サーチャー






 彼女のスタート地点は暗闇の中だった。
 視界は暗闇に包まれており、先ほどのフロアの闇になれた目であっても何処に何があるのかは不明である。
 故に彼女は手探りで移動するしかなかった。いきなり落とし穴に落ちたとしても、不思議ではないのだから。
 だが彼女は暗闇の中を、まるでどこに何があるのかを知っているがごとく、自分の家を歩くように進んだ。
 そうして、彼女は部屋の中にある照明のスイッチを押した。
 そのとたんに部屋は明るくなり、部屋の全貌と共に少女の姿が現れた。



「誰もいないみたい、かな?」

 暗闇の中から現れた黒目黒髪の少女の名は火乃香。
 その衣装は上がタンククトップ、下はアーミーパンツ、額には赤いバンダナを身につけている。
 そして、本来ならば右手にはメインの武装である刀を備えていたはずだった。
 だが、愛刀を含めたナイフや銃などの装備を今は持っていない。ここに連れてこられてさいに何時の間にか失われていた。
 その代わりとばかりに、火乃香の肩にはデイバッグが下げられていた。

「ふぅ、しゃあないか」

 溜息を吐きつつ、火乃香はデイバッグの中を調べることにした。彼女はロクゴウ砂漠で生計を立てる何でも屋である。
 人間サイズの蟻から戦車ですら弾き飛ばす砂龍などを相手にするのに武器は必要不可欠なのである。
 現在の状況は人間を相手にしなければいけないがさしたる変わりは無い。
 そんなことを思いつつ、火乃香はデイバッグの中から道具を取り出す。
 そして、出てきた物は帽子をかぶり蝶ネクタイをしたぬいぐるみと銃だった。
 銃の名はベレッタF92といい、非力な人間でなければ二丁装備できるほど軽量であり排莢不良も起こり難く、
 装弾数は15発であり薬室には余分に一発篭められるなど非常に優秀な銃である。
 故に武器は何も問題は無かった。

「……なんですと?」

 問題なのはげっ歯類である鼠をモチーフにしたであろうオレンジ色のぬいぐるみのような物体であった。
 ただしサイズは火乃香の知る自動歩兵という戦闘用ロボットと同身長であり、胴回りは大きく膨らんでいたためにぬいぐるみというよりは
 置物というべきである。
 明らかにおかしかった。デイバッグのサイズは火乃香より小さいため、とても自分より巨大なぬいぐるみが入るとは思えない。
 とりあえず、デイバッグの中にぬいぐるみを出したり入れたりしてみたが、サイズが変わるようなことは無かった。
 一瞬、火乃香は夢かと思ってしまったもののすぐに違うと思いなおした。別に現実逃避をしたいわけではない、先ほどの出来事を思い出したからだ。
 フィブリゾと名乗る少年が殺し合いをしろと言ったことを。血の臭いが漂うフロアーのことを。
 火乃香とて自分や仲間の命を守るために常に刀を抜いてきた。その結果失われてきた命とてあった。
 こんなところで死んでやるつもりはなかった。

 故に火乃香はこんなことは間違っていると感じた。命というものは簡単に失われてしまうことを実感していたからだ。
 だからこそ決意する。自身や敬愛しているパイフウの道を切り開くためにもあの少年の姿をした『なにか』打ち倒すことを。
 そう『なにか』である。あの少年が人間ではないことはバンダナの下にある第三の蒼い瞳の備わっている超感覚が教えてくれていた。
 天宙眼という火乃香の額に存在する、気を感知し増幅する機能を持つ瞳。
 その感覚は幾度も自身の危機を救ってくれた。
 だが、僅かにその力に陰りがあった。なんとなく調子が悪いのだ。
 ただ調子が悪いならば問題はないが、フィブリゾがこの島になにかしているのならばとてつもなく危険である。
 そして、これらのことを簡単にできてしまう存在であるクエスを火乃香は知っていた。
 クエスによって以前にも似たような状況で似たような場所に攫われてしまったことがあり、なおさらこの状況と重ね合わせてしまい、
 背筋に寒気が走ってしまう。あれも想像できぬほどの力の持ち主だ。
 あれらを倒す手段があるのかどうかなど火乃香は知らない。ただ一つだけ分かっていることがある。

