無題






0日目、スタート後30分が経過

「くそっ・・・何だってこんなことに。どうやったらここから脱出できるんだ。」
スタートしてから、海岸を目指し、第6ステージを越え、その後ただひたすらに海岸線沿いを歩いていた。
早くも彼のトレードマークでもあるリーゼントは乱れていたが、その左右の手には木刀がしっかりと握られていた。
清水の足元には鉄アレイが重ねられて置いている。これは彼が置いたものである。
鉄アレイをスタート地点の目印とし彼は海岸沿いを一周し終えた。
その結果、彼が悟った事は海岸線から遠方に陸地が見える場所なんてないという事だった。

目の前で人の心臓が貫通されるという出来事、自分の人生においてそんな事が起こるだろうとは
想像していなかった清水の思考を停止させるには十分な事実だった。
ここから脱出する事は不可能だ、しかし人を殺す事なんて出来るわけもない、
もはや自分から何もする気はない。寝て起きればこの悪夢からは覚めるだろう、
そんな淡い希望にすがる他なかった。

歩き疲れた清水は仰向けになった。目の前には綺麗な青空が広がっている事に気づく。
「グラサンしてるってのになんだか眩しいな、景色がかすんで見えやがる・・・」

清水は今までの自分の人生を思い巡らせていた。
学はなく、真面目に何かを取り組む事が出来ない自分にとって誇れるものは何であろうか。それは根性だけだった。

彼は口だけは達者な人物であるとよく言われるが、それは土壇場でも逃げない、強がることの出来る彼の根性故である。
それをりきはよくわかっていた。だから彼は運動会のメンバーに引っ張られたのである。
清水は自分の根性が評価された事に大変喜んだ。
自分には根性を見せる以外にない。こういう時に根性を見せる事が出来なければ自分の価値はないであろう。

ガラにもなく美しい青空に見惚れていた自分に気づき、笑みをこぼした。
「・・・やっぱ死ぬなんてゴメンだな。」

清水は自分に学がない事を認識しているわかっていた。
それゆえ彼はいろいろ考える事を諦め、単純な結論を早期に打ち出した。
生き延びる為に必要な事は殺すこと、わかりやすい結論である。
「・・・しかし、やはり自分から殺しにいくってのも難しいな。」
と、決意をフラフラさせながらも立ち上がった時、彼の後ろにある第6ステージから聞こえる水の恒常的なリズムが乱れた。


「・・・熊田か。なんだ、お前も海岸沿いから陸地が見えるかどうかを確認しにきたのか。でも残念な事に、陸地は見えないぜ。」
「・・・」
清水の言葉に熊田は表情一つ変えない。熊田は表情を一つ変えることなく清水に水しぶきを上げるほどの強い足取りで歩み寄る。

「・・・マジかよ。でもなぁ・・・俺も今決意したんだよ。生き延びてやるってよ!」
熊田が殺意を持って此方に近づいてくるのは明らかであった。
しかし死ぬことを拒否し、生き延びることを選択した清水にとって、
熊田の襲撃は自分の決意を確固たるものにするいいキッカケである。清水はこの状況を受け入れた。

清水の思いを悟ったのか熊田もようやく口を開いた。
「・・・だよな、俺も生き延びる事を選んだぜ。清水、悪いけど俺がお前を殺してやるよ。」

清水は両手に木刀を持ち、熊田へと襲い掛かる。それと同時に熊田は手にしたメリケンサックを清水の左手へと投げつける。
乾いた音と共に清水の左手に持った木刀は地面へと落ちてしまった。しかしまだ右手には木刀がある。
『一気に攻める!生死をかけた勝負なんて、最初に一発ぶちあてた奴が勝ちだ!』
清水は必殺技のハリケーンクラッシュで熊田に襲いかかろうとしたその時であった。

「水しぶきで見えなかったかな!俺が隠し持っていたチェーンがよ!」
熊田は腰に忍ばせていたチェーンを清水の木刀に絡みつけた。
「しまっ・・・!」清水が言葉をあげた刹那、熊田は清水の顔面に頭突きを入れる。
そして強引に清水に大外刈を仕掛けながら浴びせ倒した。
水がクッションになったとはいえ、後頭部と背中への衝撃は大きなモノである。
「グッ・・・」しかし清水はまだ戦意を失ってはいない。
足で熊田の体を退けようとする。しかし熊田の体は清水から離れない。

熊田重蔵、8人の大家族の中で育った。当然、熊田の家は裕福ではない。
幼い頃から貧しいということで周囲からは馬鹿にされる事が多かった。
その度に彼は怒り、殴りかかっていったが多勢に無勢、当時の彼には力がなく、
最終的にはうつ伏せになり砂の味を噛み締める。そんな日々が続いていた。

その悔しさが彼を柔道の道へと駆り立て、現在の彼を形成した。
弱い自分への呵責の念を持つことで彼は瞬く間に成長し、その後、彼は嘲笑してくる者全てを力でねじ伏せるようになる。
結果、熊田の名は地域で知れ渡り、彼と彼の家族を馬鹿にするものはいなくなった。
彼は自らの強さを実感し、自信を持つようになった。

熊田にはそうやって自分だけじゃなく家族を守ってきたという誇りがある。
そして自分が大黒柱になってこれからも家族を守っていくという使命がある。
清水という男がどういった思いで、生き延びる決意をしたかは知らないが、
自分の決意は清水の決意に比べて重いはずだ。そんな自信が熊田にはあった。

目の前には清水の首がある。そしてここは川が流れているステージ…
清水の息の根を止める手っ取り早い方法を熊田は瞬時に思いついた。

両手に清水の服の襟を持ち交差させて襟締めをし、息が出来ないように川底へ清水の頭を押し付ける。
足首の高さまでしかかさのない川であるため、押し付ける力は大変なモノでなくてはならない。

「ガハッ!」
清水は体をジタバタさせ必死に顔を水面へ出そうとする、呼吸をし、生き延びるために。
しかし熊田の力はすさまじい。いくら抵抗しようとも頭部だけは水面から出ることが出来ない。
清水は自分の体から徐々に力が抜けていくのを自覚していった。
右手に持っていた木刀を握ることもままならなくなっている。抵抗しようとするも体が動かない。
目の前に映る熊田の鬼のような形相を見て清水の体からは完全に力を失った。

それから五分後、熊田はようやく清水の襟口から手を放した。
清水という男はこの短時間で生き延びる決意を持った男、
しっかりと止めを刺さなければ彼は蘇るのではないかという恐怖もあった。
そしてそれ以上に人を殺めるという事に対する、この恐怖を取り除く事が生き延びるという決意をした熊田には必要だった。
生命反応をしていない人間の上に乗り首を絞めるという行為をし続けた彼は、自らの思いを実感し、自信を持った。
「俺は参加者の中で一番生きる事を切望している…他の奴には負けねぇ!!」
熊田は清水の死体から離れようとした時、地面に光る物を発見した。花園高校の校章である。
「清水という漢に敬意を表さなければならないな」
校章をポケットに入れて、しばらく清水の姿をじっくり見た後、熊田はその場を離れた。

清水の右手にはチェーンが絡められ、その一方には木刀がしっかりと巻きつけられていた。


【清水浩一 死亡】
【残り15人】




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