それもこれもあいつのせいだ
「なんなのだ、あやつは」
D-6の平原にただ一人ぽつんと立っている着物を着た少女――神城凛は蒼白な表情でそう呟いた。
現在彼女の胸中を占めているのはただ一つの事柄、そうフィブリゾと名乗った少年のことである。
神城凛は妖怪退治を生業としている一族の中でも優れた実力を持つ剣士である。
故にあの妖魔が恐ろしいほどの強大な力を有していることが理解できてしまった。
はたして、あれほどの力を持つ妖魔に自分一人の力で勝てるのだろうか? おそらく無理だ。
(ならば、やつの言葉におとなしく従うか?)
そんな考えが思わず脳裏に浮かんでしまう。
だが同時にそんなことなどいけないとも思う。
(いかん。いかん)
馬鹿げた考えを振り払うために自分の両頬を叩く。こんなことなど間違っているのは理解しているのだ。あの妖魔の言うことに耳を貸す必要などない。
そして、単独では勝てないのも分かっているのだ。ならば集団で退治しまえばいい。
あの場には大勢の人間がいたはずだ。殺されてしまった男とその息子達がそうであるように、他の退魔士がこの地にいたとしても不思議ではない。
(ならば早急に探すか)
そう思い凛は右足を一歩前に進める。そのとたんに何か不思議な違和感に気づいた。
なにかを忘れているような感覚である。
はて、このボタンの掛け違いのような違和感はなんだろうと自分の体を見回す。そして違和感の元に気づいた。
普段から持ち歩いている愛刀がないのだ。落としたかと思い、辺りを見回すも人っ子一人すら見当たらなかった。
どうやら何時の間にか取り上げられていたらしい。今の自分の手荷物は刀の代わりとばかりにザックしか握らされていなかった。
凛は数秒間迷いザックの中を調べることにした。
あの妖魔に与えられた代物をあてにするのは癪だがこのさい仕方がない。
刀がなくとも素人相手ならどうとでもする自信があるが、以前襲ってきたような実力のある悪党相手では分が悪い。
何か硬いものが手の先に触れた。握ってみると棒状の物だった。
得物かと思い、引っ張り出してみる。
どうやら日頃の行いがよかったらしい。出てきたものは黒鞘に収められた刀であった。
凛は僅かに機嫌を良くしつつ、刀を鞘から抜き、上昇したばかりの気分が僅かに気落ちした。
出てきたものは刀ではあったが、普段から持ち歩いている物と比べれば鈍と言っていい物であった。
とはいえ刀は刀だ。実用には耐えられるであろうし、寸法も自分にとっては丁度いい物だ。
下手な西洋刀よりは遥かにましだろう。これ以上のものを望んでも仕方がない。
凛はそう締めくくり刀を脇に差しつつさらにザックの中を探ることにした。
中には様々なものが入っており、その中で特に目を引いたものはルールブックと名簿だけであった。
妖魔の決めた法など見たくもなかったのでルールブックは読まずに、名簿の方を先に見る。
そこにはよく見知った者達の名前が書かれていた。
しかもその中にはリーラという式森に付きまとっていたメイドの名前まで書かれていた。
その名前を思い浮かべただけで腹が立ってきた。
なにがご主人様だ。式森はお前の所有物ではないんだぞ。ちょっと家事がすぐれているだけであいつの側にいていいものではない。
第一集団で一人の世話をするなど甘やかすにも程がある。叱るべきところでは叱れる様な人物があいつにこそ相応しい。
そうz―――
「てっ! ちょっと待て!! なぜいま式森のことを考えなければならんのだ」
凛は赤面しつつ叫んだ。
ここは殺し合いの場なのだ。ふざけた思考をしていてはいつ背中から刺されるか分かったものではない。
思考を妖怪退治の剣士に切り替えるべく支給物である水筒に手を伸ばす。
茶でも飲んで落ち着こう。水筒の頭からコップを取り外し、コップの中に水を溢れる一歩手前まで入れる。
そして勢いよく飲み干す。
そして盛大に噴出した。
不味い。なんだこれは!?
