推理をしない名探偵
「あー、かったりー。人をワケ分からんアトラクションなんぞに巻き込みやがって。
最近こーいう残酷系のイベントって流行ってんのかぁ?」
シーンと静まり返った廃校舎の中、スーツを着たチョビ髭の男がボヤキながら歩いていた。
暑いのだろうか、上着を片手に持ちネクタイをだらしなく緩め、空いた手を団扇代わりにしいている。
男の名は毛利小五郎。世間では『眠りの小五郎』と呼ばれ、数々の難事件を解決してきた名探偵だ。
どんな裏話があっても世間が名探偵を思えば一応、名探偵には違いないのだ。
そしてその名探偵がこの殺人ゲームをアトラクションと勘違いしているワケがない。
不本意なことだが、人が死ぬのを見るのは慣れている。あの場の少女殺害が狂言でない事もわかる。
この異常な状況を頭では理解しているのだが、まだ何処かで『イベントか何か』ではないかと現実逃避を
しようとしているだけだ。殺し、殺される状況に慣れていない一般常識人としては当然の事だった。
「誰かいませんかーっと、こんな状態じゃ誰もいるわけねぇか」
小五郎は教室のドアを順に開け、声を掛けて回る。歩くたびにギシギシと五月蝿く鳴る木製の廊下は、
一目見れば長いこと誰も通っていない事が分かるくらいに厚く埃が積もっていた。
「んん!? なんだぁこりゃ?」
突然、何かを見つけたかのように小五郎がキョロキョロと辺りを見回す。誰もおらず、何もない。
しかし小五郎は扇いでいた手で顔を抑え、大きな溜息を吐いた。
「もしかしてコレが秘密道具とか言う奴の効果かよ? まいったなコリャ」
ディパックに入っていた支給品、その説明書の内容を思い出す。冗談とばかり思っていた効果が
本当に現れている。それは頭の何処かで否定していた異常な状況を肯定する決定的証拠といえた。
どんなに怪しく異常な状況でも導き出される答え、そう真実はいつも一つなのだ。
「これじゃ早いとこ蘭達を捜さないと不味い様だな。と、その前に………」
上着を着つつ浅く深呼吸をするとネクタイを締め直す。その手に小さな指輪がキラリと輝いていた。
廃校舎の周辺、立ち木から立ち木へ素早く飛び移りながら移動する美女がいる。割と露出度の高い服に
銀髪、手には長めの日本刀を携えている。鋭い眼は爛々と輝き、爬虫類のそれを訪仏させた。
外見年齢はちょっと高く、清純派ヒロインは無茶だろうがボンキュッボンのナイスボディでお色気担当の
お姉さんとしては一線を張れるに違いない。
名はメドーサ。竜神メドーサ。魔界からやってきた彼女に常識というか倫理観は薄く、殺し合いと
いう内容についても大して気に留めていない。楽しければそれで良いじゃない。そんな彼女の考え方を
簡単に言うと『長いものには巻かれろ』と言った感じだ。魔界という能力主義の世界の住人としては、
強い奴には逆らわないのが普通であり、役立たずに生きる価値はない。それは他人に対してだけでなく
いつ自分にも降りかかるか分からない命題だ。
(あの場にはハッキリと分かるだけでも十人以上の強敵がいた。アタシだってバカじゃない、一人で
勝ち抜けるなんて思っちゃいないさ。精々、強敵同士で殺しあってりゃいいさ)
日頃から生存競争が繰り広げられてきたのだから異常な状況ではなく、分かりやすいとすら言えた。
もしかしたら下級魔族を集めて殺し合わせる、なんて魔界では日常茶飯事だったのかもしれない。
そう考えると魔界って怖い所だが、そのトップはデタント(戦力縮小)で天界のトップと談笑しながら
麻雀してたりするから、世の中って奴は奥が深い。
(逆にハッキリと分かる雑魚どもも沢山いた。贅沢すぎる玩具はアタシが代わりに使ってやるさ)
そう自分の携える日本刀を見つめた。説明書を読んで試してみた限りでは、かなり使いやすい部類に
入る武器に思える。雑魚にもこんな武器などが配られているなら、それをかき集めれば勝機は上がる。
要約すると『漁夫の利を狙いつつ、雑魚を倒してアイテムゲット作戦』である。
流石は悪役、考える事がセコイ。いや効率的だ。美神令子と張り合っただけの事はある。負けたけど。
そうこうしている内にメドーサの鋭い眼が廃校舎の廊下を歩く冴えない中年男・毛利小五郎を捉えた。
(見つけた! 最初の獲物はアイツだ。強そうな気配は全く無い。初撃で確実に仕留めてやる)
メドーサは立ち木から一足飛びで廃校舎まで迫ると、壁を一気に駆け上がる。
完全に死角から現れたというのに彼女が窓ガラスを叩き割る直前、ネクタイを締め直し終わった小五郎の
視線が確かに彼女を捕らえていた。
ガシャン!!
