無題
「…っ」
彼女は息を呑んだ。彼女の目の前にあるのは細長い包み。
小さく細長いその包みに彼女は手をかけた。
こんな小さな包み…そう物騒なものは入っていないだろう。そう思いたかった。
しかし、このゲームは自分の知らない世界。何が入っているかは分からない。
いっそ…人を簡単に殺せるような武器が出たほうがいいのではないか。
でも、それがいいかどうかは分からない。
人を殺さなければ、自分が死んでしまう。そんなことは分かっている。
でも…私にはそんなことは出来ない。私が人を…そんなの!!
彼女の中で想いが複雑に絡み合う。
生きたいという欲望、死への恐怖、人を殺すことへの躊躇だ。
そして、彼女の手が動いた。
…ビリッ
彼女は包みを破いた。出てきたものは、彼女の手にすっぽりと収まる棒状の物体。それは、
「懐中電灯?」
低く、ハスキーな女性の声が目の前の小さな細長い物体を見て思わずもれた。
その声の持ち主は・・平原綾香。こんな血なまぐさい戦いなど似合わない、お嬢様育ちの歌姫。
自分が参加している非日常的なゲーム。目の前にある日常的な道具。
自分の前にある棒状の物体。平原はそれを拾い上げた。
まさにそれは懐中電灯そのものだ。丁寧に予備の電池までついていた。
何か無いのか、平原は懐中電灯を回してみた。特に変わった様子もない。普通の懐中電灯だ。
「ハァ、こんなので大丈夫かな。まあ暗いし、使おうかな。」
平原はスイッチを入れようとする。
…ガサッ
物音が聞こえる。平原はふと、我に返った。
そして、自分が危機的状況におかれていると察した。
見つかったら殺される…!!イヤだ…!!死にたくない!!!
平原は逃げようとする。しかし、恐怖に足がすくむ。
何とか立ち上がったが、物音がし、何かが飛び出してきた。
平原は目をつむり、とっさに懐中電灯を構えた。
動いて…なんでもいいから!!!死にたくない!!!動いて!!!
震えていた平原の手が動く。
懐中電灯のスイッチが入った。強い光が物音の正体を照らす。
強い光に照らされたけむくじゃらの生物が彼女から遠ざかった。
「た・・狸?」
私は狸相手にあそこまで怯えていたのか…。
懐中電灯のスイッチを切った。
それにしてもすごい光…何に使うんだろう、これ?
そんな疑問はおいておき、懐中電灯を袋にしまい、歩き出した。
自分がいつ死ぬかわからない。そんなゲームだった。
平原は不安だった。自分には戦う力も無い。逃げ切る自信も無い。
怖い…こんなゲーム、もうやめたい…!!!
生きたい…生きなきゃ…!!
それがそのときの平原の心境だった。
【神塚山ふもとの森(07-F)/深夜】
【24番 平原綾香】
[状態]:健康
[装備]:シュアファイヤー9P−BK(電池3本付き)
[道具]:予備用電池3本、支給品一式
[思考]:1.自分の身を守る
2.ゲームから脱出する
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