獣殺し対決






 戦場と化した軍監島を、堂々と歩く太い男が一人。
 その男、全てが太かった。
 背丈はさほど高くは無いが、横幅は太く、まるで小山のよう。
 胸が太く、腹が太く、首が太く、腕が太く、脚が太く、指の先まで太い。
 眉も、眼も、鼻も、唇も、太い。その目に宿る、眼光までもが太い。
 勿論それは肥満ではない、全てが鍛え上げられた筋肉である。
 それはまさに肉の要塞と言えた。
 空手道北辰会館々長・松尾象山である。

 象山の前方に屈強な男が一人。
 その身は象山と同じく空手着に包まれており。
 髪の毛一本無いスキンヘット、右目には眼帯。
 左目の上部、右頬に大きな傷跡が見える。
 漂う雰囲気は大海のようでもあり大山のよう。
 鍛え上げられた刃のような澄んだ威圧を放つ。
 元空手道神心会館々長・愚地独歩である。

「よう、愚地の。久しぶりじゃねえか」
 十年来の旧友に出会った親しさで、象山が声を上げた。

「なんでぇ北辰館の松尾じゃねぇか。あんたも来てたのかい。
 まぁ。お互いつまんねぇ事に巻き込まれたもんだな」
 そう言って、独歩が不満を漏らす。
 御老公に呼び出されて来て見れば、こんな首輪を付けられての殺し合い。
 死合い自体に不満は無いが、この形は独歩の納得の行く物ではなかった。

「……はっ。そうでもねえぜぃ。
 これでもオイラは、喜んでるんだぜ」
「あぁん?」
 独歩とは対照的に満面の笑みを浮かべる象山。
 独歩は訝しげな表情を浮かべる。
「オメェもオイラも、昔ぁ人ぶっ叩けねえ代わりに、牛や虎をぶっ叩いたもんだろう?
 だがここにゃあよ、ぶっ叩いてもいい奴らがゴロゴロ居やがるんだぜ?」
 そう言って拳を突き出し、象山は太陽のように笑う。
 規格外ゆえの振るわれる事を縛られた拳。
 しかし、この舞台に限ってはその縛りは無い。
 存分に喧嘩を楽しめると、象山はそう笑っているのだ。
 その様子を見て独歩は確信する。
「どうやら、現役復帰した。つう噂は本当だったみてぇだな
「オウよ。まだ八割程度だけどな。
 そう言うオメェさんは、神心会の看板下ろしたそうじゃねぇか」
「へっ、テメエの強さのみを追い求め始めちゃあ、指導者として失格だろうよ。
 なぁに、神心会の看板は倅が継ぐさ」
 独歩の言葉に象山は僅かに相槌をうつ。
 会話はそれだけ。
 もはやそれ以上語ることは無いのか、互いに黙する。

「……で。どうするよ愚地の」
 張り詰めた空気の中、口を開いたのは象山だった。
「はっ。立会いの舞台に空手家二人とくりゃあ……。
 やるこたぁ決まってんだろ」
 言ってニヤリと、怪しげに独歩は笑う。
「へっへっ。ちげぇねえ」
 象山は遊びを待ちきれぬ子供の笑みを浮かべる。

 二人は互いに向き合い、静かに構える。
 独歩は両腕を前に突き出し前羽の構え。
 象山は両腕を天地に配し天地上下の構え。
 互いに隙をうかがう睨み合い。
 先に仕掛けたのは象山だった。
 その体格からは想像できない程の早さで小山が駆ける。
 一瞬にして無になる間合い。既に象山の制空権。
 力強く握られる、太く丸い異型の拳。
「シッ――――!」
 気合と共に繰り出される正拳突き。
 巨大な神の拳が独歩を襲う。
 受ける独歩の両腕が円の動きを描いた。
 象山の正拳は側面を払われ、その軌道を逸らす。
 ―――廻し受け。
 あらゆる受け技の要素が含まれる、最高峰の受け技。
 反撃に転じる独歩。その右足が消える。
 象山の顔面目掛け、一直線に神速の上段蹴りが跳ねた。
 この蹴りを象山、引かずに前に踏み込み、左腕で受ける。
 衝撃のポイントをずらすと同時に、左腕を押し出し相手の体勢を崩す。
 象山に押し出され、僅かに独歩の体勢が崩れた。
 そこに振り下ろされる必殺の―――肘。
 その切れ味、巨斧そのもの。
 当たれば死。
 独歩は後ろに崩された体勢を戻さず、後方に跳躍し紙一重でこれを回避する。
 そのまま独歩は互いの制空権から距離をとり体勢を整える。
 着地した独歩の額が僅かに裂け、血が流れる。
「いや、楽しいな愚地の。払われた手がまだ痺れやがる」
 痺れる右手首を撫でながら、心の底からこの喧嘩を楽しむように象山は太く笑う。
「完璧にかわしたと思ったんだがな。流石じゃねえか松尾よ」
 額の血を拭い、強敵に心躍らせ独歩は笑う。
「そういやぁ。お前さんにはまだ見せてなかったっけか」
 重々しく威圧を放ちながら独歩が口を開いた。
「あぁん。何をだい?」
 独歩は埃を払う様に握った拳に息を吹きかけ。
「完成したんだよ、真の正拳ってやつがよぉ」

