不幸な少女と哀れな少年と誓う少女






人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。
何かを得るためには同等の代価が必要になる。
それが、錬金術における等価交換の原則だ。

『俺たちはこの石で育てられた』

等価交換。

『俺たちはニンゲンじゃない、人造人間』

等価交換。

『それが喰えるってことはさあ、お前もニンゲンじゃないんだよ』

―――等価交換。


頼んでもいないのにできそこないの命をもらった。
頼んでもいないのに化け物にされた。
ニンゲンじゃない。僕はニンゲンじゃないんだ。
僕は、僕の命は…――――造られたイノチだったんだ。

殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ。

「そうだ、殺そう」
錬金術を用いて足元に転がっていた石と自身の手を融合させ、剣を作る。
「ここに居る奴らを皆殺しにしてスピーカーのニンゲンも殺して、そしてあそこに帰ってあの偽善者を殺すんだ!」
ラースは前方を歩く少女めがけて、一直線に駆けていく。

※     ※     ※

ひたすら家屋が列を並べる急な坂道をくだる一人の少女。
肩にかけられたデイバックはペタンコで空白感を表しているが、少女の足取りは極めて重たい。

その少女の名は。

こんにちは!わたし、私立聖桜学園生徒会書記やってます、稲森光香です!
2018年12月24日生まれ。血液型はA型。家族は父母で、一人っ子!
ちなみにあだ名はみかん…って、違う違う、今こんなこと言ってる場合じゃなくって!
聞いてください!実はわたし、信じられない事件に巻き込まれていて…。
どんな事件か、ですか?…正直、言って信じてもらえるかわからないんですけど…。

「殺し合いってなにー!?」

そう、殺し合い!!
テレビアニメや映画なんかでよく見ません?大勢のキャラクターが剣や魔法を使ってバトルを繰り広げるっていう物語。
でもでもっ、それはあくまでも作られた世界の中のお話!
わたしが生きていた世界はすごく平和で、だからこそまなびちゃんやむっちーたちと笑い合って生活できてたわけで。
なのに、それなのに…どうして現実でこんなことが起こってるのぉぉ!?

「おか、っおかあっさ…おと…さ…わだし…まだじにだぐなあい……」

そんなこんなでわたしの瞳からは溢れんばかりの涙が。恥ずかしいけど…鼻水もダラダラ。
多分今自分の顔を鏡で見たら、すごくぐしゃぐしゃに歪んでるんだろうな。

「まな゛びぢゃあんむ゛っぢーめえ゛ぢゃんも゛もぢゃ…」

泣きじゃくるわたしの脳裏に、ふと友人たちの笑顔が浮かんできました。
そういえばみんな、大丈夫かな?もしかしてみんなもこの事件に巻き込まれてたり…。
たしかに一人じゃ心細いけど、みんなにここに居てほしいとも思えない。だってみんな、わたしの大切な人だもの。
…だけど、だけど!!
やっぱり怖いです。すごく怖いです。一人ぼっちがこんなに怖いと思ったのは初めて。
誰か助けてって思っちゃうのは、わたしが弱いだからなんだろうけど、それでもやっぱりわたし一人じゃ何もできないし。
運動もできない、勉強もできない、ドジだし内気だし、泣き虫、殺される度胸も殺す度胸もありません。
こんなわたしが殺し合いに乗った人に遭遇したらと思うと。…首輪より先に心臓が爆発して、勝手に死んじゃうんじゃ…。

なんて思ってたら尚更泣けてきました。うう。

「わ゛」

その上何も無いところで転んで…。
冗談抜きで、この得体の知れない街がわたしが最期に見る風景となりそう。
わたしが間抜けな自分に心の底から溜息を送りながらゆっくりと、立ち上がろうとしたその時。

「えっ!!?」

頭上を、剣のような形状をしたものが通り抜けていたことに気付きました。
まさにど肝を抜かれた瞬間です。何せ転んでなかったら、剣らしき物体はわたしの胸を貫いていたでしょうから。
…あれ?ちょっと待って、ってことは…もしかして、今振り向いたら。

「子供?」

恐る恐る振り返ると、黒い髪にかなり特徴的な黒い服を着た少年が。
こんな子供が人殺しをしようだなんててててて…ていうか!!

「うう、う腕が…!」

ななな何と、剣の正体は子供の腕だったんです!
何を言っているかわかりませんか?大丈夫です、わたしも自分が何を言っているのかわかりません。
でもこれは事実。紛れも無い事実なんです!
詳しく言うと、子供の腕が石化してて更に指先がファンタジックな剣みたいに鋭く尖ってて…。
すみません、これ以上上手な説明をする余裕なんてわたしにはありません。
驚きのあまりに涙もぴたりと止まってしまっています。あれだけ泣き虫のわたしが…これにもびっくり。

「殺さなきゃ。ニンゲンもあのスピーカー越に喋ってたやつもみんなみんな、殺して…。
僕は僕をこんな風にしたあいつを、殺す!」

言っている意味がよくわからない、けど、とととと、とにかく逃げなくちゃ!
あああ、ああ足よ動けー!

