壁に耳ありついでに目あり
「ちくしょう……どうすればいいんだ……」
目蒲鬼郎は絶望していた。
石造りの蔵の壁に背を預け。
元から幽霊のように削げ落ちていた頬をさらに痩けさせ、頭を抱えて座りこんでいた。
そばに建っている豪華な城や、背後の大きな蔵に欠片の興味も示さずに。
動くことすら億劫だというように、石のように固まっていた。
「……俺は……一体、どうすればいい?」
先程から幾度、この言葉を繰り返したか分からない。
まるで壊れた絡繰人形だ。そう思いながらも目蒲は、その場から立ち上がることが出来なかった。
「……俺は……どうすれば」
例えるなら目蒲の人生は、人形のようなものだったのかもしれない。
幼い頃から、何でも出来た。勉強も、格闘も、与えられたものは全てこなして来た。
倶楽部「賭郎」の立会人になったのは、いつだったか。
「賭郎」メンバーの賭け事を中立の立場から見守り、
敗者からの取り立てを、金だろうと命だろうと速やかに完璧に行う。
そんな立会人の仕事を、やはり目蒲は完璧にこなしていた。
そう、完璧に。
何の苦労もなしに完璧に。
「どうすれば、いいんだ……」
だから、目蒲には分からない。
いざ“自分で決めろ”と言われた時に、何をしたらいいのかが全く分からない。
何に感動することも出来ず。
何をやりたいとも思わない。
そんな目蒲に、この殺戮ゲームで自分がどう動けばいいかなど、決められるはずが無かった。
「俺はどうすれば……いいんだよ、ちくしょう……」
人生の中で目蒲が意思を持ったことなど、一回くらいしか無かったのだ。
その一回の意思も、選択も、ここに来る前に間違いだったと気付かされた。
もう、思い出したくもない。
佐田国のことも、その強い意思に惹かれて付き従った自分のことも、目蒲は忘れてしまいたかった。
鋼の意思――革命の意思を持つ佐田国という男に、自分に無いものを見て。
立会人の身でありながら、金を求める佐田国のイカサマに加担し。
“嘘喰い”一行に敗れ、革命が失敗し、佐田国と一緒に首を吊られて。
それでも佐田国は鋼の意思を持ったままだと、信じたのに。
「信じていたのに……」
「…………」
最後の最期になって目蒲の崇拝した男は、醜態を晒した。
じわじわと絞まる縄の感触にか、嘘喰いに吐かれた言葉に反応したのかは分からないが、
佐田国は鋼の意思を折り、命乞いをした。
それは目蒲にとっての、最大級の裏切り行為だった。
佐田国と出会ってからの全ての時間を否定されたような、最悪の展開。
「俺の人生は……何だったんだ?
俺は何故、誰かに一度裏切られただけで絶望に身を堕とすんだ?」
「………………」
疑問に答える、結論は一つ。
目蒲鬼郎は言わば、外面だけ綺麗に整えられた、中身の無い人形。
誰かに付いていくことしか出来なかった、哀れなガラクタだったのだ。
「……は、はははは、は」「……」
ガラクタ。心の中で呟いた言葉に目蒲は反応する。
急に込み上げる笑い。
すく、と立ち上がり顔を押さえる。
こめかみに指が触れて、片耳が削がれていることを思い出す。
最後に喰らった一撃によって鼻も曲がっている。今更、どうでもよかった。
ハングマン……じわじわと絞められる首吊りで死んだ人間の顔は白でなく、青。さながら青いメロンのようになる。
糞尿は垂れ流しになり、吊られた者はこの世で最低に値する姿になって死ぬ。
佐田国と一緒に吊られた目蒲にも、当然それは当てはまる。
思うに、気絶して死ぬまでの僅かな時間に助け出されたのだろう。
首には首輪の他に縄の後が付いていて、糞尿と涎でシャツとズボンは汚れている。
「そうだ、全裸になろう」
「……!?」
自らの状態を鑑みて、不意に目蒲はそう考えた。
汚い服は脱いでしまおう。全裸で、晴れやかな気分になって踊ろう。
どうせ自分には、何も決められないのだ。
背後は壁、辺りに人は居ない。いや、居ても気にするものか。
目蒲はまずシャツをビリビリと破り裂くことにした。
次にズボンを脱ぎ、パンツを脱ぐ。あとは踊る。
何故踊るのか。そこに何も無いからだ。
「何だか分からないが……少し……落ち着け」
そうして手をシャツに掛けた、瞬間。
目蒲鬼郎は背後から、大量の水を被った。
「……一体どうしたんだ、お前」
喋りかけて来たのは、壁だった。
†††††††††
目蒲鬼郎が寄りかかっていたのは、ただの壁では無かった。
蔵の出入口に張り付き、蔵に誰も入らないよう壁と化していた、妖怪ぬりかべだったのだ。
「ここに来てすぐ、この蔵を見つけた。中にはこんなにいっぱい武器があった。
悪いやつに取られるかもしれない、と思った。だから俺は誰も入れないように、入り口を塞いだ」
それからついうっかり、先程までぬりかべは寝てしまっていたらしい。
