魔術師の戦い
遠坂時臣は魔術師である。
宝石魔術の殿堂と評される御三家の一角、遠坂家の当主を請け負う完璧なる魔術師である。
立ち振舞いにも優雅さや気品を求め、そうやって目的に向かい歩んできた。
――そう。
ただ一つの願望器を手にして、全魔術師の悲願を成就させるべく彼は戦いに身を投じてきたのだ。
聖杯戦争という過酷極まる殺し合いに、万全の策と後ろ楯を用意した上で臨んだ。
しかし彼の予想を常に運命は裏切り、最期には信用しきっていた弟子に後ろから刺され、落命。
あまりに呆気ない、哀れの一言に尽きる最期だった。
「……どういうことだ?」
それを覚えているからこそ、時臣は彼にしては珍しく困惑を隠せなかった。
ほぼ即死に近い致命傷を負わされ、高価な絨毯の上に倒れ伏したところまでは覚えている。
が、まるで朝の目覚めのように瞼を開くと、そこはあの体育館だったのだ。
早い話が、遠坂時臣は死んだ筈なのである。
死人が蘇るなんて道理はないし、これが何らかの魔術の恩恵であることくらいは、優秀な魔術師の彼に見破れない謎ではない。問題はまた別、この状況そのものだった。
モノクマと名乗った得体の知れない犯罪者が、殺し合いの開幕を宣言した。
それも、聖杯戦争とは似て非なる限りなく最悪の名に相応しいルールで。
時臣の戦う相手にも、快楽殺人者がいた。
児童を大量に誘拐し、次々と狂気じみた手段で虐殺していく、邪悪の権化のようなコンビがあった。
彼らの所業も言い逃れの出来ないものだったが、今回のそれはあまりに常軌を逸している。
無差別に選出した参加者に殺し合いをさせるなど、典型的な魔術師の思考を有する遠坂時臣にも許容出来ない、吐き気を催しかねない畜生の所業だった。
おまけに願いを叶えると嘯いた、聖杯戦争の真似事を、こんな模式で行おうとは。
時臣は良くも悪くも魔術師だ。
だが、彼にも断じて許せない手合いというものはある。
モノクマは明確に、時臣と敵対するだけの条件を備えていた。
時臣はこの時点で殺し合いに背くことを決定していたのだが、参加者の一覧が記載された名簿に目をやって、思わず端正な相眸を細めざるを得なかった。
そこにあった一つの名前――それは、彼にとって最悪のものだったと言えよう。
「凜までもが……っ!?」
遠坂凜。
遠坂時臣の『一人娘』にして、遠坂家の次期当主となるだろう大事な存在。
彼が命を落とす前、彼女に言葉を掛けてやったばかりなのに、こんなことになるとは。
改めて時臣は、モノクマとその裏に居るだろう黒幕達に怒りを禁じ得なかった。
ここで凜が死ぬようなことがあれば遠坂家の血筋は確実に途絶える――今や、彼女以外に遠坂の魔導を受け継げる存在は居ないのだから。
―――かつて凜の隣にあったもう一人の名前も、皮肉にも彼女の横に記載されていた。
「………桜」
もう自分と関係のない存在だとは分かっていても、思わず眉間に皺が寄る。
名簿には遠坂と同じ始まりの御三家・間桐の没落を象徴するかのような宿敵の名前もあった。
自分が手を出すでもなく、あれが桜を守りに動くことは明白だ。
しかし、あの男・間桐雁夜は些か以上に非力だ。
魔術の心得があるとはいえ、タイムリミットを抱えた身体でどこまで戦えるか。
そして何より――まだ心身共に幼い凜が、かつて妹だった少女の死を知ればどうなるか。
それを理解できないほど遠坂時臣は人間を捨ててはいなかったし、それが不味いことも分かっていた。
だからこそ、彼はあくまで冷静さを損なわずに決意した。
"遠坂凜と間桐桜を守り、モノクマのゲームを打倒して聖杯戦争に復帰する"。
娘を守るために皆殺しにする選択肢もあったろうが、それは彼の矜持に反した。
「常に余裕を持って優雅たれ―――どうかな、主催者諸君。遠坂時臣は反逆させて貰うよ」
彼が何よりも誇り、守ってきた家訓を呟いて、反逆の台詞を何処かに居る黒幕達に向けた。
遠坂家当主はこうして絶望の敵となり、聖杯戦争に関係なく殺し合いの打倒を決めたのだ。
名簿には他の聖杯戦争参加者『マスター』の名前も全員分、あった。
衛宮切嗣、雨生龍之介との共闘は難しいだろう――特に後者は論外。
ウェイバー・ベルベット、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトにはまだ望みがある。
間桐雁夜との和解は困難だろうし、これも一時は保留とする。
言峰綺礼。師たる自身を裏切った弟子。その反則的な能力値(パラメーター)を考慮すれば、既にその本質を知った彼にとって最大の難敵となるだろう存在だった。
魔術師殺しに特化した代行者。
時臣ほどの手練でも、正面きっての戦であれを打ち倒せるかは分からない。
サーヴァントのキャスターもあれだけの大魔術を行使してくるとしたら最早打ち手なしの相手だが、モノクマも何かしらの枷を与えるだろうと時臣は考察していた。
「問題はアサシンだが……ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとは誰だ?」
もう一人のサーヴァント、アサシン。
彼の知るアサシンは髑髏の仮面を装着した無数の暗殺者集団、ハサン・サッバーハだ。
だが、この名簿には「アサシン(ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)」と載っている。
サーヴァントの真名を明かすこと自体驚きだったが、このサーヴァントの素性がまるで読めない。
とりあえず最大限警戒すべき相手として、時臣はその名前を支給品の筆記用具で記録した。
「ひとまずはこれで良し。私もそろそろ動くとしよう」
