インデックス――否、インなんとかさん
絶望のセレモニーから十数分が経過した頃、空には満月が上っていた。
絨毯のように引き伸ばされた夜天に浮かぶ黄金の満月、その美しさはまさに格別といえるそれであろう。
星々の姿はひとつたりとも確認できないことから、勘のいいものならこの会場そのものが普通の島だとかではなく、ひとつの幻想空間であることに気が付けたかもしれない。
輝く宝珠を失った夜空は、だからこそ満月を引き立たせる。
時折吹き付ける若干肌寒い深夜の夜風も、この上等な空を眺めていれば趣があると言えなくもない。
虫の一匹たりとも飛んではいない、ここまでくるとかえって無気味な程の静寂が支配している世界。
ここは衛宮邸、かつてはとある男と少年が言葉を交わしあった因果の深い場所だ。
そして丁度その縁側で、黒髪の少女は唇をきつく結び、何かを考えているようだった。
表情は優れず、希望に溢れているとはとても言い難い。
―――当たり前の話である。
ここはバトルロワイアル、絶望の苗床と成り果てた悪夢だ。
まして彼女はごく普通の女子高生。すぐにこの極限状況に適応しろという方が無理な話だろう。
長い黒髪を穏やかな冷風にさらさらと揺らし、悲痛そうに細められた眉が時折覗く。
縁側に座って、少女はただ、一人の親友のことを案じていた。
「怜………」
焦燥の色を顔にありありと浮かべて、彼女、清水谷竜華はただ座り込んでいた。
同じ麻雀部に所属していて、その中でも最も強い繋がりのあるだろう友人が、ここにはいるのだ。
園城寺怜――千里山女子のエース。
体の弱い彼女がこんなことに巻き込まれたら、どうなるのか最悪のパターンがいくらでも思いつく。
大きな不安に煽られながら、竜華はゆっくりとその重さに潰されつつあった。
「どうして……何でうちらやねん……!」
麻雀の全国大会で、丁度強豪校・白糸台達との対局が終わったところだったと、記憶している。
それが清水谷竜華の覚えている最後の風景だ。
とある不可思議と言う他ない『力』の過度な使用で怜が倒れ、彼女に駆け寄ったところまで。
まるで照明が落ちたように視界がブラックアウトし、目が覚めると体育館の床に寝かされていたのだ。
モノクマの説明が行われている最中にも、怜が何処かにいないか気が気ではなかった。
そして、彼女の心配は的中してしまった。
こうして、名簿には『園城寺怜』の四文字が無機質な文字で印刷されているのだから。
「……どうして、こうなったんやろ。うちらが何かしたんか……?」
気になることはある。
まだ試合は残っているのに、途中で抜ける羽目になった。
自分と怜が消えてしまったら、きっと心配してくれるだろう。
只でさえ相手はどこか一つとっても油断できない強敵揃いなのだ。
余計な感情が挟まって、彼女たちのプレイングに悪影響が出でもしたら申し訳ないなんてものではない。
だが今は何より、この正方形の会場の何処かにいるだろう怜の身が心配で仕方なかった。
何処かで倒れたりしていないか――まさか×されたりなんて、していないだろうか。
「あかん、考えててもどうにもならんわ……どんどん悪い方にばかり考えてまう」
やや深い溜め息をつくと、竜華は傍らに置いていた携帯電話を開く。
それが彼女に与えられた支給品であり、その効能が本当であるなら、かなり有用な物のようである。
正直今の時点では半信半疑もいいところだったが、頼ってみるしかないだろう。
唯一の頼み綱になってくれるかもしれない、あのモノクマの言葉を借りるなら『希望』だ。
この携帯電話の名前は――――、
◇ ◇ ◇
銀髪碧眼のシスターが、氷のように冷たい瞳を尖らせていた。
矮小な体躯は多く見積もっても中学生くらいにしか見えないが、纏う雰囲気のそれはどう考えても人間離れした殺気に満ち溢れ、彼女の危険性を暗に示している。
白く柔らかそうな素肌に、世間一般に美少女と呼べるだろう可愛らしい顔つき。
それにそぐわな過ぎる、小さな手で握られた一本の日本刀が月明かりを反射して妖しく輝いた。
彼女の名前は、インデックス。
正しく言うならば彼女は本来の『インデックス』ではないのだが、名簿にもそう記載されているので、ここではその呼称を使わせて貰うことにしようと思う。
科学と魔術が交差する世界線のインデックスとは似て非なる、邪悪の塊ともいえる存在だ。
聖杯戦争という『矛盾螺旋』を利用しようと暗躍し、アヴェンジャーのサーヴァントを使役して最悪クラスの暴虐を敷いた張本人。教会のシスターとしての幼い一面と、冷酷な一面を持つ。
そんな彼女がここで執る選択は、当然といえば当然のものだった。
(―――このような展開は計算外でしたが、まぁ問題は無いでしょう。速やかに終わらせればいいだけです)
インデックスと一対一で殺り合えば、勝利を納めることは雑作もないことだろう。
幻想殺し、超電磁砲は面倒だが封殺可能。
多少の面倒は潰し合いを誘発することで回避できるだろう……別段手段を選ぶ理由もないのだ。
