悪の哄笑
「いやー。油断したのもあるけど、アレ、ホント強いねー」
腹から血をどくどくと流しながらへらへらと笑う沖田総司。ハイライトの常にない目にも明らかな動揺が浮かんでいた。
彼が身を隠す家屋の反対側、崩れた公園の中央には、
死屍累々と瓦礫がおりなす山が存在しており、そしてその上に怒れるゴブリンが考える人のポーズで座っている。
天地善次郎という悪魔である。
「鉄平くんと観寺さんが止めてくれなかったら全員死んでたね!……いやボクも不覚だったけどさ」
「喋らないでください沖田さん。傷口に障りますよ」
「あは! 悪いね、ももちゃん」
先ほど沖田を中心とする対主催グループは、公園にて天地善次郎と戦闘した。
鉄の騎士と小次郎使いの二人が犠牲になって首を跳ね飛ばし胴を両断したが、天地善次郎は止まらなかった。
今は再生中だが、すぐにまた暴れはじめるだろう。
「ももちゃん、どうすればアイツを殺れると思う?」
喋るなと言われたにも関わらず、沖田はぺらぺらと喋る。
まるで緊張感がないように見えるが、これでも彼なりに真剣な話であった。
「そうですねえ……現状の戦力ではやはり無理があります。
ユキさんが新たな戦力を確保してきてくれることを祈るしかないのが現状かと」
「やっぱきついかー」
「幸い、マリスという男の核を取り入れたことによって、天地は老獪さを失い、愉快犯――バーサーカーと化しています。
不死性が残っているのは厄介ですが、総当たりすれば倒すこと自体は簡単なはずです。
だから問題は不死性が残っているというところ一点といっても間違いありませんね」
「そこをどうすればいいんだ?」
「暁月さん?」
「どうすればいい」
沈黙していた暁月刃郎が話に加わった。
彼は難しいことまでは分からないので、率直に何をすればいいのかを聞いたのだろう、
しかし具体案は今家屋の裏にいる三人には思いつかなかった。
沖田は瀕死、百地と刃郎のみでは天地善次郎には勝ちようがない。
「己はあいつを倒したい」
分かっているのか分かっていないのか、刃郎は言う。
その目には暗い炎が灯っている。
「銀が死んだ。あいつが殺したのかもしれない」
「無謀は辞めましょう。そんな捨て身で上手くいくのは物語の中だけです。
八つ当たりをしても不死である以上あの化け物は毛ほども気にしませんよ。あなたが命を捨てるだけです」
「それでもやる。己はこのまま待っているのは許せない……!」
「……バカだねえワンコくんは」
今にも沸騰しそうな表情で足を震わせる刃郎に対し、いよいよ険しい顔になった沖田が
百地の静止を無視してふらふらと立ち上がった。
「そんなに死にたいならここでボクが殺してあげても――――」
刀を抜こうとしたその時、三人の身体に大きな影がかかる。
雲?そんなわけは無かった。あまりにも巨大なそれが、再生を終えてやってきたのだ。
「ははは。ははは。
面白いじゃないか。
そう仲間割れせずとも。
殺してやるぞ俺が」
異形であった。
純粋すぎて悪意のない悪意(マリス)に蝕まれたゴブリンはその角を伸ばし、
形をさらに悪魔めいて変え、さらに身体から溶鋼の血を流している。
炎鉄のゴブリンはすでに“喰われ”た。その能力さえも取り込まれてしまっていた。
業火。
口から吐かれた吐息(ブレス)が沖田総司に襲い掛かる。
「ありゃ――」
油断も隙も関係は無かった。
人を溶かすほどの熱量に蝕まれ、瞬時に影と形を無くしていく姿を、ただ眺めることしかできなかった。
【沖田総司@ヨアケモノ 死亡】
【残り11人】
「ははは。ははははは」
「あ……ああ……!!??」
「逃げましょう暁月さん!!」
百地が手を引く。その手が串状のなにかに貫かれた。
痛み。
天地善次郎から伸びた硬質状の触手――それは足から伸びていた――による攻撃である。
あまりにも体を変化させすぎている、と百地桜は感じた。身体の変化をしすぎればどうなるかはおおよそ予測できるが、
