き散らすが、思ったよりも発火能力に伴う精神疲労が
大きいらしくベネットはゼェハァと息を切らしている。
「キャッ!!」
その中の一つがあかねに当たったらしく、炎の向こうから短い悲鳴が聞こえた。一発当てれば
小娘などどうとでもなる、そんな風に考えたのだろうか。肩で息をしていたベネットが、ニヤリと
イヤラシイ笑みを浮かべて余裕を取り戻す。
「ひゃっひゃっひゃ。観念して…大人しく…ウェルダンになり……うひゃ!」
脅し文句の途中でベネットは炎の向こうから高速で飛んできた握り拳大の物体を辛うじて避けた。
負傷した少女が石でも投げて抵抗の意思を示したようだ。もう少し反応が遅れたら頭部に直撃を
貰っていただろう。腐っても元CIAのスプリガン。無差別に炎をばら撒いた為、視界が悪く
なったのは仕方がないが油断した言い訳にはならない。再度、炎の向こう側から飛来する物体を
今度はシッカリと察知する。
「だから観念しろって言って…るだろうがっ?!!」
激昂し炎を叩きつけ撃ち落そうとする。怒りに身を任せた代償だろうか、飛んできた物体が
石ではなく手榴弾だと言う事に気付いたのは、炎を叩きつけるのと同時だった。
「ちょ、ま!!」
チュドーンッ!!!
バンザイしつつも両手の中指と薬指だけを折り曲げて派手に吹き飛ぶベネットの姿は
様式美とでも言えばいいのだろうか。
「ふざ…けんじゃ…ねえぞ…小娘!!!」
咄嗟に炎で身を守ったのか、爆発で数mも吹き飛ばされた割に軽症なベネットが勢い良く
起き上がる。体の傷は軽くともプライドには大きな傷が付けられたようだ。だが視界に写ったのは
薄れ掛けた炎、そしてスタコラと遠くに逃げて去る少女の後姿だった。その姿は小さくなっており
今から追っても捕まえられないだろう。自慢じゃないがベネットは体力のある方とはいえない上に
度重なる発火能力の使いすぎで息切れが酷い。
「覚えてろ…今度あったら…絶対…」
フラつくベネットが自分のデイパックから試験管のような物を取り出して中の液体を飲み干すと
途端にシャキッして気力に溢れてくるのが分かる。
「チッ、貴重な薬を使わせやがって!」
ポイ捨てされた空の試験管がパリンと砕けた。これが彼の支給品である。説明書に寄れば
ファウードと呼ばれる異界生物の栄養液らしく、服用する疲労回復滋養強壮の効果があるらしい。
説明書を読んだ時は効果が疑わしくて捨てようかとも思ったのだが、効果があると分かると
態度を急変させ貴重品扱いだ。現金な彼の性格が良く分かる。
まだ少し頭がフラつくのだが、残りは数本しかないので無駄使いは出来ないと判断したようだ。
「許さねェぞ糞ガキがっ! 次に会ったら顔をベロベロに焼いて、殺してくれと懇願するまで
ジワジワ焼き殺してやるっ!! 必ずだっ!」
ベネットと遭遇した所から数km逃げた天道あかねは物陰で、蹲っていた。
その身に受けた炎は他方に分散していたせいか火力が若干薄く、咄嗟に顔を庇った左腕は
酷い火傷で醜くただれてしまっているが、引火した上着を素早く脱ぎ捨てるなどで大事を
避ける事は出来た。逃走時は痛覚が麻痺していて気にならなかったが、落ち着くにつれ痛みが
体を蝕んでくる。
「痛いよう……お姉ちゃん、お父さん、東風先生、誰か助けてよ。………乱馬、どこにいるのよ」
いつもと違い孤独という状況が腕の痛み以上に精神に圧し掛かってきて、少女の目から
涙が零れ落ちた。
【B-4/ゲーム開始から1時間半程経過】
【天道あかね@らんま1/2】
[状態]左腕に酷い火傷
[装備]なし(制服の上着は脱いだので夏服)
[荷物]荷物一式(食料若干減、水二日分、手榴弾4個)
[思考]1.早乙女乱馬、響良牙との合流
2.ゲームからの脱出
【B-3(釜石村役場付近)/ゲーム開始から1時間程経過】
【トニー・ベネット@スプリガン】
[状態]健康(精神的に多少疲労)
[装備]なし。
[荷物]荷物一式(食料若干減、水二日分、ファウードの栄養液(@金色のガッシュ)数本)
[思考]1.弱い奴らから焼き殺す
2.ゲームで優勝する
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