OP






 飽くなき空の高みを求めて、ライト兄弟は飛んだ。

 果て無き宇宙の深みを求めて、ユーリイ=ガガーリン、ニール=アームストロングらは飛んだ。

 人は常に、際限のないもののその先を求める。

 『強さ』に対しても、それは同じことだった――


 ――現代格闘漫画キャラロワイアル――



 十一代前の先祖が生み出した武闘の聖地、その枠を更に越えた闘いを見てみたい。
 そんな欲求が頭の中を巡り出したのは何時のことだっただろうか。
 気が付けば、その衝動は既に止められないところまで来てしまっていて、
 この祭りの始まりを老人に決意させていた――

近日、大規模な格闘イベントを開催いたします。
つきましては格闘技界で高名な○○○○様に参加をお願いしたい所存であります。
日時は○月○日○時。
集合場所は○○○。
優勝賞金は○億円。
詳しいルール等は当日会場にて説明いたします。
貴君の参加を心より歓迎いたします。
                       主催:徳川光成

 東京ドーム地下闘技場の主、徳川光成は満足気に、自ら書き記した『招待状』を眺めた。
 この文書を荒くれどもへと送りつけるだけで、全ては動き出す。
 その果てにあるものこそ、自分が望む『闘い』に違いない。

 そう、全てはここから始まるのだ。
 船は往く。船は往く。強者の集いし船は往く。
 荒波を越え、船は往く。滅び行く島へ、船は往く。
 滅び行くための闘いへと誘う船は、往く。
 そして船は、終着駅へと辿り着く。全てが終わる場所へと辿り着く。
 全てが終わり、全てが始まる場所。

 その島の名は、軍艦島と呼ばれていた。



 フホホホホ……つくづくどエラい連中が集まったもんじゃのォ……。
 ステージの上から見下ろす男達の姿は、どれもこれもその筋では有名な格闘家達である。
 見慣れた地下闘技場の面々は勿論のこと、ストリートファイトの猛者同士によって競い合うという『深道ランキング』のランカー達、
 武術を極めし達人達が集うという『梁山泊』からの参加者など、充分過ぎる面子がこの廃墟寸前の体育館に集まっている。
 光成は確信した。この闘いは間違いなく、自分の望んだ、否、想像の壁すら越えた最高の闘いになると。
 自分はそれに、火を点ければいい。それだけである。
 ぎらついた視線が殺到する中、光成はマイクを手に堂々と宣言した。

