天使と獣と咎人と






闇夜に浮かぶ月が、神聖な学び舎を照らす。
本来ならば、勉学に励む人々が集まり知識を高める場所である学校。

「うふふ、鬼さんこーちら♪」
そこに響くのは天使の様に愛らしい声。
「―――――ッ!」
そして、その声の主を追う漆黒の獣たちの足音のみ。

かわいらしい衣装を纏った少女は、フリルをなびかせ軽快に走る。
そんな少女めがけ、大型の犬らしき影が牙を剥き飛び掛る。
少女が飛び出した家庭科室のドアを破壊しながら、獣は迫る。

「もう、品のないワンちゃんね」
猛獣の牙と爪をかわし、少女は手に入れた包丁で前足を両断する。
両前足を失った獣は、それでもなお前進しようと身悶える。

「やっぱり、こんな包丁じゃ殺せないわね。素敵なペットをお持ちね、オジサン?」
「……小娘一人殺せぬ獣など、我が混沌の一部たる資格もない」
少女が距離を取ると、身悶える獣に向かう足音が近づいてくる。

ぐしゃり。
そのまま犬を踏み潰すと、その残骸は黒い塊に変わり溶けていく。
「あら、そうでもないわ。初めに急所を狙ったら反撃されちゃったもの」
そういう少女の頬には、浅い引っかき傷が残っていた。
そこから僅かに流れる血を、自らぺろりと舐め取る。

「そんなどこにでもある刃物で、よくも我が混沌に抵抗できるものだ。
殺せぬと悟った瞬間、動きを封じる行動への切り替えの早さも優れている」
「うふ、褒めてくれるなんて優しいのね」
長身の男は、にやりと顔を歪ませる。

「なに、気にすることはない。こちらも喰らい甲斐のある獲物に出会えたことに感謝している」
「うふふ、面白いことを言うのね。あれだけモンスターをけし掛けて捕まえられなかったのに?」
少女の言葉に、長身の男は含むように笑う。
「まさかとは思うが……あの犬や鳥の群れを見て、「あれだけ」などと言っているのかね?」
男は自身を覆う、黒いコートを開く。

「!?」
その中には、本来あるはずの肌も服も何も存在しなかった。
あるのは、なにもかも飲み込んでしまいそうな混沌の渦のみ。
「……うふふ、女性の前でコートを広げるなんて、変態さんみたいよ?」
「ぬかせ。余興は終わりだ、我が混沌に飲み込まれるがいい」

男の奥底から、唸り声が響く。
表面にじわじわと浮き出す、牙、爪、異形の存在の鳴き声。
それがまさに男の内部から湧き出そうとしている。
今にも飛び出そうとする獣に対し、真剣な表情で脆弱な刃物を構える少女。

だが、次の瞬間に動いたのはどちらでもなく。

ギィン!
「なに!?」
男の首輪に直撃した、どこからともなく飛んできた石だった。
そして、さらに。

「――ガッ!」
男の首が、大きくのけぞる。
その額には、先ほどまで少女が持っていた包丁が深々と刺さっていた。

「うふふ、余所見は命取りよ、オジサ「いいから逃げるぞ!」え、きゃ!?」
石の飛んできた方向から、矢のように飛び出した影が少女を掴み抱える。

「キ、サマ―――」
「ほらな、死んじゃいねぇ」
二頭の獣が、逃げる影……青年の後を追う。

「もう、失礼ねお兄さん。レディを抱えるなんて紳士のすることじゃないわ」
「悪いが下町育ちなんでね。ガキに対する礼儀作法なんて習ってねぇよ」
「なっ……本当に失礼なお兄さんね」
頬を膨らませ怒る少女と軽口に付き合いながら、青年は全力で駆け抜ける。

「お兄さん、お兄さん」
「悪い、話す余裕は……」
「後ろ、来てないわよ」
少女の言葉に、青年は後ろを振り返る。
たしかに、そこには獣はおろか、何もいなかった。

「妙だな、振り切れたのか……まぁ、なんにせよ助かった」
少女を下ろし、どさりと座り込む青年。
その首筋に、冷たい金属の感触が触れる。
「ありゃ、助かってなかった」
「お兄さん……どういうつもりなのかしら?」
小さな果物ナイフを首に突きつけながら、少女は怪しく笑う。

「まさか、こんな殺し合いの場で人助け……なんて言わないわよね?」
「はっ、まさか。うちのカロル先生やエステルならともかく、オレはそんなに優しくねぇよ」
その言葉に、少女の笑みが消える。
「エステル? ねぇ、その人って棒術を使う、人助けが趣味みたいな女の人?」
「いや、俺の仲間は剣術を使うな。人助けが趣味なのは同じだけどな」
「ふぅ、ん……」
返答の後、少女はしばらく考えた末にナイフを首元から離す。

「じゃあ、何が目的でレンを助けたりしたの?」
少女……レンは、まだ油断なく青年を見つめる。

「……あのおっさんを倒せるチャンスだと思ったんだよ。
まぁ、石をぶつけた程度じゃ首輪は爆発しなかったし、脳天に包丁刺さっても元気だったけどな」
「そうね。あんなヒトみたいなモンスターはレンも始めて見たわ」
体中にモンスターを溜め込んでいるヒトガタの怪物。
その生命力を断ち切るには、包丁では少々荷が重かった。

