OP
こんな事態は想定しなかった・・・今、ここにいる誰もがそう思っているに違いない
‐3日前‐
18時、いつも通りチャイムがなる。部活を終えて、少し疲れていた彼は帰宅準備に手間取り、遅くなってしまっていた。
「七瀬の奴、置いてけぼりにすんなよ。里美も今日は用事があるとかでいないし…」
ブツブツといいながら下駄箱をあけると中に封筒が入っている事に気づいた。
「ラブレターかぁ?俺も人気が出てきたんだなぁ」
少し照れつつ軽い気持ちで封をあけると、表紙に挑戦状と書かれた手紙が折りたたまれて入っていた。
「ま・・・そんなわけないか。しかし何だこれ?くにおさんと間違えたのか?何々・・・」
『この封書は姿三十朗宛に送ったものである。我々が主催する格闘大会において、
残念ながら正式な出場者とするには困難であるが、主催者各々の希望により、是非参加して頂きたい選手に
こうして貴殿に封書を送った次第である。推薦枠は一つであるが、貴殿であればその枠を勝ち取れると信じている。
大会の優勝賞金は5億円である。貴殿が臆病風に吹かれることなく参加して頂ける事を信じている。 大会主催者』
「…以前、くにおさんが参加した大会と同じ感じだな。しかし何だよ、推薦枠って・・・馬鹿にしてるな。失礼な話だぜ。」
姿は少し不機嫌になった。しかし5億円はもちろん『臆病風』という言葉に敏感に反応した。
姿は熱い男である。単純な事に挑発されれば乗ってしまう、そういう男である。
「参加しないで舐められるのはたまったもんじゃない・・・いってやろうじゃねぇか!」
こうして手紙を読みわずか一分足らずで彼は参加を決意した。
格闘大会という名の死闘に参加する事になるとは知らずに・・・
手紙を読んでから3日後、姿は手紙に記載された港へと足を運んだ。
港には見知った顔がいくつも並んでいる。
「何だよ、お前たちもいたのか、熱血高校からは俺だけじゃなかったんだな。」
鷹峰と一条の顔を見て、姿は仲間がいる事に安心感を抱く一方で、多少納得のいかない思いもしていた。
「森本もいるぜ。アイツは音無と一緒にいるよ。他にも花園の奴らも冷峰の奴らも向こうにいたぜ。」
周囲を確認すると、推薦枠というだけあってくにおクラスの強者はいない。自分と同等か、恐らく自分よりも弱いであろう奴の方が多い。
このメンバーであれば優勝できる、とりあえず本戦に参加出来る!
自信を持ち始めた姿に意外と思える一人の男が目に入った。
「五月女、お前がこんな戦いに参加するとは思わなかったぜ。」
「・・・俺だって参加なんかしたくなかったさ。仕方が無いだろ」
「?」五月女の語調は明らかに弱々しかった。自分とは違った特別な事情があるのだろう、と悟ったがあえて言及はせずに、五月女から離れた。
「皆さん、お集まり頂けたようですね。それでは停泊している船に乗り込んでください。決戦場へとご案内致します。決戦場には6時間程で到着します。」
停泊している船から言葉が聞こえた。聞き覚えのない言葉だな、まあ当然か、と思いながら船に乗り込んだ。
「5億円か・・・それだけあれば、家族全員養っていけるな。しかしまさかこんな奴らと一緒の扱いにされるとはムカつくぜ。」
右手の空き缶を握りつぶしながら呟いた男、熊田のこの大会にかける思いは誰よりも強い。
8人の大家族であるという事、そして弱い奴が嫌いな自分にとって
周囲の弱い奴らと同じ土俵に立たされているという事は耐えられない屈辱だった。
「・・・圧倒的な力の差を見せ付けて、さっさと本戦にいってやろうじゃねぇか!」
「西村さん、5億あったら何しますか?」
「決まってんだろ、白鷹女子の娘とデートだよ。」
白鷹の漫才コンビは熊田の熱い決意とは違ってお気楽ムードである。西村も沢口も5億という金額の規模がわかっていないが、
5億という夢のような数字と響きに吸い寄せられ好奇心で参加しただけである。負けたら負けたでまあいいや、そんな気持ちであった。
「おい、お前ら!俺に優勝させるようちゃんと働けよ!わかってんな!」
