絶望と希望
諏訪原戒は武士の魂を持つ男である。
如何なるときも愛刀・戒迅丸を手放さない彼はまさに現代によみがえった佐々木小次郎。
その彼が、このゲームに参加したとき一番最初にした事はランダムアイテムの確認だった。
彼に渡ったランダムアイテムは最強であり最弱であるアイテム。
運良く使いこなせれば優勝も夢ではないが、運が悪ければただの一般人にも殺されてしまいかねない効果を示す。
「使いどころの難しいアイテムだな」
使いこなすのに運が必要となれば、結局は使えないアイテムと同じである。
「やはり、このゲームで俺ができる事は一つしかないな」
彼はそう呟くと足元にある石を拾い上げ、それを叩き割る。
その破片の中で最も鋭いものを選び出し、今度はそれを他の石で研ぐ。
しばらくすると、彼の持っていた鋭い石の破片は小さなナイフのようなものに変わった。
「よし、これで刀の代わりになるな」
ナイフが出来上がった後、彼はその場に正座した。
「モニカよ、不甲斐ない俺を許してくれ。結局一度も東に勝てず、訳の分からない世界に連れて行かれ、
お前や赤子に満足な生活を与える事ができなかった。職人として、否、男として恥ずべき俺を許してくれ!」
上着を半脱ぎにして、ナイフを腹にあてがった。
切腹をするつもりである。
峰さやかは憤慨していた。
「どうして、私がこんな目に遭わなくちゃいけないのよ」
いつの間にか、変な島に連れてこられ悪趣味なゲームに参加させられる。生まれて初めての事件だ。
今までも、命の危機を感じる事件には何度も巻き込まれてきたが、今回のケースはこれまでとは違う。
「妖怪が私に憑いてるのよね……」
これまで、命の危機に脅かされたり、誘拐されたり、老婆にされたりという事件を経験してきた。
だが、監視つきで人殺しを強制された事などない。
「私に人殺しなんかできるわけないじゃない」
全くもってその通りなのだが、それでも監視されているこの状況を、殺しをしないで解決する手段など彼女には思いつかない。
「刃なら、刃なら何とかしてくれるかな?」
幼くて、少しスケベでお調子者のサムライを思い出す。彼なら超人的な剣技でなんとかしてくれるかも知れない。
「うん、きっとそうだ。刃ならこのゲームから皆を助けてくれるよ」
一度刀を握れば、文字通りの天下無双。振るう剣の力で様々な天変地異さえ引き起こす幼いサムライの力を知っている彼女は、
このゲームから脱出する希望を早くも見つけ出した。
「そうと決まれば、刃を探さなくちゃ」
「思えば短い人生だったな。せめて生まれてくる子供の顔は見たかったのだが……」
諏訪原戒は手製のナイフを握り締め、この世への別れを惜しむように呟いた。
「ちょっと、止めなさい!」
今まさにナイフを腹に刺そうという瞬間、少女の声が諏訪原に届く。
「止めるな、男には責任を取らねばならん時がある」
「責任取ることと、死ぬ事は違うでしょ」
喋りながら、少女は諏訪原のすぐそばへとたどり着く。
「止めてくれるなよ、これが日本男児の生き様なのだ」
「ふざけないで、本当の日本男児が、こんな所で諦めて死んだりしますか!」
「なんだと!」
互いに罵倒しあいながら、初めての出会いを済ます諏訪原戒と峰さやか。
だが、ここは大人である諏訪原が一歩引いた。
「いや、初対面なのにすまなかった」
「とにかく、突然切腹なんかしないでよ」
その後二人は、簡単な自己紹介を済ませお互いの状況を確認しあう事になった。
「それじゃ、諏訪原さんはパン職人なのにこんな所に連れて来られたの」
「あぁそうだ。パン職人として、そこそこの成功を収め、子供もでき、人生これからだという時に連れてこられた」
「そうなんだ。でも、だったらなおさら、死んじゃダメじゃない!
