並び立つ狂愛






 不愉快だ。
 それが現状の我妻由乃にとって、何よりも大きな感情だった。
 眉間には深々と皺が刻まれ、本来可愛らしく整っているはずの顔は、怒りの形相に歪んでいる。
 ようやくいいところまで来たのに。
 未来日記所有者の11th――ジョン・バックスを見事討ち取った今、残る敵はただ1人だというのに。
 目前に迫った勝利条件を、こんな形で遠ざけられたことが、今は何よりも悔しい。
(とにかく、急いでユッキーを探さなくちゃ……)
 腰には支給された刀を、右手には地図を兼ねたデバイスを。
 捜索の準備を整えて、由乃は行動を開始する。
 がさがさ、と足音を立てながら、自分の現在地――森林を、獣道沿いに進んでいく。
 天野雪輝がここにいる――それは我妻由乃にとっては、調べるまでもない自明の理。
 名簿を見ずともすぐに分かった。
 あのふざけた優男を、彼もまた同じ場所で見ていたことを、由乃は既に知っていた。
 だってユッキーの匂いがしたから。
 ユッキーの息使いが聞こえたから。
 聴覚と嗅覚に従った先に、ユッキーの姿を見つけたのだから。
(多分、ユッキーも私と同じで、未来日記を取り上げられているはず)
 鳴海清隆に見咎められたのか、ポケットに入れていた雪輝日記は、いずこかへと姿を消していた。
 もしも、雪輝の無差別日記もまた、奴に没収されたのであれば、彼の生存確率は、今大幅に低下しているはずだ。
 何せ本来雪輝は、争いには向かない素人である。
 多少心得のあるダーツの腕と、日記の未来予知だけが、身を守る武器のようなか弱い男だ。
 だからこそ、守らなければならない。
 これ以上誰にも殺されぬよう、自分が守らなければならない。
 このまま東へ歩いていけば、市街地の方に出るようだ。
 とりあえずは、視界の悪いこの場から、開けた場所への脱出を目指さなければ――

 がさり。

「っ」
 その時だ。
 不意に、背後から物音が聞こえたのは。
「………」
 普段なら、常人なら、あるいは聞き逃していたかもしれない小さな音。
 しかし、ことさら気配に敏感な由乃が、この静けさの中にいたことが、その音を決定的なものとする。
 草木や落ち葉が潰れる音。
 すなわち、何者かの足音だ。

 がさり。

 二度目の音が耳に届く。
(今度は左?)
 背後から聞こえたはずの音が、大幅に移動したのを感じた。
 2人目の来訪者、というわけではない。音の主は未だ単独だ。
 闇の向こうに感じる気配と、己の直感がそう訴える。

 がさり。

 がさり。

 聞こえる度に、右へ左へ。
 そしてその度に、足音は大きく。
「………」
 どこのどいつかは知らないが、ふざけた真似をしてくれるものだ。
 奇怪な来訪者の存在に、しかし由乃は取り乱すことなく、敢えて足を止め待ち構える。
 腰に吊るした剣の柄に、ゆるやかにその右手を伸ばす。
 全神経を視聴覚に注ぎ。
 宵の暗黒へと意識を伸ばし。
 闇の隙間を歩む足音を、油断なく追い続けたその瞬間。