お馬鹿な二人に厳しい口調を浴びせたのは冷峰四天王の一人木下である。
「木下さん!木下さんも参加されてたんですか?」
「5億だぞ?参加しないわけがないだろ。お前ら、俺を差し置いて優勝する気なんてないよな?まあ俺がいるから無理だけどな!ハハハ!」
沢口はこの男が非常に苦手、嫌いである。扱いやすい西村とは違い関わるだけで碌な事がないのは経験済みだ。
お世辞をいえば怒り、軽くあしらえば怒る。何かをすればとにかく怒る。
今日は西村を盾に凌ぐしかないな、と沢口は心に誓っていた。
「到着しました。ここが決戦の地となる、以前、格闘大会が行われた無人島です。」
かつてくにおとりきがダブルタイガーに勝利し、優勝を収めた場所である。
島の中心には決勝で使われたステージ8、そのステージ8を中心として時計周りに1ステージ、2ステージ・・・7ステージとなっている
「・・・そろそろ、主催者さんは姿を見せたらどうだ?」
冷峰四天王の一人望月が、足でリズムを刻みながら言葉を発した。
「いつまで、船から声だけで指示をする気だよ。失礼だと思うぜ。」
軽い気持ちで参加しただけに、わざわざここまで大掛かりにする事にイライラしていた。
「申し訳ありません、私はこの無人島から離れた場所にいますので顔を見せることはできません。ですが、皆さんの行動は全て見えています。」
「なんだよ、それよぉ」
冷峰四天王の平が不機嫌そうな顔をしていった。平も軽い気持ちで参加した一人である。
参加者を見て、まともにやっても自分が勝てると思っている彼にとってこの時間は無駄にしか感じられていなかった。
「イライラする気持ちもわかります。しかし早ければ本日中に終わる大会です。ここで文句を言わず早く大会を進めましょう。」
「その通りだ。さっさと始めよう。主催者さんよ、早くルールを説明してくれよ。」
熊田も平同様、早く大会を進めたいが為にイライラが募っていた。
「ではルールを説明します。簡単なことです。皆さんがこのフィールドを自由に使い、決闘してください。
最後の一人になったものが本線への切符を手に入れます。」
あまりにもわかりやすくアバウトな説明に参加者は皆、理解する事が出来なかった。
「ちょっと待てよ、どうやって勝敗をつけるつもりなんだ?」
花園高校の前田の質問はもっともだ。決闘というのは殺し合いなのか?そんな事出来るはずもない、姿は心の中で思っていた。
「そうですね、ではこの場でオープニングマッチをして頂きましょうか。こちらでクジを引きますので、名前を呼ばれた方は前に出てください。」
「ルール説明の為にオープニングマッチを行うなんて、随分と丁寧に説明すんだな。」
鷲尾も段々とこの大会が普通ではないのではと、焦り始めていた。
抽選が終わるまでのたかだか10秒、この10秒の沈黙が参加者全員の気持ちを駆り立てる。
何かおかしい、この大会は間違いなく普通ではない。参加者の第六感が訴えかける。
「・・・では、一条さんと平さん、お二人にオープニングマッチをしてもらいます。
なおこの決闘に限らずフィールドのあらゆるところにメリケンサック、木刀、チェーン、鉄パイプ等は置いてあります。ご自由にお使いください。」
「木刀は使えるのか、ならわざわざ持参しなくてもよかったな。」
花園の清水はニヤリとした。
「悪いが、手をぬかねぇぞ。運が悪かったと思ってとっととギブアップしな。」
平は余裕の笑みを浮かべながら一条に言葉を浴びせていた。完全に平は一条を舐めていた。
「武器を使っていいんなら俺だって少しはやれる・・・」
一条は武器を持たせると力を発揮できる。それは運動会に参加した者なら皆、わかっている。
ただし、運動会に参加しなかった平は知らない可能性がある、平の油断は無知ゆえであればチャンスがあると一条は感じていた。
「へっ、ビビッて動けねぇのかよ。ならこっちからいくぞ。」
鉄パイプを持って一条に襲い掛かる。一条は持ち前のスピードで平の鉄パイプをかわす、とにかくかわす。
「すばしっこい野郎だな!」
イライラして大振りになった平の鉄パイプをかわしたその時、