思わず、噴出してしまった液体が入っていた水筒を見る。
それにはお仕置き水と書かれてあるラベルが貼られており、紐には説明書なる紙が張られてあった。
なにが書いてあるのだろうかと説明書を手に取り内容を読む。
数秒後、説明書を読み終えた凛はそれを地面に叩きつけた。
そこにはとても有害な成分ばかりが書いてあったからだ。
剣道の大会で全国優勝できるほどの腕前を持つものの、生物部に所属している凛はそのことが理解できてしまった。
手の中にある水筒を見る。それも投げ捨てようと思い振り上げる。
なにがお仕置き水だ。このような公害指定のものなど必要ない。
『和樹さんの浮気者! お仕置きします!!』
凛の頭の中で、お仕置きという単語からそんな展開が想像できてしまった。
そして連想してしまう、殺し合いの場に放り出され怯えた少女を慰める式森和樹を。
『大丈夫だよ、僕がついてるから』
■■■■■
神城凛はゆっくりと水筒をザックの中に収める。
これは自分への戒めなのだ。もし毒だったのならば自分は死んでいた。
幸いにも毒ではなかったが、説明書を始めに読んでいれば苦い思いをせずにすんだはずだ。
ゆえに嫌々ながらもルールブックを読む。同じ失敗を犯すわけにもいかない。とはいえすぐに役立つ情報は書かれてはいなかった。
ついでとばかりに刀の方の説明書も読んだ。とくにたいしたことは書かれてはいなかった。
どりあえず分かったことはこの刀の持ち主は火乃香という人物ということだけだった。
そういえば名簿にそんな名前が載ってあった、と思い名簿を手にとって見てみると確かにその名前が載っていた。
もしかすれば自分の刀も支給品とやらに回されているかもしれない。
そう思いつつ名簿を閉じようとする。
(ん?)
だが何か気になるものを見かけたような気がし、閉じるのを止め再び覗き込む。
何が気になったのかと思い。三度覗き込み思い出す。
『神凪』という単語を言った人物が勇敢に立ち向かい殺されてしまったことを。
「かずま、あやの、れんであの御仁が『魔を滅するは神凪の務め』と言うからには『神凪綾乃』、『神凪煉』で
かずまは『八神和麻』で名字が違うが婿養子というのもあるか。となればあの御仁の名は『神凪厳馬』か?」
べつに『神城和樹』なる単語は断じて思い浮かべるはずがない、と自身に念じつつ一人で呟く。
始めから探そうとは思っっていたものの名前が分かったのは収穫だろう。これで少しは探しやすくなった。
行動方針は大体決まった。
「さていくか」
「やっと出発?」
移動しようとしたとき、背後から声が聞こえてきた。
どこにも隠れられそうにない場所で、考え事をしていたのがいけなかったらしい。
そういえば以前にも同じようなことがあった。あの時も式森のことを考えていたために葵学園女子になぜか囲まれてしまっていた。
「って、『も』とはなんだ! 今は真面目に考えていただろうが!!」
「……難儀な子ねぇ」
どうやら振り向かずにはいられないらしい。
溜息をしつつあきらめて振り向くと、いつからいたのか数m離れた所に美女というべき長い黒髪をした女が立っていた。
肩から吊るしている銃の横にある胸は大きく、体はよく引き締まっておりモデルと言っても通用するぐらいにプローポーションは抜群である。
容姿の方も整っており形のいい眉の下には暗く輝く黒瞳を抱いた切れ長の双眸が備わっており美顔と言ってもいいだろう。
自分の知識の中で彼女に匹敵するのは風椿玖里子ぐらいだ。
いや、本物の大人なぶん目の前の人物は彼女より美しいといえるだろう。
もしかすれば、これほどのスタイルの良さならばあいつを押し倒せるかもしれない。
「って! またぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「……刀を使う女の子って男運悪いのかしら?」
そう凛の目の前にいる女は呟いたが、あいにくと落ち込み自身の妄想と戦う凛の耳には入ってはいなかった。
凛がひざまづきつつ女の方を見ると、女の肩にはハーネスが吊り下げられており回転式と思われる黒い拳銃が中に収められているのが見えた。
そして、普段は言わない台詞を呟いた。
「……その拳銃で私の頭を吹き飛ばして貰えませんか?」
「笑えない冗談ね」
無表情に着物姿の少女を見下ろしつつパイフウは答えた。
【D-6/平原/一日目/朝】
【神城 凛@まぶらほ】
[状態]:健康、ちょっと落ち込んでいる。
[装備]:火乃香の刀@ザ・サード
[道具]:支給品一式、おしおき水が入った水筒@魔術士オーフェン
[思考]
基本:とりあえず、知り合いと合流する。
1:目の前の女に対応する。
2:退魔士の可能性がある『八神 和麻』、『神凪 綾乃』、『神凪 煉』を探す。
2:フィブリゾを退治する。
【パイフウ@ザ・サード】
[状態]:健康
[装備]:ディーディー(5/5)@魔術士オーフェン
[道具]:支給品一式、不明支給品×1
[思考]
基本:ほのちゃんと合流する。
1:難儀な女の子に対応する。
備考:パイフウがいつから凛の背後にいたのかは次の書き手さんに任せます。
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