 がさり。

「!」
 一際、大きな音がなった。
 くわ、と由乃の双眸が開いた。
 五感六感が警告する先に、勢いよく刀を抜き放った刹那。
「やぁ」
 がきん――という金属音と共に、闇の奥から声が響いた。
 背後からの襲撃だ。
 振り返りざまに斬りつけた、刃の先の姿を見据えた。
 さながら、闇に溶け込むような。
 火花が照らす来訪者は、全身黒ずくめの女だった。
 歳は自分より1つ上くらいか。随所に白のアクセントが光る装束は、男性の燕尾服に似ている。
 黒髪から覗く瞳は、金の単眼。右目は眼帯に覆われていて、左目だけが由乃を見つめていた。
 にぃ、と笑った口元では、尖った八重歯がきらりと光る。金眼、黒服と相まって、黒猫のような印象を覚えた。
 そして刀を受け止めたのは、右の袖口から伸びる巨大な鉤爪。
 煌々と不気味な光を放つ、三閃一組のその得物は、明らかに常識的なものではない。
 すなわち。
「……コスプレ?」
「いわゆる魔法少女というやつさ」
「嘘つけ」
 言いながら、由乃は飛び退った。
 刀を握る手に力を込めて、少女の爪を払い除けると、背後に下がって距離を取る。
 魔法少女――まったくもって下らない。
 漫画の見過ぎではないのか。大体、その男性的な出で立ちの、どのあたりが魔法少女だというのだ。
 馬鹿にされたような不快感が、由乃の皺を更に深くする。
「心外だね。正直に答えてあげたっていうのに」
 くつくつ、と黒ずくめの女が笑った。
 ぶんっ、と振った左の袖から、新たに姿を現したのは、右手のそれと同じ鉤爪。
 これで敵の得物は6つ。三閃二対の六爪というわけだ。
「お前とふざけてる暇はない」
 語気を強め、宣言する。
 ツインタワービルでも振り回した日本刀を、両手で正眼に構える。
 武装して背後から斬りかかってきたということは、この女は殺し合いに乗っているということだ。
 そして、そうでなかったとしても、他の参加者は殺すつもりだった。
 天野雪輝と共に生還する――その障害になる者は、1人でも少ない方がいい。
「そっちの方は同感だ。私もキミに用はあるけど、あんまり時間はかけたくない」
 目の前の敵を、改めて見やった。
 身体つきは至って普通だ。特別頑強には見えないし、構えもプロのものとは思えない。
 つまり、年齢相応の、まるきり素人ということになる。
 見た目こそカッコつけているが、その実、妄言を吐くことしか能がない、ただのイカれたコスプレ女だ。
 同じ眼帯女でも、あの雨流みねねに比べれば、遥かに御しやすい相手だろう。
「だから」
 この時までは、そう思っていた。
「すぐだ」
 それが間違いだと悟ったのは、まさにその次の瞬間だった。

「!?」
 姿が消えたかと思った。
 それほどに呆気なく、距離を詰められた。
 遅れて鼓膜を揺さぶったのが、ぎゅん、と響いた風切り音。
 それら全てが、刹那の事象。
「――ッ!」
 思考に時間を割いている暇はなかった。
 どう来るかを考える前に、とにかく動かねばならなかった。
 己の直感と反射を信じ、慌てて刀を振り上げる。
「ほぅ!」
 首の皮は繋がった。
 感嘆の声を上げる女の爪は、由乃の刃に阻まれていた。
 ぎちぎちと押しこんでくる圧力は、強い。
 涼しい顔をしているのが、正直信じられないほどだ。こちらは必死だというのに。
(こいつ……!)
 速過ぎる。それに強過ぎる。
 ほとんどまばたきの刹那に、懐に飛び込んできたそのスピードも。
 こちらの防御に阻まれてなお、強引に押し切ろうとするそのパワーも。
 いずれもこちらの分析を、遥かに上回るオーバースペックだ。
 あの体格でこの働きはおかしい。人間に出せる性能ではない。
 正直、魔法少女という虚言が、真実なのではないのかとすら思ってしまう。
「……このぉっ!」
 冗談じゃない。
 そんなオカルトを信じてたまるか。
 サバイバルゲームを首謀した全能者――デウス・エクス・マキナじゃあるまいし。
 寄りかかる敵の刃をいなし、反撃の斬撃を振りかぶる。
「っと! ははっ!」
 全てが必殺の一撃だった。
 されど標的はその1つ1つを、嘲笑いひらひらとかわしていく。
 捉えどころのない紙切れのように、剛剣の合間をすり抜けていく。
「やぁっ!」
 その余裕ぶりが腹立たしかった。
 舐めくさった態度が苛立たしかった。
 痺れを切らした由乃の両手が、上段に切っ先を振り上げ叩き落とす。
 それでもなお、斬撃は響かず。
 黒猫は地を蹴り天に舞い、くるくると回りながら攻撃をかわす。
 着地したのも地面ではなかった。吸いつくように木の枝に飛び乗り、そしてすぐ傍の枝へと飛んだ。
(黒猫どころか、豹だったか……!)
 人間業とは言い難い。
 少なくとも14か15の少女が、おいそれとやってのけていい動きではない。
 今や黒装束の女は、密林を自在に駆け巡る肉食獣だ。
 木と木の間を飛び跳ね渡り、闇と木陰に忍ぶ姿は、黒豹のハンティングスタイルだ。
 もしや、本当にそうなのか。
 嫌な考えが脳裏をよぎる。
 もしや本当にこの少女は、自称した通りの存在なのか。
 魔術の力で奇跡を起こす、本物の魔法少女だとでも言うのか――

