無題
ある話をしよう。
破綻し、破滅の道を転げ落ちた戦争の話を。
『来なさい。その体では、あと数分も保たないでしょう』
衛宮士郎と黒く染まったセイバーの戦いは、セイバーの勝利に終わった。
そこが、終着点だったのだろう。
衛宮士郎が死んだことで、間桐桜を踏みとどまらせていたものは完全に外れた。
全てのサーヴァントとマスターは桜とセイバーによって潰え、
条理を捻じ曲げてまで現れた白き騎士王もまた黒い自分の前に消えた。
もはや、二人を止めるものは何も無い。
アンリ・マユは大聖杯によって本物の悪神として生誕し、
その存在意義の通りに全世界で人類の殺戮を開始する。
警察や自衛隊といった表の防御機構は何の意味もなさず。
魔術協会や聖堂教会も、戦いにすらできずに敗北し。
抑止の守護者ですら、第三魔法によって生まれ出でた悪神を喰い止める事は成らなかった。
水は黒い泥に塗れて濁り。
空は澱んだ魔力で赤く染まり。
地は焼け付いた人々の断末魔で満ちている。
そんな、全てが滅んだ世界から、彼女は呼び出された。
■
「ふん。世界にまだこんな下らんことをする余力のある人間が残っていたか。
いや、またいつかどこかの世界に私が召還されただけか……?」
そう呟いて、私――アルトリアはぼふんとソファに座り込んだ。
いきなり空に放り出された私は、そのまま落下して天井に穴を開け部屋に不時着したのだ。
もっとも、私から放出されている魔力のおかげで逆に部屋の方が崩壊したが。
今の私にはサクラからの、それこそ黒く濁った無限の魔力供給はない。
代わりに、通常戦闘に支障ない程度の魔力が供給されている。
そのためか、微妙に動きが悪い。魔力供給量の変化で能力がダウンしているのか?
とはいえ、元々この身はシロウがマスターだった時の数倍近い魔力を見に宿している。
サクラからの供給が断たれたからと言って、それが霧散するわけではない。
現在ある魔力だけで、「約束された勝利の剣」も軽く三発は撃てるだろう。エクスカリバーがあれば、の話だが。
但しそれに対する補給が難しいということは留意しておくべきか……
剣士としての本能か、戦況把握に努める自分に気付いて、私は笑みを漏らした。
自嘲の、笑みを。
「……今更何になる」
天を仰ぐ。久々に見る、濁っていない綺麗な夜空だ。
……そう。帰ったところで私が見るのは濁った空だ。
願いを叶えるはずの聖杯によって汚された、暗い空だ。
シロウは死んだ。自分が殺した。自分の虚像すら斬った。
既に人類は悪神として生誕した「この世全ての悪」によって滅びの道を歩み、
空っぽになったサクラは誰もいない廃墟で狂った笑みを遺しているだけ。
私を待つのはそんな悪夢のような世界。はっきり言って、この場所の方がまだ平和だ。
大人しく命令に従い殺しあってやる気になど、全くなれない。
ならば正義の味方ぶって、この殺し合いを破壊しようとする?
それこそまさか。その道を捨ててまで立ちはだかったシロウを、自分で斬ったというのに……
「空も地上も地下でさえ〜♪
私の歌で満ち満ちるぅ〜♪」
まあいい。
やることがないからといって自殺してやる気分でもない。
家の外で調子っぱずれな歌を歌っている、小うるさい羽虫の相手でもしてやろう。
■
幻想郷では見たこと無い町並みの中。
私――ミスティア・ローレライは、家らしきものの屋根の上で一人首を傾げていた。
「殺しあえ……ここがどこか分かんないけど、要するに殺す気で人間襲っちゃっていいんでしょ?
