映しだされしものは






ガウルンは哂っていた。
自分が生きてこの場にいるそのことに。
五体も満足でここに存在していることに。
「あのフィブリゾとかいうカワイ子ちゃんには感謝しねぇとなぁ……ククク」
人間を生き返らせることもできるとか言っていたが、それはまぎれもなく真実なのだ。
ラムダ・ドライバやウィスパードなどお話にならない。
ブラックテクノロジーがどうした。
この本物のオカルトの前ではまさに児戯だ。
自分が患っていた膵臓癌はどうなったのかはわからないが少なくとも違和感は感じない。
まさにベストコンディションである。
「しかもここにはあのかなめちゃんや……ククク、カシムまでいる」

―― きみたちには、殺し合いをしてもらう ――

フィブリゾのいっていた言葉が蘇る。
(OK、ボス。この首輪はちょいと気に入らないが、ご期待に応えようじゃないか)
そういえばあのアマルガムで同僚だったクラマが首輪を外そうとして死んでいた。
実に間抜けな死に様だ。あんな死に方は実につまらない。
どうせ死ぬならばさぞかし派手に周囲を巻き込みたいところだ。
そしてその時ガウルンは見た。
あの広間でフィブリゾに攻撃を仕掛けた炎使いを。
(つまり参加者の中にもあいつみたいなエスパー……いや魔法使い様がいるってことか。
 本当に震えるぜ)
今までとは比べ物にならないスリルの戦闘が味わえるということだ。
ずるり、と舌なめずりをしてガウルンは歩き始めた。
まずは景気付けに弱いものをいたぶりまわしたいところである。
「おっとその前に武器とやらを確認しておくかな」

山本洋子は無敵の宇宙戦艦である。
ただし千年後の未来においての話であるが。
今この時点では彼女はごく普通の、ちょっと頭がよくて運動神経がいいだけの……
本当にごく普通の一般女子高生である。
島宇宙間を飛び回り銀河規模の戦争に参加している彼女もこの事態には平静ではいられなかった。
なにより千年後の宇宙戦争においては戦死することがほぼない。
人を殺す事態になることもまずない。
人が死なないスポーツライクな国家戦争。オリンピックのようなものである。
だがこの場は違う。
あのフィブリゾという子供とあの某格ゲーの設定みたいな炎使いの男性と少年。
それらに現実感はなかったが、その前の丸メガネをかけたコートを着た男の人の死。
首輪が爆発して……その首と胴体がはなればなれになったその光景。
それは非常に現実感にあふれていた。
今までホラームービーやゲームでそういう映像は幾度となく見たことがあるが
それはそれらとは比べ物にならないほど洋子に恐怖感を植え付けた。

―― きみたちには、殺し合いをしてもらう ――

殺しあい。
しなければならないのか?
洋子はそっと首輪に触れる。
その冷たい感触は指と同時に心まで凍らせてしまいそうだった。

「いやよ」

洋子は声に出してつぶやいた。そうすることで力になる気がした。
死にたくない。絶対に死にたくはない。
だがそれよりも強い感情が洋子の内からわき上がって来る。
それはこの理不尽な状況に対する怒りだった。
「アタシは絶対に殺し合いなんかしない!」
なんだって突然、連れてこられて首輪をつけさせられて親友である綾乃以外は全く見も知らない
連中と殺し合いなんてしなければならないのか。
脅迫されているのは解かっている。
これから出会う人物全てが平和主義者だなんて幻想は抱こうとも思わない。
それでも、自分の命を天秤にかけてなお彼女のプライドは一線を越えることをとどまった。
「上等じゃないのフィブリゾ」
力強く声に出して彼女は決意する。