『フィブリゾ! 滅んだはずじゃ!?』

 そう叫んだ亜麻色の髪をした自分とどう年齢であろう少女がいたことだ。
 名簿をめくるとそこには火乃香やパイフウ、それにリナ・インバースを含めた43人の名が書かれている。
 フィブリゾの対応からして、あの少女が名簿に書かれているリナ・インバースなのだろう。
 あの人物ならばなんとかフィブリゾを倒せる方法を知っているかもしれない。
 ただし、リナ・インバースとフィブリゾの狂言でないことが前提である。
 とはいえ、考えるのが苦手であるのでリナ・インバースを探すというだけに留めておく。会った時のことは出会えた時に考えればいい。
 そこまで火乃香は考え、思考を切り、別のことを考える。
 パイフウやロウエン等のように、気を用いた技と思われる炎を生み出す男が殺されてしまったことを。
 もしあの人物が先に攻撃をしかけていなければ、死んでいたのは自分だったのかもしれない。
 いきなり殺しあえといわれて憤りを覚えないほど自分はやさしくはないことを自覚していたために、火乃香はそう思った。
 そして、あの殺されてしまった男の息子のことを思い出す。
 歳は親友であるミリィとたいして変わらないだろう。
 ゆえに思い出してしまう。父親を失ってしまった少女の悲しみを。炎に焼かれてしまった少女の父親を。あの時の無力感を。
 あの少年は駆け寄った二人の男女がいるために天涯孤独というわけではないだろうが、自分が一人でここにいるということは
 おそらく地図上のどこかに少年も一人でいるということなのだろう。

(あんな子一人にしていちゃあ、心配だよね)

 一人というのは心細い。現に自分も常にバックアップを受けている相棒の声が聞こえないだけで、寂しさを覚えている。
 だから思ってしまう。あの少年を探して、守って上げたいと。
 相棒なら『同情するならば止めておけ』などと言うのはよく分かっているし、特に探さなければいけない理由があるわけでもない。
 親を失ってしまう子供など辺境ではよく見かける。完全に自分のワガママであることなども自覚している。
 だがそれでも、火乃香は父親を失ってしまったレンという名の少年を探したかった。

「ま、飯喰って寝るだけが人生ってわけじゃないし、ね」

 火乃香の中ではとりあえずの行動方針は決まる。
 そして、道具に一通り目を通し、ルールブックを読み、次にマニュアルを見た。
 マニュアルにはこのぬいぐるみのことが書かれてあった。
 読んでみるに、どうやらこのぬいぐるみは量産型ボン太くんという名称の兵器であるらしい。
 ボン太くんは筋力補助機能や低周波センサー、超アラミド繊維を用いた防弾毛皮などの機能を搭載しているとのこと。
 火乃香の知識の中にある兵器に当てはめるとPSPというパワードスーツにスラスター機能を取り外し、
 フットワークと器用さを上げたものと考えればいいだろう。
 火乃香はこれを優秀な装備だと思った。筋力を増幅するなどPSPとの共通項も多い以上はある欠点にさえ目を瞑れば
 多少の無茶は利くだろう。故に火乃香はこの装備をすぐさま身につける。
 そうして火乃香は荷物を纏め、扉を潜った。自分の意思を貫くために。


「ふもっふ」

 ボイスチェンジャーを切らなければ優秀な装備である、ボン太くんを身に纏いながら。



【G-5/民家/一日目/朝】
【火乃香@ザ・サード】
[状態]:良好
[装備]:ベレッタF92(15/15)@現実、量産型ボン太くん@フルメタルパニック!
[道具]:支給品一式
[思考]
基本行動方針:とりあえず、人を探す
第一行動方針:先生を探す
第二行動方針:神凪煉とリナ・インバースを捜す。
第三行動方針:なんとかして殺し合いを止めたい。



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