無題
「山本の奴、、、本気で俺を疑ってるのか?」
スタートから二時間以上が経つというのに、未だ落ち合うはずの場所にこない
相棒の到着の遅れにイライラが募っているのは上条である
イライラだけではない。ある程度予想していたとはいえ、スタートからわずか二時間で二人が死んだ、殺された。
つまり既にこのフィールドには殺人者がいるということである。
殺人者と遭遇してしまうという恐怖も上条を煽っていた。
「しかし・・・例え、山本がきたところで、この状況はどうしようもないよな…」
山本が来たところで確かに何も変わらない。そんな事は百も承知。
それでも山本がいることで、この現実離れした世界の中で日常を見出せる、そうすれば少しでも安心できる、
本質的に一人でいると塞ぎ込んでしまう上条にとって山本の存在は大きかった
「山本、とにかく早くきてくれ…」
「上条!」
不安に押しつぶれそうだった上条の耳にようやく待ち望んでいた声が聞こえた。
安堵の表情を一瞬見せかけたが、山本に自分が安堵していることを悟られまいと表情を引き締めた。
「・・・遅ぇんだよ!何、俺にビビってんだよ!」
「すまねぇ・・・頭でわかっていてもどうしても・・・」
「まあ、もういいけどよ。とりあえずこれからどうするかだよな。」
「・・・俺、考えたんだけどよ。とりあえずこのまましばらくボーっとしとかないか?」
山本の言葉に上条は戸惑った。
「?何でだよ」
「変な話だけどよ、誰かが何とかしてくれるんじゃないか?もう二人も死んでるんだぜ?
たかだか二時間半でこんなにもあいつ等は豹変してやがる。」
「・・・確かにな。一条が死んだときは、みんな引きつった顔してたのに、生きるためにはあっさりやりあってるんだからな」
「俺は、こういう時だからこそ普段通りに考える方がいいと思うんだよ。」
普段通り・・・こうした極限の状況で普段通りにいることは難しい。
それはこの短時間で疑心暗鬼を体感した二人にはわかっていた。
「・・・なるほど、確かに普段通りは大事だな。普段の俺達であれば、漁夫の利作戦だな」
「そういうこと。それにこうして二人で行動すれば、誰かに襲われても安心だ。
まず生き延びることが出来る。そして時間が経てば誰かが脱出方法を探し出しているかもしれない。」
「確かにな・・・これこそが普段の俺たちのやり方だよ。やっぱり、お前は俺の相棒だよ」
「…悪かったな、スパイだなんて一瞬でも疑って。」
山本は上条の前で平静を保っていたが、山本は上条を信頼しきってきたのではなかった。
平が死んだという知らせを聞いて不安のあまりに上条の傍に近寄っただけに過ぎない。
しかしそれを悟られないように、平の訃報を聞き、上条の元に来るまでのわずかな間
夢物語を考えただけであった。しかし上条と話すことで、夢物語が夢物語ではないような錯覚に陥っていた。
結果的に山本も上条に救われたのである。
山本・上条コンビはコンビの結束を高め、森を進んでいった。
そして時を同じくして、森本と音無も遭遇していた。
(正確には森本が音無を見つけ、安堵のあまり声をかけにいったというのが正しいのだが)
「音無、無事だったか!」
「森本か…、元気そうだな」
少し安堵の表情を浮かべてモノを言う森本とは違い、音無は思いつめた表情をしていた。
しかし森本は音無のそんな様子に気を止めず、明るい口調でしゃべり出した。
「元気じゃないよ、ただとりあえずあんたに会えたからホッとしただけだよ」
それを聞いた音無の目つきはするどくなった
「ホッと?…お前、何馬鹿な事いってんだよ」
音無の語気が強くなった事に気づき森本はようやく音無の異変に気づいた。
少し戸惑う森本を前にして音無続けてはしゃべり出す。
「森本、俺は悪いが死にたくないんだよ。簡単な話、最期に俺とお前、二人が残ったら俺は迷い無く、お前を殺す」
「…」
森本は何も返答出来ない。音無の意見とその真剣さに何もいい返す事ができなかった
「ここで、俺とお前が一緒に行動したら、俺は殺すのを躊躇ってしまうかもしれない。
俺は生きるために殺すことを躊躇いたくないんだ。一人で行動したいんだよ、森本」
そういうと音無は森本に背を向け、再び口を開いた。
「このゲーム、生き残ることが出来るのは一人だけ。それは間違いない…脱出方法なんてあるわけない。」
そう口にした音無の体は少し震えているようだった。
「自分の身を守りたいんだったら襲ってくる奴はもちろん、生きるためにはもう殺す覚悟が必要なんだよ、森本。」
「音無?」
音無の語気が弱くなっていることに気づいた森本は思わず声をかけようとした、その瞬間、音無は歩き出した。
「次に会うときは俺はお前を殺すかもしれないぜ、、、お前も俺を殺しにこいよ。…じゃあな」
そういって去っていく音無の背を、森本はただ呆然と見ることしか出来なかった。
森本はしばらく音無に言われた言葉を頭の中で繰り返していた
「このゲームで生き残るのは一人だけ…脱出方法はない。
確かにそうかもしれない・・・だが何故、音無はそう言い切れたんだろう。」
森本はどうしてもこの言葉が引っかかっていた。
音無がそう断言できた理由として推測できるのは二つある。
一つは自分が音無と会うまでに感じていた絶望感から来る思考の停止
もう一つは、主催者が送り込んだとされるスパイであるが故の言葉
スパイであるなら、参加者に殺し合いをけしかける為にいいかねない
ただ森本にはしっかりと把握した事がある。
少なくとも音無が今自分を殺さなかったのではなく、自分を殺せなかったのだろうと。
そして音無が理由はどうあれ苦しんでいるという事を。
「…人の心配してる場合じゃないんだけどなぁ」
森本はそう呟き。音無が歩いていった方向を進んでいった。
スタートしてから3時間が経過した。雲間から漏れていた日光も西へ落ち夜になろうとしていた。
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