どうせ世界は幾度となく繰り返されている。『聖杯戦争関係者の抹殺』を行った結果何かが狂ったとしても、また矛盾した螺旋が開かれるだけに過ぎない。
アヴェンジャーの戦力があれば負けるなど有り得ぬし、これもまた、問題はない。
邪悪なるシスター・インデックスは、こうしてバトルロワイアルに乗ってやることを決めた。
しかし、正確に言うならばほんの少しだけ、主催陣営の思惑とは異なっていたのだが。
(このような介入が偶然でないとしたら、我々の聖杯戦争には致命的な穴があることになる。
ここは確かめることも兼ねて、主催の人間も一通り処分しておくのが無難でしょうね)
彼女は本来別に存在する『インデックス』の形をした人形――荒耶という魔術師によって産み出された、いわば聖杯戦争の為だけの傀儡だ。
だから彼女は、普段教会で見せている無邪気な性格など欠片ほども見せず、冷酷に決定を下す。
このバトルロワイアルに関連した全てを滅殺し、聖杯を勝ち獲る。
聖女のそれとはあまりにもかけ離れた思考で、インデックスは衛宮邸のドアを開け放った。
身の丈と不釣り合い過ぎる日本刀、しかも服装は修道女のそれであることも相俟って、その光景は見る者にある種のシュールレアリスムさえ感じさせただろう。
刀を持ったままで、インデックスは住居の中に誰かいないかを捜し始める。
そこに忍ぶ色はまるで見受けられない。そもそもインデックスは、忍ぶことを考えてすらいない。
仮に自分の侵入に気が付いたとしても、サーヴァントを瞬殺できるレベルの力を保有する殺人鬼と互角に渡り合える、その実力は伊達ではない。
追い付いて、この刀をその背中に突き立てて殺してやる、それまでだ。
そして、明らかに人の立てたものであると思われる物音を聞いた瞬間の対応もまた、迅速だった。
日本刀の構え方を変え、移動に適したものにする。
室内ではあるが、彼女レベルの身体能力となれば走ることも容易。
物音のした場所に向かい、恐らくは本来の邸宅主よりも速く、件の縁側へと辿り着く。
風情のある作りも、殺戮機械に等しい状態の彼女は何の感慨も懐くことはない。
そのまま、視認した黒髪の少女の背中に斬りかかるまで、五秒と要さなかった。
本来の持ち主が殺人を忌避したこともあり、一度も人の命を断ったことのない日本刀が、新たな持ち主の手で立派な凶器としてうら若き少女へと向けられた。
東洋の侍を思わせる見事な動きで驚き振り返った少女を袈裟斬りにする斬撃を放つ。
これで、大した異能も持たない女子高生は見るも無惨にスライスされることだろう。
(――――何っ!?)
だが、そうはならなかった。
まるで予期していたかのように、少女は間一髪それをかわして見せた。
ただそれだけのことであるのに、インデックスの心には大きな疑念が生じる。
不可解だと思うその心が、次の攻撃を一瞬遅らせてしまう。
「で、やああああああああっ!!!!」
少女はデイパックをまるで武器のように振るって、インデックスの顔面を見事に打ち据えた。
そのタイミングも、相当危なかった。しかし彼女は、まるで自分に刃は届かないと確信しているような迷いのなさでデイパックを振り抜き、またも死の運命を回避した。
外見はどう見てもごく一般的な女子高生。
とても、インデックスの攻撃を自信をもって避けられる程場数を踏んでいるようには見えない。
その時彼女は、少女の右手に収まっている一つの機械の存在に気付いた。
だがその時にはもう遅く、インデックスの胸の中心に少女の蹴りが叩き込まれる。
不安定な体勢でこんな攻撃を受ければ、さしものインデックスといえどバランスを保つのは無理だ。
全く予期せぬ展開、地面を転がるインデックス。
が、殺されるとは感じなかった。そうなりそうなら、いよいよ全力で臨むのみ。
何故自分の攻撃を避けられるのかは全くもって理解できなかったが、たかがそれだけの技能でどうこうできるほど、第六次聖杯戦争最悪のマスターは弱くないし、甘くもない。
超人の身体能力を用いて、完膚なきまでに殺してやれる。
それすらも見抜いていたのか、実質的な勝者であるにも関わらず無様に走り去る少女を見て、インデックスは己の脳裏に浮かんだ疑念について考えを巡らせ始めた。
あれは、おかしい。
あれを只の偶然だとか、潜在的な何かだとか、そういった理屈で片付ける訳にはいかない。
まるで自分の攻撃を読んでいたかのように、ギリギリではあったが髪の毛一本たりとも失わずに避けてみせた――どんな手段を用いたのか。
魔術の類、否。
超能力の類、否。
もしもあの芸当を可能にしていたものをこじつけるとすれば、それは一つだった。
少女の持っていた機械、携帯電話である。ディスプレイには文章が表示されていて、それを無関係と切り捨てるような馬鹿はまず居ないだろう。
(……なるほど、未来予知の霊装ですか)
霊装。魔術師が主に戦乱や研究など様々な用途に用いる、傍から見たなら不可思議極まりない物品だ。
