雪解けと炎
“死の宴”と言われた殺し合いの場に放り込まれてから一時間と少し。
レスターヴァの王女・スノウは山中を歩き回っていた。
(私、どうしてここに来ちゃったんだろう……)
気が付いたら人が一杯いるあの部屋にいて、突然綺麗な人が出てきて女の子が殺されて。
そして次に気が付いたら、見渡す限り木、って感じのここにいた。
(ギンタとドロシーはどこにいるんだろう……)
とりあえず確認した名簿には、大切な仲間の名前が二つあった。
ギンタもドロシーもすっごく強いから大丈夫だとは思うけど……でも、私みたいにARMがなくなっちゃってるかもしれないし……。
不吉な想像をしてしまい、慌ててふるふると頭を振る。
(大丈夫だよ!信じなきゃ!ギンタもドロシーも死なない!)
キュッ、と唇を噛みしめ、スノウは更に足を早める。
早く会いたい。
そしてこんな殺し合い、絶対に止めなきゃ!!
そして早くメルヘブンに帰るんだ!
だってだって、私の戦う場所はここじゃないもん。
私の戦う相手はチェスで、ここに集められた知らない人達じゃないもん。
それにもう一つあった、知っている名前。
イアン。……チェスのイアン。
彼はきっとギンタを探して殺したがるはずだ。
ギンタなら大丈夫だと思うけど、やっぱり近くにいて助けたい。
木の根につまずきながらもスノウは一心に北を目指す。
この急な斜面といい、辺り一面の木といい、ここは多分この地図の真ん中の神塚山ってとこだ。
この山の北に向かえば道があるし、その道に沿っていけば鎌石村って所に辿り着ける。
きっと、村に向かうのは自分だけじゃないはずだ。
ギンタもドロシーも向かうかもしれない。
二人に会えなくても、この殺し合いを止めなきゃって思っている人が集まるかもしれない。
僅かな望みを胸に歩き続けるスノウの視界に、ふと何か動く物が映った。
足を止め、そちらの方を見ると少し離れた所に小さな木の家がある。
「……あ」
もっかい動いた。
小屋の窓の中で、誰かの影が。
(……どうしよう……)
少しの間迷い、スノウは進路を小屋へと変更した。
一応、武器を手に持っていた方がいいのもしれない。
けど、支給されたあの剣は明らかによくない感じがした。
あのチェスの兵隊みたいに、殺し合い大好きって人があの中にいるかもしれないから、ARMがない今、どんな武器でも持ってたほうがいいのかもしれないけど……。
だけど。
(大丈夫!)
ぎゅうっと拳を握り、意を決してドアの前に立つ。
大丈夫。世の中、悪い人ばっかりじゃない。そう信じてる。
大きく深呼吸をし、コンコン、とノックする。
――――――――返事はない。
もう一度ノックをしてみるけどやっぱり返事はない。
「あのっ……私、スノウって言います!私、誰かと殺し合いなんてする気ないです!」
殺し合いなんて嫌。
戦うって決めたけど、人を殺すなんてしたくない。
スノウの言葉をどう思ったのか、小屋の中で何かが動く気配がした。
ギ……と軋んだ音を立ててドアが細く開く。
隙間からスノウを覗いたのは、少し年上に見える男の子だった。
「あ、あのっ……」
何か言わなきゃ。せっかく開けてくれたんだから何か……。
「は、はははじめまして!」
慌ててしまったせいで見事にどもったスノウに、それまで彼女を訝しげに見つめていた少年がプッと吹き出す。
「……はじめまして。俺は上杉和也。……中、入る?」
爽やかに微笑んだ彼につられ、スノウもにっこりと笑う。
「はい!」
(よかった……悪い人じゃなさそう)
無意識のうちに強張らせていた肩から力を抜き、スノウは小屋の中へと足を踏み入れた。
「こっちにどうぞ」
部屋の隅に藁とハンカチでスノウの椅子を作った和也が、彼女を手招きする。
(なんか、紳士的な人だなぁ)
小さな心遣いに感謝し、勧められるままにそこの腰掛けたスノウは物珍しげに室内を見渡した。
「君は……どうしてこんなことになったか知ってる?」
和也の問いにスノウはふるふると首を振る。
「あの、メルヘブンって知ってますか?」
今度は和也が首を横に振る。
「じゃあ、ここってもしかして……ギンタのいた世界なのかな……」
う〜んと首を捻りながら、スノウは和也に自分の元いた世界・メルヘブンの事を話し始めた。
思っていたよりも長くなってしまった話を終え、スノウは長く息を吐いた。
穏やかな笑顔のこの人……和也さんが聞き上手のせいなのかもしれないけど、いっぱい色んな事を話しちゃった
ふぅ……と再び息を吐いたスノウの目前に、スッと水の入った容器が差し出される。
「喉乾いたでしょ?どうぞ」
「え、あ、でも」
これは和也さんのお水なのに。
困惑しながら見つめ返すと、和也さんはにっこり笑っている。
「君はギンタ君とドロシーさんを探したいし俺は兄貴と南を探したい。だから一緒に行動しようって今二人で決めたよね?」
和也さんの言っていることは正しいので、コクコクと頷く。
「だったら俺たちの荷物を一つと考えてできるだけ節約していった方がいいだろう?あ、それとも」
そこで言葉を区切った和也さんは、クスリと笑った。
「ギンタ君のために他の男と間接キスもするわけにはいかない?」
「えっ、えっ、えぇ?!」
ボンッと音を立てて、スノウの脳裏に氷の中から助け出されたときに起きた“事故”が甦る。
シュウゥゥゥ……と真っ赤になったスノウを見て、和也は今度は声をあげて笑った。
「お、お水いただきます!」
恥ずかしさと照れくささを誤魔化すように和也から容器を受け取り、口を付ける。
「……あれ?」
二口ほど水を飲んだところでスノウは顔を上げた。
「どうしたの?」
「このお水、なんか…………ごほっ……ごほっ」
なんか、喉が引きつる。咳が、咳が止まらない。
ごほっ
げほっ
――――――――――――――――――――ごぷっ
咳と共に溢れ出した血がスノウの口元を染める。
(喉が……体が熱いよぅ……!なんかヘン……!!)