「ようこそッッ。ワシが君達に招待状を送った、今回の大会開催者、徳川光成じゃ」

 ――『大会』のォ。ホホ、物は言いようとはよく言ったもんじゃの。

 笑い出しそうになる気持ちを堪えて、光成は言葉を溜めた。そうしてぐるりと一同を見回した後、紡いだ。



「これから、君達には殺し合いをしてもらうッッッ!!」




 ――彼らの運命を決める言葉を。
 ざわめく体育館。男達にはまず困惑が訪れ、そして理解の次には、激しい怒りが。
「殺し合いだとォ!?」
「ふざけんな! どういうことだ!」
 飛んでくる罵声の一つ一つが、ナイフのような鋭さを持って光成へと襲い掛かる。
 しかし、光成は毅然とした表情を崩さぬまま、強者の群れと対峙する。
「ジっちゃん」
 狼達の群れの中から、一匹が前へと出てくる。地下闘技場の若きチャンピオン、範馬刃牙。
「どういうつもりだよ、これ」
「ホッホッホ、お主ほどの男でも分からんか? このワシの意図が」
 光成は笑う。無邪気とも言える笑みを浮かべる。
 自身の言うとおり、彼の考えが読めないものにとっては――否、読めるものにとっては尚更、狂気とも取れる笑みを。
「ここに集まってもらったのは、いずれ劣らぬ実力を持つ格闘家の諸君じゃ。
 あらゆる技と、あらゆる力と戦ってきたであろう君達は、常に己を高め、常に強くなることを求めて生きてきたはずッッ!
 そして君達が行ってきた闘争の原点とはッ! 命の奪い合いッッ! 肉を喰らい血を啜る弱肉強食の世界ッッッ!!
 ワシは見たいッッ! 強さの頂点を追い求めた君達の、全てを賭けた闘いをッッッ!! 究極の闘争をッッッ!!」
 そう叫んだ光成の眼にもまた獣が宿っていたのは、数々の闘争を治めし徳川の血を引き継ぐ者故か。
 刃牙も、他の参加者達も黙り込んでいる。その思考の先にあるものは、闘いか、それとも。
 光成は荒くなっていた息を落ち着かせてから、話を先に進めることを決めた。
「ルールを説明しよう。この体育館を一人ずつ出て行ってもらい、そこからもうゲームは始まっておる。
 出発する前には、多少の食料と飲料水に、地図、時計、磁石の入ったこのデイパックを渡す。
 この闘いはサバイバルじゃからのォ、極限まで鍛え込んだお主らの体でも、不眠不休はこたえるぞい!
 この軍艦島は君達大人数が争うにはちと狭いが、あちこちが廃墟と化した場所じゃ。存分にやってくれ。
 携帯電話の使用は不可能となっておる。知り合い同士が結束されると困るからの――おお、重要なことを忘れとった」
 光成は一旦言葉を切り、マイクを持っていない左手で自らの首を指差して、言った。
「常に闘争を追い求めた君達の中にはまさかおらんじゃろうが、この闘いから逃げようなどという考えは断じて許されん!
 そのような考えを持つ者を束縛するためにあるのが、この首輪じゃ! ああこれこれ、無理に外そうと思うな! 爆発するぞ!
 その首輪は君達の位置、生死の確認を電波によって本部のコンピュータに教えてくれる。
 海から逃げようとした者などがいれば、それはこの闘いを降りた者と見なし、即刻爆破する。
 脱出を企て、運営側の人間に歯向かった者も同類じゃ。心置きなく闘ってもらいたい。
 なお、午前と午後の0時、6時にそれぞれ全島放送を行う。
 そこではそれまでの6時間に死亡した者の名前を読み上げるんじゃが、最後の一人に残った場合はその時点で放送を入れるぞい。
 ただし! 24時間誰一人として死者が現れなかった場合は、生き残った者にはもう闘う意思が無いとみなし、全員の首輪を爆破!
 優勝者は無しじゃ! ルールは以上ッッッ!!」
 一気に喋ると、光成は再度選手達を見回した。
 未だに困惑が抜けていない者も見受けられるが――幾人もの格闘家達を見てきた光成には分かった。
 一部の者達は、滾っている。見たこともない強者との闘いに餓えている。命の遣り取りを、肉の喰らい合いを求めている。
 フフ……それでこそ、ワシの見込んだ強者達じゃ! 頼むぞ、ワシを満足させてくれッッッ!!
 だが。
「それでは、しゅっ――」
 この究極とも言える闘いを、見逃すはずがないのだ。


「老人の道楽にしちゃあ随分と派手な真似じゃねえか、光成よ」

「――ッッッ!?」



 ――"鬼"は。

「ゆっ」
「勇次郎ォォッッ!!」
 いつの間に現れたというのか――いや、この男を相手にそんなことを考えること自体無駄な話である。
 闘争本能の赴くまま、あらゆる"力"を"力"で捻じ伏せ生きてきた男、『オーガ』――範馬勇次郎にとっては。
「いけねぇなあ、これだけデカい餌を一人で集めて楽しもうなんてよォ。あまりに匂ってくるから嗅ぎつけちまったぜ」
「――オヤジ……!!」
 今にも視線の先にいる勇次郎を噛み殺さんかの勢いで、刃牙が猛っている。
 憎しみ、怒り、あらゆる攻撃的感情を露にして猛っている。
 越えるべき壁にして、父親にして、母の仇。その相手が目の前にいる以上、抑えられないのは分かっているが――
「勇次郎ォォッッ!」
「"この闘いはワシの悲願なんじゃ"か? そうやって俺はまた除け者かい、――まあ」
 勇次郎は獰猛な笑みを微塵も崩さず、朽ちた体育館に集う強者達を見回した。
「興味が無ぇって言やぁ嘘になるな。これだけの面子、誰が残るかは俺にも予想は付かん――クク」
 勇次郎は笑う。
 何処までもその笑みを深める。
 やがてその形相は"鬼"となりて、相対した者全てを、畏怖へと誘い込むのだ。
「いいだろう、始めてみな。そして俺を満足させてみろ、喰らい合えッッ!
 生き残りたくばその全てをッッ! 己が欲求も何もかもをッッ!!  "闘争"の名の下に満たせィッッッ!!!」
 そうして"オーガ"は尚も笑う。"地上最強"の名を欲しいままにする雄は、笑いを絶やさぬまま去っていく。
 ――かのように、思えたのだが。


