無題






「沢口ぃ!何かあったか!」
「西村さん!何もないっすよ!」
「そうか!俺はこっちを見張っておくからお前はそっちを見とけよ!」
「わかりました!」
(つか、何もあるわけねぇだろ…ホント、状況わかってんのかね、この人は・・・)
ゲーム開始以降、すぐに落ち合った二人は、そのまま場所はほとんど変えず、ただ自分の身を守る事だけを考えていた。
「…沢口、ホントに何もないだろうな。」
「安心してくださいって!」
(何か異変があるとしたらすぐわかるだろうに…異変なんて襲撃以外ないんだから)
「しかし、腹が減ったな。沢口」
「西村さん、さっき食べたばっかですよ!今食ったら残り時間どうすんですか!?」
「沢口、ちょっと何か探して来い!」
「えぇ!もう日も沈んでますし、よく見えないから無駄に疲れますよ!」
「ウルサイ!俺は腹が減った!いいからいってこい!」
「…わかりましたよ。」
「何か見つけるまで戻ってこなくていいからな」
(無茶苦茶だ、このメガネデブ…)
沢口はそう呟きながらしぶしぶ森の方に歩き出した
「全く、あの人は今の状況をわかってんのかね。こうやって時間を潰しても最期に生き残るのは一人だってのに…」
沢口はそういうとふと足を止めた。
「…そう、一人なんだよな。一人…」
西村を超える千載一遇の舞台は整っている。それはゲーム開始後からわかっていた。
西村といざ会ってしまうとそんな意志は薄れてしまっていたが
こうして一人になる事で再びその感情が芽生えだしてきた。
「…どうせ、誰かに殺されるんなら、俺の手で西村さんを…」
ゲーム開始後に頭の中をよぎった考えが
再び強固なモノになろうとしたその時、風が吹き森の木々がざわめいた。
「!誰だっ!……風か…」
急に沢口は臆病になってしまった。自分が殺す決意を持った瞬間
誰かが自分を殺しにくるという恐怖を身近に感じるようになった。
それを考えると、今一人でいる状況に対し今度は不安感が沢口を襲った。
「西村さんにに怒られてもいいからもう帰ろうかな・・・」
そう思いながら森の中を散策していると、地面に赤い痕を発見してしまった。
「これは…血の痕か?しかも続いている…誰かが傷を負っているのか、それともここで殺し合い…」
沢口はいろいろと頭の中で考えながら血の痕を辿っていった。血の痕は途切れない。
そしてふとある事に気づいた。
「この血の痕…さっき俺がいた場所の方に行っている…」
血の痕は比較的最近のモノ、靴でこすれば一部が薄く広がる。
血の痕を垂らしている人物は確実に、今西村がいる場所の方に近づいている。
沢口は血の痕を駆け足で辿っていった。
「ぴゅー、沢口に不安感を募らせないために、馬鹿を演じるのも疲れるな…」
西村はそう呟き地面に腰を下ろした。
「とにかく普段通り、普段通りを心がけるんだ、俺。
こういう時は平常心でいる人物のところにこそ幸運の天使が舞い降りる。」
西村には西村なりの考えがあった、例えそれが希望的観測であっても。
しかしそんな西村に舞い降りたのは堕天使だった。

『ガサッ!』 木々が揺れる音がする。
「沢口、早かったじゃないか、どうだ、何かあった…」
そういい終わる前に振り返ると、目の前にいたのは血を流した木下だった。
「き…木下さん!どうしたんですか!その血は!」
そういうと、すぐに立ち上がり木下の元へ駆け寄った。
「西村…少し手当てをしてくれや…」
西村は木下の登場を見て、ようやく悟った。今の状況は他力本願ではどうしようもない状況であると。
「ハンカチぐらいしかないんですが…」
「かまわねぇよ、何せ、この鼻血を止めないと呼吸しづらくてな。」
間違いなく鼻を折っているだろう、何故鼻を折ったのか。西村はそれを聴くことは出来なかった。
「…お前、一人か?」
「え?…は、ハイ!一人です!」
「そうか…それは良かった。」
木下はそういうと、姿勢をただし背中に手を入れた。
西村がそれに気づいた瞬間、木下は鉄パイプを振りかざした。
寸前で交わした西村。しかしワンテンポ遅れていれば確実に脳天を破壊されていただろう。
それぐらい木下にはためらいがない思い切った振りだった。
「何よけてんだ!オラッ!」
木下はそういうとゆっくりと西村に近づく。
「木下やめてくださいよ!何マジになってんすか!」
西村はこの状況でもわけのわからない事をいいつつ後ずさる。
「…悪いが、俺が参加者全員殺すんだよ!」
木下の目は完全にイっている。
キレた時に見境なく暴れる姿は何度とみた事あるが、今目の前に移る木下の表情はその比ではない。