近くの地面に突き立っているのは、彼の霊装のステッキだ。
聖杯戦争中では間桐雁夜を一方的に封殺した、相当心強い得物である。
くるくると手の内でそれを弄び、時臣はようやっと一歩目を踏み出す―――
「おっと、ちょっと待てよおっさん」
―――のを、少女の声が引き止めた。
殺気が籠っている訳ではないが、年相応のそれではない、と時臣は感じる。
踏み出そうとした足を止めて振り返ると、そこには青い髪の少女の姿があった。
顔中に巻かれた包帯が不気味ではあるものの、覗く瞳は化け物のそれではない。
手には一丁の銃が収まっており、指は既に引き金に掛けられている。
まさか銃弾で命を奪われるようなヘマを踏むほど時臣は愚かではないが、少女の目は本気だ。
「そう剣呑な真似をしなくてもいい。私は遠坂時臣、このゲームに反対する者だ」
もしも少女が殺し合いに乗っているなら別だが、そうでないなら拒む理由はない。
一匹狼を好む訳でもないのだし、数が増えることは悪いことではないだろう。
銃に怯むようなことはせずに、あくまで優雅を保ったままで彼は少女の反応を待った。
「……あー、そうか。悪かった。あたしは名瀬夭歌、同じくゲームには乗っちゃいねえよ」
「いや、気にすることはないよ。こんな場だ、警戒しないのは無用心というものだろう」
少女――名瀬夭歌は銃を下ろした後、しばらく時臣の持つ杖に注目していたがやがて視線を外す。
魔術と無縁の者には、奇抜な杖としか映らないのも頷ける。
遠坂家秘伝の宝石をあしらった杖なのだが、それを一から説明することに意味はない。
その時が来たなら、自然と使わねばならなくなるのだ。
それより時臣には名瀬の格好の方が奇抜に映ったのだが、何故だか問うことはしなかった。
「そんじゃあ時臣さんよ、いきなりだけど情報交換といこうや」
名瀬は名簿を広げると、六人の名前を順繰りに指差していった。
黒神めだか、人吉善吉、阿久根高貴、球磨川禊、都城王土、鰐塚処理。
変わった名前が多いな、なんて感想を抱いたが、名瀬の表情は真剣そのものである。
やはりこの少女は年相応ではない――もっと多くの、修羅場をくぐっているようだ。
味方となれば頼もしい存在だが敵に回ると恐ろしい、そんな印象を年端もいかぬ少女に抱くとは。
「この黒神ってのは化け物女だから心配は要らないし、人吉善吉、阿久根高貴、鰐塚処理も殺し合いに乗るようなタマじゃねえ……球磨川の旦那も変な奴だが、とりあえずは大丈夫だ。
問題はこの都城王土って奴――多分、相当不安定になってるだろうからな。何でもやりかねない」
「成程……化け物女、っていうのはどういう意味だい?」
「全身の骨が折れたくらいなら二分要らずで修復できる――正直人間かどうか疑わしいね」
時臣もこれには驚きだった。
何かの喩えならまだしも、魔術の力なしでそれほどの速度での回復を実現するとは。
名瀬の言葉のトーンから推察するに殺し合いに乗ることは無いようで、ひとまずは安心。
彼女に応えるように、時臣も自らの持つ情報を開示する。
魔術やら英霊やらの固有名詞を訝しげに彼女は聞いていたが、彼女もそういった不可思議に縁がまったくないわけでもないのか、ある程度で折り合いをつけて納得したらしい。
情報を要約すると、
仮も含めて危険人物は衛宮切嗣、雨生龍之介、キャスター、アサシン、都城王土。
協力を求められそうなのは、ウェイバー・ベルベット、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、黒神めだか、人吉善吉、阿久根高貴、球磨川禊、鰐塚処理。
まずは彼らとの合流を目指して、二人は共に殺し合いを打倒することで合意した。
遠坂時臣は知らない。
名瀬夭歌が、『凍る火柱(アイスファイア)』という能力(マイナス)を有する能力者であることを。
互いに互いのことを知らないままで、二人は往く。
【B-5/未明】
【遠坂時臣@Fate/Zero】
【装備:時臣のステッキ@Fate/Zero】
【所持品:支給品一式、ランダム支給品×2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本:バトルロワイアルを打倒し、聖杯戦争に復帰したい。
1:夭歌と行動。
2:遠坂凛、間桐桜の早急な保護。
【備考】
※死亡後からの参加です
※遠坂凛、間桐桜両名が『stay night』時間軸からの参加であることを知りません
【名瀬夭歌@めだかボックス】
【装備:グロック17(17/17)@現実】
【所持品:支給品一式、グロック17予備弾薬(34/34)、ランダム支給品×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本:モノクマの野郎に一泡吹かせたい
1:時臣のおっさんと行動。
2:黒神達と合流し、遠坂凛、間桐桜の二人も保護しておきたい
【備考】
※候補生編終了後からの参加です
※遠坂時臣が魔術師であることを知りましたが、まだ半信半疑の状態です。
支給品説明
【時臣のステッキ@Fate/Zero】
遠坂時臣に支給。
大粒のルビーを先端にはめ込んだ杖。
彼自身の力量と合わせて強力な魔術を行使できる。
【グロック17@現実】
名瀬夭歌に支給。
オーストリアの銃器メーカーであるグロック社が開発した自動拳銃。口径は9mm(9mm×19パラベラム弾)。装弾数は複列弾倉(ダブルカラム・マガジン)による17+1発。
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