「っははははは!」
 瞬間、裂音。
 大気の壁を引き裂いて、漆黒の風が闇夜を駆ける。
 声の方向は――左か!
「このっ!」
 今度も狙いだけは完璧だった。
 振りかざす刃のその先には、六爪の魔法少女の姿があった。
 迫る由乃の凶刃を、曲芸師のような挙動で、回避。
「はぁぁぁぁッ!」
 雄叫びと共に、追撃を放った。
 地面への着地の瞬間を狙い、間髪なく刀を振り回した。
 人の身でこの獣を仕留める術があるなら、回避すら叶わぬ連続攻撃だけだ。
 ターゲットが態勢を立てるための、僅かな瞬間を見極め、そこを一気に突き崩すだけだ。
「せこい! その上のろいっ!」
 しかし、それでもなお当たらず。
 二撃、続けて三撃目を、黒ずくめの少女はひらひらとかわす。
 これですらも駄目なのか。一体どれほどの化け物だというのだ。
 その動揺が伝わったのか、刃は空を切り、樹木へと向かう。
 がんっ、と鈍い衝撃が伝わり、それきり動かなくなった。
 敵の背後にあった木に、刀が刺さってしまったのだ。
「そこっ!」
 当然その隙を逃すほど、黒豹は愚鈍な生物ではない。
 慣性で地を滑る両足を、強引に踏み込んで、加速。
 動きを封じられた由乃目掛けて、凶獣は一直線に疾走する。
「!」
 だが、だからといってそうはさせない。
 得物が1つだと思ったら大間違いだ。
 由乃の左手が懐へと伸びる。抜き放たれた鉄塊は――SIG SAUER P226!
「ひゅーっ……!」
 襲撃者の口笛を塗り潰すように。
 ばんばんばん、と打ち鳴らされる、ハンドガンの連続発射。
 トリガーを引かれ放たれたのは、総計3発の鉛弾だ。
 それでも、獣は止まらない。
 斬――と双刃を煌めかせ、なおも空中で加速する。
 避けるところまでは読んでいたが、その爪で叩き落とすとまで来たか。
 まるで漫画のようじゃないか。寸断され虚しく宙を舞う、拳銃の弾丸を見て思う。
「――ッ!」
 されど、それはそれで構わない。
 この銃撃も時間稼ぎだ。今更鉄砲玉のような、直線的な攻撃が、そう簡単に当たるとは思っていない。
 威嚇射撃としては上々。そこに叩き込むものこそが本命。
 ようやく木から抜けた刀を、標的目掛けて一気に突き込む。
 一瞬爪で隠された、その視界の隙を狙い、脳天を真っ向からぶち抜く――!

「おおっと!」
 ばす、と切り裂く音が鳴った。
 ぱっ、と暗闇に真紅が光った。
 過たず放たれた由乃の突きは――漆黒の少女の眉間を逸れ、右のこめかみを掠めていた。
 時間は緩やかに静止する。
 風景は速度を失って、スローモーションのように流れる。
 千切れた眼帯が顔面を離れた。
 少女の右目を覆っていた、黒い布切れが宵闇に舞った。
 鮮血に紛れた眼帯が、木陰に溶けていったその瞬間、由乃は己の失敗を悟り。
「――そォらあッ!」
 腹部を襲う衝撃に吹っ飛ばされた。
「あぅっ……!」
 次いで背中に痛みが走る。
 再加速した世界が停止した瞬間、己は森の木に叩きつけられたのだと理解した。
 黒髪黒装束の女が、逆立ちから立ち上がる姿が見える。ブラジルのカポエイラの要領で、回転蹴りを浴びせられたのだ。
 そしてそこから直立し、由乃の元へと歩み寄る。
 ハイソックスを履いた右足が、がんっ、と左肩を踏みつける。
「っ……」
「いい線行ってたよ」
 双眸をぎらぎらと輝かせ。
 額に血のラインを煌めかせ。
 にっかと不敵に笑いながら、少女が抵抗を称賛する。
「最高記録の彼女ほどじゃないが、反応速度は優秀だった……キミが魔法少女なら、いい勝負ができたかもしれないね」
 糞ったれ。
 お前なんぞに褒められても、私は嬉しくも何ともない。
 私を喜ばせるものはただ1つ。ユッキーが与えてくれる愛だけだ。
 憤怒、憎悪、そして殺意――あらゆる思念を呪いに変えて、由乃は少女を睨みつける。
 その拘束を払い除けんと、左肩に力を入れる。
「……往生際の悪さは、マイナスだな」
 鬱陶しい奴め、といったところだろうか。
 予期していなかった抵抗に、黒い少女の眉根が動く。
「お前なんかに、負けられないんだ……ユッキーをこの手で守るためにもッ!」
 由乃は吠えた。
 己の意志を声に乗せ、眼前の敵へと叩きつけた。
 往生際が悪くとも、絶対に諦めたりはしない。
 一度手離してしまった望みを、もう二度と取りこぼしたりはしない。
 私は天野雪輝を守る。
 かつて存在した世界で、生かしてあげられなかった命を、今度こそ生還させてみせる。
 それが我妻由乃の愛の形。
 どんな敵にも負けはしない、恋する乙女の力の証だ。