※     ※     ※

「消えた?」

いや、有り得ない。

「だとすると、僕が見逃した?」

先程ラースがとどめを刺そうとした途端、全力疾走して逃亡はかった少女。
ただの人間の体力が人造人間相手に通用するわけもなく、数秒程度でほぼ距離を縮めることができたのだが…。
どういうことか、突如相手の姿が消えたのだ。その場から、地面に溶け込むようにして。
錬金術を使って地中に潜ったと仮定にしても、錬成反応の光は見えなかったし地面を見下ろしてもそんな形跡どこにも無い。
ここから逃げたとしか考えられないのだ。
ということは―ラースは右手と左手へ伸びた道をそれぞれ睨みつける。

「たしか地図からすると、左手はエリア外だったはず」
ならば恐らく、右手へ逃げたに違いない。
ラースは一人、そう決め込むと力強く地を蹴って少女が逃げたであろう方向へと駆け出した。

【F−1/住宅街・東/一日目深夜】
【ラース@鋼の錬金術師(アニメ)】
[状態]:健康 左手を石剣に錬成中
[装備]:無し
[道具]:支給品一式
[思考] 基本方針:元の世界でイズミたちを殺すために生き残って主催者と接触し殺害。
1:あの女はどこへ?
2:東へ奔走。

※     ※     ※

「嫌な感じ」
急な坂道をゆっくりと下りながら、廿楽冴姫は地上を覆う夜空を仰いで呟いた。

「あの時とは、ちょっと違うけど」

フィオナ・メイフィールド。
明るくて優しくて、ドジばかりしてたけど前向きで。
私が落ち込んでるといつも声を掛けてくれた。…大事な、親友だった。
これからもずっと一緒に居られるって、そう思ってたのに。なのに、『あの時』はすぐにやってきた。
次元の歪み。『あの時』私たちは、突如現れた次元の歪みに飲み込まれて…私だけ、助かってしまった。

今回も。
もしかすると、今回も。
もしかすると今回も大事な親友が巻き込まれているかもしれない。
もしかすると今回も大事な親友が犠牲になってしまうかもしれない。
もしかすると親友の愛乃はぁとの身に危険が迫っているかもしれない。

「はぁとは…あの子だけは絶対に守らなくちゃ」

冴姫の瞳が濁る。
冴姫の表情から生気が抜ける。
冴姫の放つ空気が不穏の色をまとう。

「どんな手段を使ってでも、かならず私がはぁとを守ってみせる…!」
「きゃっ!」

※     ※     ※

わたしはあれから、わたしを殺そうとする謎の子供から必死に逃走しました。
斜面だったのも手伝ってか、むっちー並の速度が出せました。寧ろむっちーもを越せるんじゃないか?という程に。しつこいけど、もう今なら地平線の果てまで駆け抜けていけるんじゃ…っていうくらい。
はい、でも当然相手が悪かったです。数秒で追いつかれました。振り向く勇気は無かったけど足音と気配でわかりました。
多分あと一秒もしない内に刺されちゃうんだろうなーなんて思ったら枯れ果てていたと思った涙がドバドバと。…華厳の滝並の勢いです。
でも、そこで奇跡は起こってくれました。
わたしは地面に落ちていたらしき何かに足を取られて、盛大にずっこけたんです。拍子で、わたしの体はその何かに包まれて…。
そう、その何かがわたしの命を救ってくれた奇跡の万物。

「……ええー!?」

転んだわたしが恐る恐る目を開くと、そこにはキッチンや和風ベッド、木製のテーブル。
何とわたしはいつの間にやら豪華なお家に辿り着いていたようです。
後ろを振り向いてみましたが、少年は居ません。もしかしてあの地面に敷かれていた何かがわたしを安全な場所へ運んでくれたのかも…?
まあ…よくわからないけれど助かったわけだし走りすぎてちょっと疲れたので、少し休憩しようかな?
そんな風に思ってベッドへ向かって数歩足を動かせた瞬間、わたしの体が何かにはじき出されて…。

「きゃっ!」

地面に強く尻餅。涙をこらえながら顔を上げると、周りの景色が何かに阻まれていて。
わけがわかりません。何だかわたしを助けてくれた何かへの恐怖感まで湧いてきてしまいます。
と、とりあえずここからどうにかして脱出しなければ…。そう思って立ち上がろうとした途端、風景を隠していた何かが誰かの手によって剥ぎ取られました。

「布?まさかそれがわたしのことを…」
まず目に入ったのが、黒い布。これが私の体を覆い被さっていたようです。
そして次に目に入ったのが…。

「…………………」

悲しいことに、さっきの男の子と似たような眼をした女の子でした。

【F−1/住宅街/一日目深夜】
【稲森光香@まなびストレート(アニメ)】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:支給品一式
[思考] 基本方針:誰か助けてー!
1:人を殺す度胸なんてないけど死にたくないよ!
2:……。

【廿楽冴姫@アルカナハート】
[状態]:健康
[装備]:布@魔法先生ネギま!
[道具]:支給品一式
[思考] 基本方針:何が何でもはぁとを守る。
1:目の前の少女を…?

【ボロ布@魔法先生ネギま!】
長瀬楓のアーティファクト。
全体が黒くて長いボロ布。身体に被ると、布の内部に身体が隠遁され、表面も背景に同化するという、まさに忍者の使う隠れ蓑のようなアーティファクトである。
中に和風の家が備わっており、味方を内部に入れて移動することも可能。
ただしロワ中では制限のため、20秒しか中に隠れていることができない。定員人数は一人。使えるのは六時間に一回。



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