ガラスを砕くと同時にメドーサが日本刀を男に向かって突き出す。必殺の間合いだ。
「一匹目、貰ったぁ!」
だが、そう叫んだ彼女への返答は背中への衝撃と天井。そして笑顔を浮かべるチョビ髭の男だった。
「大丈夫ですかな、お嬢さん。突然、美人が飛び込んできたものでビックリしてしまって……」
濛々と立ち込める埃の中、小五郎は廊下に倒れたメドーサを抱き起こすと服についた埃を払う。
あくまで紳士的に決して変なところは触っていないと思う、多分。そのシリアス顔の内心では
『し、死ぬかと思った!』とか『フフッ、バッチリ決まった。これぞ、ハードボイルド!』なんて事を
考えてたりするが美人の前では表に出さない。流石はカッコイイ探偵になりたくて警察を辞めた男。
「????」
何が起こったのか分からずメドーサは鋭い眼をキョトンと丸くする。意外と可愛らしいかもしれない。
「……貴様、何をふざけた真似を!」
呆気に取られていたメドーサがようやく我に返り、素早く跳び下がって構えるも手に日本刀が無い。
「探し物はコレですかな?」
日本刀は小五郎の向こうに刺さっている。恐らく抱き起こした際に取り上げたのだろう。彼にしては
抜け目が無い。飄々と笑う小五郎をメドーサの眼が一層鋭く睨み付ける。
(武器が無ければ素手で殺せば良いさ。コイツはただの人間だ!)
「ストップ、ストップ! そんなに睨んじゃ可愛い顔にシワが出来ちゃいますよ、おじょ〜さん」
「誤魔化すなぁ!!」
激昂のした怒鳴り声と共に放った貫き手が小五郎の首を貫く、はずが又もメドーサが宙に舞う羽目と
なる。今のは一本背負いか。メドーサも今度は廊下に叩きつけられる前に、空中で体制を整え着地する。
「貴様、ただの人間じゃないね! 何者さ!」
自分が優位と思っていたメドーサの背中に冷たいものが流れた。妙な妖気の影響か、妖術関連は
軒並み使い物にならない程に弱体化している上、消耗が激しすぎて切り札の『超加速』も満足には
使えないだろう。だが身体能力はさほど影響されていない。だからこそ小五郎が自分の攻撃を二度も
回避し、反撃できた事に驚愕しているのだ。一度は偶然でも二度目は必然だ。
「残念ですが極一般的な日本人ですよ。ちょいと推理力に自信があるんで、探偵やってますがね」
そう言いながら懐に手を入れた。それにメドーサが反応するが、迂闊には踏み込めないと学習した
のだろうか、それとも逃げる機を狙っているのかジリジリと位置を変える。
「そんなに警戒されても困りますなぁ。そう言うお嬢さんこそ、タダの人間ではないのでしょう?」
小五郎は内ポケットから出したタバコに火を点けると、一吹かしして質問を投げかけた。
「当ててみな、迷探偵」
「ふーむ。最初は天使かと思ったのですが、そのスタイルを見る限り私を誘惑に来た悪魔ですかな?」
「ハンッ! 的外れだね、下級悪魔と一緒にするな」
話しながらも、メドーサは警戒を解かずジリジリと移動する。
「装飾品などからすれば神仙の類ですかな? 鱗や瞳を見るに蛇、いや竜神の関係者ですかな」
「………?!」
図星を突かれメドーサが、ギョッとするが直ぐにまた睨み返す。
「だからお嬢さん、そんなに睨まないで。仲良くしませんかねぇ? 妙な事に巻き込まれて血気に逸る
気持ちは分かりますが、お互い恨みがあるでも無いし。こんな状況だからこそ協力しましょうよ」
どこまでも飄々とした笑顔を崩さない小五郎の気圧されるたのかメドーサが一歩下がる。
「うるさい、他人なんて信用できるか! アタシは今まで一人でやってきたんだ!」
またも怒鳴り返すメドーサ。さっきから小五郎に主導権を握られっ放しである。
「だからって弱いものイジメしてたって、他のイジメっ子には勝てませんよ。先生に言いつけるか
集団で反旗を翻さないとね。タイマンじゃ勝てないって、お嬢さんも分かってるんでしょ?」
まるで気にせず小五郎は続ける。その余裕こそがメドーサを躊躇させた。
(協力とか奇麗事いってるお人好しが生き残れる世界じゃないんだよ! 実力の無い奴は利用されて
捨てられてお仕舞なんだよ! この甘ちゃんが!)