一条は『ここしかない』と右手の鉄パイプを握りなおし平の顔面をめがけて鉄パイプを振りかざした。
「バーカ、お前が武器を使うのが得意なのは知ってんだよ!」
平がそういいながら繰り出した前蹴りは、カウンターで一条のみぞおちに綺麗に入った。
一条は声をあげ、右手の鉄パイプを手離し、下腹部付近をおさえ屈んでしまった。すかさず平の鉄パイプが一条の腹部に襲い掛かる。
『ドスッ!』
鈍い音が響いたと同時に一条は完全にうつ伏せになってしまった。
「一条!」
姿は叫ぶと同時にすぐに一条の元へとかけよる。恐らく肋骨が数本折れているであろうが、意識はある事に姿は安心した。
「ルール説明なんて必要ねえじゃん。これぐらい痛めつけたらオッケーなんだろ?」
平らしいやり方である。全員が目撃する場でここまでやれば全員が自分に恐怖を抱くであろう。
そうすれば後々の戦いで有利に働く。そこまで考えた結果の暴挙であった。
実際、姿が駆け寄り、一条に命に別状がないとわかって一番安心したのは平自信である。
「テメェ!ここまでやる必要ねぇだろ!」
姿が平の胸ぐらを掴み声を張り上げたその時だった。
「平さん、まだ終わってませんよ。」
主催者の声に一同、耳を疑った。
「平さん、一条さんはまだ息をしているじゃありませんか。これは決闘です。早く彼に止めをさしてください。」
主催者の信じられない言葉を聴き、平は冗談だろという顔をするしかなかった。
「何いってんだよ、俺に人殺しをしろってのか?人殺しなんて出来るわけねぇだろ。」
「そうだ、何考えてんだよ、主催者さんよ。さっさと救急車とか呼べよ!」
すかさず上条が声を発する。
「あなた方、5億の道のりそんな簡単だと思っているのですが?
5億あれば普通に死ぬまで生きていけますよ。5億を貰う対価はあなた達の場合、命しかないでしょう?」
「ざけんじゃねぇ!こんな大会、ゴメンだね。さっさと帰るぞ!西村!」
木下はそういうと船の方へといってしまった。西村と沢口もこればかりは木下の言うとおりだと素直についていった。
「・・・仕方ありませんね。平さん、ではあなたを試合放棄という事で殺しますよ。」
主催者の次の声に平は遂にキレて、鉄パイプを地面に思いっきり投げつけた。
「おい、コラ。お前、何考えてんだよ、やれるモンならやってみろや!」
「おい、落ち着けよ。」
姿はとりあえず冷静にならないといけない、そう思い平の肩を叩いた瞬間
澄んだ音が姿の前方でなり、その直後、姿の後方で一瞬の声があがった。
「一条!!!!!」
森本が叫び駆け寄ったが、一条の心臓付近には2センチほどの綺麗な空洞が出来ていた。
数秒前に声をあげた一条の全身にもう力は感じられない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
清水は木刀を落としてしまったが、そんな事には気も留めずに船のほうへ走っていってしまった。
「平さん、今回だけですよ。今回だけは貴方を勝者とします。しかし次回からはこのような事は認めません。」
【一条勇人 死亡】
【残り16人】
「おい!何だ!今の音は!」
船の方に向かったはずの木下だ。しかし木下に返答するものはいない。
「・・・!!、西村さん、一条の奴、全く動いてないっすよ!」
沢口は皆が視線をやる方向で仰向けになったまま動かない一条に気づいてしまった。
「・・・お前たちは何で戻ってきたんだ。」
望月が声を絞り出すように聴いた。
「・・・船が、ないんだよ。停泊してたはずの船がよ!」
木下は声を荒げた。沢口はいつものイライラとは違う、これは焦っている時の木下であるとすぐに察知した。
それもそうだ。目の前では惨劇が起こり、停泊していたはずの船は消えている。焦らない人間はいないはずだ。
「全員戻ったようですね。ではルールを改めて説明します。最後まで生き残ったものが勝者となります。
フィールドを自由に使い、最後の一人となるためにがんばってください。」
まだ事態が掴めていない参加者が大多数であった。しかしその混乱に拍車をかける言葉がこれから次々に並べられていく。