「……そうか」
 しかし。
「キミにもいたのか、愛しの君が」
 予想外に冷めた声が、由乃の頭上から降り注ぐ。
 不快感に歪んでいた、あの黒髪の少女の顔が、急速に体温を失っていく。
 愉悦に続いて不機嫌と来て、今度は白けた、とでも言うつもりか。
 急激すぎる感情の変化は、自分のことを棚上げにして、由乃の怒りを揺さぶっていく。
「そうだ! それがどうしたっ!」
「キミはその人を愛するが故に……その人を守るために、私を殺すと」
「ユッキーのためになるのなら、私は死んだって構わないッ!」
 真実だ。
 ユッキーを失ってしまうくらいなら、私など死んでしまった方がよかった。
 覚悟の問題、などという、生ぬるいたとえ話ではない。
 それが彼の救いになるなら、喜んでこの命をなげうってみせよう。
 天野雪輝を救えるのなら、死の闇に堕ちようとも構わない。

「――ならば、果たしてその人は、本当にキミの死を望んでくれるか?」

 その、はずだった。
「えっ……?」
 今、こいつは何と言ったのだ。
 何気なかったはずの言葉が、由乃の言葉を詰まらせる。
 思考は一拍の間を置くや否や、ぐるぐると過去へと回りだす。
 ユッキーが私の死を望むかどうか?
 馬鹿馬鹿しい。そんなの決まっている。
 ユッキーは亡くなったご両親を救うため、全てをチャラすると決めたんだ。
 最後に私を殺してでも、勝利を掴むと覚悟してくれたんだ。
 前の世界のユッキーとは違う。
 心中などという逃げ道に駆け込み、戻ることもできなくなった、あの時のユッキーとは違うんだ。
 そのはずだ。
 本当に、そのはずなんだ。
「それ、は……」
 なのに何でだ?
 何故言葉に詰まる?
 どうして私の頭の中には、あの時の光景が蘇る!?
 劇薬のカプセルを口に咥えた、ユッキーの笑顔が渦巻いている!?
 馬鹿げたことだ! 有り得ない! この結末はもう有り得ない!
 そのはずなのに!
 そのはずなのに!
 私はこの期に及んでなお、ユッキーを信じられないとでもいうのか!?
「……私にはいるよ」
 冷たいナイフのような言の葉が。
 抉るような少女の声が、由乃の思考に突き刺さる。
「死んででも守りたい人も……私の死を望んでくれる人も」
 勝ち誇るような言葉だった。
 冷たく静かな声色ながら、そこに込められた想いを、まざまざと突きつけるような宣言だった。
「どうやら見込み違いだったようだ。キミと私とでは格が違う……」
 無造作に、振り上がる右腕。
 爛々と、闇夜に光る魔手。
 あの爪を食らえば、自分は死ぬのか。
 その事実を認識する余裕すら、今の我妻由乃にはなかった。
「キミごときの幼稚な愛の力が――私に届くことはない」
 死刑の宣告を下すように。
 勝鬨を高らかに発するように。
 冷徹に、そして熱を帯びて。
 鋭く放たれた言葉と共に、鉤爪が降り下ろされた瞬間。
「――ッ!」
 世界は、瞬く間に白熱した。