「誰にケンカ売ったか教えてあげるわ!」


そして二人は出会った。




「誰!?」
近くに塔の見える森の中。
山本洋子は近づいてくる気配に気づいて振り返った。
それだけでも大したものだった。
兵士の中でも特一級の技量を持つガウルンの隠密に気づいたのだから。
「意外にやるねぇ」
だが身体能力においては圧倒的な差があった。
洋子はすぐに身を翻して走ろうとするが一瞬にして間合いをつめてきたガウルンに腕を絡め取られ
傍の樹に身体を押し付けられてしまった。
「こ〜んにちは、お嬢ちゃ〜ん。こんな森の中をひとりで歩いてちゃァいけないなぁ。
 熊さんに出会っちゃったらどうするんだい?」
「く、なに…よアンタ! 離して!!」
「駄目ダメ、悪い子にはお仕置きしなきゃなぁ。まずは道具ぼっしゅ〜〜う、危ない物は先生が預かりまぁす」
完全に洋子を見下し、おどけた口調で洋子が背負っていたザックを取り上げる。
洋子はなんとか腕を振り解こうと力を込めるが、所詮女性の力では鍛え上げられた軍人の腕から逃れることはできない。
それでも諦めずに力を込めているといきなり拘束から解放され、洋子は勢い余って前方につんのめり転んだ。
すぐに立ち上がって駆け出そうとするが、その前に目の前に巨大なナイフが突き立つ。
グルカナイフ。別名ククリともいい、白兵戦用に特化した戦闘ナイフである。
しかもガウルンはナイフ戦闘の達人だった。
「逃げるなよ。逃げるとお仕置きがきっつくなるぜぇ…具体的にいうとX指定だ。未成年は見てはいけないようなことを
 しちゃう方針。おっと、お年頃だし逆に興味あるかなぁ?」
「だ、誰が!」
なんて品性の下劣な男だろうか。
こんな男に汚されるくらいなら舌噛んで死んだほうがマシである。
「クックック嫌われたもんだねぇ……教育者の宿命ってやつかな」
笑いながらガウルンは洋子のザックを漁りだした。
洋子はチラリと右を見た。そこには大きなガウルンの左足がある。
左を見た。巨大なグルカナイフが地に付き立ったまま洋子を威嚇していた。
背後は2mほどの幹をもつ樹木が洋子の背を支えている。
前方には言わずとしれたガウルンがそびえ立っている。
加えて洋子は地面に尻餅をついた状態だ。
まさに八方塞り。もはや完全に逃げ出せるような状況ではない。
(こんな、こんなところでアタシは死ぬの? こんな男に弄ばれて?)
迫る終焉に洋子の精神は焦燥につつまれる。
死にたくない。
だが打開する手立てがない。
唯一の武器はジャケットの内ポケットに入っているが、今使おうとすればすぐにガウルンに気づかれる。
ザックの中の道具は今ガウルンが手にしている。
見るとガウルンは鼻歌混じりにザックから道具を取り出したところだった。
それは一見普通の壁掛け鏡に見える。
「鏡…ただの? はずれかよ……ゲームでよくあるマジックアイテムとか欲しかったんだがねぇ」
やや紫がかった鏡面をガウルンは覗き込んだ。
その瞬間、洋子ははじかれたように呪文を唱えていた。
鏡と一緒に入っていたメモ……そこに書かれていた呪文を。
途端、鏡面に映し出されていたガウルンの姿がおおきく歪む。
全身に怖気が走り、ガウルンは鏡を投げ捨てると洋子を蹴り飛ばし、距離をとった。
戦士の直感がガウルンに警報を鳴らす。
「ガキィ、なにをした?」
「アンタが見たがってたものを見せてあげようとしただけよ……正直半信半疑だったけど、ね!」
「何?」
投げ捨てた鏡に視線を送ると、鏡から黒い霧が噴出した。
洋子は血交じりの唾を吐き出すと痛む体を押して駆け出し、黒い霧を盾にガウルンと対峙した。
反射的に洋子を追いかけそうになるが、黒い霧を警戒しガウルンはかろうじて踏みとどまる。
そして黒い霧がおさまったその場所には……もう一人のガウルンがそこにいた。
「な……」
さすがのガウルンもあまりの出来事に呆然と口を開け固まる。
鏡の名は『影の鏡(シャドウリフレクター)』。
相手を映し出すことにより映した相手と全く同じ能力――肉体的な能力はむろん、技術や知識などといった
経験的な能力をも持ち、なおかつ相手と全く逆の性質をもつ『影』を生み出すという魔器である。
(つまりあの男と全く同じ力を持ったアタシの味方ってわけよね……説明書には使用者に従うと書いてあったけど……)
試しに命令してみることにする。
「さぁ、あの男を倒しなさい! 戦ってアタシを護るのよ!」
ガウルンを指差し、声高に叫ぶ。
ギョッとしたガウルンはすぐに地面のグルカナイフを拾い上げ、ファイティングポーズをとった。
鏡から生まれたガウルン――便宜上コピーガウルンと呼称する――はゆらり、と流れるような動作で両手をあげると
おびえたような微笑を浮かべた。