起きた時に丁度目蒲が妙なことを言っていて、服に手をかけたため……
ぬりかべの性質の一つ「壁の中に液体を溜められる」によって溜めた水をかけ、頭を冷やそうとしたのだとか。
「そうだ。あそこに、鬼太郎の服に似たものがあった。
濡らしてしまって済まないが、あれで我慢してくれないか」
ぬりかべが指差した先には、青い服と縞模様のちゃんちゃんこ。
近くに寄ると「鬼太郎コスプレセット」と書いてある。
もう笑うしかなかった。目蒲は濡れた服を捨て、それに着替えることにした。
「しかしそれにしても、いろんな物があるな……」
服を脱いだ目蒲はぬりかべに話しかけながら、蔵の中を見渡した。
辺りに積まれた数個の木箱と、中央に居座る巨大な“兵器”。
試しに一つ木箱を壊してみると、金棒が出てきた。目蒲鬼郎に金棒。ギャグにしては笑えない。
「そうだな。これだけあれば、悪いやつに対して優位に立てる」
「そしてゆくゆくは……このゲームを開催した奴に“革命”を起こせる。
感謝を述べよう、ぬりかべ。俺の目標は決定した」
着替え終わった目蒲を見て、今度はぬりかべが笑みを浮かべた。
何故だか分からないがこの男、鬼太郎に似ている。
名前も少し違うだけだし、髪型なんてそっくりだ。
悪人かも善人かも判断せずに自分が声を掛けたのも、
親しみある風貌だったからかもしれない、とぬりかべは思った。
そして先程まで虚ろだった目蒲という男の目は、希望の光に満ちているように見える。
善人だ。さっきの奇行はきっと気の迷いか何かだったんだろう。
ぬりかべは目蒲をそう判断し、仲間として認めることにした。
「さて、私は仲間を集めに、外に出ようと思います……。ぬりかべは先程のように壁を塞いでいて下さい」
「分かった」
彼の言う“革命”がどんなものかは分からないが、まずは委ねて見るのも手だろう。
ぬりかべはそう考えて、目蒲が“兵器”に乗って出ていった後の入り口に同化する。
注意深く見れば分からなくもないくらいの壁だが、耐久力には自信がある。
悪いやつには入らせない。
いいやつなら……その時はその時で、考える。
「頼むぞ、鬼郎……」
帰りを待っているだろう妻と子のことを思いながら、
ぬりかべは宝物庫の番人へと身を委ねる……。
【B-5 城のそばの蔵/一日目 深夜】
【ぬりかべ@ゲゲゲの鬼太郎】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式
[思考]
1:家族の元に帰りたい
2:蔵の中のものを悪いやつから守る
3:鬼郎の“革命”に協力する
†††††††††
「さて、じゃあ殺しにいくか」
蔵から離れ城下に出た目蒲は、“兵器”の中でそう呟いた。
……限界を越えるところまで振り切れた心に、冷水を浴びせられる。
そんなショック療法を受けた目蒲は一気に頭を冷やし、ある結論に辿り着いたのだった。
「あ? なぜ殺すか? 死にたくないから。以上だよ馬鹿が」
首を絞められ、目蒲がかいま見た“死の姿”。
例えどれだけ折れない心を持っていようと、正義感があろうと無かろうと、最後の最期には命乞いをする。
それほどに死は怖いのだと、目蒲は気付いてしまったのだ。
それまでに何を為そうとしていても。どんな目標があろうと。
結局、死んでしまった奴は死んでしまった奴。死ななかった奴だけが、未来を手に出来るのだ。
「革命? はっ、そんなもん起こせる訳がない。平和ボケは死んでからしろ。
何も信じるものか……全て裏切ればいいんだ……佐田国、俺は……」
ぶつぶつ、ぶつぶつと目蒲は呟き続ける。その目は異様な光をたたえていた。
ぬりかべに善人だと勘違いされる程には、その目は純粋な狂気に満ちている。
「さてと、偶然にも武器庫は確保したし……とりあえず、暴れるとするか。“これ”に対抗できるやつは、ここに何人いるんだろうな?」
中身を見ればゲゲゲの鬼太郎風の男。
外側を見れば重厚な装備を付けた、江戸風の町に全く似合わない“兵器”。
戦車。
そのキャタピラを回しながら、殺人鬼はぶつぶつと呟き続ける。
全ては、自らが殺されないために。
全てが終わった後、自らの目標を手に入れるために。
【B-5/一日目 深夜】
【目蒲鬼郎@嘘喰い】
[状態]死ヘの恐怖、冷静、狂気
[装備]戦車@現実、鬼太郎コスプレセット@現実
[道具]支給品一式、金棒@現実
[思考]
1:死にたくないので、まずはゲームに乗る
2:他人に宝物庫(蔵)の存在を明かさないようにしながら、皆殺し
3:ぬりかべを利用する
4:目標を見付ける
※城備え付けの蔵にアイテム入りの木箱数個があります。何が入っているかは不明。
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