ひとときの
深夜のデパート。
普段なら多くの人で賑わうであろう百貨店も、今は静寂に支配されている。 それは決して閉店時間だからという訳ではない。
最低限の照明のみが点けられている薄暗い店内、何も置かれていない商品陳列棚に一人の少女が凭れかかっていた。
癖のある若草色の髪。 身に着けているのはまともな衣服ではなく、古びた布きれ一枚に華奢な肢体を包んでいる。
ただでさえ疲労の色が濃いその顔には、さらに困惑と焦燥が浮かび上がっていた。
「どうして……こんなことに……」
呆然と呟く彼女の名は、相羽ミユキという。
連合宇宙暦と呼ばれるある時代、宇宙船アルゴス号は土星への旅路にあった。 乗っているのは相羽家を中心としたタイタン調査団であり、ミユキもまたその中に名を連ねていた。
航行は順調に続くものと思われたが、地球外生命体ラダムとの遭遇によって全てが狂い始めた。 ラダムはアルゴス号の乗員を生体兵器テッカマンへと改造し、地球侵略の尖兵にしようとしていたのである。
テッカマンはまず肉体を改造された後、その脳髄にラダム虫が寄生することによって完成する。 寄生された者はラダムの本能に支配され、それまでの人生で得た記憶や人格を持ったまま、ラダムの為に働くようになるのである。
しかし例外が発生した。 ミユキの兄であるタカヤ──テッカマンブレード──が父・孝三の助けによってラダムの寄生を免れ、地球へと脱出したのである。 彼は外宇宙開発機構スペースナイツと共に、ラダムとの過酷な戦いに身を投じていった。
そしてミユキもまたテッカマンレイピアとして覚醒の時を迎えた。 タカヤと同じく、ラダムに寄生されないままで。
兄と再会すべく地球に降り立ったミユキだが、テッカマン同士の精神感応によりラダムに発見されることを避けるため、人の姿のまま荒野を彷徨い歩かなければならなかった。 のみならず、彼女の体には看過できぬ重大な異変が起こっていたのである。
やがて太陽が照り付ける砂漠の中でついに力尽き、砂の中に倒れ伏してしまい──
目が覚めると、あの場所にいた。
状況はおよそミユキの理解を越えるものであった。
地球全土がラダムの脅威に晒されている中、誰がこんな怖ろしい事を企んだのか。 大勢の者を殺し合わせようとする動機は、目的は? 自分をテッカマンだと知った上で浚って来たのか?
ただ一つ確実な事は、このままでは兄に会うのが不可能だということだ。
「どうすれば……」
絶望的な気分で発せられたその問いに、答える者は誰もいない。
ただ焦りの中で時間だけが無為に過ぎ去っていき、
「!?」
視界の端に照明以外の光を捉え、ミユキは顔をあげた。
見ると、数メートル離れた物陰から一人の少女が姿を現したところだった。
「ま、待って! 私、何もしません!」
少女は慌てた様子でそう言いながら、両手をあげた。 床に落ちた懐中電灯が少女とミユキの間に転がり、二人の姿を照らし出す。
少女はミユキより少しだけ年下だろうか。 栗色の髪をやや後ろの方で結い、ツインテールを作っている。 身に纏っているのは着古した感じのくたびれたトレーナーだ。
ミユキは咄嗟に腰を浮かべたが、どう対処すべきか判らずその場に固まってしまう。
「私、高槻やよいっていいます! 殺し合いなんてしません! 信じて下さい!」
少女──やよいは必死な顔で訴えている。 暗がりながら武器の様な物は持っていないように見えるし、普段のミユキなら笑って信じることが出来ただろう。 しかしミユキの"普段"は、アルゴス号がラダムの宇宙船を発見した瞬間に終わっているのだ。
どう逃げ出すべきか、と思考を巡らせる。 最悪、戦うという選択肢を強いられることになるが、それは余りにリスキーだった。
今のミユキは変身に必要なクリスタルを持っていないのだ。 通常、テッカマンへと改造された者は人の姿のままでも強靭な力を発揮できるが、ミユキの場合はそうはいかない。
「一緒に逃げ出す方法を考えましょう! まず電話を探して、警察に連絡して、他の人も探して、それから……」
