お前はもっと強いはずだ







 ――まさかこんな羽目になるなんてな……。

   ガショッ、ガショッ

 ――まあ、長戸に言わず出てきたのは正解だったか。アイツをこれに巻き込まなくて済んだ。

 ガショッ、ガショッ、ガショッ

 ――しかも、こいつを体に慣らすつもりで来たら、エアの奴までいやがった。――アイツはどうするんだろう。

 ガショッ、ガショッ、ガショッ、ガショッ

 ――俺も、どうするかな……。

 ガショッ、ガショッ、ガショッ、ガショッ、ガショッ――鎧の戦士はそこで足を止めて、思考の海へと更に深く潜り込んだ。



 シズナマンこと北枝金次郎は改造人間である。
 彼を改造した久坂静菜は、深道ランキング全制覇を企むナースの人妻(処女)である。
 シズナマンは、かつて自分を破った二人の女性ともう一度闘うために深道ランキングのランカー達を狩っているのだ!
 ――と、このような解説をされても何ら違和感の無いほど、彼の姿は現代社会において浮いてしまっていた。
 全身を包んだ装甲。洗練(?)されたそのフォーム。その全てが、子供の思い描く『正義のヒーロー』そのままなのだ。
 元々ケンカ自慢の荒くれが集う不良グループを束ねており、"男気一本!"を象徴するような生き方をしてきた当人としては、
 あまりにも悪目立ちし過ぎるこの格好は望みではない。見た目は勿論のこと、この鎧を着ることで受ける恩恵も。
――普通の殴り合いで決着をつけるって言うんなら、これは俺にとって絶好の機会だろう。
 俺を倒したあの女はいないようだが、エアはいる。深道ランキングの上位ランカーもいた。
 おまけに、俺達を呼び寄せたあの爺さんの話が正しいなら、ここにいる全員がアイツらに匹敵するような力を持っているってことだ。
 そういうバカみたいに強くなった奴らへと、渾身の力で挑む。それだけでいい。負けないこと。それが俺の求める"闘い"なんだ。

 しかし……殺し合いはないだろう。

 いかに最強を目指す身とは言えど、金次郎とて一介の高校生に過ぎない。
 命の奪い合いも辞さないなどという、そこまでの覚悟を持つには至れなかった。


 思い返すのは、体育館での惨劇。

 背中に宿りし"鬼"。

 宙を舞った男。


 赤く染まった、地面――。




 躊躇いも何もなく、獣になりきることを、あの男は、何の躊躇もなくやってのけた。――いや、なりきったなどという表現は適切ではない。
 あの男こそ、獣の頂点なのだ。全ての生物はあの男の前では捕食の対象でしかなく、その下で自分達は怯えながら生きていくしかない――。


 ……クソッ!



 俺は……俺はアイツにビビってる!
力を手に入れたつもりでいた。それが仮初のものだということも、充分過ぎるほどに分かっていた。
 それでも、負けたくなかった。負けない強さが欲しかった。どこまでも高く、どこまでも行ける、誰とだって闘える強さが。
 そうまでして手に入れた力の、あの男は、更に、上を行く。
 このままじゃ、ダメだ。俺は――









「オイ」


 唐突に声が掛かった。


「……なんだ?」


 建物全体に声が反響して、何処から聞こえるのか分からない。
 直感で左へと視線を向け――







 直後、今までに体感したこともないような衝撃が金次郎の脇腹を襲った。
「がぁッ!?」
 成すすべもなく吹っ飛ばされて、砂埃を舞わせながら薄汚れた地面を滑る。
 ごろごろと回っているうちに徐々に勢いが弱まって、回転の途中で何とか地面へと手を突き体勢を立て直したものの、
 ……脇腹の痛みが、消えない。いや、それよりも気に留めなければならないのは――
 こいつっ、シズナマンの装甲をっ! 一撃でっ? こんなにあっさりとかよっ!?
 この軍艦島へと渡る前日、シズナマンは製作者静菜の手によってシズナマン"2"へと改造されていた。
 彼女の話では、装甲が従来の1.8倍になったという。
 その改造される前の段階ですら、あのルチャマスターの攻撃をもまったく意に介さなかったこの鎧が――
「こっ……のっ!!」
 どうなってんだ――これが、こんな相手がっ! この島にいる奴らのレベルなのかっ!?
「ボーッとしてんじゃねェよ」
 砂塵の奥から、相手が現れる。
 対峙した相手を食い千切ろうとするかのようなギラついた目に、見覚えがあった。いや、つい先ほど印象付けられたと言うべきか。


 この男は、あの"鬼"に――待て、こいつ、確か――


「この闘いはよォ……」


 ――『オヤジ』って――



「殺し合いなんだぜェッッッ!!」



 ――あの"鬼"の、息子だっていうのかよっ!?
 一直線に突っ込んでくる範馬刃牙の目には、その父親と、勇次郎とまったく同種の――
 "鬼"が宿っているように、その時の金次郎には見えた。
脇目も振らずに向かってくる刃牙。迷いのないその姿が、フィルスを"喰らった"時の勇次郎と重なる。
 ――ビビんなっ!
 ギリギリのところで自らを奮い立たせ、シズナマンは"鬼"を迎え撃つべく構えを取る。
 右腕を引き、腰溜めに拳を構える"渾身のパンチ一発"狙い。人食い熊をも屠ったこの一撃、"鬼"に対しても有効打には成り得るはずだ。
 ――違う。"鬼"が相手だなんて考えるな、どれだけ強烈なパンチが撃てようが――相手は俺と同い年くらいのタダの野郎だ!

