DARKER THAN BLACK






「え、嘘……だよね」

――F-6エリア、古代遺跡。
異様としか言いようのない風景の片隅で、星井美希は呆然と立ち尽くしていた。

「プロデューサー! 小鳥ー! 真くんー!」

美希は親しい人の名を呼びながら、不安そうに辺りを見渡す。
元は外壁であったらしい岩の壁。
途中で折れた石柱の跡。
どこからどこへ繋がっていたのか分からない階段。
今にも風化してしまいそうな焼物の壷。
見えるもの全てが、美希の知る現代日本の風景とは乖離していた。
どこか外国の遺跡にたったひとりで置き去りにされてしまったかのような、そんな錯覚。

「ねぇ、みんなー!」

身を隠すということすらせずに、美希は早足で歩き出した。
知り合いまで攫われているのかどうか、攫われているとして、近くにいるのかどうか。
そんなことを知る術などない。
しかし美希は呼びかけを止めようとせず、それどころか一層声を張り上げ始めた。
この現実離れした状況において、それだけが心の支えだと言わんばかりに。
現実離れしているといえば、先ほどの出来事もそうだ。
首輪が爆発して死んでしまう?
全員で殺しあえ?
そんなのは映画や小説の中でしか起こらないことだと思っていた。
むしろ起こり得るとと思うほうがおかしいのだ。
だから信じられない。
だから想像できない。
この場において、無防備に歩き回るという行為がどれほど危険なのかということを。

「みん……」

石壁に左右を覆われた道を抜け、十字路に差し掛かったとき、美希は不意に立ち止まった。
角を左手に曲がった先、ちょっとした広場の中央に異様な姿を見止めたのだ。

「なに、あれ……」

壁から少しだけ身を覗かせて、目を凝らす。
ソレは人間のような輪郭をしていた。
背は、とても高い。
美希よりも頭一つか二つ分は抜けている。
細身の黒い鎧で全身を覆っていて、人種も性別も分からない。
視認できたのはそれだけだった。
何故なら、どんなに目を凝らしても、ソレの姿に焦点を合わせることができないのだ。
全身を覆う黒い霧のせいなのだろうか。
むしろ目を凝らせば凝らすほどぼやけが酷くなり、不鮮明にしか見えなくなってしまう。
漆黒の甲冑を着込んだ騎士――
闇夜という環境下において、ソレの存在に気付けたこと自体が、偶然の産物というよりないだろう。
その異様な光景を前にしてもなお、美希はこの場から離れなかった。
正確には、離れられないのだ。
視線すら合わせておらず、背中を向けられているだけなのに、身体の震えが止まらない。
膝が笑って、立っているだけで精一杯だ。
出会ってはいけないものと遭遇してしまった。
そんな漠然とした直感が美希の身体を震わせる。

黒い騎士が踵を返す。
頭頂部から背中へ伸びる細長い飾り毛が、動きにあわせてしなやかに揺れる。

「いや……」

振り向き様に、篭手に包まれた指先が石壁の表面を掴み取る。
硬い石がまるで砂糖菓子のように抉られた。

「振り向かないで……」

手中の礫が瞬時にして闇色に染まる。
兜のスリットから漏れる赤い光を、美希は確かに見た。
――そして理解する。
その赤色が、狂気と殺意に歪んだ瞳の色であると。

「――――っ!」


視認の範疇を遥かに超えていた。
美希が次に認識したのは、粉々に砕かれて飛び散る石壁の破片。
大きな力で吹き飛ばされそうになる自分の身体。
そして、右肩から湧き出る灼熱の感覚。
美希は力なく座り込み、石壁に身を預けた。
石壁の一部はまるで砲弾でも受けたかのように崩れており、今にも倒壊してしまいそうだ。

痛い。

最初に思ったのはそんなことだった。
客観的に見れば、黒い騎士の投げ放った礫は美希には直撃していない。
ほんのちょっとだけ、腕の付け根を掠っただけだ。
しかしたったそれだけで、美希の柔肌は容易く吹き飛ばされ、生々しい血肉を露わにさせられていた。
傷の大きさは精々2センチから3センチ。
決して重篤な負傷ではなかったが、しかし美希にとっては未曾有の激痛であった。
心臓が鳴るたびに、傷口もジクジクと痛む。
熱くて生臭いものが、腕を伝って指まで濡らしていく。
黒い騎士が歩みを進める。
ざり、ざり、と砂を踏む音が、悪夢のような光景に現実味を与えていた。
美希は抵抗らしい抵抗もできないまま、呆然とそれを眺めているしかない。
逃げ出すどころか立ち上がることすらままならないのだから。
騎士が石壁から拳大より更に大きな岩を抉り出す。
あれほどの握力なのだ。
ただ頭を掴まれて握られるだけでも、容易く命を奪われてしまうだろう。
まるで小さな花の蕾を毟るように呆気なく。
先ほどの石と同じように、手にした岩が黒い葉脈のようなモノに包まれていく。
指で削った小石程度でアレならば、この岩にはどれほどの威力が秘められているというのか。

「――――」

黒い騎士が魔弾を握った腕を引くのを、美希は声もなく目で追っていた。
避けるなど出来るはずがない。
耐えるなど叶うはずがない。
美希という少女の命脈は、綿のように軽く引き千切られるしかないのだ。


