最強の護人







 夜を行く彼の心には微塵の恐れも無い。
 殺し合いを強要され、首輪に命を縛られようとも。
 真の武闘家たるものその結果の死など、とうに覚悟は完了している。
 かといって、積極的に殺し合いなどを行うつもりは無いが。
 挑まれた立会いから逃げるつもりも毛頭無い。

 光臨館全日本空手道選手権大会15・16・17・18・19回五連覇。
 光臨館最強の男『拳帝』碇章吾。
 たとえ、一度は陣内流に遅れを取ろうとも。
 光臨館の最強を今も碇は強く信じている。
 そしてそれを証明するのは己であると言う強い自負。
 その意思を胸に碇は戦場を行く。

 どれほど歩いたか、緩やかな石坂を上った先に、行く手を塞ぐ様に巨大な影が立ちはだかる。
 その影、体格は碇に見合う程の巨漢であり、腕には繋ぎ合わせたかのような傷跡がある。
 そして月光に照らされる、渺十五の謎の文字。
 碇はその男を認識し、その足を止める。
 見つめあう二人の武人。
 その間に、交わす言葉は無い。
 ただ、互いの放つ闘気だけが、その意思を物語っていた。
 先手を取り男が動く。
 10メートル程の間合いのまま、空中で拳を薙ぎ払う。
 同時に碇の顔面に衝撃が走った。
 何が起きたのか。突然の出来事に理解が追いつく前に、もう一度男が拳を払う。
 再度、見えない衝撃が走る。
 碇は冷静に心を沈め、事態を分析する。
 男はその場を一歩も動いてはいない、間合いは遠く拳の届く距離ではない。
 ――――遠当て。
 拳で空気の塊を弾き飛ばし、撃ち放っていると言うのか。
 それは碇の理解を超える技だが、実際に目の前で放たれては、受け入れるしかあるまい。
 手の届かぬ遠距離から連射される恐れるべき技。
 だが、一撃の威力は程度が知れている。
 碇の鎧と化した鋼の肉体の前には、受けるダメージは微々たる物。
 しかし、もらい続けるのも旨くない。

 遠い間合いから繰り返し振るわれる拳。
 風の拳が迫り来る。
 碇は男の腕の動きから軌道を読み、合わせるように正拳を放った。
 3メートル先のローソクの火を消し去る碇の拳風が、向かい来る風の拳を相殺した。
 そしてそのまま、乱打される風の拳を討ち落としながら、碇が間合いを詰める。
 懐にまで迫られた男は、風の拳を放つのを止め、碇に向かいその巨大な拳を振りかぶった。
 重戦車のような一撃。
 その一撃を、上段受けで弾き受ける。
 拳を弾かれ生まれる隙。
 わき腹を狙い、拳帝の正拳付きが繰り出された。
 様々な強敵を一撃の下に屠り去って来たそれは、しかし。
 片腕一本で事もなさげに受け止めらた。
 何と言う出鱈目。
 その強靭さに碇は驚愕するも、すぐさま取られた腕を引き、最撃を放とうと逆腕を構える。
 だが、その一手前に。
 男の重心が深く沈んだ。
 何か来る。
 危機を感じる武闘家の本能が後退を命じる。
 刹那の瞬間、男の足下の地面がひび割れた。
 側面の壁が砕け散り、地面が押しつぶされる。
 辺り一面を円で覆う、最大級の勁の一撃。
 咄嗟に跳び引いた碇だったが、その巨大な攻撃範囲からは逃れられない。
 向かい来る衝撃。両腕を十字に耐え忍ぶも。
 100Kgを超える碇の巨体が僅かに空を舞った。
 それでも何とか空中で体勢を建て直し、両足で硬い地面に着地する。
 衝撃は内部に達したのか、着地と同時に片膝をつき、せり上がる胃液を吐き出した。

 この内側に通るような衝撃は覚えがある。
 かつて碇が真島に敗れ去った時と同じ、気の攻撃。
 しかし、今放たれた物は真島が放った物とは比べ物にならない。
 相手の体に叩き込むのではなく、直接気を放っている。
 その規模の大きさは規格外もいいところだ。