「でもやっぱり変ね。お兄さんがレンを抱えて逃げる理由はどこにあるの?」
「考えてみろよ。あのおっさんや、似たような奴が他にもいるかも知れねぇだろ。
色々奪われちまった今の状態で、勝てる保障はない」
「うふふ、本調子なら勝てるような言い草ね。
言いたいことはわかるわ。レンも訳あって本来の力は出せないもの」
そこでレンも、青年が何を言いたいのか理解する。

「つまり、お兄さんはレンと手を組みたいのね?」
「まぁな。つーかお兄さんはやめろ、オレはユーリってんだ」
しかし、レンはやれやれという感じで首を振る。

「もう、おバカさんね。このお茶会に参加して、帰れるのはたった一人なんだから。
お兄さん……ユーリと組んでも、最後はレンが斬るんだから意味がないわ」
「お茶会ねぇ……正直気乗りしねぇな。
こっちから出向いて美味いお茶でも飲むならともかく、無理やり座らされて不味い茶を飲まされたら帰りたくもなるだろ」
その言葉に、レンもため息をつく。

「そうね。最初に首を飛ばされた人も手違いで呼んだ、なんて言ってたもの。
段階を踏まないで、いきなりパーティーを開く手際も含めて、上質な主催じゃないわね」
「まっ、そういうわけで出来れば退屈なお茶会から抜け出したいんだよ。
何人いるのか知らないが、この首輪を外せそうな奴は生かしておきたいと思ってる」
そこまで聞いたレンは、またも怪しい笑顔を見せる。

「……なるほど。つまりレンは「首輪が外せそうな人」のリストに載ったわけね?」
「オレと違って色々考えてそうだからな、お子様なりに」
「もう、レンを子ども扱いすると殺しちゃうんだから」
そう言いながら、近場の建物の中へと歩いていくレン。

「どこに行くんだ?」
「のんきね、ユーリ。ここは商店街なんだから、武器を探さないと」
後を追い、ユーリも店……園芸店に入っていく。
「包丁よりも使えそうな武器は多そうね」
「たしかにな……おっ、この鉈なんかいい感じだな」
刃物の物色を始めた二人に会話はなく、時間だけが過ぎていく。

「……?」
ユーリが違和感に気付いたのは、数分後。
それまで背後から聞こえていた、物を動かすような音さえもしなくなっていた。
「おい……マジかよ」
振り向いた先には、少女の姿はない。
合ったのは、一枚のメモ。

『首輪の解除、がんばってね♪
やっぱりレンはお茶会に参加することにするわ。
レンに殺される前に、死んだらダメよ?』

「あいつ……!」
店から飛び出すが、人の姿はない。
「殺し合いに乗るっていうのかよ……レン」

手に持った鉈を見つめる。
「止めるしかねぇってか……武醒魔導器無しで勝てんのか?」
ユーリの住む世界では、武醒魔導器(ボーディブラスティア)という己の能力を高めてくれるアイテムが存在する。

これがなければ身体能力は落ち、特技も十分に使えない。
それでもユーリは強いが、あのモンスターとの立ち回りを見れば向こうの方が上だろう。
そもそも、あんな子供を殺せるのだろうか。
今まで命を奪ってきた悪党と同列に、斬ることが出来るのか。

「……そんなこと、今考えても無駄か。戦うかどうかもわからないしな」
あのモンスターがいた方には行っていないだろうと、反対側に駆け出す。
「(あんなガキ、放っておけばいいのによ)」
先ほど言ったように、こんな殺し合いの場で人助けなんて愚の骨頂。
ユーリは、必要ならば人を殺せる。
誰しもがあの怪物のようならば、遠慮なく相手を殺していただろう。

「(レン……あいつは)」
だが、どれだけ捻くれていようと、ユーリは困った人間を黙って放り出せる性格ではない。
おそらくは、自分以上の実力を持ち、知力にも優れた少女。
気配を消して姿を眩ませた彼女なら、ユーリを殺すことも簡単だったはずだ。

「(あいつも、自分で言うほど殺し合いに乗り気じゃない)」
説得できる余地はある。話し合いだけで協力できるかは分からない。
笑いながら人を殺せるであろう、黒く染まった少女。
それでも、あんな表情ができるなら、生粋の殺人快楽者ではないはずだ。

エステル。
その名前を出したときに浮かべた顔は、年相応の少女の顔だったのだから。
「カロル先生といいレンといい。もっと子供らしく振舞えよな」
ユーリは走る。
レンを探すために。レンの犠牲になる人を減らすために。

【C-3/商店街中央部/一日目深夜】
【ユーリ・ローウェル@テイルズオブヴェスペリア】
[状態]:健康
[装備]:鉈@現実、手斧@現実
[道具]:支給品一式
[思考]
1:レンを探す。
2:首輪を外せそうな人物に協力してもらう。
3:殺し合いに乗っているなら、殺害することも視野に入れる。
4:武醒魔導器を探す。
【備考】
武醒魔導器がないため特技以外の奥義、秘奥義は使えません。



