大妖怪、地に降り立つ






ゲーム開始から三十分ほど。
一人の女性が一匹の狂える狩人から必死に息を荒げつつ逃げ続けていた。

「はっ…ハ…ッ…」
「ヒャハハハハッ!お前何故逃げる!?」
「くっ!?逃げるに決まってるでしょーが!!この(ピー)野郎!!」
「お前、身のこなしなかなかイイ!ただの普通の女違う!」
「ハ…ハァッ…!あーもうっ!幽霊・妖怪退治ならともかく!いくら化け物みたいなのでも、人間相手は専門外なのよ!!」

半ば悲鳴に近い声で反論しながらも必死に走り続けるその女性――美神令子。
すぐ後ろから迫りくる狩人の男から常に否応無く感じさせられる『とてつもなく凶悪な殺気』に背筋を凍らせながら、まるでアクション映画さながらの激しい逃走劇を繰り広げる。

「人間?違ウ!門都、ただの人間違ウ!!」
「見りゃ分かるわよ!そんな変な仮面つけてりゃ!!」

後ろに振り返る余裕もなく、小さな柵を身軽に飛び越えて開けた場所に出る。
なおも全力で逃げ続けるが追跡者・門都と名乗る狂人との距離は一向に離す事が出来ない。
おそらくは逃げる獲物を追い詰める事自体を楽しむかの如く、あえて追跡の手を抜いてつかず離れずの距離を保っていると考えられる。

「ヒャハハハ!楽シイ!強い奴と戦う、俺の全て!ここ、好きなだけ戦い楽しめる!最高ダ!!」

「ふざけんじゃないわよッ!(なんだってこの私がこんな目に遭わなきゃいけないわけ!?)」


――――――――――――――――――――


一方、美神がその逃走劇を繰り広げている頃――奇しくも二人のある者たちが同じような追跡と逃亡を繰り広げていた。

「この人間!さっさと諦めてワシの朝飯になれ!」
「お!お断りしますわッ!!私なんか食べても美味しくありません!!!」

低空を飛びながら追い続ける金の毛に覆われたその化け物に向け、慣れない手つきで弓を携え矢を幾度も放ち牽制しながら逃げ続ける女性――鈴子・ジェラード。

「ワシにそんなもん通用しねえよ。…って、まだ逃げるのか?やれやれ…」

その体や能力に不思議な制限を掛けられていて空中をあまり高くも速くも飛べなくなっている事に気付きながらも、一本や二本の貧弱な矢を受けたところでどうという事はない――
そんな自信を持ちながらも、一応ひらりと身を翻し緩やかな弧を描く矢を避けて相手に視線を送ると…再び己に背を向けて小さくなっていく鈴子の姿に小さくため息を漏らしてまた追跡を開始する。

「………(ったく、面白くねえ…ろくに力が出やしねえ。白面と戦るのはこんな調子じゃまず無理だ。まずは腹ごしらえでもしてワシ本来の強さを取り戻さなきゃならんからな…)」


忌々しい白面のあの嫌な笑みを思い出し、小さく舌打ちをするその金色の妖怪――とら。
潮と共に戦い、決着を着けたはずの白面の者がまだ生きていた事実。消滅したはずの己がなぜかこの白面主催の遊戯に参加させられている事実。
それらの謎は解けないが、今の現状を打破するためには何より力が必要。
そのためだと己に言い聞かせながら目の前の人間の女を喰らう為に追い続けるが…あの潮の顔が脳裏をよぎる。
その躊躇もあってか、その追う速さはあまり速いものではなかった…。


「…ん?ようやく観念したか。って…何だ?」

逃げていたはずの鈴子が立ち止まって前方に意識を奪われている。
とらもその視線の先を見ると、そこには息も絶え絶えにこちら側へと走り来る長髪の女性の姿と――

「ヒャハハハハ!」

「…妖怪…じゃねえ。人間か…」
「ま、また化け物!?女の人は…もしかして、追われてますの!?」

予想外の事態の連続到来に動揺が隠せずうろたえて立ち尽くしてしまう鈴子。
前門の虎、後門の狼とも言える最悪の状況である。


「クッ!?しまった!また敵なの!?」
「ヒャハ、増えた!獲物増えた!!」
「………(殺る気満々の雑魚人間か。さて、ワシはどうするかな…)」

鈴子ととらの姿を見つけた両者は共々に違った反応を見せるが、美神は鈴子の姿や表情を見て金色の妖怪と戦っていたと認識。
少なくとも得体の知れない変態仮面男や妖怪と比べたら遙かに『味方にするべく声を掛けるにふさわしい者』ととっさに判断し、警戒している鈴子に構わず走り寄る。