「抵抗はしません。まずは武器をおさめ、話し合いませんか? 闘争とは空しいものです」

「「ハイ?」」

思わずガウルンと洋子の声がハモる。

コピーガウルンは震えながら続ける。
「平和こそが人類にとって最上の喜びではないでしょうか? 全ての人が仲良くなれればそこに争いはなくなり、
 悲しみは地上から消える。そんな世界を僕と一緒に作っていきませんか?」
洋子はこの一種異様な世界に戸惑いながらも漠然と考えた。
影の鏡の説明書には相手と全く逆の性質の影を生み出すと書かれていた。
全く逆の性質。
目の前のガウルンは残虐性、闘争心にあふれた戦士である。
それと全く逆の性質ということは……

(心優しい平和主義者……とか?)

 「僕には解かります。君も最初からそんな乱暴な人ではなかったはずです。幼い頃の純真な気持ちを……」
そんな真摯なコピーガウルンの訴えを静かな、震えるような声が遮った。
「ク、クックック、クックククク……」
ガウルンは心底愉快そうに笑っていた。
だがその表情とは裏腹に暗い凶悪な重圧が洋子とコピーガウルンの動きを止めていた。
ひとしきり笑った後、ガウルンは目を見開いた。
「ふざけんなぁっ!!!」
「ひいっ」
弾丸のような速度で飛び出したガウルンがコピーへと迫り、歪曲した刃がその首を落とそうと疾走る。
だがその直線的な攻撃をコピーは頭を下げて回避すると続く膝蹴りの追撃を後ろに飛んでかわす。
「舐めるなよ!」
さらにガウルンは攻勢にでるが、いくらナイフのアドバンテージがあるとはいえ
自分と互角の力量を持った相手が完全に防御に回ったらそう簡単に攻めきれるものではない。
自分の醜悪なコピーが目の前にいるということがガウルンから一瞬冷静さを失わせていた。
だから、普段なら対応できたはずの次の山本洋子の行動に対応できなかった。
「目を閉じて!」
洋子の声が聞こえ、コピーガウルンはガウルンから距離をとった上で目を閉じた。
対してガウルンはなんと不意をつかれ、思わず山本洋子の方向を見てしまった。
通常ならあり得ない失態である。

爆音と閃光が巻き起こる。

それはガウルンの鼓膜を震わせ、瞳孔を灼いた。
「ぐおっ!」
視覚と聴覚を一瞬にして麻痺させられ、ガウルンは身を屈め防御体勢をとる。
一瞬ショック状態になりかけたが類まれな精神力で意識を失うことは免れた。
だが残された嗅覚と触覚だけでは敵の攻撃を感知することはほぼ不可能だ。
(くそったれが! この俺様がこんなことで……っ!)
身をかがめながら闇雲にナイフを振り回す。
だがいつまで経っても攻撃はこなかった。
そしてようやく視覚と聴覚が回復した時には山本洋子もコピーガウルンも何処にもいなかった。
しばらくガウルンはその場に立ち竦み……突然、空に向かって咆哮した。