サーヴァントまでもが招かれている以上、そんな物を一般人が持っていてもおかしくはない。
ただ、まさかそんなつまらない物によって土をつけられるとは思いもしなかったが。
追うのも悪くない。しかし、相手が本当に予知の霊装を持つならそれは無意味だ。
何かの対策を講じることで対策してくるだろうから、ここはあえて見逃すのも良い。
どうせああいう少女は生き抜けないのだ、自身の障害となるにはまるで役不足である。
インデックスは立ち上がり、埃を払うと、日本刀を持ったまま何事もなかったかのように歩き出した。
その冷淡さは、まさしく機械のようであった。
【F-4 衛宮邸/未明】
【インデックス@第六次聖杯戦争】
【装備:宗像の日本刀@めだかボックス】
【所持品:支給品一式、ランダム支給品×2】
【状態:健康、胸にダメージ(小)】
【思考・行動】
基本:全ての生命を皆殺しにする
1:サーヴァントには注意
【備考】
※刺客撃破後からの参加です
◇ ◇ ◇
清水谷竜華は、追ってきていないことを知りながらも走る足を止められなかった。
生まれてこの方、あそこまで感情を捨てきった瞳を彼女は見たことがない。
さも何でもないことであるかのように刀を振るう姿が、今も瞼の裏に強く焼き付いている。
月明かりで煌めく日本刀の一閃が不気味なほど美しかったことも、しっかりと覚えている。
足下の木の根につまづいて転びそうになり、やっと竜華はその足を止めた。
湧いてくる生の実感を噛み締めながら、彼女は自身を救ってくれた「それ」を開く。
それは携帯電話だった。ごくありふれた型の、別段特別なところの見受けられないそれ。
しかしその異常性は、ディスプレイに表示されている「日記」にある。
「未来日記」という、まさに言葉通り未来を予知することの出来る超常の日記機能を、何てことのないその携帯電話は内蔵しているのだ。
未来日記をもたらしたかの時空王も、まさかバトルロワイアルの支給品として使われているとは思うまいが、この日記が清水谷竜華の命を救ったのである。
「無差別日記……未来を予知するなんて、半信半疑だったんやけど……信じない訳にもいかへんかぁ」
もちろん、本来の所有者は清水谷竜華ではない。
中学生の若さにして過酷な殺し合いをする羽目になった、一人の少年の所有物である。
予知の範囲はおよそ六時間、どうも放送ごとに区切られて予知が表示される、らしい。
「未来、なあ」
未来予知ほど上等なものではなかったが、竜華もまたそういった能力を持つ親友・怜を知っている。
麻雀において、疲労と引き換えに一巡先を読むという、バトルロワイアルでは今一使えない力。
彼女は今、白糸台達との対局で激しく疲弊している筈。
早く見つけないと――気持ちは急くが、彼女の未来日記には園城寺怜との再会は、表示されていない。
それを知った竜華は一時落胆したものの、すぐに行動を起こした。
未来日記の特性上、出会う相手をねじ曲げることは難しい。
ならば、その過程を変えれば未来を動かせる――怜と再会できる可能性が、僅かでも高まる。
早速日記に表示されている『清水谷竜華の向かう場所』に、意図的に背いて移動する。
百メートルちょっと歩いたところだろうか。
ザザッ、とノイズ音が走り、慌てて携帯を見ると、未来が書き変わっている。
「よし、作戦成功や!」
このまま何度も未来を動かせば、怜と会える未来にも到れるだろう。
上機嫌になって移動する竜華だが、彼女は無差別日記のとある穴に、気付いていない。
無差別日記のベースになった日記の、無差別故に生まれてしまう欠点など知るよしもなく彼女は行く。
その欠点に気付くとき彼女がどうなるのかは、分からない。
そしてもうひとつ、清水谷竜華の『積極的に未来を動かす』選択は、彼女の命を救っていた。
DEAD ENDフラグが立ち得る危険人物との遭遇を、根こそぎ回避していたのだ。
麻雀プレイヤーの女子高生。彼女が迎える結末は、果たして如何なものだろうか。
【清水谷竜華@咲-saki-】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式、無差別日記@未来日記、ランダム支給品×2】
【状態:疲労(小)】
【思考・行動】
基本:怜と合流して殺し合いから脱出する
1:未来を変えて、怜を探す
2:あのシスターは何やったんやろ……?
【備考】
※準決勝先鋒戦終了後からの参加です
支給品説明
【宗像の日本刀@めだかボックス】
インデックスに支給。
宗像形の暗器のひとつだが、彼の性格からか殺人に使われたことはない
【無差別日記@未来日記】
清水谷竜華に支給。
所有者の周囲で起こることを予知するが、肝心の所有者がどうなるかが表示されない欠点を抱えている。
レプリカなので破壊されても所有者は死亡しない
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