「それでは注意事項を述べます。3時間で一人も脱落者が出なかった場合、ランダムに一人を脱落させます。
先ほど見た方はわかりますが、ここは完全に管理されていますので何処にいても、皆さんを銃で撃ち殺すことは可能です。」
上条と山本は愕然としながらお互いに顔を見合った。最後に立っているのは一人であるという言葉を思い返しながら。
「食料に関しては3日分の食料を皆さんには与えます。現在16名、つまり最大でも3日以内でこの大会は終了するわけですからね。」
主催者はゲームを始めるために淡々と説明を続けていく。
「続いて、進行状況を把握してもらうために皆さんには死亡者が発生した時には全島に聞こえる放送を流します。
死因や殺害者は放送しません。また禁止事項は特にありません。何処かに隠れて最期まで生き延びようとする事も良いでしょう。
もっともそこまで運の言い方はいないでしょうが。当然、主催者の私に歯向かう事も自由ですし、
ここから脱出する方法を模索するのも自由ですが、徒労に終わるでしょう。生きるために体力は使ってください。」
言葉の裏にある主催者の余裕を感じ取り、前田は力なくその場に座り込んでしまった。
「それでは今から一人ずつ、この場を離れていってもらいます。クジ引きにより順番を決めますので少々お待ちください。」
何が何だかまだわからない・・・一体この先どうなるのか、これは夢ではないのか、姿は混乱しながら3日前から今まで事を思い返していた。
「ではここを離れる順番を発表します。この順番でこの地をスタートしてもらいます。」
1:五月女、2:鷲尾、3:鷹峰、4:木下、5:熊田、6:清水、7:森本、8:沢口
9:上条、10:音無、11:前田、12:西村、13:山本、14:望月、15:姿、16:平
「5分間隔で一人ずつスタートし、平さんがこの地を出発して10分後にゲームの開始です。
それでは五月女さん、スタートの準備をしてください。」
うつろな表情でスタート地点に立つ五月女に姿は声をかけた。
「五月女、大丈夫・・・なわけないよな。つーか大丈夫な奴なんていないよな。」
「姿・・・あのさ、第3ステージで待っているから、打開策でも考えてみないか?死ぬのも殺しあうのも俺はゴメンだよ。」
「・・・そうだな、二人で行動する事は禁止事項じゃないみたいだし、とりあえずじっくり話でもしよう。」
五月女は姿にそう告げると足早に去っていった。その後、各人がスタートと同時に思い思いの方向へと散っていく。
そして13番目の山本がスタートを切る直前、主催者から驚くべき一言が発せられた。
「・・・忘れていました。この参加者の中には一人、主催者側につくスパイがいます。ゲームを円滑に行うためです。
スパイには生き残ることが出来れば優勝賞金にプラス5億、計10億円を贈呈する予定です。」
スタート地点にいた4人は思わず互いに顔を見合わせた。
コンビで動くはずだった山本にとって今のアナウンスは大きい。上条にはそんな度胸もないし、長い付き合いを重ねてきた事で、
上条に変化があれば気づいているという自信もある。それでも疑心暗鬼になってしまう。落ち合うことに臆病にならざるを得ない。
姿も山本以上に疑心暗鬼になっている。これは罠に違いない、参加者を煽るためでしかない、
と自分を納得させようとするが、ではもしスパイが実在していた場合、迂闊に近づけば自分は殺されてしまう。
そういえば五月女は最初から様子が変だった。もしかするとアイツがスパイなんではないか。姿は思考の迷路に嵌っていった。
望月もスタートし、自分がスタートする順番となった。
「・・・すまない、五月女。少しだけ考えさせてくれ。」
姿はそう心に近い、3ステージとは違うほうへと走り出した。
そして平がスタートし、10分が経過した。
「それではみなさん、お待たせしました。ゲーム開始です。」
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