世界で一番の悲劇






 まずは、あの戦争馬鹿と会わないと――!
 千鳥かなめは森の中を走り続けている。息は切れ切れになり、足は擦り傷だらけだったが、気持ちを奮い立たせて一歩を踏み出し続けている。
 かなめはフィブリゾとやらの馬鹿げた企画に参加する気は全くなかった。とはいえ、自分一人ではこの戦いを生き抜くには限界があるし、何よりも一人でいることが胸を締め付けられるほど心細かった。
 そこで、かなめは宗助を探すことにした。宗助が持つサバイバル知識や重火器を扱うスキルがあれば、かなり心強いものになる。
 無論、走り出す前にルールブックと名簿と地図は一読し、支給品もチェックしておいた。支給品は二十万ボルトのスタンガンとアルミ合金製の手錠だった。遠距離武器がないのは心細いが、使えるものが手に入ったのはラッキーだろう。それらはザックの中に詰めてある。
 走り続けるかなめの目の前に黒いものが映った。周りが緑だらけの中、それが強く要の意識を揺さぶった。
 何かがある。それが果たして自分にとってプラスかマイナスか。かなめは心臓の鼓動を深呼吸で落ち着けながら近づいた。
 そして、かなめの心は不安に塗りつぶされた。かなめが見た黒いものとは陣代高校の男子制服だった。それはいい。しかし、問題はその男子生徒らしき者が仰向けに倒れたままで、ぴくりとも動かないことである。
 さらに、髪がざんばらの短髪であること……名簿にあった椿一成も陣代生だが、このような髪型ではない。
 宗助……なの?
 かなめは泣き出しそうになるのを堪えて、全力で、男子生徒らしきものへと走っていった。
 結果は、かなめにとって最悪のものだった。
 宗助は胸にナイフが突き刺さった状態で、仰向けで、死んでいた。
「うそ……でしょ。こういうサバイバルって、あんたの専売特許じゃないの……」
 かなめの呟きにも、宗助は全く反応を示さなかった。
 不意に、かなめの心に悲しみが、津波のように溢れてきた。膝から力が抜け、続いて全身から力が抜けた。そして宗助の上に覆いかぶさるような形でかなめは涙を流し、嗚咽を漏らした。
 そのときである。横合いから、男の悲鳴が聞こえたのは。

式森和樹は宗助を殺した現場から逃げるうちに、再びもとの場所へ舞い戻ってしまったである。
 実は、森の中というのは木々が直線に進むことを邪魔するため、どうしても蛇行して進んでしまうのだが、その際にコンパスなどを使わないとぐるりと一周してもとの場所に戻ってしまうことがある。
 今の和樹はちょうど、そのパターンにはまっていたのである。
 そして、戻ってしまった和樹が見たのは、自分が殺してしまった少年の死体にすがりついて泣く少女の姿である。
 その様子から察すると、仲のいい友達……どころではなさそうな、深い悲しみが和樹の胸にも伝わってきた。
 続いて、己の行いの罪深さに背筋が凍り、心臓を握りつぶされるような苦しさがこみ上げた。
 そして、思わず声を上げてしまったのである。
 泣いていた少女はすぐに顔を上げ、和樹と目を合わせた――その瞬間が、和樹の罪を最も強く感じさせる一瞬だった――すると、少女の泣き腫らした目に力が宿った。

 かなめは悲鳴が聞こえた瞬間にそちらを向き――それができたのは、彼女の心の一部がまだ理性を保っていたからかもしれない――悲鳴を上げた少年と目が合った。
 その瞬間、かなめは少年の異様な狼狽振りを確かに目にした。そして、直感が告げた。あの少年が、宗助を殺したのだと。
 かなめはさらによく少年を観察しようと目を凝らした。すると、少年の体の向こう側の景色が微かに見えた。つまり、あの少年の体は透けており、実体がないのかもしれない。
 このことから得られる結論――宗助は物理的な手段によってあの少年と戦闘を行い、敗れた。
 まずは、この仮説を確かめなければならない。
 かなめは立ち上がり、大きく息を吸い、よく聞こえるように声を張り上げた。
「ここで殺されている男の子、あなたが殺したの!?」
 殺されている。その言葉を言うときに胸がひどく痛んだが、今は悲しみにくれている場合ではない。
 少年は答えることができず、立ち尽くして震えているだけで、かなめは己の直感が真実を告げていることを悟った。
 次いで、かなめは手近な石を手に取った。本来であれば話し合うべき場面だったかもしれないが、かなめは一刻も早く、宗助が死んでしまった理由を知りたかった。
 大きく振りかぶって、少年に石を投げた。放物線を描いた石は少年の胸に飛んでいったが、当たることはなく、そのまますり抜けてしまった。
「なるほど。やっぱり実体無しか。っていうことは、幽霊さんかな?」
 ここに来てかなめは冷静さを取り戻し、目の前の少年とコミュニケーションをとることに思い至った……が、かなめは一瞬の後にそれを放棄。後ずさりし始めた。
 石を投げられた少年は突如笑い出し、顔を庇っていた手をどけた。その顔は、かなめの背筋をひやりとさせるのに十分な壊れた顔であった。
「うわぁあああああああああああ!」
 少年は奇声を上げてかなめに向かって走り出した。かなめも思わず全力でその場を逃げ出した。

【本文の後に】
 【F-5/森/一日目/午前】

 【千鳥かなめ】
 [状態]:肉体的には健康。精神的には宗助の死を知って錯乱気味。
 [装備]:特に無し
 [道具]:二十万ボルトのスタンガン@フルメタル・パニック  アルミ合金製の手錠@フルメタル・パニック
 [思考]:
基本:知り合いと合流する
1.目の前の少年(式森和樹)から逃げる。


 【式森和樹】
 [状態] 幽霊、半ば錯乱気味
 [装備]ウェポン・システム(16/20)@ザ・サード
 [道具]支給品一式×2、ウェポン・システムの付属パーツ@ザ・サード、割り箸@現実
 [思考]
基本:とにかく、皆を探す。
1.目の前の少女(千鳥かなめ)を自分に危害が加えられない状態にする。

[備考]
かなめの道具は詳しく言うと「終わるデイ・ベイ・デイ(下)」のラブホテルで使ったものと同じです。ただ、ここに書いた説明で十分だと思います。



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