悪魔遊戯






息苦しさを覚え、亀梨和也は目を覚ました。
ここはどこだろう。
暗いホールらしき空間――NHKホールに良く似ているようだ。
ホール中を数百本、数千本の蝋燭が炎を灯して揺れている。その淡いロウソクの灯りを頼りに、和也は周囲を見回した。
まず気付いたのは、和也の他にも人がいるということだった。数分前の自分と同じように床や座席に突っ伏して眠っている。
更に驚いたことに、それら眠っている人たちは、皆、一流ミュージシャンだったのである。
(テレビの撮影だったかな?)などと思いつつ、朧な記憶を辿るがどうもハッキリしない。
仕方なく、和也はまた周りを見回した。
次に気付いたのはステージ上に築かれた祭壇のようなものだった。
まるで何か、宗教の儀式にでも使いそうな仰々しい造りだ。そう、例えば悪魔を呼び出す黒魔術なんてものでもやれそうな雰囲気がある。
(こんなセットまで作って……)
それでも和也は自分が何故ここにいるのか、思い出せずにいた。

和也が頭の中で懸命に状況を整理していると、不意に声を掛けられた。
「亀梨…亀梨……」
「あ、山p」
呼び掛けていたのは山下智久だ。
和也は親友がいたことが単純に嬉しかった。
手で狐の形を作って「コン」と鳴いてみせる。ドラマで競演して以来、二人の挨拶はこれだった。
「そんなことしている場合じゃないぞ」
ロウソクの灯りのせいか、山下の表情はつかめない。
しかしその声から山下の様子がいつもと違うということが和也にもわかった。
「なに、どうしたの?――なぁ山p、ここがどこだかわかる?」
和也の緊張感のない声が、間抜けに思えるくらいホール中に響いた。
「あれ?カッコいいネックレスじゃん。どこで買ったの?」
山下の首には銀色に光る首輪のようなものが嵌められている。
和也はそれを指差して訊いた。
「バカ!…お前、何かおかしいとか思わないのか?」
「何かって?」
「…………」
山下は黙ってしまった。
彼は“何か”とやらに気付いているらしい。


カッ…カッ…カッ…ホール内に高らかな靴音が谺した。
誰だろうと音のする方を見ていると、現れたのは意外な人物だった。
白い顔に逆立つ金髪。甲冑を思わせる派手で重々しい服装――。一目見たら忘れないであろう男が、和也の視界の中に納まった。
「フハハハ!諸君、よくぞ集まってくれた!」
デーモン小暮閣下は、不敵な笑みを湛えていた。

ホール中が静まり返っていた。
この異様な雰囲気に声を出せる者などいやしない。和也たちの周りには、銃を構えた男達がずらりと並んでいる。
その中で、閣下は祭壇の前に立ち何かを祈っているようだった。
「諸君、我輩は実に残念である。このところのこの業界の衰退は目に余るものがある。盗作…マンネリ…売れる事だけを考えた曲作り……。
 個人の持つオリジナリティや創造性は失われ、もはや商業音楽を作り出すしか能が無くなった音楽業界。
 嘆かわしい…汚らわしい……我輩は悔しくて堪らん。
 思い出してみるがいい、あの黄金期と呼ばれた90年代を。忘れたとは言わせない、あの輝かしい時代を。
 良い時代だった。みな個性に富み、様々なジャンルにチャレンジし、そして道を切り拓いて来たあの時代。素晴らしいではないか!
 ……それが今はどうだ?30万枚売れれば大ヒットという現状――いや、10万枚売るのでさえやっとの事だ。それが何故か、諸君等はわかるか?
 移り往く時代のせい?洋楽の方が格好良い?レンタルやコピーで事足りるから?それともインターネットでダウンロードした方が安いから?
 否!!それは違うぞ。何も世の中が悪いわけでもない。これは諸君等が招いた必然なのだ。諸君等の怠慢の結果なのだ!
 諸君等は一体何をしていたのだ?こんな状況になるまで、何故指をくわえて黙って見ていたのだ?
 諸君等は勘違いしている。甘えているのだ。売れなければ売れるようにする、聴いてくれなければ聴いてくれるようにする。
 それがプロというものだ。買ってくれるのを待っているだけの愚か者はプロとは呼べんのだよ」
和也達に背中を見せたまま、閣下は実に残念といった感じで語った。
この悪魔は何を言ってるんだと思いつつ、閣下の言うそれが正しいことだとも思った。
和也自身、最近の音楽はあまり面白くないと感じていた。だがそれが何だというのだろう……?根拠の無い不安が和也を包む。