「光成よ」

「……なんじゃ」

「さっきお前はこう言ったな。"究極の闘争が見たい"と。
 お前の言う究極とは――俺が一度喰らい尽くしてやった負け犬でも体現出来るものを言うのかいッッッ!!」


 そうして吼えた、勇次郎の背中には。
 確かに、"鬼"が、嗤っていた。


 選手達へと向き合った勇次郎は、その中の一人を獲物と定め、生物の常識を遥かに越えた速度で駆けた。
 捕食されるのを待つのみとなった、哀れな鬼の視線の先にいるのは。
 かつて地球一のタフガイと呼ばれ、世界一の拳を持つと自称し、
「ノッ……Nooooooooッッ!!」
 勇次郎の手によって、空へと舞った男。リチャード=フィリス。
 常軌を逸した"力み"が生み出す威力に、充分過ぎるほどの加速が加わったもの。
 果たしてそれは、"蹴り"などという表現で片付けられる代物だったのだろうか。
 そうして振り上げられた右脚は、半ば逃げ腰にさえなってしまっていたフィリスの局部へと吸い込まれるように叩き付けられ――

 そしてフィリスは二度舞った。
強烈な打球を連想させる勢いで飛び上がったフィリスの体は、優に10mは下らないであろう体育館の天井まで達すと、
 崩壊間際のそれに激突し、体育館全体を僅かながらも揺らした。

 巨体は引力に逆らうことなく堕ちていき、数々の木片が散乱する床へとそのまま落下した。


 色褪せた地面に飛び散る、赤。



「人間じゃねェ……ッッッ」


 誰ともなく、そんな声が上がった。



「これが真の闘争だ。弱肉強食の再現だな。こいつは俺という獣を前にして、真っ先に逃げることを選びやがった――
 その瞬間、既に図式は完成してるのさ。喰う者と喰われる者。せいぜい喰われる側に回らねェよう爪を研ぐんだな」



 勇次郎はそう言い残し、再度狼達へと背を向けた。
 ――狼。獰猛かつ凶暴なるその強さも、鬼の前ではなんとか弱きことか。





「こッ……待ッ」

「待ちやがれぇぇ、オヤジィィィィッッッ!!」

「刃牙よ」
 勇次郎は足を止めるわけでもなく、振り向くわけでもなく、その雄大な背を向けたままに言った。
「少々自惚れが過ぎるんじゃねぇか。己の力量も掴めぬ餌の分際で俺に牙を向こうなどと――片腹痛ぇ」
「――ンだとォ……!!」
「勝ち上がってきな。それが俺と張り合える最低限の資格だ――もっとも、こいつは殺し合いだ。生物の原点へと立ち戻った闘いだ。
 その意味をよく理解っておかなけりゃあ――喰われるのはおめェだぜ、刃牙」
「〜〜〜〜ッッッ!!」
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」  勇次郎はけたたましい声を残し、闇へと消えていった。誰の目にもその姿が見えなくなった後も暫く、その声は体育館を、軍艦島を響かせた。



 勇次郎……末恐ろしい男じゃの。これほどの猛者を集めた空間を、完全に我が物にしてしまうとは……。
 何はともあれ、これでようやく始められる――究極の闘争。己の限界を越えた戦い!
「出発は五十音順ッッ、この軍艦島の全てが戦場じゃッッ!! さあ……宴を始めるぞいッッッ!!」




 飽くなき空の高みを求めて、ライト兄弟は飛んだ。

 果て無き宇宙の深みを求めて、ユーリイ=ガガーリン、ニール=アームストロングらは飛んだ。


 人は常に、際限のないもののその先を求める。


 果たして、この闘争の果てに見えるものは――

【リチャード・フィルス@グラップラー刃牙――死亡】
【残り68人】




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