First Contact
切石ヶ鼻付近――。
一人でとぼとぼと前を歩いていた清春が、急に足を止めた。
どうやらあとを尾けていた俺の存在に気付いたようだ。
俺は絶対に優勝する。そう決めた。
俺をこんなくだらないことに巻き込んだデーモンのクソ野郎をブッ殺してやらないと気が済まない。
それに俺はまだ死にたくねー。
そのために、俺は一人でも多く殺して絶対に優勝するんだ。今は奇麗事なんて言ってる場合じゃねーからな。
泥を啜ってでも生きてやる。生きて必ずデーモンを殺す。
俺を虚仮にしたことを後悔させてやる。必ず……必ずだ……。
だから問題は狙う獲物だ。
手当たり次第に襲っていくのは得策じゃない。
騙しやすい奴から騙し、殺しやすい奴から殺していく。それが順当な手順ってやつだ。
そうした手順どおりにやらなくちゃ、こっちの身の危険だってある。それじゃあ何の意味も無い。
生き延びて、デーモンをブッ殺すんだからな。最後に笑うのは俺でなくちゃならない。
俺は支給された名簿に片っ端から目を通すと、次々に選別していった。
敵に回して怖い人間とそうでない人間――。
大方は怖くない方に選り分ける。
大したことはない、どれも小物だ。上手く片付けられる奴等ばかりだ。
だが二人だけ、怖い方に回さなくちゃならない奴等が出た。こいつらは要注意人物と判断せざるをえない。
一人は長渕剛――。
こいつは一番危険だ。まずまともにやり合って勝ち目は無いだろう。さすがに無事で居られる自信が無い。
やりようによっては何とかなるだろうが、なるべくなら最後まで関わり合うべきじゃない。リスクは避けるべきだ。
最後の最後、油断したり疲れ果てたときにぶつかるのが理想的だ。
それまでは泳がせておけばいい。
もしかしたらこいつが他の奴等を減らしてくれるとも限らないしな。
そしてもう一人が――そう、清春だ。
こいつは何を考えてるかわからない分、ある意味じゃ長渕よりも厄介だ。
筋肉バカなら思考は読める。しかし気紛れな清春の思考は読めない。
こいつがどう出るかで、俺の優勝だって左右されかねない。それはつまり、俺の最大の障害ということだ。
あんまり気は進まないが、手を打つなら早い方がいい。
「よぉ清春」
「なんだ櫻井さんか」
振り向いた清春は、俺の知ってるいつもの清春だった。
不審は特に見られない。
顔に薄い笑みを浮かべ、でも完全に心は許していない感じ――。こいつはいつもこれだ。
こいつさえ消えてくれれば俺の優勝は一歩……いや五歩も六歩も近づくのに。目障りな野郎だ。
「いきなり後ろにいるんだもん。ビックリしましたよ」
嘘だ。こいつは尾けられていたのを承知していた。
承知した上で俺を人気の無いここまで誘い出し、さも今気付いた“フリ”をしてやがる。タヌキだな。
「ちょっとお前と話がしたくてな」
「それなら早く声を掛けてくれればいいじゃないですか。櫻井さんも人が悪いな。ハハハハ――」
そう嘯くが、清春よ、目が笑ってないぞ。
お前もやる気になってるんだろ?
「で、話って何ですか?」
「……いや、俺の用はもう済んだ。お前のトコに来るには早過ぎたみたいだな。お互い、もう少しあとに“やり合う”ことにしようぜ」
「やり合う?ウフフ…何言ってるんですか、櫻井さん。俺はそんなつもり全然」
清春はおどけて首を振る。
見え透いた芝居はよせ。俺にはお見通しだよ。
「俺はもう行く。お前の様子を見れただけで満足だ」
「もう行っちゃうんですか?それは寂しいな」
「どうせすぐ逢えるさ。ちょっとの辛抱だ」
俺はそこで清春に背を向けた。
これは賭けだ。
もし奴が銃を持っていて俺を撃ってくれば、俺は死ぬかもしれない。
しかしそうさせるつもりはない。奴が俺を撃とうとした瞬間、体に穴を開けるのは奴の方だ。
服の下に隠した銃は、背中越しに奴を狙っている。
この誘いに乗ってくれば、俺は危険視している内の一人を早くも消すことができるのだ。
……だが、奴は誘いには乗るまい。
清春には清春なりの美学があることを、俺は知っている。奴はこんな形では俺を殺さない。きっと殺さない。
「じゃあ気をつけてくださいね、櫻井さん。“俺とまた逢う気があるんなら”ね?」
案の定、清春は一瞬だけ殺気立った。
言葉の端に、明らかな殺意が籠められていたのを俺は肌で感じた。
これが奴の本性なのだ。清春は絶対乗り気でいる。最初にこいつの様子を探っておいたのは正解だった。
だがこれも俺の読みどおり、奴は手を出してはこなかった。
威嚇するだけしておいて、俺を逃がしたのだ。俺の挑戦を受けた――そういう意味合いだろう。
俺は奴に言葉も返さず、そのまま黙って歩き続けた。
清春とはたぶん、ケリを着けることになる。それはきっと面白いことになるはずだ。そんな予感がする。
けどそれはもう少しあとのことだ。今は一人でも多く殺すことに専念しよう。
楽しみは最後に取っておくものだ。
せいぜい死なないように頑張るんだぞ、清春。俺を楽しませてくれよ。
お前はデーモンを殺す前のオードブルなんだから――。
もう少し……もう少しだけ待っていろ。必ず俺が殺してやるから。
じっくりと……じっくりと殺してやるから……。
「あいつ…気付いてたな」
清春は後ろ手に隠していたベレッタを腰に押し込みながら言った。
「ふぅ…やれやれ、変な約束しちゃったなぁ」
清春の目は遠ざかる櫻井の背を追っていた。
その姿は面倒臭そうではあったが、楽しんでいるようでもあった。
「ま、いっか。どうせあいつも殺すつもりだったんだし。遅いか早いかの違いだな――」
清春はにやりと笑った。
【切石ヶ鼻付近/深夜】
【14番 櫻井敦司(BUCK-TICK)】
[状態]:健康
[装備]:FN ハイパワー(装弾13・予備弾26)
[道具]:荷物一式
[思考]:1.優勝する
2.デーモン小暮を倒す
3.清春と決着をつける
【10番 清春】
[状態]:健康
[装備]:ベレッタ M92(装弾15・予備弾30)
[道具]:荷物一式
[思考]:1.優勝する?
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