自我が不安定になっていることで歯止めがきかなくなっている可能性が高い。
恐らく意思をしっかり持っていたほうが厄介だったろう相手だ。そこだけは本当に、
本当に喜ぶべきことなのだろうが……この状況ではそれを喜んでも居られなかった。
「厳しい、ですねえ……!」
百地流はニンジャの流派。腕一本を犠牲にする覚悟で地を蹴り、空中機動で逃れようとする。
それを絡め取るように触手が伸びる。
叩いて落とす蹴って落とす弾いて逃れる逃れきれない。距離を取る優先で喰らいながら逃げる。
片手は離さない。暁月刃郎は百地桜に引っ張られるようにしてモンスターの射程外へと辛くも逃れた。
「も、百地……!」
「まった、く、もう……実金にならないことばかり、させられます……!」
服は裂け、腹に一筋の裂傷、首筋、鎖骨、背中、そして両手にも刺し傷切り傷。
顔と脚を守るので精いっぱいだったが、目とメインウェポンが残っていればまだ戦える。
戦えるが、それはここではない。
「なんとか範囲からは逃れたみたいです、このまま逃げま……」
踵を返してさらに逃げようと百地桜が振り向いた、その時だった。
“地面”から生えた鉄の触手が、確かに手を握っている暁月刃郎の身体を尻から口まで貫いていた。
「あ……が……・」
――動きのいい子だった。思想はなかったが野心と誠実さはあった。
祭矢陣にそうしたように、百地流の後継者として技を教えようともしていた。
育てれば恐らくは自分をも超える機動力と連射力を手に入れていたはずだった。素質は間違いなく、あった。
だが、そんな野望は殺し合いの場でするものではそもそもなかったのかもしれない。助けるべきではなかったのかもしれない。
損得勘定を、間違えたのか。百地桜はそんなことを思った。
「……圧倒的な力を持つものを、倒すための流派なんですけれど、ねぇ……」
「ははははは」
その肩書きに驕った、ということかもしれないと、自らも首を貫かれながら百地桜は思った。
実力差の見誤りだ。ウルトラ・バトル・サテライトなら再起不能までボコられるだけで大体は済むミスだが、
命のやりとりをする場では最もやってはいけないミスだ。
いつでも慎重で、裏まで考えて動いていたつもりだった。一体どうして、こうなってしまったのか。
どこかで――どこかで彼ならなんとかしてくれるとでも思っていたのか?
それこそ一般人に毛の生えたような彼に、この化け物を倒せるとでも?
笑えない話だ。ありえない仮定だ。まったく、錆びていたとしか言いようがない。
「本当に……仲間が出来てしまうというのも、考え物、でしたかね?」
苦笑いの捨て台詞のつもりだったが、個人的には同意しかねるな、と百地桜は思った。
それでも自分が死んでしまうことに変わりは無いのだから、世界は厳しい。
厳しすぎだ。
財布の紐と同じくらいに。
【暁月刃郎@ヨアケモノ 死亡】
【百地桜@ウルトラバトルサテライト 死亡】
【残り9人】
「ははははは。ははははは」
天地善次郎は笑う。そこに一般ゴブリンより高次の存在であると言う誇りも驕りももはやない。
悪をしろと体の中の悪意がささやいている。耳元で常にささやきつづけている。
それが楽しいことだと覚えさせられている。事実、死んだ女子高生の手足をもぐのはたのしい。
「ははははは。ははははは」
たのしくてたのしくてじかんもりゆうも忘れてしまいそうだったが、女子高生の手足は四本しかないのですぐにたのしいはおわってしまった。
「ははははは。ははははっ」
もっと手足がはえていればよかったのになあ。
つぎのをさがしにいこうな。
な。
【左上エリア/1日目/真昼】
【天地善次郎@アイアンナイト】
[状態]純粋な悪意に置かされている
[所持]なし
[思考]たのしい
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