「ねえあなた!共同戦線張るわよ!」
「えっ!?」
「四の五の言わない!死にたくないでしょ!?」
「あ、えっと…!?」
有無を言わさぬ勢いで鈴子に迫り、腰に着けている矢入れの中から数本の矢を強引に抜き取る美神。
「あ!ちょっと!?それは私のですわ!!」
「悪いけど武器がないのよ私。支給品はまるで役に立たないハズレだったし」
「そんな事言われても…!」
「その弓、見た感じ何か霊的な力があるみたいだし、そういうのは私の得意分野なの!それも貸して!」

何か言いたげな鈴子の様子を気にもせずに手からその弓を奪う。
その弓に聖なる破魔の力がある事を霊感で瞬時に見抜き、流れるような動作で門都に向けて霊力を込めた矢を放つ。

それは今まで鈴子が放っていたただの空に弧を描く緩やかな矢ではなく、不思議な光を帯びた一直線に対象に向かい空を切り裂く一撃。
回避困難な速度の矢であったが、しかし門都はその怪物じみた反射速度でそれを右に紙一重でかわし、その恐ろしいまでの運動能力をもって左手で矢を掴んで止めてしまう。

「ヒャハハ!イイ攻撃!」
「嘘でしょ!?ほんとに人間なのあんた!!?」
「言ったはず、門都、ただの人間…違うッ!」

言い終わるやいなや手に持った矢を反転させて投げ返す門都。
ただの投擲であるはずのそれは美神の放った矢とほぼ遜色無い恐ろしい速さで美神を襲う――

「…え…?」

――違う。
それの向かう先は鈴子。
不意を突かれたそれを回避するすべが鈴子には無く、顔面に一直線に向かってくる死を招く死神の矢はひどくスローモーションで見えた――。

植木君……佐野君……みんな……
……ロベルト……!



とすっ


大切な仲間たちの笑顔が浮かんでは消え、最後に自分の愛した男の顔を想い描き――何かが刺さるような軽い音が聞こえた瞬間、意識はそこで永遠に途絶えた。

「な…!!?そんな…!!!」
「まず一匹!雑魚から数減らす!雑魚に用無い!」

力無く地面に倒れた鈴子の額のそこに不自然に生えた矢。愕然とする美神。
…どう見ても、即死。

「私の………せい………?」

顔面蒼白でその顔を見つめる。
死んでいるのが信じられないほどの穏やかなその『寝顔』に釘付けになる。

「ヒャハハハハハハッ!!!次、お前!」


喜々としながら迫り来る門都。ショックでそれに全く対応出来ない、虚ろな目をして立ち尽くす美神。
自分の身勝手のせいで死なせてしまった名も知らぬ若い女性の後を追わせるべく、間近に迫る死の怪物。


――バシャアアアンッッ!!!!