いわゆる異変、お祭りって奴かしら? よく分かんないけど」
とん、と跳んで屋根から下りる。なんか、異様に静かで生き物の気配が少ない。
けど、少なくともあの場にはたくさん人間がいたみたいだ。
たぶん、このゲームに参加させられているのは人間がほとんどなんだろう。なら。
「空も地上も地下でさえ〜♪
私の歌で満ち満ちるぅ〜♪」
いつも通りにやればいいや。
お祭りにしては騒々しさが少ないけど、なら私が騒々しくすればいい。
首輪なんて私には似合わないのと、なんか妙に飛び辛いのは気が削がれるけれど。
とりあえず歌いながら歩いていること、数分。いきなり声を掛けられた。
しかも、相当に乱暴に。
「五月蝿いぞ、羽虫。耳障りだ」
「あ、人間みっけ……
あんた妖怪? 人間じゃなさそうだけど」
思わず首を傾げる。だって、出てきた奴は、どこか異常だ。
背は、私よりちょっと大きいくらい。石像みたいな白い肌に、黒い鎧と黒い仮面。
そして、どこかくすんだ金色の髪と瞳。なんか、病気みたい。
「ま、どっちでもいいのよ。
私もあんたもこのお祭りに誘われたってことなんでしょ?」
「だとしたらくだらん祭りだ。私が付き合う義理はない」
「もー、ノリが悪いね。
今はちょうど夜。あんたも鳥目にしてあげる!」
そう宣言するや否や、丸い弾を相手に向けて放った。
相手は動きもしない。ただ腕を脇に伸ばしただけだ。
弾が着弾する。盛大な煙が上がる。思わずガッツポーズして、
「おっし、撃墜……え?」
見えてきたものに、喉が詰まる。
煙が晴れるとともに、傷一つない相手の姿が現れていた。
その右手にあるのは先っぽに丸い看板がついた、長い棒。
いつのまにやらへし折ったそれを片手で振って私の弾幕を防いだ、みたいだ。
動くことすら、しないで。
「先ほども言ったな。私が付き合う義理はないと。
……だが、貴様は耳障りで目障りだ。潰す!」
「いっ!?」
軽く数mはあるそれを、相手は片手で振るう。しかも私へ向かって一気に踏み込みながら。
とっさに屈む。真横になぎ払われたそれは、黒い風を伴って私の真上を通り過ぎて……
近くに立っていた塀を、粉砕した。
……背中を、盛大に冷や汗が流れ落ちる。
「やややややややるじゃないの……」
「よく吼える獲物だな。
そう言う貴様もどうやら人間ではないようだ。焼鳥にでもしてやろうか?」
「じょ、冗談じゃない! 雀は小骨が多いって幽々子が、いや、そうじゃなくて、
ともかく、とっておきを見せてあげる! 『ブラインドナイトバード』!」
なんでスペルカード宣言したって?その場のノリってやつ。
とんでもない数の弾幕を放ちつつ、相手を鳥目にさせる。
――鳥目にあったあいつが見えるのはせいぜい4m先まで。
そんな状態でこの数の弾幕を避けられるもんか!
私が見つめる中、相手は無数の弾幕に飲み込まれて……
■
「……なるほど、確かに遠くは見えないか」
ふん、と私は呟いた。相手の言うとおり、鳥目にはなっている。
……だが、それだけだ。二間先まで見えるなら何の問題もありはしない。
そもそも、私は見えない剣を操っていた身なのだから。
目の前から突如現れたかのごとく、顔面目掛けて弾丸が迫る。
だが、もうその時には首をずらしている。故に、当たらない。
コンマ一秒を置かずに現れた次弾は、同時に振りかざしていた駐車禁止の標識で弾いた。
どうやら真正面から、それなりの速さで大量の弾を撃ち込んでいるらしい。