木下は西村に向かって走り出す。西村はとにかく逃げ回る。
(ぴゅひー。マジかよ、この人)
「お前、普段はトロトロしてる癖に、チョロチョロと逃げやがって・・・っ!」
そういうと木下は鼻で巧く呼吸が出来ないからか、ムセて立ち止まった。
しかし西村はこのチャンスにも攻撃を躊躇っていた。まだ西村には覚悟が出来ていなかった。
その瞬間、息を吹き返したに木下が振りかざした鉄パイプが西村の左腰に炸裂した。

「カハッ!」
悲鳴をあげる事の出来ない痛みに苦しむ西村。木下はそんな西村を見て笑みを浮かべた。
「西村、お前は俺の部下だ。だから俺が直々に殺してやるんだ。その好意を何故受け入れない?」
「ア…アンタ、アタマいってるよ!何いってんだか、意味わかんねぇよ」
「この状況では俺様がもっとも理知的な判断をしてると思うんだがな、お前のおつむじゃわからんだろうな」

西村はようやく抵抗する意志を固めた。
しかしその判断が少し遅かった。アバラが何本か折れてしまい、体が思うように動かない。
「西村、ようやく殺る気になったか…いい目だぜ」
西村は足元に落ちている鉄パイプを拾い木下に向かって振りかざした。
しかしその振りに力がない。木下は簡単に鉄パイプをかわし、西村の鉄パイプをめがけ鉄パイプを思いっきり振りかざした。
西村の手からは簡単に鉄パイプが離れる。西村は半ば諦めていた。


この一部始終を沢口は木の陰から見ていた。どうすべきか迷っていたからである。
「冷静になれ、俺。手負いとはいえ木下さんは強い。
ここで西村さんと共謀して木下さんをやるのがベスト…しかしリスクが高い。
西村さんもようやく本気になったみたいだが、あの感じじゃ多分肋骨をやっているかもしれない。」
そう悩んでいる瞬間にまた鈍い音がする。木下の鉄パイプが西村の左腕に振りかざされたからだ。
(西村さんっ!)
思わず、声を発するところだったが、何とか我慢した。
「冷静になれ…感情で動いちゃダメだ。」
しかし傷つく西村を見て、どうしても西村を助けたくなってしまう。さっき殺そうと決意したはずなのに。
そうしている間にまた西村の悲鳴が聞こえてくる。
「そろそろ、終わりにしてやるか…なぶり殺すのも可哀想だしな!」

そう木下が声を発した瞬間、沢口の体は自然と動いていた。
落ちていた木刀を両手に持つとすぐ、木下の背後をとり後頭部を叩きつけた。

木下は膝をつくと、後ろを振り返り、沢口を睨む。
「…てめぇ…何しやがんだ!オラァ!!」
木下は咆哮するとすぐ立ち上がり、沢口を目掛けて鉄パイプを振りかざした。
沢口の腹に鉄パイプが叩き込まれ、沢口は悲鳴をあげる事が出来ずにその場にしゃがみ込む。
その沢口の顔を木下は蹴り上げ仰向けにした。
「ぶっ殺してやる!!」

そういって近づいてくる木下の腹に沢口は仰向けになりながらも蹴りを入れる。
「っ!…小賢しいなぁ!お前はよぉ!」
持っている鉄パイプで沢口の右足を殴打し、沢口の足を払いのける。
そして木下は沢口の顔を思いっきり殴れる位置に仁王立ちした。
「…雑魚が…チョロチョロと…殺して・・・」

そういった瞬間、木下の顔面にメリケンサックを嵌めた強烈な右パンチが叩き込まれた。

「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
西村は変な叫び声を上げながら鬼の形相で木下を何度も右手で殴りつけた。
「に・・・西村さん・・・」
沢口は西村が木下を殴打する光景に恐怖感じた。


数分後、木下の体は動かなくなっていた。
西村は木下を殴っている時、ただ沢口を助けたい一心だった。
その姿を見た沢口は、自分に脅えているに違いない。
西村は、生き残るのは一人というのがわかっていても沢口との関係を壊したくなかった。

「沢口・・・大丈夫か・・・」
「だ・・・大丈夫っす。ちょっと脚やわき腹が痛いっすけど。西村さんは・・・」
「いてぇに決まってんだろ!もっと早くに助けにこいよ!」
そう叫んだ瞬間、西村はしゃがみ込んだ。
「・・・っ!・・・叫んだら腹が・・・」
「西村さん、何してるんすか!」

沢口はさっきまでの鬼の形相した西村が普段どおりの西村に戻りホッとしていた。
西村があれだけの形相をしたのは初めて見た。
自分を救うために覚醒したのでは、と思うとうれしい気持ちがある。
その一方で、あの時自分が西村を救うという選択肢をとった事に大きな不安を抱えていた。
(俺の力では・・・西村さんを殺すことは出来ない・・・
 あの人がこんなに強い人だったなんて・・・どうすれば・・・)
沢口は気丈に振舞い普段どおりを装う西村の心情を察する事が出来ず、心の中に大きな壁をつくってしまった。


【木下忠 死亡】
【残り13人】




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