 俺は――負――


 二人の繰り出す必殺の拳が、空で交わり、双方の頬へと激しくめり込む。

 吹っ飛ばされたのは――金次郎。


 顔面の装甲がバラバラに弾け飛んで散ったその奥へと、再度金次郎の、シズナマンの体が転がっていく。

 今度はもう、手を突き立ち上がることはなかった。



 ――オレはきっと、オヤジとジっちゃんの思い通りのことをしている。
 刃牙は動かなくなった金次郎を一瞥し、折られた歯と血の混ざった痰を灰色の地面へと吐き捨てた。
 勇次郎は言った。勝ち上がって来いと。それまで自分と闘う資格はないと。
 光成は言った。闘争の原点は命の奪い合いにあると。それこそが究極の闘争であると。
 ――今のオレに、オヤジを倒せるほどの力は無い。でも、この殺し合いの中でオレが何かを得られたのなら、その時はきっと――
 オヤジ。オレは、アンタを超えてみせる。
 そのために今は、アンタの誘いに乗ってやる。このゲームに、オレは乗る。そして絶対に手に入れてやる。アンタを倒せる、力を。
 

 獣の眼。逆立った髪。全身から溢れ出る、対峙したものを飲み込むかの如く滾りしその闘志。

 巨凶範馬の内に流れる血は、この殺戮の舞台の上で、"鬼"の力となって刃牙の中に目覚めようとしていた。
「さァ……てと」
 刃牙は地に倒れ伏した鎧の戦士に締めの一撃を加えんと、首の骨を鳴らしつつ歩み寄った。
 ――結構出来るヤツだったみたいだけど、こんなモン着てるワリには脆かったな。
 横にしゃがみ込み、ぐい、と頭を掴み上げて、砕け散った仮面の下にある目と視線をかち合わせる。
 瞳の奥に宿っている感情が、意地よりも恐怖の方に支配されているのを、刃牙には感じ取ることが出来た。

 ――心を折られた、奴の目だ。



 その瞬間、刃牙の中で何かが急速に萎えていった。
 引き換えにして広がったのは、途方も無い、失望。


「何だよ、それ」


 中身の入っていない、宝箱を開けたときのような――


「"喰われる"奴の、目だよ。アンタのは」


 どうしようもない、落胆。




「――アンタといくら闘ったって、俺は何も得られない」

 刃牙はそう吐き捨て、掴んでいた金次郎の頭を離すと、立ち上がってその場を後にした。
 背後から何事かを叫ばれていたような気がしたが、気にも留めなかった。
 待てよ。

 待てって。


 ――待ってくれよ。




「――待てぇぇぇぇっ!!」

 遠ざかる背中はやがて見えなくなって、静寂だけがその場を包むようになった。





「……畜生」


 俺は――俺は。

 ……何をやっているんだ……?





「畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 血を浴びることのなかった廃墟の中で、"シズナマン"になり切れなかった男の叫びが木霊した。
「ヒーロー、何がそんなに悲しいよ?」


「……っはぁ?」




 涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔のまま、間の抜けた声を上げる。

 滲んだ視界のその奥に、心配そうに屈み込んでいる男の顔。

「美羽から聞いたことあるよ。ヒーロー、とても強い! 負けることあってもたくさん修行して、悪の親玉やっつけるよ!」

 もっとも、鍛え込まれたその肉体と、何よりこの場にいること自体が、普通の一般人でないことを証明している。



「……誰だ……お前……」


「アパチャイだよ!」


「…………」




 てんで説明になっていなかったが、とりあえず――

 負に堕ちかけた気持ちは、和らいだ。
【17号棟日給社宅一階】
【範馬刃牙@グラップラー刃牙】
 [状態]:軽傷、若干テンション低下
 [装備]:無し
 [道具]:支給品一式
 [思考]:1.勇次郎と闘うために強い奴を片っ端から倒し優勝する

【北枝金次郎@エアマスター】
 [状態]:重傷、戦意喪失気味
 [装備]:シズナマンスーツ(左脇腹、顔面部が粉砕)
 [道具]:支給品一式
 [思考]:1.アパチャイに対して困惑中
      2.刃牙に負けっぱなしでは終われない……が、今のままではとても勝てない

【アパチャイ=ホパチャイ@史上最強の弟子ケンイチ】
 [状態]:健康
 [装備]:無し
 [道具]:支給品一式
 [思考]:1.ヒーローどうしたよ?
      2.兼一や美羽を探して師匠らしく守ってやりたい、それで褒められたい



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