無題
俺の名は前田亨。このわけのわからん大会に参加する羽目になったうちの一人だ。
スタートして、もう4時間近くが経過しようとしている。
その間に、早くも二人の犠牲者の名が放送された。
そのうちの一人、清水は俺達花園高校の仲間の一人だ。
……くそったれ。まさか本気で殺し合いに乗るバカがいるなんてよ。
けど、あの一条の姿を見せ付けられちゃ、無理もないのかもな。
だからってこんな殺し合いが、許されるもんじゃない。だが……
……俺はどうする?みんなを殺してでも、生き延びるべきなのか?
俺はどうすればいい?
“奴”なら、こういう時どうする……?
俺が心から認めた男のことが不意に思い出される。
鮫島力。
普段は結構ボケボケだし、ダブってるし、彼女の尻にも敷かれちゃいるが。
その芯には確かな男気を秘めている。
かつて花園の番長の座を賭けて、タイマンで奴とやりあったことのある俺が言うんだ、間違いない。
そんなあの男ならば、どう動くだろうか……
答えはひとつだ。奴は最後まで絶対に諦めはしない。
なら……決まりだ。
徹底抗戦してやる。このふざけた殺し合いに。
しばらく走っていると、森の出口が見えてくる。
そこを抜けると、俺は工場か倉庫のような建物が並ぶ開けた場所へと出た。
そこで、最初に見たものは……
「早乙女!早乙女なのか!?」
「前田さん!」
安心した。最初に出会えたのがこいつなのは、本当にツイている。
早乙女光、中華拳法と気功の使い手だ。
その技のキレ、そしてクールな判断力。パワーしか取り得のない俺などよりずっと役に立つ。
そう、こいつもまた俺の認めた奴の一人だ。だから、2年でありながら運動会ではチームの副キャプテンの座を託せた。
力任せに突っ走り気味の花園のブレーキ兼参謀役として、今まで何度も助けられてきた。
こいつがいれば、心強い。
再会を喜び、ひとしきり話してから……俺は早乙女に、一緒にこの大会に抵抗しようと持ちかけた。
「俺は……いえ、わかりました。俺も一緒に行きます」
何かを気にしてたような素振りが一瞬気になったが、早乙女はこの大会を潰すことに同意してくれた。
「へへ、お前ならそう言ってくれると思ってたぜ!」
そうだ。荒くれ揃いの花園高校だが、りきを中心に築かれたチームワークにかけては、他のどの高校にも負けない自信はある。
そんな俺達が誰一人として、殺し合いなんぞに乗るものか。
「よし、そうとなりゃ決まりだ!いくぜ、まずは鷲尾を捜そう!」
皆で生き残ってやる。清水、勝手だが、それをお前へのせめてもの手向けにさせてくれ。
俺達の友情さえあれば、どんな苦難だって乗り越えられる。
俺は何の疑いもなく、そう信じていた――
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俺は、そんな前田さんの背中を……
ひどく冷たい目で見ていた。
前田さん。あんたは思い違いをしてる。
一つは、今は普通の状況じゃないってこと。
確かに、俺達は今まで運動会やオリンピック、野球大会といった激戦を共に潜り抜けてきた。
その中でりきさんを中心にして築かれた俺達の友情は、確かにちょっとやそっとじゃ壊れはしないだろう。
けど……今はそんな、ちょっとやそっとどころのレベルじゃないんだ。
結局、姿は俺の所には来なかった。
普段は競い合うライバル同士だったが、それ故に誰よりも互いのことを理解しているつもりだった。
そんな信頼関係が、あいつの間にはあったと思っていた。そう、りきさんと熱血のくにおのように。
だが、向こうはそうは思っていなかったらしい。
いや、単純で無鉄砲で、人を疑うことも知らなさそうなあいつなら……普段ならば、こうはならなかったに違いない。
この殺し合いの舞台が、そうさせたんだ。この世界は、俺達の絆を容赦なく打ち砕く。
それでも、りきさんがいれば何とかなったかもしれない。そんな気がする。
だけど、ここにはりきさんもいない。くにおも。冷峰のダブドラも、宝陵の豪田も、谷花の五代も。
くだらない疑心暗鬼を跳ね除けさせるくらいのカリスマを持った奴は、誰もいないんだ。
そしてもう一つ。
清水は、既に殺されちまったってことだ。
この大会を潰そうが、ここから生きて出られようが……
もう、俺達の日常は絶対に戻っては来ないんだぜ……?
俺はどうする?殺し合いから逃れることなんて、本当にできるのか――?
俺は――
姿、俺はもう行かせて貰う。次に会った時に……敵同士でないことを祈るよ。
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