三竦み










―――静寂の中に三人の少年が立ち尽くす。割れたガラスから吹き込む風の音がロビーに響く。
動かない、いや、誰一人動けずにいた。互いの目線、仕草、息遣い、神経を張り巡らせ、来たる激突に備えた。
しかし、その激突が本当に来たるものなのかは、誰も知らなかった。






「──なんで…こんな事になったんだろう…」

『おいケンイチ!いい所いくぞ!ちょっと付き合え!』
『へ?いい所?どこ行くんですか?』
むんずと襟をつかまれて引きずられて行く少年。
『へへっ…修行だ!!いいもんが届いたんでな!お前も付き合え──』

己の師事するたくさんの師匠の一人、逆鬼至緒に半場無理やり連れられ、気づいた時には殺し合いの会場にいる少年。
胴着に短パン、その他各種格闘着を装備した彼の名前は白浜兼一。
彼は今自分が置かれている現状に対していまいち実感が沸かず、ただこんな所に自分を連れてきた師匠を思い出しため息をついていた。
「…修行っても…殺し合いさせられるなんて聞いてないよ…っていうか絶対下調べもせずに僕を連れてきよな…絶対そうだ…ハァ…」
もう一つ大きくため息をつく。
「こういうときは…やる事は唯一つ!隠れよう!!」
もはやいっぱしの格闘家ではあるが、生来の気の弱さを存分に発揮した彼は
体育館をでて直ぐ西にあるひときわ大きな廃屋、端島病院と足を踏み入れた──


「──なんで…こんな所に僕はいるんだろう…?」

『ユウ!ユーウ!ハァ…ハァ・・』
『シ…シンちゃん!?ど、どうしたの…?そんなに慌てて…』
駆け寄る少年のあわてぶりに自分も動揺する少年。
『はぁ…はぁ…どうしたもこうしたもねえよ!!シ…ショーゴの野郎!!何かすっげえヤバイ事に手を出そうとしてるらしいって…!』

数少ない友達と言える人間の一人、緑川ショウゴを追って、気づいた時には殺し合い会場にいる少年。
その拳にはバンテージ、腕にはプロテクターを装備し、それを長袖で隠している彼の名前は神代ユウ。
彼は今自分が置かれている現状に対し恐怖し、怯え、人を恐れていた。
「…殺される…ぼ、僕も…さっきの人みたいに…シ…ショウゴ君は…な……なんで…なんで…こんな……」
先ほどの血を思い出し、震えがとまらず、歯をガチガチと鳴らす。
「人が…殺しあう…僕は・・・殺される…い…いやだ…し…死にたくない…!!」
あたりを確認し、とりあえず人前に姿を晒すことを恐れた彼は
体育館をでて直ぐ西にあるひときわ大きな廃屋、端島病院の中で膝を抱えていた──



『な…なぁぁぁぁぁんだってぇえっ!?し、賞金○億だぁぁぁ!?』
『ん、んなアホな…どこのスパムメールや…お前…ま、まさか…んなもん信じとる訳ないやろ?』
もはや
『ゴーノ!益荒王祭りの前夜祭だ!札束抱えて益荒王祭りを迎えてやる!!』


友人、ゴーノの呆れ顔と『やめとけ、絶対騙されとる』と言う言葉をきっちり忘れ、気づいた時には殺し合い会場にいる少年。
なぜか全裸、いやふんどし姿でいる彼の名前は大和武士。
彼は今自分が置かれている状況に対し、自分の責任は棚に上げ、ただ怒っていた。
「こんな善良な市民を騙し…殺し合いをさせる…酷でぇ!酷すぎる!!」
とりあえず行き場のない憤りを感じ、握りこぶしを作る。
「っても…何していいのかわかんねえよ…とりあえず便所でも確保して考えるか…」
うだうだ考えても仕方ねぇ。とりあえず便所にでも行こうと、体育館をでて直ぐ西にあるひときわ大きな廃屋、端島病院の中へと入っていった──




──そして、三人の少年は出逢った


「…そ…想像してた以上にこれは怖い…!!」
割れたガラス窓、潮風にさらされて錆びたテラス、瓦礫の山、無造作に倒れているベット。
端島病院の中に足を踏み入れたのは良いが、いかにも何かが”出そう”な雰囲気にすっかり挙動不審になるケンイチ。
確かに隠れる場所は沢山あるが、ここで一晩過ごせば精神的に死んでしまうことは想像に難くない。
「ほ、他の場所に行こう!!」
こんな精神破壊空間には居たくないと思ったケンイチは、来た道を引き返そうと振り返った。
と、その時、突風が吹き込んだ。