「ぐぉおおおおおおおっ! あのメスガキぃ!! くそったれの人形と一緒に必ずぶち殺してやるぞぉっ!!」

そしてガウルンは切り札を取り出す。
自身の速度を殺してでも相手を逃がさず、嬲り殺すための防具を。
それは不恰好な真紅の鎧だった。
かつて天人と呼ばれた一族が残した遺産、『緋魔王(イフリート)』。
背についた一対の板はまるで翼のようだった。

憎悪の表情のガウルンがイフリートを纏ったその姿は……まさに悪魔に見えた。



コピーガウルンと共にガウルンから逃げていた洋子は塔に辿りつくとホッと一息ついた。
塔に人の気配はない。
その時、コピーガウルンが洋子の肩をがっしと掴んだ。
洋子はギョッとするが、コピーは涙を流して感激していた。

「ありがとうございます洋子様! 僕がお味方しなければならないところを逆に助けていただくなんて……
 このガウルン感無量でございます!」
「いや、様はやめてよ……洋子でいいわ」
「そんな、主にして命の恩人に対して呼び捨てなんてできるものではありません!!」
ぶわっと目潤ませて訴えてくる。
美女がやるならばともかくごつい男がこれをやっても気持ち悪いだけである。
洋子は限界まで引きながらやるせなくひきつった笑みを浮かべた。
「じゃあせめてさん付けで呼んでちょうだい。さすがにアンタ相手に女王様気分なんてやる気にならないわ
 まどかじゃあるまいし……」
その洋子の言葉にコピーガウルンは残念そうに頷いた。
「そうですか……わかりました洋子さん」
「ところでアンタ、ガウルンって言ったわね? それってあの男の名前でしょ?」
「はい……この鏡によって生み出された僕は彼と全く同じ存在といっても過言ではありませんから……
 それにしても嗚呼、僕のオリジナルがあんな野蛮な人だったなんて……」
ドサクサ紛れに拾ってきたのだろう紫の鏡を抱きしめ悲嘆にくれるコピー。
(あいつがあんな性格でなかったらアンタはそんな風に思えるように生まれなかったわよ……)
洋子は心の中で突っ込む。
「そうね……ガウルン、あいつ中国人なのかしらね。ガウルンって九竜のことでしょ?」
「いえ日本人ですが……いろいろと事情があって……」
「なるほど偽名ね。ま、どうでもいいわ、アンタもアイツもガウルンじゃややこしいからアタシが名前をつけてあげる。
 九竜は発音によっていくつも表記があるわ。その中のひとつにカオルーンというのがあるの。
 ナヨナヨしたアンタに濁点は似合わないからアンタは今からカオルーン、略してカオルちゃんよ!」
「はい!」

こうして底抜けのお人よし平和主義者、カオルちゃんと山本洋子のコンビが誕生した。
この殺伐とした世界の中、彼女たちには一体どんな運命が待ち受けているのだろうか……。


【B-2/塔の1F/一日目/朝】
【山本洋子@それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ】
[状態]:右脇に軽度の打撲 口の中を少し切っています
[装備]:閃光手榴弾×2(元は三個セット)
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:殺し合いには乗らない
第一行動方針:休憩
第二行動方針:これからの方針を定める

【カオルーン(コピーガウルン)@フルメタルパニック!(?)】
[状態]:正常
[装備]:影の鏡(シャドウリフレクター)@スレイヤーズ
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:非暴力平和主義
第一行動方針:山本洋子に従う
[備考]:首輪はきちんとコピーされています。
     影の鏡のコピー許容量は一人分だけだったので現在は力を失ってただの鏡になっています。
     (※カオルーンが死んだら……?)


【B-2/森南部/一日目/朝】
【ガウルン@フルメタルパニック!】
[状態]:激怒
[装備]:グルカナイフ@フルメタルパニック!
     緋魔王(イフリート)@魔術師オーフェン
[道具]:支給品一式×2
[思考]
基本行動方針:ゲームに乗る
第一行動方針:山本洋子とコピーガウルンを探して嗜虐心を満足させた上で殺す
第二行動方針:カシムその他を探すのはとりあえず後回し



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