「――そこでだ。少し唐突な気もするだろうが、諸君等には殺し合いをしてもらう」
閣下はマントを翻して和也たちの方へ向き直ると、独特の低い声で恐ろしいことを口にしていた。
音楽業界の衰退と殺し合い――これがどう結びつくというのだろうか。これも和也には理解できることではない。
「全てを無に帰すのだ。フハハハ!」
悪魔的な哄笑がホールに響いた。
「いいかげんにしろ!そんなくだらない戯言に付き合うほど、こっちは暇じゃねーんだ!」
怒声を上げたのは布袋寅泰だった。
布袋はゆっくりと長身を立ち上がらせると、鋭い目で閣下を睨みつけた。かなりの迫力がある。
「我輩も暇じゃないのだ。黙って座っていなさい」
「もう先輩だとか悪魔だとか、この際そんなことはどうでもいい。まだ戯言を続けるというなら……容赦しねーぞ?」
今度は布袋は身を縮めた。それはまさしく半島に住む一頭の獰猛な虎の如く、閣下に向けて襲い掛かるかに見えた。
閣下は小さな溜息を吐いた。
「言ってわからん奴に用は無い」
閣下がそう言って首を振ったのを見た布袋が、次の瞬間には跳んでいた。獣のようなしなやかさだった。
布袋は全体重をかけた渾身の右ストレートを閣下に向けて繰り出した。
「フハハハ!甘い、甘いわ小僧!」
布袋の右拳を造作もなく避けた閣下は、その伸びきった右腕を巻き込むようにしてがっぷり四つに組んだ。
そこから自身の膝を布袋の内腿に滑り込ませ、あっという間に投げ飛ばしていた。相撲の決まり手の一つ、櫓投げという技であった。
そういえば和也も聞いたことがある。閣下は大の好角家らしい。あの格好のままNHKの相撲中継に出て解説までしたことがあるという。
「ごっつぁんです」
閣下は虚空に『心』と手で切り、敗者を見下ろした。
「我輩に逆らうな」
「チクショー!」
簡単にあしらわれ赤っ恥を掻かされた布袋は、自棄を起こして再び閣下に向かっていた。
「愚か者め」
飛び込んで来た布袋の両腕を掴むと、閣下は悪魔の速さで布袋を肩に担ぎ、思い切り投げ落とした。いわゆる一本背負いだった。
ただ普通の一本背負いと違ったのは、背中からではなく頭から叩き落したことだった。
頭から落とされた布袋は頭蓋を割り、灰色の脳漿を辺りに撒き散らして即死した。一言の悲鳴を上げる間もない、あっけない死だった。


冷たい沈黙のあとに、閣下が重々しく口を開いた。
「諸君等のちっぽけな命は我輩が握っておるのだ。例えば、その首輪――それも諸君等の命を握っている」
(首輪?…あぁ、山pが首につけてたっけ……)
ギクリとした。和也の首にも山下と同じものが嵌まっている。そしてそれはこの場にいるほとんどの人間の首に鈍く光っているのだ。
この首輪が命を握っているとはどういう意味なのだろう。
「つまり爆発するのだ」
意味がわからなかった。そんなことをして何の意味があるというのだ。
「まぁよい、細かい説明は省くとしよう。これから諸君等に一つずつデイパックを配る。その中に今回の『悪魔遊戯』の説明を入れておこう。
 各々でよく確認しておくのだ。命に関わることだからな」
命に関わるというのは嘘ではないだろう。布袋の無残な死を見たあとでは、疑う余地すらない。
「名前を呼ばれた順に我輩の元へ来るのだ。――01番稲葉浩志…………02番ウエンツ英士…………03番宇多田ヒカル――――」
次々と名前が呼ばれていく。
皆逆らうでもなく大人しく受け取りに行くのは、周りにいる銃を持った男達の無言の圧力だった。
ここで逆らえば、「次の布袋」は自分になるとわかっていた。

和也も呼ばれ、デイパックを受け取りに行く。間近で見る閣下は大きく、威圧感を放っていた。
「KAT-TUNの亀梨和也か……まぁ、せいぜい頑張ることだ。我輩は期待している」
閣下が渡してくれたデイパックはずっしりと重かった。
なんだか「殺し合い」という理不尽さが詰まっているような気がして、和也は嫌な気持ちになった。


全員の名前が呼ばれ、支給品が行き渡った。
これからどうなってしまうのだろう――和也に言い知れぬ不安がつきまとう。果たして殺人なんてものが自分にできるんだろうか……。
閣下は再び悪魔の祭壇に祈りを捧げていた。無事に終わることを祈っているようだった。
悪魔が祈りを捧げるという構図も、なんだかおかしな話だった。
「さて、そろそろ時間だな」
閣下が言った。
時間になったから殺し合えと言われても、心の準備などできていやしない。
和也は山下が気になってそっちを見た。山下は下を向いていた。
「我輩から特別に、諸君等にアドバイスを与えてやろう。――危なくなったら、悪魔に魂を売るのだ。フハハハハハハハハ!!!
 ではこれより、諸君等を『会場』に移送する。せいぜい楽しむがいい」

【布袋寅泰 死亡確認】
【ゲームスタート 残り30人】




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