「……逃げられたか」
 ち、と少女が舌を打つ。
 未だがんがんと痛む頭を、無造作にぶんぶんと振りながら、呉キリカは静かに失敗を認める。
 あの時、日本刀を構えた黒服の少女を、確かに仕留められると思った。
 しかし、突然その脇から、強烈な光と音が襲いかかったのだ。
 その瞬間のことは、よく思い出せない。視覚と聴覚が殺された中、何かに突き飛ばされたような気がする。
 確かなのは、ようやく目と耳が機能し始めた頃には、そこには誰もいなかったということだ。
(彼女を生かしておくのは、癪だな……)
 取り逃がした娘の顔を、思い出す。
 あれは少し前までの自分だ。
 相手が自分をどう捉えているか――それを考えようともせず、一方的に押しつけた幼稚な愛だ。
 それが想い人のためだと盲信し、身勝手に死のうとした己の姿だ。
 生かしておくのは、虫唾が走る。
 恥ずべき過去の象徴に、まんまと逃げおおせられたというのは、心中穏やかなものではない。
「……織莉子」
 それでも。
 ささくれ立った心を鎮めんと、キリカはその名を口にする。
 美国織莉子。
 少女にとっての、想い人。
 有限の身体の全てを懸けてでも、無限の愛を注ぐと決めた、唯一無二の大好きな人。
 彼女は私に死ねと言った。
 瀕死の身体になった自分に、どんな姿になってでも、自分に尽くせと命じてくれた。
 この命ある限り愛を貫き、最期まで織莉子と共に戦い、愛のために死ぬことを許してくれたのだ。
 そしてそんな私の死を、涙し悲しんでくれたのだ。
(戦える)
 だから、キリカは戦える。
 最愛の美国織莉子の心と、本当の意味で通じ合った今なら、どこまでも戦い続けることができる。
 それがあの女と、己との絶対的な違い。
 真実の愛の形を自覚し、殉ずることを誓った覚悟の差だ。
「………」
 魔法少女としての、変身を解く。
 漆黒の装束は立ちどころに消え、市立見滝原中学校の、ブレザーの制服が現れる。
 魔力は集まり結晶となって、指輪の形を成して納まった。
(ジェムの穢れが、失われている……)
 これは神がもたらした、最後のチャンスと言うべきか。
 それとも死に場所を奪い去った、悪魔の悪戯と見なすべきか。
 極限までジェムに貯めこまれた、膨大な淀みが消えているのだ。
 今となっては、消費された魔力分の穢れが、僅かにちらついているだけである。
 好意的に解釈するなら、織莉子と共に生きられる時間が、その分長くなったということ。
 悪い方向に考えるなら、織莉子の切り札となるはずの魔女の力が、すぐには使えなくなったということ。
(……それは、これから考えるとしようか)
 とはいえ、それは今重要なことではない。
 大事なことは皮肉にも、先ほどあの女が語ってくれた。
 今何よりも優先すべきは、織莉子と合流し、守ること。
 織莉子を害する障害を、全てことごとく消し去ることだ。
 立ちはだかる者は、全て切り裂く。
 たとえ何者が相手になろうとも、呉キリカに敗北は許されない。
 確固たる決意を胸に宿して、少女は夜空の下、行軍を始めた。



【B-5 森林/未明】

【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
【装備:ソウルジェム(キリカ・待機状態)】
【所持品:支給品一式 ランダム支給品×3】
【状態:右こめかみに裂傷(回復中)、ソウルジェムの穢れ(極小)】
【スタンス:美国織莉子の守護、およびそれ以外の参加者の殺害】
【思考・行動】
1:織莉子を探して合流する
2:桃色の髪の少女(=我妻由乃)には負けない
【備考】
※第5話開始前より、見滝原中学校に入る直前からの参戦です