隙間から入る風がビュゥビュゥと音をたて
それにあわせて建物全体がガタガタと揺れる。

「は、はうわぁぁぁ!?!?!?!」

その物音に怯え、その場から一番近い部屋に脱兎のごとく駆け入った。
ビュゥーー…ガタ!ガタガタ…
「はぁ…はぁ…あ、ああ!な、なあ〜んだ!か、風の音か!そうだよね!オバケとかそんな非科学的なもの、ハハハハ…」
その物音が風の音だと気づき、ホッと肩をなでおろすケンイチ。そこに…
「はは…ハハ…ッ!!」
ビュッ、と鋭い音がする。今までケンイチの後頭部があった場所を風を切って拳が通り過ぎていた。
先制攻撃に驚きながらその拳の放たれた方向に向き直るケンイチ。
そこには拳にバンテージを巻いた、一人の気弱そうな少年、ユウが立っていた──


「な、何するんですか!?危ないでしょ!ほら、ケガとかしたら…」
そこまで言って、脳裏にあの非現実的な映像が浮かぶ。
「そうだった、ここは殺し合いの場所だったんだっけ…」
なにも言わずに構える少年に対して制空圏を展開する。
「もちろん殺す気なんてないけど…落ち着いてもらいます!」
「うわぁぁぁぁ!」
一転して吠えながらパンチを繰り出す少年、しかしその拳はケンイチを捕えない。
スピード、キレ、ともに申し分のないパンチではあったが、ケンイチはその全てをいなし、かわし、流した。

━━何故ユウの拳はケンイチに届かないのか?制空圏の特性を考えてもらいたい!
もしも強さを数値にできるなら、この二人の総合力はさして変わるものではないだろう!いや、的確な打撃という意味では
ユウのパンチに軍配が上がるかもしれない。問題は相性である。
ケンイチが体得している「制空圏」、これは間合いに入る攻撃を察知して対応することの出来る能力である。
ユウのパンチスピードはともすればボクサーのそれをも上回る、到底見て反応できるものではないのだが、この制空圏は
感覚でとらえる防御術であり、その間合いの内では攻撃のスピードはさほど問題ではないのだ!
そしてユウにとって複数の武術を未熟ながら体得するケンイチの攻撃はまったくの未知!このカードではケンイチに対する
ユウの相性は最悪と言ってもいいほどである!━━

「ゴフッ…!?」
「ごめんなさい、でも落ち着いて!」
ケンイチの得意技の一つ、山突きがユウを捕えた。
真っ直ぐに伸びた両の拳が少年胸のあたりにクリーンヒットし、ユウを突き倒した。

「ぐはっ!」
ユウが再び床に膝をつく。
あの後も攻撃をやめないユウに、ケンイチは殆ど触れさせることもなく2度目のダウン。
入った技は正拳。山突きではないものの、ダメージの残るユウが起き上がるには時間がかかりそうだった。
「もうやめましょうよ!僕は別に!!」
ケンイチが声を上げたその時、横合いから異なる声が遮った。

「トイレを探してたらもう殺し合いかよ…そこの兄ちゃん、そのへんで止めておけよ」
ハッと声の方を見るケンイチ。ユウも膝をついたまま視線を送る。
そこにいたのは学ランに褌の少年だった。
もしここが日常なら間違いなく総ツッコミである。しかし、この状況下において…
「な、なんでふんどし!?」
ケンイチは空気が読めないので普通にツッコんだ。
「俺の弱点を隠すにゃ…い、いやは置いておくとして、あんちゃん、やりすぎだぜ!」
ケンイチとユウを見比べて褌の少年、大和武士は言った。
「すっかり怯えてる相手にそりゃあねえだろ、ちょっと痛い目見てもらった方がいいかもしれねえなぁ!」
どこから見ていたのか、大和の中ではケンイチがユウをいたぶっているという認識らしかった。
たしかに、傍目から見れば傷一つ負っていないケンイチと、ダウンして新たな人物の出現に戸惑い
歯の根も合わないユウではケンイチが悪者に見えるかもしれなかった。


「僕は、そんなつもりじゃ…」
「こんなか弱そうな奴いたぶってそんなつもりじゃないとは、言わせねえよ!」
言いながら拳を放つ大和。
いきなりのことに制空圏を展開する間もなく避けたケンイチに連撃が飛ぶ。
「うわ、ちょ…ととと、うわっ!」
体勢を崩したところに入る大和の顔面小弟。
すんでの所で直撃こそ免れたがその威力の高さはよけそこなって掠めたケンイチの腕が大きく振られたことで見て取れた。
「わかってもらえないなら…判ってもらうまでです!」
バックステップで一足、間をおいて、ケンイチは大和に向き直り攻めに転じた。