自分より格上(かもしれない)には口に出せないところが、染み付いてしまった悲しい下っ端根性か。
「いやいや、別に無条件の協力じゃなくて、ギブ&テイクで良いじゃないですか。無理しない程度にね。
一人では出来ないことだって、二人なら出来ることがあるかもしれないじゃないですか」
メドーサの表情を読み取ったのか小五郎が付け加える。
「強いお嬢さんは戦闘で、私は推理で、お互い足りない所を助けあえば良いんですよ。弱くったって
徒党を組めば捨てたもんじゃありません。三本の矢とか三人集まれば文殊の知恵とか言いますしね」
小次郎が喋っている途中、ジリジリと移動を続けたメドーサが遂に日本刀に辿りついていた。だが、
再び飛び掛ろうとはしない。
「アタシがアンタを利用する。アンタもアタシを利用する。そういうことかい?! いつ裏切って
後ろからバッサリいくとも限らないよ?! それでも良いってのかい?」
引き抜いた日本刀の先を小五郎の眼前に突きつけ、メドーサが問いかける。武器を手にしたからか、
協力するなら立場を同等にしたいのか、不敵な(ちょっと無理矢理っぽい)笑顔を向ける。
「ご自由に。そんな事はないと願っていますよ。ところで、お名前を伺っていませんでしたな」
どこまでも余裕タップリな小五郎をメドーサは吠え面かかせてやるとニヤリ笑う。
「アタシは竜神メドーサ。コイツは『妖刀・物干し竿』ってのさ……伸びな、物干し竿!」
メドーサの掛け声と共に物干し竿と呼ばれた日本刀の切っ先が一瞬にして伸び、小五郎の頭のあった
場所を通り過ぎた。
「ほほう、伸縮自在の妖刀とは。物干し竿といえば剣豪・宮本武蔵のライバル・佐々木小次郎の
愛刀として有名ですが……ふむ、便利なもんですな」
ヒョイと首を傾けて切っ先を避けた小五郎が物干し竿に紫煙を吐き掛けつつ、時代劇から得た知識を
披露した。その様子にメドーサは眼を丸くして驚く。二度ならず三度目。もはや認めぬ訳にいかない。
「アンタ……一体、何者だい?」
その問いに小五郎は、ゆっくりタバコを深く吹かしてから答えた。
「毛利小五郎……探偵ですな」
「……(ふふ、決まった。ん?)ウァアチチチチッ!」
突然、小五郎が悲鳴を上げた。話が長かったからか、持っていたタバコの火で火傷したのだ。
燃え移らないように慌てて取り落としたタバコを踏み消す。
「いやぁー、やはり決まり切りませんなぁ。ワッハッハッハッハ」
先ほどまでのシリアスさの欠片も無い緩んだ顔で小五郎は高笑いをした。
「……アッハッハッハッハ!」
メドーサは不意に笑いが込み上げてきた。何が可笑しいのかは分からないが、自分の価値観が一部
崩れたのを感じた。
「面白い奴だね小五郎! 良いさ。使えるうちは利用してやるよ。精々役に立ちな」
「それは助かりますな。それと………やはりお嬢さんは笑った方が可愛らしい」
「………ちょ、調子に乗るなっ!」
メドーサが照れ隠しに放った平手打ちが小五郎の顔に綺麗な跡を付けた。
「アイタタタタ」
手形の付いた顔を抑える手には長い事つけていない結婚指輪とは違う、別の指輪が光っている。
「そういや小五郎。アンタの支給品はどんな武器なのさ?」
「武器? いーえ武器なんて支給されませんでしたよ。私のはタダの宝石でしたな」
「はぁ?! タダの宝石だって?」
ポカンと口を開けたメドーサに小五郎はチラリと指輪を見せる。
「タダじゃなくて高価そうな宝石ですがね。女性を口説く武器にはなるでしょうが、この状況では……」
「ランダムってハズレも在るんだねぇ。アタシは刀で良かったよ。ま、その内に良い事もあるさ」
メドーサが同情してくれるが、普通の宝石なんて大嘘だ。特殊な力を秘めた魔道具と呼ばれる物。
指輪型魔道具『心眼』である。周囲の意識を読み取るその力が必ずプラスに働くとは限らないが、
一対一の状況下や交渉事には無類の効果を発揮する。今までメドーサの意識を読み取っていたのだ。
というかそれじゃ推理でも何でもないだろ!
『しー。内緒だからな!』
かくして騒がしいコンビがまた一組、ここに結成された。
【G-3@平瀬村分校跡(廃校内)/早朝】
【毛利小五郎@名探偵コナン】
[状態]健康
[装備]魔道具「心眼」@烈火の炎
[荷物]荷物一式(食料・水二日分)
[思考]1.蘭&チビっ子達との合流
2.ゲームからの脱出
【メドーサ@GS美神極楽大作戦】
[状態]健康
[装備]妖刀・物干し竿@YAIBA
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.小五郎を利用して状況を有利に運ぶ
2.生き延びる
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