無題
「生きるためには殺さなきゃいけない。でも誰かを殺すなんて出来るわけ…。」
姿はこれからどうするかを何度も考え、何度も結論を出そうとし、何度も途方にくれていた。
「…どうすりゃいいんだ。」
仰向けのまま、この言葉を何度呟いたことか
第7ステージの木々の中でただただ物思いに、提示された二択を選びかねていた。
考えを巡らしている時、木々の中から何かが近づいてくる気配を感じた。
思わず身構えたが、相手が本気で殺しにきたときに
自分は自分を守るために相手を殺すことが出来るのだろうか。
当然仮死状態にするなんて芸当は出来るわけもない。
本気で殺しに来る人間には本気で立ち向かわなければ殺される
こんな考えを持っている以上、今の自分には待っているのは悲惨な結末ではないか
姿は気配が確信になるまで、そんな事を考えていた。
しかし自分に近づいてくる気配は殺気のような厳しさとはまるで違う気配であった。
「誰だ?」
拍子抜けした姿は近づいてくる気配に声をかけた
「その声は姿か?ビビらせて悪かったな。」
姿の目の前に現れたのは望月だった。
「・・・望月か」
望月からは厳しさを感じない。思わず息を漏らし、望月はそんな姿の前で腰を下ろした。
「望月、悟りきった顔をしているな。」
望月の顔は、サバイバルゲームの参加者とは思えない程落ち着いていた。
この窮地でここまで落ち着いているのは大物か、馬鹿か
それとも主催者側が送り込んだとされるスパイ・・・安心していた姿は再び緊張感を強める。
そんな姿の心情を察したのか、望月は口をひらいた
「単純に、殺されるのは嫌だし殺すのはもっと嫌。」
「そりゃ、俺もそうだけど…」
「って考えたらさ、もう逃げる手段を探すしかないじゃないか」
「…」
「まあ、あんな現場を見せ付けられた後で、あんな事いわれると、難しく思うけどさ。」
あまりにも単純明快、しかし理にかなっている望月の言葉と判断…
姿はゲーム開始後、最初に会ったのが望月で本当によかったと思った。
目の前の惨劇に思考を停止させられ、二択の道しか見えていなかった。
しかし選択肢はそれ以外にもある事を忘れていた。
「姿はどうするんだ?俺は生き延びるために誰かを殺すことは悪いとは思わない。
お前がそれを選択したのなら俺は止めないし…」
「俺は…今、お前と話して決めたよ。俺もここから脱出する方法を必ず探し出す。
そしてここにいる奴ら、全員でここから逃げ出すための道を探す」
「・・・嬉しいこといってくれるね。そうだな、皆、無事に…」
望月が言葉をいい終わる前に、二人が不快に思うあの声が流れてきた
『生き延びている皆様にお知らせします。死亡者一名発生、清水死亡。
繰り返します。清水死亡。残り15名。』
「…どうやら、皆、無事ってわけにもいかなさそうだな。」
「悲しいけど、生きるために殺すという選択肢を選ぶ奴もいるってことさ。」
放送を聴いた姿と望月は互いに意思を確認しあうかのように言葉を交わした。
「望月、とりあえず、またこの場所で会うことにしないか。」
「そうだな。この島中を捜索して、各々、何か脱出のヒントを考えよう。」
「じゃあ、嫌な合図かもしれないが…5人死亡してしまったら落ち合うことにしようか」
「…時計がない以上、それしか方法はないからな。」
「お互いに、放送を聴いている事を祈ろうぜ。」
「あぁ、姿。お互いに無事でここで会えることを祈っているよ。」
そういい、二人は各々歩き出した。姿は五月女と落ち合うはずの第3ステージの方に、望月は第1ステージの方へと…
そんな姿と望月のやりとりを見ている男がいた。
「クソ…一人だったら・・・。一人だったら殺してやったのに。俺の決心が鈍っちまうじゃねぇか…」
格闘能力は熱血高校の運動会に参加した者の中で実質ナンバー2と評される鷹峰であった。
「・・・俺だって、お前らみたいに逃げようと思ってたさ。
でもな人が人を殺す現場ってのを見ちまうと、もうそんな絵空事言ってられねぇんだよ。」
鷹峰は見てしまっていたのだ。熊田が清水を殺す現場を、熊田と清水が命をかけて本気で殺しあう現場を。
その現場を見て湧き上がったのは殺される事への恐怖、そして生への執着心
生物であれば当然の感情が自分の中で強くなっている事を感じていた
「清水も熊田も、結局みんな生きる為には殺さなきゃいけないって判断したんだ。あんな短時間で。
他の奴だってそうに違いない。俺は甘い事いわねぇ・・・全員殺して、俺は生き延びてやる!」
自分の意思を強固にするために鷹峰は周囲に誰もいない状況で宣言した。
「・・・早く、早く、一人殺してみないと。誰でもいい・・・まずは殺してみないと・・・」
鷹峰はそういって望月が進んでいった道に進んでいった
こうして、また一人、生き延びるために一人の男が殺戮へと走り出した。
『・・・素晴らしい展開です。いや、予想通りというべきか・・・人間とはわかりやすい。』
主催者はモニター越しに鷹峰を見物し、思わず微笑してしまった。
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