「はっ!とぅっ!やぁ!」
踏み込んで山突き。体を捻って避ける大和。
すかさず組み付こうとするケンイチ。が、それも半歩届かない。
出す技出す技、全て絶妙の間合いで外されている。
苦し紛れに狙った朽木倒しをかわされ、前のめりになったケンイチのアゴに
避けた場所からただ一歩踏み出した、大和の蹴りが炸裂した。
「ぐあっ!?」
蹴りの勢いで上体を起こされたケンイチの胸にもう一撃。
後ろにふっとんだケンイチは、すぐには起き上がれないが顔を上げ大和を見る。
「な、なんで当たらないんだ!?」
「お前の攻撃なんぞ!見えちまうんだよ!!!!」

━━大和とケンイチの圧倒的な差、これも相性の問題である!
ケンイチが攻撃に回った場合、防御する側は定石とかけ離れた一人で多流派の技を使うケンイチの攻撃をしのぐことは難しく、
格闘技に明るい者ほど次の手が読めずトリッキーな連携につかまることになる。しかし、大和の武器である超人的な
動体視力+素人特有の柔軟さ、そして空間全体を見る、通称『見やんと見る』事で、空間を認識するので技の種類や連携にとらわれず、単純に相手の動きから
算出される距離を見切って間合いをとることができる。よって、ケンイチの技であっても…かわせる!!━━

「しばらくそこで反省してろ!」
言い放って大和はユウに歩み寄った。
「ほら、立てるか、もうだいじょう、ぶわっ!?」
差し出した手で引き起こした少年が、礼の代わりにパンチを放ってきた。
大和は避ける。咄嗟のことで空間を読むことも出来なかったがこれくらいなら…
そう思って自分の鼻をこすった……違和感。
手を見る大和。そこには鼻血と思しき血がついていた。パンチは、当たっていたのだ。
「なっ!?」
「信じない…!殺し合いの場に味方なんていない!だからボクがやるしか…!!」
間合いを詰めるユウ。
「お前…何を」
体勢を立て直しユウの動きを見る大和。


左、左、右。

大丈夫、見えている。さっきのは咄嗟でよけ損ねただけだ。
大和はユウを見やんと見ながらそんなことを思い、間合いをとった。

はずだった。大和の視界が揺れていた、軽く脳を揺さぶられ次の行動に移れない大和に
連携の締めの回し蹴りがクリーンヒットする。

倒れこむ大和は理解できない。
避けたはず、避けていたはずの技に何故当たっているのか。
自分が何故倒れこんでいるのか。理解できなかった。

━━最後になるが、ユウと大和の差、もう理解されているとは思うがこれも相性である。
先ほど述べた通り、大和の武器は空間把握によって生まれる回避である。対してユウの武器はなにか。
それは愚直なまでに只管鍛え続け手に入れたパンチスピードである。
その速度は「見てから避けることが困難」なほどである。そうなのだ、賢明な読者諸君は気づいただろう。
大和の空間把握はケンイチのそれとはことなり「視認」することで成り立っているものである。
どれだけ間合いの判る人間でも、避けるより早い技には対応することが出来ない!
ユウの攻撃を「見ている」限り、大和はユウの攻撃を食らってしまうのである!!━━

「はぁ…はぁ……はぁ…はぁ…」
肩で息を吐き、崩れ落ちる大和を見つめるユウ。
味方はいない、誰もいない。殺さなければ殺される。だから止めを刺す。
「うっ…ぐぁ…」
小さい唸り声を出す大和に一歩一歩近寄り、止めを挿さんと拳を上げる。
「やめ…て、くだ…さい!!」
と、その時、大和の一撃で壁に持たれかかっていたケンイチが静止する。
「それ以上やるなら…僕が…もう一度相手を…しま…す!!!」
息を枯らしながらも腹部の帯を巻き直し、再び構える。

「よく…言う…な…」
続けて大和がよろめきながらもその場に立つ。
「…さっきまでこのガキ殺す気満々だった男が…反吐がでらぁ!!」
大和も額の鉢巻をぎゅっと縛り直し、再び構える。

「…僕は…死なない…仲間なんて…ここには…!!」
臨戦態勢の二人から少し距離を置き、バンテージを固め直してユウも構える。


静寂の中に三人の少年が立ち尽くす。割れたガラスから吹き込む風の音がロビーに響く。
動かない、いや、誰一人動けずにいた。互いの目線、仕草、息遣い、神経を張り巡らせ、来たる激突に備えた。
しかし、その激突が本当に来たるものなのかは、誰も知らなかった。────



【端島病院跡 入り口付近】

【白浜兼一@最強の弟子ケンイチ】
 [状態]:胸部に小ダメージ
 [装備]:無し
 [道具]:支給品一式
 

【神代ユウ@ホーリーランド】
 [状態]:腹部に小ダメージ
 [装備]:バンテージ、プロテクター
 [道具]:支給品一式
 

【大和武士@益荒王】
 [状態]:頭部に小ダメージ
 [装備]:褌
 [道具]:支給品一式



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