「――――ほぅ?」
 先ほどまでの喧嘩を楽しむ陽気な雰囲気は消え、象山の眼の色が変わる。
 『神の拳』を持つと言われる松尾象山を差し置いて真の正拳を名乗るなど。
 本来ならば侮辱や屈辱にしかなり得ないもの。
 しかし語るは『武神』愚地独歩。
 ハッタリと言うワケも無かろう。

「……それはそれは。ならばコチラもそれ相応の技で答えねばなるまいね」
 言って象山はダラリと両腕を下げ、仁王立ち。
 一見隙だらけに見えるこの構え。
 だが、その気配は獲物を待つ虎の様。
 竹宮流秘奥義―――虎王。

 その構えの危険性が分かるのか、独歩に油断は見られない。
 独歩は宣言通り、真の正拳を握る。
 中指と薬指を握り、残りの指は添えるのみ。
 それは生まれたての赤子が形造る原始の拳。
 始まり故に自然体。
 自然体故に意が無く。
 意が無い故に回避は不可能。
 その手の形は菩薩の同じ手の形。
 真の正拳――――菩薩拳。
 互いに必殺の構えを取りながら互いに向き合いその時を待つ。
 互いの放つ威圧、殺気がぶつかり合い空間が捻れる。
 菩薩拳を構えジリジリと距離を詰める独歩。
 不動にて獲物が掛かるのを待つ象山。
 その距離は徐々に縮まり、そして必殺の制空権に入る。
 その緊張感は喉元に刃物を付きつけあっていると同じだ。
 一瞬でも気を抜けば死。
 敵の間合いに入ると言うのはそう言うもの。
 それでも独歩はまだ動かない。
 拳を構えたまま、なおも距離を詰める。
 気が付けば、その間合いは手を伸ばせば届く距離にまで詰まる。
 ここに来て遂に独歩の歩みが止まる。
 訪れる静寂。
 そして互いの必殺が、今にも弾けようとした、瞬間。
「待った。愚地の」
 片腕を突き出し、象山は待ったの姿勢を取る。
「水入りだ」
 常人ならば近づけぬ程の威圧を放っていた二人の殺気を意に介さず近づいてくる気配が一つ。
 独歩に気を向けながらも、象山はチラリと乱入者に視線を移す。
 独歩もその気配には気付いていたのか、視線を僅かに象山から外した。
 姿を現す乱入者。
 顔は端正、目つきは鋭く全てを悟ったような深い眼光。
 髪は長髪。伸ばしたと言うより伸びた長髪を後ろで括っている。
 印象は幽鬼、どこか世捨て人のような雰囲気を放つ。
 そして、なにより目を引く左腕の大きな爪痕。
 どう見ても人の業ではない。
「なんでぇ。若ぇの羆とでも戦ったのかい」
「………熊では無いです」
 静かにそれだけを答える。
「今ぁ立て込んでだ。後って訳にゃ………」
 独歩を親指で指差し、立会いの待ったを申し出る。
 だが、目の前の男の眼光を見て象山は確信する。
「――――いかねぇか」
 この男は武神二人を前にし、ヤル気だと。
「…………全員、倒します」
 そう言い、ユラリユラリと酔っ払いのように男がふらつく。
 ―――時田伸之助参戦。
【65号棟北側】
【松尾象山@餓狼伝】
 [状態]:健康
 [装備]:無し
 [道具]:支給品一式
 [思考]:1.現れた男への対処
     2.独歩を倒す
     3.楽しい喧嘩をする

【愚地独歩@グラップラー刃牙】
 [状態]:額に傷
 [装備]:無し
 [道具]:支給品一式
 [思考]:1.現れた男への対処
     2.象山を倒す

【時田伸之助@エアマスター】
 [状態]:健康
 [装備]:無し
 [道具]:支給品一式
 [思考]:1.全員倒す



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