その数は指で数えられるレベルではないようだ。
――児戯に劣る。
正面からしか来ないと分かっているのなら、完全に見えなくても回避は容易。
同時に迫る九つを、見る前に直感で感知。
自分に当たる五つだけを素早く判断することで、視界に入る頃には既に迎撃態勢に入れる。
風を纏わせた標識を剣として三つを叩き落し、二つは最小限の動きで避ける。
間を置かず、次の弾の群れが来るが……これもまた同じ要領で避けられる程度のもの。
「雑だな。しかも軽いッ!!」
標識で切り払いながら吐き捨てる。
その次も、次の次も、次の次の次も同じ要領で回避。フェイントもない……。
恐らく威力も、一つ二つ当たったところでは私の鎧に阻まれて消えるのみだろう。
急所に当たらなければ恐れるに足らず。急所どころか篭手にも当てさせんが。
「な、なんであんた避けられるのよ!? まさか見えてるんじゃ……」
愚昧な羽虫は、更に愚かな行動に出た。わざわざ口を開いて位置を特定させるとは。
弾幕を意に介さず一気に踏み込み、標識を振り下ろす――手応え有り。
その過程で多少弾が鎧に当たったが、やはり鎧にかすり傷がついただけだ。
同時に、視界が開けた。奴の能力が解除されたらしい。
地面に倒れこんで痛みにもがいている、私に歯向かった下賤の輩が見える。
「い、いたっ……!」
「愚かな貴様にも分かるように教えてやる。
元々私は視覚だけでなく、未来予知に近い直感を元にして戦っている。
音速すら超えぬ弾など、見えずとも風切り音と直感で容易く把握できる。
羽虫ごときが竜の息吹を阻むことなどできぬと知れ」
一歩踏み出して告げられた私の言葉に、ひっ、と羽虫は悲鳴を上げた。
今更恐怖を覚えたらしい。遅すぎる。王に歯向かうという事象が罪だというのは摂理。
恐怖を覚えるなら始めから挑むべきではない。シロウを見習え。
救いようの無い羽虫は、歩み寄ってくる私から身を翻して、飛んだ。
「こ、こいつは危険よ! 脱出しないとー!」
「逃がさん。風よ、吼え上がれ!」
「う、うわぁっ!?」
相手が悲鳴を漏らすのも当然だろう。
私の持っている標識が、十メートルは軽く越えた巨大な黒い剣になったのだから。
塀や道路を粉々にしながら振り上げられる、魔力で生み出された風「卑王鉄槌」。
当然、当たったら羽虫も塀や道路の仲間入りだ。
余波の風に体勢を崩され錐揉み回転しながら、それでも奴はなんとか卑王鉄槌を避けた。
「よし、なんとか……!」
安心したような声を漏らす羽虫。
魔力が消え、剣が標識に戻っていくのを見て奴は安心したのだろう。
……愚物め。
「――逃がさんと言ったはずだ」
「へ?」
戦場に戻すかのごとく私は振り上げた標識を振り下ろし、奴の頭に叩き込んだ。
■
…。
……。
………。
…………。
「起きろ、羽虫」
「ぶへぇ!?」
いきなり上から水をぶっかけられて、目を覚ました。
背中にあるのは硬い道路の感触。なんかお腹が重い。咳き込みながら周囲を確認する。
……確認するまでも無かった。目の前に、さっきまで戦っていたあいつがいた。
水をぶっかけるのに使ったらしいバケツを持って、しかも私のお腹を踏みつけて……って、
「え、ええ……!?」
声を漏らした私を、睨む黒仮面。いや仮面みたいな兜で相手の目は見えないけどなんとなく。
しかも右手には断頭の鎌のごとく棒を持っている。今すぐ振り下ろされそうな感じで。
……幻想郷のみんな、元気?