「慌てて走っちゃって。レンを探すのに一生懸命ね♪」
ユーリの走り去る様子を、笑いながら見る影。
建物のスキマに身を隠していたレンだった。
その手には、草刈用の身の丈ほどもある鎌が握られている。

「ユーリも結局はお人よしね。……エステルみたい」
あの怪物の気配を感じて、レンは身を引く。
「こんな鎌じゃ、殺すには時間がかかりそうね。
導力器(オーブメント)が……そもそも、パテル=マテルがいれば一瞬なのに」

パテル=マテル。パパとママを意味する言葉は、文字通りレンの両親を意味する。
全長15.5アージュ(メートル)、戦略人形の試作機『パテル=マテル』。
レンにとっての両親は、彼女を金の足しに犯罪組織に売った父と母などではない。
レンを守る鉄の巨人こそが本当の両親なのだ。
導力器とは、レンの住む世界における魔導器のような物だ。
アーツと呼ばれる導力魔法を使うには、戦術導力器と、それに取り付ける結晶回路の組み合わせで得られる力が必要なのだ。

「無くても平気だけど。レンは天才だもの」
今頃パテル=マテルはどうしているだろうか。
そんなことを考えながらレンは一人、駅まで歩く。

「ふぅん、これで長距離を移動するわけね」
やってきた電車は、宿屋や古代遺跡方面に向かうらしい。
レンが乗り込んでしばらくすると、ドアが閉まり動き出す。

「ちょうど良かったわ。こんな場所ならエステルもヨシュアも追ってこれないもの」
レンは以前、とある結社に所属していた。
身喰らう蛇(ウロボロス)と呼ばれる組織の執行者。
『殲滅天使』の異名を持つエージェントだった。
結社の作戦のうちに、敵対者であるエステルに接触したレン。
欺いても敵対しても愛情を向けてくるエステルに対し、レンの心は揺れ動いた。
組織から離れ、エステルからも逃げ続けていたさなか、レンはこの殺し合いに呼ばれたのだった。

「ユーリのお誘いも楽しそうだけど……粗末なお茶会でも、せっかくだから楽しまないと」
エステルによって乱された心。
ユーリを見逃したのも、そういった気の迷いの一つだ。
いつも通りに人を殺せば、きっと元に戻ることが出来る。

「こんな殺し合いに呼ばれたのが良い証拠よ、エステル。
レンは、執行者No.XV『殲滅天使』……これが、本当のレンなんだから」
電車の中、自身に言い聞かせるように口にする。
その心は、未だ電車の揺れのように定まってはいない。

【C-3/E-6駅行き電車内/一日目深夜】
【レン@英雄伝説VI「空の軌跡」】
[状態]:健康、頬に引っかき傷
[装備]:長柄鎌@現実
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考]
1:殺し合いに乗る?
2:パテル=マテルを探す。
【備考】
空の軌跡SC終了後の参戦です。
戦術導力器がないためアーツ(魔法)は使えません。


黒いコートの男が、商店街の入り口に姿を現す。
「ふむ……逃げたか」
額の傷も癒えたらしく、怪我一つ残ってはいない。
男は体内の混沌から、一体の犬を出す。
犬はユーリの走っていた方角に駆け出す。
すでに見えないユーリに追いつかんばかりの速度で走る犬は、

「―――!」
突然ただの黒い塊へと変わり、消えてなくなった。

さらに、空からはボチャっと音を立て、鳥らしき塊が溶けて消える。
「やはり、か。私から……いや、首輪から離れすぎればただの混沌へと返る。
そして、離れずとも長時間離れていても、同じことか」
既に男……死徒二十七祖10位、ネロ・カオスの内包する666の獣は数を減らしていた。
レンを追うために放っていたモノ、ユーリたちを追わせたモノ。
混沌から完全な無へと消えた十数体は、直死に貫かれたように二度と戻らない。

ネロは首輪に手を添える。
「あのような人間だけではなく、死徒である私も同様というわけか……面白い」
彼は、既に何度も消滅を繰り返している。
オリジナルであるネロ・カオスが直死の魔眼により消滅。
そして、続くタタリによる噂の具現化。

だが、ネロ・カオスにとって、今回のケースは新鮮だった。
「タタリによる具現以外の方法で、私を呼び起こすとはな。
どのような手段か興味がある……だが、まずは呼び出されたからには注文に答えよう」
この殺し合いのために呼び出されたのだから、まずはそちらが先だ。
「全ての生命を蹂躙し……残った最期の生命である主催を喰らうとしよう」
無数の獣を内包する混沌はゆっくりと進む。
この会場の全ての生命を喰らい尽くすために。

【C-3/商店街南部/一日目深夜】
【ネロ・カオス@MELTY BLOOD】
[状態]:健康、混沌十数体消滅
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考]
1:全てを喰らい尽くす。
2:その後、主催者を喰らう。
【備考】
内包する獣はネロから長時間、長距離離れると消滅します。
吸血鬼であるため、直射日光に当たると生命に関わるダメージを受けます。



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