「……ここまで来れば、まぁ何とかなるか」
 人の気配のない、深夜の病院。
 明かりの一つも灯されていない、がらんどうの闇の中、男の声だけが響き渡る。
 特徴的な色の赤毛を、四方八方に逆立たせるのは、ブレードチルドレンの1人・浅月香介だ。
(やれやれ……いきなり怪我が治ったかと思えば、また無茶をさせてくれやがる)
 よっこら、と小さく気合いを入れ、背中の荷物を持ち直した。
 デイパックのことではない。今、それは脇に避けられていた。
 今彼の背中を占領するのは、気絶したあの我妻由乃だ。
 そう――呉キリカに追いつめられた由乃を、閃光弾をもって救出したのは、この浅月だったのである。
(ヤイバの血族らしくねぇ……なんてのは、今更言うまでもねーがよ)
 この少女を助けてしまったのは、ほとんど条件反射だった。
 相対していた黒服の女は、新人類ブレードチルドレンから見ても、化け物としか言いようがなかった。
 こんな奴に、無策で関わるわけにはいかない。さっさとここから逃げ出さなければ。
 ちょうどそんな風に考えていたところで、由乃が蹴っ飛ばされたのだ。
 気がついたら彼女の身を案じ、救出の手立てを探していた。
 同じブレードチルドレン――竹内理緒手製のスタングレネードを見つけるや否や、その場に放り投げていた。
 そうしてキリカを払い除け、素早く由乃を救出し、今に至るわけである。
(病み上がりがここまで身体張ってんだ……納得いく説明をしてもらうぜ、キヨタカさんよ)
 心中で忌々しげに呟いたのは、あの鳴海清隆の名前だ。
 浅月らブレードチルドレンにとっても、因縁浅からぬ神の名前。
 この馬鹿げた殺し合いは、あの完璧主義者の企みにしては、あまりにも短絡的で醜悪だ。
 それでもなお断行したからには、それなりの理由があるのだろうなと。
 ブレードチルドレンの仲間達や、それを救うと約束してくれた救世主を巻き込んででも、実行する価値があるのだろうな、と。
 この場から生きて逃れた時には、必ずや問いたださねばなるまい。
 浅月はそれを確認すると、由乃を安静にさせられる場所を探して、病院内へと踏み込んでいった。

(……そう言や、アレは一体何だったんだ……?)
 ふと、その時。
 先の戦闘を回想した時、ある違和感の存在を思い出す。
 それは木々を飛び交うキリカを、由乃が目線で追った時。
 そしてSIGの銃弾を、キリカが弾き落とした時だ。
 あの時、傍から見ていた浅月の目には、それまで真面目に戦っていた由乃が、突然スピードを緩めたように見えたのだ。
 いくら考えても、意図が読めない。
 どころか、由乃だけでなく、銃弾まで減速したように見えたのは、一体どういうことなのだろうか。
(ま……目が覚めたら、当人に聞いてみるか)
 いくら考えても仕方がない。傍観者に過ぎない浅月には、知り得ないことの方が多いのだ。
 よってここは思考を打ち切り、問題は先延ばしとすることにした。
 この後、浅月香介が――そして何より我妻由乃が、そのからくりに気付けるかどうか。
 呉キリカの持つ固有能力・速度低下魔法の存在に、気付くことができるのか。
 それはまた、別の話である。


【C-5 病院/未明】

【我妻由乃@未来日記】
【装備:枢木スザクの鞘@コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー】
【所持品:支給品一式 ランダム支給品×1】
【状態:気絶中、腹部・背中・左肩にダメージ(小)】
【スタンス:天野雪輝の守護、およびそれ以外の参加者の殺害】
【思考・行動】
1:ユッキーを探して合流する
2:雪輝日記を取り戻したい
3:ユッキーは私を殺してくれる……?
【備考】
※第47話回想中より、天野家に帰宅してからの参戦です
※名簿を確認していませんが、天野雪輝@未来日記が参戦していることは把握しています

【浅月香介@スパイラル〜推理の絆〜】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式 ランダム支給品×2】
【状態:疲労(小)】
【スタンス:会場からの脱出】
【思考・行動】
1:桃色の髪の少女(=我妻由乃)が起きるまで待つ
2:歩とブレードチルドレンの仲間を保護する
3:清隆に事の次第を問いただしたい
【備考】
※第57話終了後からの参戦です
※我妻由乃が呉キリカと戦っている時、
 不自然に動きが遅くなっていたところ(=速度低下の魔法にかけられていたところ)を目撃しました


※【B-5 森林】に、【枢木スザクの刀@コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー】と、
 【SIG SAUER P226(12/15)@現実】が放置されています。
※【理緒のスタングレネード@スパイラル〜推理の絆〜】が消費されました



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