上体を支えきれなくなって体が横たわる。
落としかけた容器を、和也さんが器用に受け取る。
「か……ずやさ……」
どうしちゃったの、私。どうなってるの。
わけがわからなくなって、頭の中がグチャグチャになちゃってる。
どうしたんだろう。どうしたんだろう。何があったんだろう。
体が思うように動かず、瞳だけで和也を見上げたスノウは、驚愕に目を見張った。
彼は微笑んでいた。穏やかに。爽やかに。
(まさか……和也さんが……?)
伸ばした手が力を失い、床に落ちても和也は微笑んだままだ。
(私……死んじゃう……?……ギンタ……!!)
不思議な縁で出会った、大切な大好きな少年の笑顔が鮮やかに心に浮かぶ。
それを最後に、スノウは覚めることのない眠りへと落ちていった。
ふ……と一つ息を吐き、和也はスノウの手首を取った。
脈はない。
完全に死んでいる。自分が――――殺した。
後悔はしていない。
だって。
「……南……」
和也の最期の記憶は血の色だった。
少女をかばって車にはねられた自分。
死んだはずだった。あの瞬間、確かに自分の死を確信していた。
それからずいぶんと長い間眠っていたような気がする。
なのに気が付くとあの大きな部屋にいたのだ。
(ここが死後の世界なのかな)
そんなことを思い部屋を見渡す。
比較的後方にいたため、室内を見渡しやすい。
そして――――――――見た。見てしまった。よく知っている二人の人間。
「あに」
兄貴、南、と駆け寄ろうとした和也は最初の一歩を踏み出すことが出来なかった。
並んで立つ二人が、自然に……極自然に手を繋いだのだ。
それだけで和也はわかってしまった。
二人がただの幼馴染みではなくなってしまっていることに。
記憶にあるよりもずっと女らしく、綺麗になった幼馴染み。
記憶にあるよりもずっと男らしく、逞しくなった双子の兄。
時間を止められてしまった自分とは違い、確実に成長を遂げた二人の姿に衝撃を受けた和也の心は、次に瞬間一気に燃え上がった。
嫉妬。羨望。そして……絶望。
「南が兄貴を好きだって事、ずっと前から知ってたよ……」
自分が殺した少女・スノウの死体を見下ろし和也は呟く。
「それでも好きだったんだ……」
精一杯全力で兄貴と争って、それでも南が兄貴を選んだのならきっとこんな風には思わなかっただろう。
でも、現実はそうじゃない。
俺だけ理不尽に退場させられたんだ。
だから。
「南は俺が守るよ」
そして。
「兄貴は俺が殺すよ」
俺が死んで南は兄貴を選んだ。
なら、兄貴が死んだら。
「南……」
どんな結果になるかはわからない。
でも、やってみなきゃわからない。
だから。
俺は。
ポケットから粉の入った小瓶を取り出し、ジッと見つめる。
中身は青酸カリ。和也の支給品。
スノウに飲ませた水にはこの小瓶の半分ほどの量が溶かされている。
容器のふたを閉め、リュックにしまう。
『あまり良くない物』とスノウが言っていた彼女の支給品・闘鬼神と荷物を自分のリュックにつめ、和也は小屋を出発した。
心の炎は燃え上がる。
目指すは双子の兄と幼馴染み。
この世で一番大好きで――――大嫌いな人達。
【F−5・神塚山/早朝】
【上杉和也@タッチ】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】荷物一式(食料&水二日分)×2、青酸カリ入りの水、青酸カリ(半分消費)、闘鬼神@犬夜叉
【思考】1、南以外の参加者殺害
2、兄・達也は自分の手で殺す
【スノウ@メル】死亡
【残り64人】
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