やよいは、ともすれば滑稽とも思える調子で慌しく喋り続けている。 その様子は愛らしくも見えるが、それがミユキを油断させる為の芝居でないとは言い切れない。
兄・タカヤに会うまでは決して死ねない。 その想いがミユキの警戒心を著しく増していた。
逃げよう。 巧く暗がりの中を動き回れば、捕まることはない。
そう決断し、身を翻そうとした時だった。
「!」
突如として自分の身を襲った異変に、ミユキはびくりと身を竦ませた。
「こんな時に」と思う間も、やよいの驚く顔を見る間も無い。 想像を絶する苦しみに襲われ、ミユキはその場に崩れ落ちた。
生物をテッカマンへと改造するテックシステムには、体質的に合う者と合わない者がいる。 適合できなかった者はシステムから排出されることになるが、不完全な改造の為に体に深刻な障害が起きており、最悪の場合はその場でミイラの様に干からびて絶命することになる。 アルゴス号の乗員がそのようにして死んでいくのを、ミユキは何度も目にしてきた。
そして彼女自身もまたシステムに適合できない体質だった。 判明したのはテッカマンとして完成する直前のことであり、体組織の崩壊によってミユキはもう永く生きられない体になってしまっていた。 それが、ラダムに寄生されないままシステムから開放された事の、代償だった。
時折、発作の様に起こる凄まじい苦しみがミユキを襲う。 そうなるともう何も出来ず、ただ悲鳴をあげながら体が落ち着くのを待つしかない。
「ど、どうしたんですか!?」
やよいのそんな声も届かない。
ミユキは何度も兄の名を呼びながら、荒野で何度も繰り返した苦悶の時間を過ごした。
それから、暫く。
「……私、相羽ミユキ」
ミユキは椅子に腰を下ろしながら、向かいに座るやよいにそう名乗っていた。
フロアの片隅にある小さな喫茶店である。 入り口には料理の見本が飾られていたものの、実際にそれを作れる食材が残っているかは判らない。
「え、えっと、相羽さん?」
やよいはおずおずと繰り返したが、
「ミユキでいいわ」
そう言ってやると、顔をぱっと明るくした。
「じゃあ、ミユキさんですね! 私、高槻やよいです……あれ、さっき言ったかな?」
「高槻さんでいいのかな」
「やよいって呼んで下さい。 ミユキさん、私より年上みたいだし」
「16歳だけど……」
「私、13歳です」
「じゃあ…… やよい、ちゃん?」
「えへへ」
はにかむやよいの顔を見て、ミユキは自分が久しぶりに笑っていることを自覚した。
ラダムに囚われて以来、長く経験することのなかった普通の人間らしい会話。 天真爛漫な少女とのやりとりは、過酷な運命に乾き切ったミユキの心を優しく癒してくれる様だった。
それだけではなく、やよいはミユキが苦しんでいる間、その傍らで懸命に声をかけ続けてくれていた。 その姿に嘘や作為があるとは思えず、身近に人がいるという安心感も手伝って、ミユキは彼女に心を許しかけていた。
しかし、それでも現状を忘れた訳ではない。
首から上が無くなった少年の無残な姿は、ミユキの脳裏に強く焼き付いている。 その光景を作り出した狂気の首輪は、ミユキにもやよいにも嵌められているのだ。
こんな事で死ぬ訳にはいかない。 何としても兄に──そうでなくとも、せめて地球を守りラダムと戦う者達に伝えなければならない。 ラダムの本拠地の所在、そして彼等の真の目的を。
その為に、どう動くべきか…… 答えは未だ出ていない。
【5-D デパート内/一日目・深夜】
【相羽ミユキ@宇宙の騎士テッカマンブレード】
[状態]:体調不良(回復不能)
[装備]:なし
[道具]:共通支給品一式
[思考・状況]
基本方針:ゲームから脱出し、兄(タカヤ)に会う。
1:やよいと相談する。
2:クリスタルを探す。
【高槻やよい@THE IDOLM@STER】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:共通支給品一式
[思考・状況]
基本方針:皆でゲームから脱出する。
1:ミユキと相談する。
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