「…!!!?」

しかし、突如二人の間で激しい雷鳴音と共に巨大な雷が地面を炸裂させる。

「貴様……ワシの食いモンを……横取りしやがったな…?」

美神に背を向け、門都に殺気を放ちながら地面にふわりと降り立つ金色の妖怪。

「…お前、強い。ヒャハハハ!楽しい楽しい楽シイィッッ!!!」
「…うるせえ…」
「ヒャ……ハ…?」
門都の笑みが止まる。
それは――恐ろしいまでの憤怒の妖気。

実体の無いはずのそれはとらの体の周囲に風を起こし、怒りに染まる黒い妖気が激しく渦巻くのが門都の目にははっきりと映った。

「ワシに喧嘩売ったんだ……楽に死ねると思うなよ…?」
「あ……ア……!!?(何、こいつ!?ただ者違ウ!!逃ゲル!!門都死ヌ!!!)」

それは、獣の本能。ネズミを狩っていた猫が百獣の王ライオンに狙われてしまったかのような錯覚を門都は受け、一瞬も迷う事無く脱兎の如く背を向け地を蹴り駆け出す。

「…逃がさねえよ、人間…!」

どすっ

「…逃がさないわ。この娘の敵は」
「なに…?ぐ…!」
とらの背に生えた一本の矢。
後ろに振り返れば、そこには悲しい目をした美神が弓を構えてとらを見据えていた。

「…私のせいで死なせちゃったんだから…私がけじめを付けるわ」
「なんだと?おい、貴様…うおっ!?」

言葉が終わる前に再び飛ばされた破魔の矢を慌てて回避する。

このゲーム内での能力制限により、背に受けた矢は今までのとら自身の常識では考えられないほどのダメージを受けさせられてしまった事に気付き、何度も受けてしまうといくらとらとは言え死…消滅してしまうかもしれない危機感を覚えたためである。
そうこうしている内に門都の姿は遊園地の中へと消えてしまい、そこにはとらと美神だけが残された。

「妖怪退治は本職よ。極楽へ…行かせてあげるわ!」
「ちょ、ちょっと待て人間!?そいつを殺したのはあの阿呆だろうが!ワシは無関係だ!」
「うるさい!この娘を食べるつもりなんでしょ!?死んでまで…辱めさせはしないっ!!」

自責の念のためか、美神は鈴子を襲っていたその妖怪に敵対心を露わにして戦いの姿勢を取り次々に矢を放つ。

「ちょ!待たんか!くそ!」
「ハアッ!!(ごめんね。特別にノーギャラであなたのカタキは必ず取るわ。仮面男も、この妖怪も!)」

――人間が食いモンにしか見えない妖怪を…野放しに出来るかよっ!!――

「…くそったれ…!」

女と重なる、昔のあの言葉。
苛立ちや不愉快さ・なんとも言えない複雑な気持ちに駆られて攻め手にあぐねる。
義務感を負い必死に矢を穿ち続ける美神だが全てとらには避わされてしまい、鈴子の持っていた矢のストックも最後の一本を残してついに尽きてしまう。


「くっ…!」

武器はこれが最後。落ちている矢を回収している暇など無い。焦りが胸をよぎる。

「……おい、女。ワシはもう…そいつを食う気は無い」
「…くだらない嘘はいいわ…」

一向に反撃してこない妖怪だが、今の美神にはそんな事関係ない。
美神を真っ直ぐに見据えたとらは静かに言葉を続ける。

「貴様では奴は殺せん。ワシが代わりに…あの人間をぶっ殺してやる」
「…何ですって?」
妖怪の口から出た思わぬ言葉に眉を寄せる美神。

「…そんな口から出任せ…!」
「嘘なんぞ付くか。奴はワシに喧嘩を売りやがった。貴様もこんな所で死ぬわけにいかんはずだろうが」
「………」

静かな口調でそれだけ言い放った妖怪を思案に耽りながら見つめたまま固まる美神。

しばらく沈黙が流れた後、ゆっくりと女に歩み寄るとら。

「…女、ワシの背の矢を抜け。それがワシとの契約の証だ」
「………」

どんどん縮まる二人の距離。いまだ弓を構えたままの美神に構うことなく進んでくる金色の妖怪。
そして…二人の距離がゼロになる。

「………」
「………」

流れる沈黙。微動だにせず妖怪を見つめ続ける美神だが……ついにその両手を降ろして矢を地面に静かに落とす。

「……嘘ついたら……必ず私があんたを退治してやるわよ…!」
「…約束は、守るさ」


小さな音と共に、妖怪の背から矢が抜かれる。
それが実質二人の停戦契約。
こうして妖怪の退治屋…ゴーストスイーパーと大妖怪は奇妙な出会いを果たした…。
【入り口ゲート付近の広場/早朝】

【美神令子@GS美神】
[状態]疲労
[装備]破魔の弓@犬夜叉(木の矢・残り15本)
[道具]:荷物一式(鈴子の分を回収し、食料二人分)
:あるるかん@からくりサーカス
[思考]1:鈴子を殺害した男(門都)を追う
2:とらと同行・監視
3:知り合いとの合流

【とら@うしおととら】
[状態]やや疲労
[道具]荷物一式(支給品不明)
[思考]1:門都を殺す
2:美神と同行
3:白面を殺す


【門都@烈火の炎】
[状態]健康
[道具]荷物一式(支給品不明)
[思考]1:とらから逃げる
2:ゲームを楽しむ

【鈴子・ジェラード@うえきの法則 死亡確認】



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