「オマエは、何者だ………?」
 胃の中を吐き終え、呼吸を整えた碇が初めて口を開いた。
 碇の問いに、男は鉄面のような無表情を崩さず、ただ当たり前の事を言うように。

「…………オレは、人類の最強を守る者だ」
 そんな奇妙な事を口にした。

「最強……だと?」
 この男は最強を名乗った。
 ならば負ける訳には行かない。
 己の身は光臨館の最強を証明する。
 だから、最強を名乗るこの男に、決して負ける訳にはいかないのだ。
 着いた両足に力がこもる。
 大きく息を吸い、丹田に力を込める。
 肺の空気を全て吐き出すように大きく息を吐いた。
 それで戦闘体勢は整う。

 立ち上がった碇に、男が風の拳を振るう。
 だが、そんな物は相殺するまでも無い。
 その軌道はもはや完全に見切った。
 左右に身をかわしながら、弾丸の速さで碇が迫る。
 その勢いのまま、放たれる拳帝の一撃。
 だが、見事なまでの化剄でその勢いは流される。
 ゆっくりと碇の分厚い腹筋に男の手が触れる。
 体を通り抜けるよな衝撃が走る。
 否。それは通り抜けるなどと言う生易しい物ではない。
 体を内臓ごと衝撃に貫かれた。
 気を放つではなく、気を打ち込む浸透勁。
 つまり、あの千人殺と全く同種の技。
 いくら碇が筋肉の鎧をに身纏おうとも、内臓を鍛える事は出来ない。
 つまり、この一撃に耐える術はなし。
 だが。
 碇章吾は二度も同じ技で敗れ去る男ではない。
 歯を食い縛り、吐血すら飲み込んで、碇は必殺の一撃を放つ。
 その一撃は矢よりも早く。
 その一撃は鉛よりも重い。
 戦鎚の様な一撃が男の顔面を正確に捕えた。
「………………ッ!!」
 驚愕を漏らしたのは、正拳を放った碇だった。
 碇の放つ正拳の威力は並ではない。
 幾枚の瓦を砕き。石版を屠り去り。人体を破壊してきた。
 これ程の一撃を頭部に叩きこまれたならば、常人なら確実に死に至るだろう。
 ―――打ち抜けない。
 だが、この男は強靭な首の筋力だけで、その一撃を持ち堪えている。
 この男は、人の域ではない。まさに化物。
 戸惑う心の一瞬の隙に男の両腕が迫る。
 顔面を掴まれ、ガッシリと固定される。
 異常な握力、振り払おうとするが、碇の力を持ってしてもびくともしない。

「………お前は、強い」
 男の言葉。
 次の瞬間、脳天に叩きこまれる発勁。
 勁は脳を突きぬけその機能を破壊した。
 穴と言う穴から血が吹き出す。

「あるいは……俺一人なら、良い勝負になったかもしれんな」
 そう誰言うでも無く男は呟き、碇を捕えていた両腕の拘束を解く。
 受身も何も無く碇の巨体が地面に落ち、大きな砂埃が上がった。

 男はただその結末を、当然のことのように見つめていた。
 その心に訪れるのは勝利の歓喜はなく、満たされぬ虚無。
 己が最強であると言う確信と同時に、戦える相手がいないと言う悲しみを抱えている。

 ――――それが『渺茫』。
 彼は十五代目の渺茫、渺十五。
 だか今の彼は、渺茫にして渺茫では無い。
 最強に取り付かれた十四の怨念を抱えた、最強の座の護り人。
 十五漢渺茫――――。
 それでも渺茫は思う。
 己自身でもう一度、あの男と決着を付けたかった。
 だが、今はそれも叶わぬ夢。
「…………未練だな」

 当たり前の渺茫の最強。
 ただ、それだけを証明するために、渺茫は戦場を彷徨う。

【3号棟東南】
【十五漢渺茫@エアマスター】
 [状態]:頭部に小ダメージ
 [装備]:無し
 [道具]:支給品一式
 [思考]:1.渺茫の最強を証明する。
      2.ジョンスリーと戦う?

【碇章吾@真島くんすっとばす!!―――死亡】
【残り66人】



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