恋人のためにも、生きて帰らないと。生まれてくる子供だって、お父さんの顔を知らない子になっちゃうよ」
フッ、とため息をついて諏訪原が言う。
「簡単に言うな、お前はここから抜け出す具体策でもあるのか?」
「そりゃ……今のところは全くないけど」
「ならば、死ぬ以外に道はあるまい。どうせ、自殺か他殺かの違いしかないのだからな」
「どうして、そうなるのよ。私の知り合いに鉄刃っていう凄いサムライがいるから、
絶対に逃げ出せるしさァ。いきなり諦めるなんて男らしくないよ」
「ほォ、その男は強いのか?」
この監視されている絶望的な状況から逃げ出せる程に。と心の中で付け加えたが、敢えて口には出さなかった。
「強いわよ、こんな所ですぐ絶望して切腹するような日本男児より百倍、うぅん、一万倍は強い」
「この状況では強さなど何の役にも立たないかもしれないんだぞ。いや、場合によってはお前が殺される事も考えられる」
「刃は単に強いだけじゃないんだもん。ちょっとお調子者で、スケベな性格だけど皆の味方よ」
さやかとて、口に出さずとも分かっていた。単純な強さや性格だけでは、この島から抜け出せない事を。
刃が強ければ強いほど、一人の生存しか許されない世界ではいずれ自分にその強さが降りかかって来るかもしれない。
そんな事、さやかだって分かっているのだ。
それでも、さやかは刃を信じている。それは理屈ではない。
一方で鉄刃を知らぬ諏訪原は、さやかのいう事を信じきれない。
大体、ここから逃げ出せる希望を持つものなら、なぜ捕まったりしたのか。
外の世界から、その男が助けに来るなら分かる。だが、実際にはその男も自分と同じく主催者に捕まった被害者ではないか。
そんな者を信用できるというのか。いや、できる筈がない。
それならいっそ、与えられた支給品を用いて運任せの優勝を狙ったほうがマシというものだ。
諏訪原は自分に与えられた水を思い出す。
異なる変身能力を持った水がペットボトルに入っており、中の水を浴びることで、何かに変身できる。
変身する事ができるのは、アヒル・猫・闘神阿修羅・善人・双子・若い娘などのどれかであるが、
どれに変身するかは全く分からない。
強い参加者を、運良く善人にする事ができれば、心強い味方を得る事ができるし、
若い娘や猫に変えてしまえば諏訪原の力でも倒す事ができる。
だが逆に、強い参加者を双子に変えてしまったら、絶望しか残らない。
それがこのアイテムの難しいところだ。
だが、そうは言っても峰の話を丸呑みして鉄刃を頼るのもどうか。
結局のところ、諏訪原には妙案など浮かぶはずもなく、やはりできる事は切腹しかない。
「峰、お前の話を聞いても、やはり俺には強いだけの少年には希望が持てない」
「何でよ、単に強いだけじゃないって言ってるじゃん」
「強さと性格、どちらもこの状況では役に立たんと言っとるんだ。
もし、脱出の手段が見つからず、お前と少年の二人だけが残されたらどうするつもりだ」
「どうって、言われても……」
「その少年の強さがお前の身に降りかかるのか、あるいは、その少年がお前を助けるために自殺するか。
どちらにせよ、悲惨な最期しかない」
「そんな事、最初から決め付ける事ないじゃない!」
僅かな希望になど、すがるつもりはない。潔く切腹する事こそ武士の誉れ。
「ふん、なんとでも言え」
再び、諏訪原は正座し、切腹の体勢をとる。
「止めなさいって!」
諏訪原手作りのナイフを横取りし、さやかはそれを遠くに放り投げてしまった。
「諦めるのは、刃に会ってからでも遅くないでしょ」
しばらくして……
結局、さやかが諏訪原を押し通し、二人で刃を捜索することになった。
もちろん、諏訪原は何かあったらすぐに切腹する腹積もりである。
【E-7 山間部/早朝】
【諏訪原戒@焼きたて!ジャぱん】
[状態]健康
[装備]なし
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)、呪泉郷の水六種
[思考]1.鉄刃を捜索する。
2.場合によっては切腹する。
【峰さやか@YAIBA】
[状態]健康
[装備]なし
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)、支給品(不明)
[思考]1.鉄刃を捜索する。
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