私の生涯、本気で終わったみたい。
ああ、結局焼鳥撲滅活動はできなかったなぁ……
そんな感じで、頭の中で走馬灯を突っ走らせている時だった。
黒仮面が、口を開いたのは。
「身の程を誤ったな。王の気分を害した貴様は処刑されるのが筋だが……
殺しあえと言う命令に従う気分でもない。忠誠を尽くすならば慈悲をやるが?」
「な、何勝手なこと……」
「そうか。では土に還るがいい」
「タ、タンマ! 従う、従うってば!」
棒を振り上げたそいつに、慌てて首を縦に振る。
冗談抜きで怖い。仮面みたいな兜を付けてるから、目が見えなくて余計に怖い。
それで、やっとそいつは足を退けてくれた。安心して、立ち上がろうとして……
首元に、いきなり棒を剣のごとく突きつけられた。
「さて、言うまでもないが王への反逆は大罪だ。
また私に反逆すれば死罪は免れぬと思え。
――もっとも私の臣下になったのだ、誉にこそ思えどそのような事は思いもしないだろう?」
……黒仮面の言葉に、私はぶんぶんと頭を振ることしかできなかった。
その後、最初に命令されたことは自己紹介とお互いの境遇を話すこと。
黒仮面の名前はセイバー。幻想郷の外で暮らしている霊みたいだ。
なんか外の世界は物凄いことになってるみたい。長すぎてあんまり覚えてないけど。
話し終わると、セイバーは近くの塀にもたれ掛かって腕を組んだ。見る限り、何か考え事をしてる。
しょうがないから私も夜空を眺めたりして側でしばらく暇を潰してたけど、セイバーがあんまり動かないから我慢できなくなった。
じっとしているのもつまんないし、かと言って逃げ出そうとしたら絶対殺されるし……
いつも通り歌でも歌おう。
■
小うるさい羽虫はようやく黙り、大人しく従うことを誓った。
その性格と言い、大したことのない能力といい、あまりいい騎士にはなれそうもない。
……まぁ、ただの人間よりはマシと言ったところか。料理も出来るようだし。
とはいえ、情報交換では中々有益なものが得られた。
なんでも彼女は幻想郷と言う、隔離された場所から来たらしい。
私の世界でもそれが現存しているかは定かではないが、可能性としては。
1.アンリ・マユによる人類抹殺を逃れて、今も私の世界にひっそりと存在する。
2.昔はあったがアンリ・マユによって滅び尽くされたので今は無い。
ミスティアはその昔から呼び出された。
3.私の世界に幻想郷は元から存在しない。
こんなところか。2、あるいは3だったならばこの殺し合いは凛の言う魔法が絡んでいることになる。
やることもないためここがどういう場所かそういった方面から考え込んでいると、
いつの間にか周囲に妙な歌声が響いていることに気付いた。
また歌いだしたのか……ちっ、五月蝿いと言ったであろうが、この鳥頭め。
わざわざ目立つような真似をしてどうする。
「――少しは静かにしろ、羽虫」
「何言ってるの。
歌が静かじゃ、お経の方がマシってもん……ご、ごめんなさい!」
羽虫が反論を言い切る前に、近場の塀に標識を叩き付け黙らせる。
やはり連れにするにはあまりいい者ではないようだ。まぁいい。
こうやって憂さを晴らしておれば、大人しく従っているだろう。
あまりにもミスティアが気に食わなくなったら、潰せばいい。
――そう、気に食わぬ者は潰せばいいのだ。
王の統治とは絶対的なものであってこそであり、英雄とは憎まれることこそ、本分。
「そう、か」
頭に浮かべた考えを反芻するかのように、私は言葉を漏らした。
聖杯に触れてなお、まだ私は英雄というものの性を身に染み付かせていないようだ。
分かっていれば、どんな行動を取るべきなのか自明であったろうに。
「前言撤回だ、ミスティア。歌うことを許す」
「え、いいの?」
「貴様の歌を聞けば、同じくこの場に呼び出された者共が寄ってくれるだろう。
有用な輩は臣下にし、気に入らぬ輩は潰す」
「ふーん。セイバーは臣下を集めてどうする気なのよ?」
「ふん、決まっている」
……そう、気に食わない者は潰す。
所詮、私は正義の味方なんて柄ではない。その資格もない。
全ての民を守ろうとする理想を追い求める騎士王でもない。故に。
「この私を下らん遊戯に招いた不遜な輩を、潰すだけだ」
黒き聖剣の担い手として、下らん遊戯を叩き潰すのみ。
【A-2/道路脇/一日目深夜】
【セイバーオルタ@Fateシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:駐車禁止の標識(その辺にあったものをへし折った)
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考] 基本方針:気に食わない者は潰す
1:この遊戯を開いた者を殺す
2:ミスティアの歌で参加者を集め、使えそうな者を臣下にする。気に食わない者は殺す
3:ミスティアが反抗したら殺す
4:まともな剣が欲しい
[備考]Unlimited codesにおけるセイバーオルタエンド後から参戦。
【ミスティア・ローレライ@東方project】
[状態]:頭にたんこぶ、上着が少し濡れている、疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考] 基本方針:要するにいつも通り騒げばいいんでしょ?でもセイバー怖い。
1:セイバーが怖いので従う。
2:歌っていいなら歌うわよ?
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