送り込まれた刺客






八所神社の境内の一角に腰を下ろし、山下智久はつい数時間前のことを思い返していた。
あれは全ての説明が終わり、移送ヘリに乗せられようとしていたときだった――。


 〜〜〜〜〜


「――山下智久よ、話がある」
既にローターを回したヘリの爆音に負けることのない野太い声に、山下は呼び止められた。
両脇を武装した兵士に取り押さえられ、さてこれから会場に移送されるのかと思っていた山下は、何事かと振り向いた。
背後には誰であろう、恐ろしきデーモン小暮閣下の姿があった。
一体何の用だと思うより先に、山下の身体は恐怖に震えた。
布袋のような大男を何の躊躇いも見せずに簡単に殺してしまった閣下が化け物に見えた。
閣下はヘリに手を掲げしばらく待てと命令を送ると、顎をしゃくって山下を促し、少し離れたところへ移動する。
なるほど、ここならばヘリの巻き起こす暴風も爆音も幾分かは和らげる。話をするのに支障はそれほどない。

「先ほどの我輩の説明を、君は理解できたであろうか――」
唐突な問いに、山下は息を呑んだ。
下手な答えはできない。間違った答えをしては、布袋と同じ運命を辿ると思えたからだ。
そんな山下の胸の内を見透かしたのだろう。閣下は、
「そう硬くなるでない。我輩の質問に他意はない」
と言って、ひとまず山下を落ち着かせた。
「……はい……いや……ええと……」
「どっちなのだ」
「理解は……したつもりです。……でも……」
「なんだ」
「……納得は……していません……」
言ってしまってから、山下は後悔した。
これでは面と向かって抗議しているようなものだ。布袋と同じ末路を、自ら望んでいるというのか。

「フハハハハ!面白い、我輩に楯突こうとは…。あのデカいのと、同じようになりたいか」
「ま、まさか!」
そんなわけがあるはずはない。
できうることなら前言を撤回してもらいたいくらいなのだ。
「フム、ならば今の言葉、聞かなかったことにしてもよい。君の心がけ次第ではだが――」
意味深な物言いだった。
閣下はいったい何を言わんとしているのだろうか。まるで掴めない。
「どういう意味でしょうか……?」
「我輩は、悪魔遊戯が円滑に進むことを望んでいる」
「…………」
まだわからない。
円滑に進むことを望んでいるからなんだっていうんだ。
「そのためには、人が順当に死んでいく必要がある」
やっと飲み込めてきた。
「……つまり、俺にジョーカーになれと?」
「察しが良いな。その通りだ」
なんてことだ。よりによってそんな大役が回ってこようとは……。
山下はいよいよ気が重くなった。
「無理ですよ。自分自身の身を守るのだって自信が無いっていうのに……」
「人を騙すのは得意だろう?――なあに、心配するな。君にはその分、特別な支給品をプレゼントしてあげよう」


 〜〜〜〜〜


「はぁ……」
何度思い出しても気が重くなる。
要するに、あのとき言われたことは、積極的に殺して回れということなのだ。
冗談ではなかった。
人殺しなんてものが簡単にできるはずないし、それに閣下は決定的なことを考慮してくれていない。
「俺の身の安全なんて保障できないクセに……」
そうなのだ。閣下の提案には、山下自身の安全など全く考えに入っていない。
動き回る結果、危険が多くなるなんてことは、閣下は気にもしていないのだろうと思うと、腹が立ってくる。

山下は玉砂利の上に置かれたデイパックを広げると、中を検めた。
銃が一丁に、それに箱に様なものが入っている。
「えぇっと、どうやって使うんだっけな」
手渡されたときに教わった使い方を思い出し、とりあえず電源を入れた。
小さなディスプレイに光点が一つ明滅している。
「これが俺か……」
光点は山下自身を指していた。箱の招待はGPS装置だったのだ。
「……ここにいても仕方ないし、殺す殺さないは別にして、誰かを捜してみるとするか」

【八所神社/深夜】

【29番 山下智久(NEWS)】
[状態]:健康
[装備]:ワルサー P38(消音器装備(装弾8・予備弾16))
[道具]:荷物一式 GPS装置
[思考]:1.まずは人を捜す



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