騎士が腕を振るう。
豪速の魔弾が大気を引き裂き――



   ◇  ◇  ◇


「はぁ……はぁ……はぁ……」

中村剛太は呼吸を整えながら、坂の上を仰ぎ見た。
坂というよりは崖に近い斜面には、何かが滑り落ちた跡がくっきりと残されている。

「追ってこない、のか……?」

ふぅ、と息を吐き、足元に蹲る少女を見る。
真夏でもなければ着られないような露出の多い服装に、金色の髪の毛。
顔立ちからして日本人ではあるようだ。
肩口には鋭いもので抉られたような傷があり、今も血液が染み出してきている。

「大丈夫か?」
「……」

少女は答えない。
無理もないだろう。
あんな恐ろしい体験をして、一般人が平気でいられるはずがない。
数分前――遺跡の中を歩き回っていた剛太は、道端に座り込んでいたこの少女を見つけた。
何事かと近寄ってみれば、ヒトの形をした影としか形容のしようがない何者かに襲われていたのだ。
咄嗟に駆けつけて腕を引き、すぐ近くにあった急傾斜を利用して離脱したはいいものの、代償はそれなりにあった。
剛太はバッグ『だったもの』を持ち上げ、肩をすくめた。
ヒトガタの投げた凶器によって、剛太のバッグは無残に引き裂かれてしまっていた。
しかし身代わりになったのだと考えれば安いものかもしれない。
何せアレは、明らかに人外の領域に在るものだったのだから。

「止血、するぞ」

一言断ってから、剛太は少女の右腕を持ち上げた。
見かけ通りの細さで、筋肉も脂肪もあまりついていない。
もし助けに入っていなければ、あの一撃で即死していた危険性すらある。
バッグの残骸から布地を細長く千切り取り、少女の肩口を縛る。
そしてポケットからハンカチを取り、傷口も直接縛っておく。
直接止血法と間接止血法。
これで一応の止血は出来た。
出来ればもっとまともな手当てもしておきたいところだが、今はこれが精一杯だ。

「……よし。とりあえず、ここから離れて……」
「嫌なの!」

剛太が差し伸べた手を、少女は左手で払った。
そして再び膝を抱え、脚に顔を埋めてすすり泣く。

「動いたら見つかっちゃうの……嫌なの……」
「……わかった」

剛太は少女の傍らに腰を落とした。
強引に連れまわそうとして叫び声でも上げられたら、さっきのアレに気付かれてしまう危険がある。
こうなってしまったらしばらく間を置いて、パニックが収まるのを待つしかない。
剛太は暗い空を仰ぎ、切実な願いをぽそりと口にした。

「先輩、来てなけりゃいいけど……」


   ◇  ◇  ◇


仕留め損なったことは即座に分かった。
しかし黒い騎士――バーサーカーは、二人の後を追おうとはしなかった。
理性を奪われているとはいえ、思考回路が完全に停止しているわけではない。
バーサーカーは、自らが聖杯戦争の舞台から排除されたのだと漠然と把握していた。
その理由までは考えない。
或いは、考えることが出来ない。
ひとつだけはっきりしていることは、このままでは聖杯戦争から脱落したも同然だということ。


なんとしても戻らなければならない――


言語的に思考したのではないだろう。
本能の域、獣が窮地を悟るのと同じように、バーサーカーは理解する。
如何なる願いをも叶える万能の願望器・聖杯。
実のところ、別段ソレに託す願いがあったわけではない。
『バーサーカー』として召喚され、狂気に落ち苦しみを忘れることが出来ればよかった。
召喚された当初の彼であれば、この地に集められたとしても何の反発も覚えなかったことだろう。
しかし今は違う。
彼の苦難の源泉である人物――アーサー王。
他ならぬその人が、己と同じ期に聖杯戦争へ呼び寄せられていたのだ。
ゆえに、ここで足止めを受けているわけにはいかない。

アーサー王。完璧なる王。
彼……バーサーカー……完璧なる騎士……サー・ランスロットが仕えた王。
そして彼が愛した女の夫。

彼らが経た物語は、歴史と神話を紐解けば、誰であろうと知ることができるだろう。
サー・ランスロットが抱いた愛憎、そして悔悟と共に。


バーサーカーはどこへ通じるとも知れない道を歩き出した。
偉大なる王への執心を胸に昂らせながら。








【F-6/古代遺跡(丘の上)/深夜】
【バーサーカー@Fate/Zero】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考]
 基本:脱出する。邪魔者は排除
[備考]
※本編Vol.4 ACT16以前からの参戦です
※狂化しているため複雑な思考が出来ません


【F-6/古代遺跡(丘の下)/深夜】
【星井美希@THE iDOLM@STER】
[状態]:右腕負傷(応急手当済み)
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考]
 基本:早く帰りたい
 1:黒い騎士(バーサーカー)に見つかりたくない
 2:なのでここから動きたくない
[備考]
※裏ルートには入っていません


【中村剛太@武装錬金】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]
 1:当面、少女(星井美希)を守る
 2:もし先輩がいたら、真っ先に助ける
[備考]
※本編終了後からの参戦です
※デイパックは破損しました



前話   目次   次話